決勝戦
決勝戦 ― “ラインの向こう側”で笑うのは誰だ
東京都内の体育館。
決勝コートだけ、空気が一段重い。
歓声も、拍手も、どこか遠い。
耳に近いのはシューズの摩擦音と、シャトルが空気を裂く乾いた音だけ。
アナウンスが響く。
「全国中学校体育大会バドミントン競技・ミックスダブルス決勝。
山口第一中学校――湯田 泉・仁保 宇宙
対、福島代表――全国でも名の知られた強豪ペア!」
福島の二人は、入場の時点で“完成された間”を持っていた。
歩幅も、目線も、無駄がない。
会場が自然に息を合わせてしまうような雰囲気。
泉はラケットを胸の前でコツンと当て、ひろを見る。
泉(大阪弁)
「最初の一本=挨拶、やで」
ひろ(山口弁)
「最後の一本=握手。……いこ」
二人で礼。
そしてコートへ。
第1セット ― 先手を奪われる“福島の揺さぶり”
序盤から福島がえぐい。
前後の揺さぶり。
そこに左右へのラインぎりぎり。
しかも“同じフォーム”で、角度だけ変えてくる。
泉が前で触れば、次は背中側の奥へ。
ひろが下がれば、次はネット前のわずかな隙へ。
常に一手遅れている錯覚。
呼吸が乱される。
リズムがずれる。
泉(大阪弁・息が上がりながら)
「……うわ、先に触られっぱなしや」
ひろ(山口弁)
「焦るな。相手、ラインで遊びよる。
……こっちの“二拍我慢”が効く場面、絶対あるけぇ」
福島のペアは、点を取っても表情が変わらない。
淡々と、次の配球へ進む。
点差がじわじわ開く。
泉は歯を食いしばってネット前を守るが、左右のギリギリに切られると、どうしても一歩が遅れる。
ひろは奥で拾う。拾う。拾う。
でも、拾った球が“反撃”にならない。
返した瞬間、もう次の揺さぶりが来る。
苦しい。
タイムの合間 ― 二言三言の“作戦会議”
ポイント間のわずかな時間。
泉がひろに近づく。
二人の声は小さい。会場に届くのは、目の光だけ。
泉(大阪弁)
「ライン、えぐい。全部ぎりぎり。
……追いかけるだけやと、体力削られて終わる」
ひろ(山口弁、少し大阪が混じる)
「じゃけぇ、追いかけるんじゃなくて“置く”んよ。
ラインぎりぎりを攻めてくるなら――こっちも攻め返す」
泉
「せやな。
相手が“左右ぎりぎり”なら、うちらは“前後ぎりぎり”で返す。
で、揺さぶり返して、最後に一発」
ひろ
「泉、要所で一発。タイミングは任せる」
泉
「任されましたぁ。
……ほな、いこか。『届くほうへ』や」
ひろ
「うん。届くほうへ」
短い言葉。
でも、その瞬間、二人の呼吸が“同じテンポ”に戻った。
第1セット後半 ― “拾える理由”が相手を焦らせ始める
作戦変更は、すぐに形になる。
福島が左右のラインぎりぎりを攻めてくる。
泉は一歩目を“追いかける”んじゃなく、先に“置く”。
ひろは後ろで拾い、返球をただの返しで終わらせない。
“返しながら削る”
いずひろの本領。
次第にラリーが長くなる。
20往復、30往復。
観客が「うわ……」と声を漏らす。
福島のペアが、思わず表情を動かした。
(なんで拾える?)
(その体勢から、なんで返る?)
