お泊り後の二人・そして、バドミントン中学生全国大会三回戦
第10章 “気恥ずかしさ”はBPM=80で増幅する
朝の空気は澄んでいて、昨日までの熱気が嘘みたいに静かだった。
――なのに、郷子の胸だけが、ずっと小さく鳴っている。
(同じ部屋で寝た)
たったそれだけのことが、こんなに尾を引くなんて。
布団の真ん中を小町が占領していたせいで、温也は壁と合体していたし、郷子も端っこで縮こまっていた。
何も起きてない。起きてないのに、**“何かが始まった感”**だけがしぶとく残る。
玄関で「いってきます」と言って、自転車にまたがった瞬間、郷子は自分でも笑ってしまった。
(あと何年かしたら……うちら、夫婦になっちょるんやろうね)
その想像が、やけに自然に浮かんで――
次の瞬間、脳内の未来の自分が、未来の温也にツッコミを入れている映像まで出てきた。
(「エロ温、朝から何言いよるん!」って、うちが言いよる……)
郷子はハンドルを握ったまま、ふふっと口元を緩めた。
後ろを走る温也が、不思議そうに言う。
温也(大阪弁)「なぁ郷子、いま笑ったやろ。なに思い出してん」
郷子(山口弁)「べつに〜。なんでもないよ」
温也「絶対なんかあるやん。顔が“にや”ってなっとる」
郷子「……にやってしてないし。太陽がまぶしいだけじゃけぇ」
温也「その言い訳、女子の“定番逃げ”やな」
郷子「逃げちゃうし。……ほら、遅れるよ」
そう言ってペダルを踏む。
朝の道を並んで走るだけで、昨日までと同じはずなのに、距離感だけが少し違う。
温也の横顔が、いつもより近く見える。
郷子はそれがくすぐったくて、でも嫌じゃなくて、また少しだけドキドキした。
◆ 山口農林高校・吹奏楽部 音出し開始
学校に着くと、部室からはすでにケースの金具音が“カチ、カチ”と鳴っていた。
郷子がトロンボーンケースを背負って入ると、先輩の石井が腕を組んで待ち構えている。
石井(山口弁)「おはよう。……郷子、温也。
……なんか今日、二人とも顔が“ふわっ”としちょるんじゃが?」
郷子「えっ、そう?」
温也「いや、してないですって。普通です」
石井「普通のテンションじゃないねぇ。
“ええことありました顔”じゃ。……で、なにがあったん?」
郷子「……内緒です」
温也「内緒っす」
石井「ほう。二人で口裏合わせたんか。怪しいのう」
郷子「合わせてないし! ただ、内緒なだけ!」
温也「そうそう。秘密保持契約や」
石井「誰と契約しとるんよ」
その会話を聞いて、トランペットの田中がニヤつきながら寄ってくる。
田中「なんや、朝から漫才しよる。
二人、昨日“仕上がった”感じしちょるな」
郷子「田中先輩まで言うん!? 仕上がってないし!」
温也「いや仕上げはこれからっす。コンクールの」
田中「言い方が、もう“意味深担当”なんよ」
打楽器の佐々木がスティックをくるくる回しながら、さらっと追撃する。
佐々木「……小町、来てない?」
郷子「え、なんで小町の話!?」
温也「今日は家でお留守番……たぶん」
佐々木「“たぶん”って何。猫、掌握できてないの?」
温也「うちの小町、国家レベルで自由なんす」
郷子「国家レベルで自由ってなに……」
笑いの波が一回起きて、すぐ音楽の空気に戻る。
顧問の佐伯先生が、無駄なく手を叩いた。
佐伯「はい、ロングトーンいくよ。B♭。
吸って、吐いて。語尾を削る。響きはホールがやる」
“笑いの余韻”が、すっと薄まる。
でも――郷子の中のドキドキは、まだ消えない。