そんな気配が、プレーの端に滲む。
泉はネット前で、わざと一瞬だけ遅れて見せる。
相手が「空いた」と思った瞬間――そこに、無音のヘアピン。
ひろが奥で床すれすれを拾い上げ、ライン際へ“すっと”流す。
福島が追う。追っても間に合わない“半拍”が生まれる。
その半拍が、点差を削っていく。
点差が詰まると、会場の空気が変わる。
福島側の応援席が少しざわつく。
福島の男子が、ふとラケットを握り直す。
福島の女子が、ほんのわずか眉を寄せる。
(焦っている)
いずひろは、それを見逃さない。
泉(大阪弁・ニヤッ)
「……なぁひろ。相手、顔ちょい固なってきたで」
ひろ(山口弁)
「見えた。
……“峠”じゃ。今が一番きついとこ」
泉
「瀬野八ちゃう、全国の峠やな」
ひろ(山口弁、ちょい照れて)
「……言い方、うまいじゃん」
泉
「褒めるな、照れるやろ!」
二人のやり取りは短いのに、コートの空気を一段軽くする。
重圧の中で、いずひろだけが“呼吸できている”。
そしてラリーは、さらに長くなる。
福島のペアが先に仕掛ける。
いずひろが拾う。
拾った球が、じわじわ相手の足を止める。
点差は、確実に縮まっていった。
福島のペアの目に、初めて“苛立ち”が浮かぶ。
「取れるはずの点が取れない」
その小さなズレが、積み上がっていく。
いずひろは、まだ追いついたわけじゃない。
でも――流れは、確かに“こちら側”へ寄ってきている。
(ラインぎりぎりを攻めるなら、こっちも)
(拾える理由は、二人で“整えてる”から)
そして、郷子たちが言っていたあの言葉が、泉の胸の奥で鳴る。
“笑いで整列”
決勝は、ここからだ。
体育館の空気が、じりじり熱を持った。
点が入るたびに拍手が起きるのに、ラリー中は嘘みたいに静かになる。
まるで、マッチレース。
追いつけば突き放され、突き放されれば追いつき返す。
どっちが先に崩れるか――そんな勝負になっていた。
泉は前で、ひろは後ろで。
でも、どちらも“自分の役割”だけじゃ足りないところまで来ている。
泉(大阪弁・息を整えながら)
「ひろ、あとちょい…! ここ、ほんま意地やで!」
ひろ(山口弁、少し大阪が混じる)
「分かっちょる。意地、置いて帰らん。持って帰る」
福島が先に叩く。
いずひろが拾う。
拾ったシャトルがラインに落ちる。
福島が拾い返す。
点は並走。
客席の誰も、座り直す暇がない。
そして――
20-18。
福島ペアが、先にセットポイントを握った。
会場がざわめく。
「あ、決まるか」
「いや、ここからだ」
そんな声が、飲み込まれていく。
福島の男子が息を吸い、強打の構え。
福島の女子はネット前で、もう“取り切る”顔をしている。
(終わらせる)
その意思がプレーより先に飛んできた。
泉はラケットを握り直した。
汗で滑りそうなグリップを、指で噛むように締める。
ひろは奥で、肩を一度だけ落として――上げた。
呼吸を、テンポに戻す動作。
泉(大阪弁・小声)
「床につかせへん。絶対」
ひろ(山口弁)
「うん。シャトルは、まだ落ちん」
20-18 福島セットポイント
福島のスマッシュが来る。
鋭い。速い。角度が嫌らしい。
「決まった」
誰かがそう思った瞬間――
ひろが、床すれすれを滑り込むように拾った。
返球は高いロブ。時間を作るための一本。
福島の男子が舌打ちに近い息を吐く。
(まだ拾うのか)
次はドライブ。
泉が前で“当てるだけ”のレシーブ。
でもそれが、ラインぎりぎりに落ちた。
福島が拾う。
また強打。
また拾う。
拾う。拾う。拾う。
福島ペアの打ち方が、少しずつ“怒り”を帯びる。
「いい加減諦めろよ」
そんな気配が、シャトルのスピードに混ざっていく。
泉(大阪弁・歯を食いしばって)
「来い…! もっと来い!」
ひろ(山口弁)
「泉、前、任せた。……俺、後ろで死なん」
福島が叩く。
いずひろが拾う。
そして――
泉のカウンターが、ラインの内側にすっと落ちた。
20-19。
会場が「おおっ!」と沸く。
福島応援席の拍手が一瞬止まり、空気が硬くなる。
福島ペアの女子の目に、ほんのわずか焦りが走った。
福島ペアの男子が、胸で大きく息をした。
(やばい)
(次を取られたら、このセット落とす)
危機感が、フォームの端ににじみ出る。
20-19 “次で終わらない”恐怖
福島は決めに来る。
今度は揺さぶりじゃない。
とにかく速いラリーで、押し切ろうとしてくる。
ドライブ、スマッシュ、ドライブ。
泉が弾いて、ひろが拾って、泉が押し返す。
ラリーが40往復を超えたあたりで、福島の男子の肩がわずかに上がった。
息が上がっている証拠。
福島の女子も、ネット前で足が少し浮く。
いつもの“余裕の間”が消え、動きが前のめりになる。
(決めたい)
(でも決めきれない)
その焦りが、福島の球に“わずかな甘さ”を生む。
泉はそれを見逃さなかった。
泉(大阪弁・小声)
「ひろ、甘いの来る。半拍前で行くで」
ひろ(山口弁、少し大阪混じり)
「了解。合図、半拍前。――いける」
福島が強打。
ひろが拾う。
泉が前で触る――
ネットぎりぎり、テープすれすれ。
シャトルが“ふっ”と失速して落ちる。
福島の女子が手を伸ばす。
届かない。
20-20。デュース。
体育館が揺れた。
拍手と歓声が一緒に爆ぜて、天井の照明が震えた気がした。
泉は息を吐きながら、笑ってしまう。
泉(大阪弁)
「……デュースにしたったで。やばいな、これ」
ひろ(山口弁)
「やばい。……でも、ここからが面白い」
福島ペアの顔から、さっきまでの“決め切る”表情が消えていた。
代わりにあるのは、焦りと、意地と――
「まだ終わらないのか」という驚き。
いずひろは、ラケットを胸の前でコツンと当てる。
(最初の一本=挨拶)
(最後の一本=握手)
まだ最後じゃない。
だから、今はただ――
“届くほうへ”。
デュースは、心臓の勝負になる。
デュースが、終わらない。
21、22、23――数字が進むたびに、会場の時間感覚だけが置いていかれる。
ラリーは長く、音は鋭く、足音だけが増えていく。
いつの間にか、30-30。
もうこの時点で、二試合ぶん戦ったみたいだった。
息は熱いのに、指先は冷たい。
観客席は、笑い声も咳払いも消えた。
ただ、シャトルの音だけ。
「パン」
「シュッ」
「キュッ」
そして、床を踏むシューズの音が、心拍みたいに鳴り続ける。
客席 ― “息をするのも忘れる”ってこういうこと
湯田家(光&瑞穂)
湯田瑞穂は、手を胸の前で組んだまま動けなくなっていた。
隣の湯田光も、声を出すのをやめている。出したら、何かが崩れそうで。
瑞穂(小声)
「……泉、目が……前のめりじゃない。ちゃんと“立ってる”」
光(小声)
「……すごいやん。
あの子、ほんまに……“全国”で戦っとる」
二人とも拍手を忘れていた。
拍手の代わりに、呼吸の回数だけが減っていく。
仁保家(和夫&美野里)
仁保和夫は、膝の上で握った拳が白くなっていた。
美野里は、口元に手を当てて、ずっと祈るみたいにコートを見ている。
和夫(山口弁・かすれ声)
「……よう、拾う。
あれ、もう意地じゃなくて……執念じゃ」
美野里(山口弁)
「ひろ……息、乱れん。
……乱れよるのは、見よるこっちじゃ」
二人の目は、瞬きの回数さえ減っていた。
津留美&本山先輩(静かにうるさい応援)
仁保津留美は、もう立ち上がるのを諦めて、逆に座ったまま固まっていた。
立ったら倒れる。そんな感じの顔。
津留美(山口弁・囁き)
「……ひろ……拾え……いや拾いすぎ……」
本山先輩(小声)
「津留美、声。心の声だけでええ」
津留美
「心が叫びよる! 心がメガホン持っちょる!」
本山先輩
「……俺も今、心が太鼓叩いとる」
津留美
「先輩、ボケて! こういう時こそ!」
本山先輩
「無理。今は……神回」
二人とも、笑う余裕なんてないのに、
“言葉だけ”が小さく震えて、周りの保護者が息をひそめたままクスッとする。
それすら音にならないくらい、場内は張り詰めていた。
30-30 ― “もう一本”の地獄
泉はネット前で、ラケットを持つ手が少し震えた。
でも顔は笑ってる。笑うしかない。
泉(大阪弁・息切れ笑い)