◆ チューニング → パート練習 “バレバレの秘密”
チューニングのAが鳴り、金管が順番に合わせていく。
郷子はスライドをわずかに調整しながら、ちらっと温也を見る。
温也は真面目な顔で息を入れている。
いつも通りのはずなのに、郷子には“昨日の夜”が一瞬だけフラッシュバックする。
(小町が真ん中で寝とって、温也が壁にくっついちょったやつ……)
思い出しただけで、口角が上がりそうになって、慌てて真顔に戻す。
石井が、パート練習の譜面台の間を歩きながら、わざとらしく言った。
石井「郷子、今日ちょい機嫌ええじゃろ」
郷子「えっ、そんなことないよ」
石井「ある。音が柔らかい。
……で、温也」
温也「はい」
石井「おまえも今日、息が落ち着いちょる。
……なんか二人、いいことあったんじゃない?」
温也「いや、ないっす」
郷子「ないない!」
石井「その“ないない”が一番怪しいんよ」
郷子「怪しくないし!」
温也「先輩、詮索は野暮っす」
石井「野暮って言うな。
……まぁええわ。隠したいことは隠しとけ。
その代わり――」
石井はニヤッと笑って、指を一本立てた。
石井「その“ふわっ”とした分、音で返せ。
“扉、開けて立つ”ぞ」
郷子「……はい!」
温也「はい!」
ふたりが同時に返事して、同時に顔を見合わせて、同時に逸らす。
その動きがあまりに揃っていて、田中が吹き出した。
田中「ほら。もうバレバレ」
佐々木「うん、バレバレ」
石井「……やっぱり、いいことあったな」
郷子「だーかーらー!」
温也「違うって!」
でも、否定すればするほど、周りのニヤニヤは増えるばかり。
郷子はもう観念して、譜面に視線を落とした。
(……まぁ、バレたってええか)
言葉にしないだけで、
この朝のドキドキは、ちゃんと音に混ざっていく気がした。
第11章 グルチャ開通 ― 博多の“察し力”は全国レベル
放課後。
部活の片付けを終えた温也と郷子は、人気のない廊下の窓際で並んで座っていた。
郷子はスマホを握ったまま、まだ少しだけ落ち着かない。
温也も同じで、いつもなら口から先に出るボケが、今日は一拍遅れる。
温也(大阪弁)「……なぁ郷子、いまグルチャつなぐ?」
郷子(山口弁)「うん。小倉家に報告せんとね。
“二回戦勝った”って、泉ちゃんたちからも来ちょるし」
温也「よし。ほな、開通――」
ポチ。
画面に“福岡・小倉家グルチャ”のビデオ通話が立ち上がった瞬間――
いきなり、顔が二つ、どアップで映った。
光子(幼い博多弁)「温也お兄ちゃんー!!」
優子(幼い博多弁)「郷子お姉ちゃーん!!」
郷子「うわっ、近っ!」
温也「顔面がカメラに勝ちに来てる!」
光子「なぁなぁ、なんかあったと?」
優子「ふたり、すごい嬉しそうな顔しとる!」
温也「開始0.3秒で核心突くな!!」
郷子「う、うちは別に……普通じゃけぇ」
光子「普通の人は、ほっぺが“ふにゃ”ってせんよ?」
優子「温也お兄ちゃん、目がやさしか!」
温也「やさしか言うな! なんか照れるやろ!」
そこへ、画面がスッと広がって――
後ろから大人勢がズラッと現れる。
優馬「おーい、聞こえるかー?」
美鈴「二人ともお疲れさま。……で?」
美香「ちょっと待って、“で?”って何ですかお母さん」
美鈴「だって、ねぇ?」
優馬「顔がな。顔が“青春”って言うてる」
郷子「優馬さんまで!?」
温也「美鈴さん、“で?”って圧が強いっす!」
その瞬間、泉が画面に割り込んできた。
(後ろから押しのけるように)
泉(大阪弁)「なぁ!!郷子さん!!兄ちゃん!!