「ひろ……これ、もう体育ちゃうで。修行やで」
ひろ(山口弁、ちょい大阪混じり)
「修行じゃね。……でも、行ける。
泉、本務機。俺、補助機。押すで」
泉
「了解。押し切る。
……ライン攻めてくるなら、こっちもラインや」
ひろ
「うん。ギリギリの向こう側、取りに行く」
次のラリー。
福島が先に叩く。
いずひろが拾う。
拾い返す。
また拾う。
また拾う。
福島の男子の呼吸が荒くなる。
福島の女子がネット前で一歩早く出て、わずかに体が浮いた。
“焦り”が、フォームをずらす。
泉の目が光った。
泉(大阪弁・小声)
「今や。半拍前」
ひろ(山口弁)
「いける」
泉が一瞬だけ“置く”構えを見せる。
福島が前に寄る。
その刹那――ひろが奥からラインぎりぎりへ、真っすぐ一本。
福島の男子が追う。
間に合いそうで、間に合わない。
31-30。いずひろ、セットポイント。
会場が、息を吸う。
全員が、同じタイミングで。
そして――
ここで終わらせなきゃいけない。
終わらせられるのは、たぶん、今しかない。
泉はラケットを握り直した。
指先の汗を、グリップに“馴染ませる”みたいに。
泉(大阪弁)
「ひろ、次、落としたらアカン。
ここ、握手まで一気や」
ひろ(山口弁)
「うん。最後の一本=握手。
……その一本、今作る」
31-30 ― “最後の一本”を作るラリー
福島のサーブ。
迷いが消えた強打。意地で叩きに来る。
ドライブ。
スマッシュ。
クロス。
ストレート。
でも――
いずひろは、とにかく床につかせない。
泉が前で弾く。
ひろが奥で拾う。
拾った球が、ただの返しじゃなく、相手の体力を削る“線路”になる。
福島の男子の息が、喉で鳴る。
福島の女子の足が、わずかに遅れる。
そして最後。
泉がネット前で、ほんの一瞬だけ“無音”を作った。
腕の力じゃない。間で止める。
泉(大阪弁・囁き)
「――置く」
シャトルが、テープすれすれで落ちる。
落ちる場所は、ラインの内側。ギリギリ。
福島が手を伸ばす。
届かない。
32-30。
第一セット、いずひろがもぎ取った。
一拍遅れて、歓声
笛が鳴っても、会場はすぐに叫べなかった。
あまりに長い一本だったせいで、現実に戻るのに一拍かかった。
その一拍のあと――
体育館が割れるほどの歓声。
湯田瑞穂は、ようやく息を吐いて泣いた。
湯田光は、泣き笑いで何度も頷いた。
仁保和夫は、肩を落として、やっと呼吸を取り戻した。
美野里は「お疲れさん…」と唇だけで言った。
津留美は、ついに立ち上がって叫んだ。
津留美(山口弁)
「ひろぉぉぉぉ!! うちの弟ぉぉぉぉ!!」
本山先輩
「津留美、全国。全国は――」
津留美
「今は全国も許して!!」
本山先輩(苦笑いしながら)
「……許す。今だけ」
泉とひろは、ベンチに戻る途中でラケットをコツン。
(最初の一本=挨拶)
(最後の一本=握手)
まだ終わりじゃない。
でも、この第一セットは確かに――
“峠”を越えた音がした。
第一セットを取り切った瞬間、会場の熱は一度“爆発”した。
だけど、インターバルに入ると不思議なくらい静かになる。
誰もが分かっていた。
あの32-30は、勝った側も負けた側も、体の奥を削る。
泉はベンチでタオルを首にかけ、肩を回す。
泉(大阪弁)
「……ひろ、今のセット、人生の体育やったな」
ひろ(山口弁、ちょい大阪が混じる)
「体育超えた。修行超えた。……でも、まだ“最後の一本=握手”じゃないけぇ」
泉
「せや。最後までや。
……スタミナ、まだいける?」
ひろ
「いける。むしろ、ここから」
二人は視線を合わせる。
笑ってるのに、目は真剣で――その目が、観客席まで届く。
第2セット ― “脚が止まる音”が聞こえる
第二セットが始まる。
序盤から、またラリー。
福島も意地で打ち合ってくる。
でも、第一セットと決定的に違ったのは――
脚。
福島ペアの一歩目が、遅い。
前後の切り替えで、腰が一瞬重くなる。
ネット前に出たあと、戻りが間に合わない。
会場が、それを“音”で理解する。
シューズの擦れる音が、さっきより重い。
ひろが奥で拾い続ける。
泉が前で止め続ける。
――そして、いずひろは焦らない。
それは偶然じゃない。
大会前から、二人は“勝負の準備”を積み重ねてきた。
バランスの取れた食事。
走り込み。
持久力の維持と向上。
そして、試合後のボディケアまで含めた徹底した管理。
スタミナは、気合いじゃなく“積み上げ”で作る。
泉もひろも、それを知っていた。
泉(大阪弁)
「……ほら来た。相手、戻り遅い」
ひろ(山口弁)
「見えた。焦らせん。
拾って、置いて、走らせる」
福島が強打する。
でも角度が少し甘い。
一球の精度が、ほんの少し落ちている。
泉がそこに、容赦なく入る。
10-5 ― いずひろが先行
点差は、みるみる開く。
福島が揺さぶりで崩そうとする。
だけど、いずひろの足は止まらない。
泉は前で、わざと“取れそうな球”を一球だけ残して見せる。
福島がそこに踏み込む。
次の瞬間、ひろの返球が逆サイドの奥へ走る。
福島が追う。
追っても、遅い。
10-5。
観客席がざわっとする。
“第二セットは流れが違う”と、全員が気づいた。
福島のペアに焦りが乗る。
焦りは疲労とくっついて、さらに精度を落とす。
ラインぎりぎりのショットが、ほんの数センチ外に落ちる。
ネット前のタッチが、少し浮く。
スマッシュの当たりがずれて、アウト気味になる。
「やばい」
その気持ちが、フォームを小さく崩す。
泉(大阪弁・ちょい煽り気味に小声)
「ひろ、相手、目が泳いどる。
……ほな、うちらは真っ直ぐ行こ」
ひろ(山口弁、ちょい大阪混じり)
「おう。真っ直ぐ。
“届くほうへ”だけでええ」
終盤 ― 追い詰められた福島、でも拾われる
福島は意地で叩く。
「このまま終われるか」と、強打を連発する。
でも――拾われる。
拾われるたびに、福島の息が荒くなる。
拾う側は、まだ呼吸が整っている。
その差が、残酷に出る。
泉が前で止め、ひろが奥で拾い、また泉が刺す――いや、
泉(大阪弁)
「……“決める”で!」
その言い直しに、客席が一瞬笑う。
でも笑いは、次の一球で飲み込まれる。
最後。
福島がスマッシュで勝負をかける。
ひろが拾う。
泉が前で“置く”。
相手が届かない。
21-15。
第二セットを取り切って――
優勝。
優勝の瞬間 ― “握手”が現実になる
笛が鳴る。
その瞬間、泉の肩が落ちた。
ひろも一度だけ目を伏せる。
二人はネットへ。
福島ペアに深く礼をする。
泉(大阪弁、まっすぐ)
「ありがとうございました」
ひろ(山口弁)
「ありがとうございました。……ほんま強かったです」
握手。
その手の温度が、“終わった”を実感させた。
そして、いずひろはラケットをコツン。
(最初の一本=挨拶)
(最後の一本=握手)
――全部、やった。
監督インタビュー ― 涙の“3年間”
中継のマイクが、監督に向く。
監督は、声を出そうとして一度だけ詰まった。
監督
「……あの二人は、本当にすごいです」
目尻に涙が浮かぶ。
それをごまかすみたいに、監督は笑って、でも涙のまま続けた。
監督
「泉が小学校四年生の時に大阪から引っ越してきて、
仁保とペアを組んで――三年間、ずっとシャトルを追いかけてきたんです」
監督
「負けた日も、勝った日も、
二人は“次の一本”の話しかしない。
その積み重ねが、今日のこの優勝です」
監督
「もう……中学生の域を超えてます。
ベテランの域に達したようなコンビです」
言い終えた瞬間、監督は小さく息を吐いた。
それが、三年間分の重さみたいに見えた。
泉とひろは、表彰台の上で視線を交わす。
泉(大阪弁・照れ笑い)
「……なぁひろ。うちら、ほんまに全国獲ってもうたな」
ひろ(山口弁、ちょい大阪混じり)
「獲ったね。……でも、まだ“次の一本”がある」
泉
「言うと思ったわ!」
二人の笑いが、金メダルより先に輝いた。
表彰台の前。
マイクが向けられ、フラッシュが瞬く。
泉は一度だけ深呼吸して、いつもの“笑いの顔”を封印した。
ひろも、背筋を伸ばして、まっすぐ前を見る。
司会
「山口第一中・湯田泉さん、仁保宇宙さん――全国優勝、おめでとうございます!
まずは率直なお気持ちをお願いします」
泉(大阪弁)
「ありがとうございます。……まず最初に、福島のペアのみなさん。
ほんまに強かったです。
あの前後の揺さぶりとラインぎりぎり、全国の決勝の球やなって思いました。
最後まで全力で打ってくれはって、ありがとうございました」
ひろ(山口弁)
「僕も同じです。
福島ペアは、最後の最後まで“取り切る”球をくれました。
その球があったけぇ、僕らも拾い切れたし、最後まで出し切れました。
ありがとうございました」
会場が、少しだけあたたかく拍手をする。
“勝者の言葉”じゃなく、“同じコートに立った人間の言葉”に聞こえた。
司会
「そして――優勝の秘訣、今日の勝因は?」
泉はひろを見た。
ひろは少しだけ笑って、マイクに近づく。
ひろ(山口弁、ほんの少し大阪混じり)
「……本日も、補助機関車と本務機。無事に走り終えました」
一拍。
客席が、耐えきれずに「わぁ…!」と笑う。
同時に拍手も起きる。
もはやこの言葉は、説明じゃなく“合図”になっていた。
泉(大阪弁)
「言うた! ここで言うた!
もう、全国の決勝で言うやつちゃうねん、それ!」
司会も笑いながら頷く。
「出ました」と顔に書いてある。
司会
「補助機関車と本務機、ですね。
もうこの大会の合言葉みたいになっていました」
ひろは少し照れて、でも真面目な顔に戻した。
ひろ(山口弁)
「はい。僕ら、鉄道が好きで。
瀬野八を越えるとき、本務機だけじゃしんどい。
補助機関車が押したり、支えたりして、やっと越えられるんです」
泉(大阪弁)
「せやねん。
うちらのバドも、どっちかだけやったら絶対ここまで来れてへん。
前(本務機)が粘って、後ろ(補助機関車)が拾って、
ほんで、また前が置いて――って噛み合わんと、結果って出えへん」
ひろ(山口弁)
「第一セットの32-30とか、まさにそうで。
どっちが欠けても落ちとったと思います」
泉(大阪弁)
「ほんまに。
あのデュース、もう…二試合分走った気したもんな。
でも、走り切れた。
今日、ここで優勝できたことで――」
泉は一瞬だけ言葉を探して、笑わずに続けた。
泉(大阪弁)
「“補助機関車と本務機”って言いよったの、
ただのネタやなくて、うちらの答えやったんやなって思います」
ひろは、それを受けて頷いた。
目の奥に、少しだけ熱いものが見える。
ひろ(山口弁)
「うん。
三年間ずっと、瀬野八みたいな峠を越えよった気がします。
今日の優勝で――一つ、答えが示せたと思います」
会場が、また拍手で包む。
笑いと、ちゃんとした感動が、同じ温度で混ざっていた。
司会
「最後に、これからの目標をお願いします」
泉はニヤッとして、ひろのほうを見る。
ひろも、悪い顔で返す。
泉(大阪弁)
「次は…えーと……全国連覇……の前に、
まずは今日の勝利の報告をして、ちゃんと寝ます!」
ひろ(山口弁)
「“がんばる前に寝る”です」
泉
「それ、誰の名言やねん!」
ひろ
「福岡の……ちいさい師匠たちの」
会場:ドッ!
笑いが起きる。
泉(大阪弁)
「ほな最後に言うとくわ。
本務機は今日も無事! 補助機関車も異常なし!
次も“届くほうへ”走ります!」
ひろ(山口弁)
「ありがとうございました」
二人で深く礼をする。
マイクが離れていっても、拍手が止まらない。
“補助機関車と本務機”――
それはもう、ただの言い回しじゃなかった。
二人が三年間積み上げて、全国の頂上で確かめた、
いずひろペアの合図そのものになっていた。