うち、今めっちゃええ話、言うてええ!? ええよな!?」
温也「おい待て泉、今は――」
泉「二人、同じ部屋で寝たんやろ!!」
温也「言うなぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
郷子「泉ちゃん!!!!!!」
小倉家「「「ぎゃははははははは!!!!」」」
優馬「ほらぁぁぁ!やっぱり青春やん!!」
美鈴「うん、青春。確認できました」
美香「確認って何……検査結果みたいに……」
光子「えっ、同じおへや!?」
優子「えっ、けっこん!?」
温也「結婚ちゃう!!」
郷子「小町がおったんよ!!真ん中に!!」
光子「真ん中に猫!? かわい〜!」
優子「猫が真ん中ってことは……
温也お兄ちゃんと郷子お姉ちゃんは、はしっこ!?」
郷子「そう! はしっこ!!」
優子「はしっこ夫婦!!」
温也「新しい概念作るな!!」
◆ 小倉家のツッコミ、包囲網
美鈴「で? 郷子ちゃん。
“なんかうちら夫婦になったみたいじゃね”って言ったの誰?」
郷子「な、なんでそれ知っちょるんですか!?」
泉「うちが言うた」
郷子「泉ちゃん!!!!」
優馬「ほらもう、証言が揃った」
美香「裁判みたいになってる!」
光子「ねぇねぇ、温也お兄ちゃん、エロ温したと?」
温也「せぇへん!!」
優子「“エロ温モード”は、きょうは何パーセント?」
温也「%で聞くな!! それ健康診断の数値や!」
美鈴「でも温也くん、今日は“音楽温モード”で頑張ったんでしょ?」
温也「……そこだけ正しいです!」
優馬「郷子ちゃんは? “エロ温”ってツッコミ、もう慣れてきた?」
郷子「慣れたくないです!!」
美香「もう完全に恋人コントじゃないですか……」
泉「せやねん。あの二人な、朝、顔ふわっふわやったで」
郷子「泉ちゃん、余計な実況いらんけぇ!」
◆ ここからギャグモード:博多式“青春取り調べ”
優馬「よし。じゃあ取り調べ始めるぞ」
温也「なんで取り調べやねん!」
美鈴「第一問。
昨夜、小町はどの位置で寝ましたか?」
郷子「真ん中です!」
美鈴「はい合格」
温也「合格って何!?」
優子「第二問!
温也お兄ちゃんは壁と合体した?」
温也「した!!……って、言わすな!」
優子「はい、はしっこ夫婦認定!!」
温也「認定すな!!」
光子「第三問!
郷子お姉ちゃん、きょう“にや”ってした?」
郷子「……した」
光子「ほらぁぁぁ!!」
郷子「なんでそんな嬉しそうなん!?」
光子「だってー! ふたりがしあわせそうやけん!」
美香「光子ちゃん、優子ちゃん、尊い……」
優馬「よし、最後。温也くん、郷子ちゃん」
美鈴「“最初の一秒=挨拶、最後の一秒=握手”を、夫婦にも応用できますか?」
温也「応用って何やねん!」
郷子「……え、でも」
温也「いや待て郷子、考えるな」
郷子「最初の一秒=おはよう、最後の一秒=おやすみ……?」
小倉家「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」
温也「ほらぁぁぁ!言うたやん!!盛り上がるから!!」
優馬「青春やん!!!!」
美鈴「青春だねぇ……(しみじみ)」
泉「兄ちゃん、覚悟しとき。
“エロ温”は将来、“正式芸名”になるで」
温也「なんでやねん!!」
郷子「うち、それ言う未来の自分、想像できるのが悔しい……!」
小倉家「ぎゃははははは!!」
画面越しの笑い声は、博多の夕方の空気みたいにあったかくて、
山口の部室の窓から入る風まで、ちょっと柔らかくなる気がした。
そして最後に、光子と優子が同時に言った。
光子「温也お兄ちゃん!」
優子「郷子お姉ちゃん!」
ふたり「青春、たいせつにねー!」
温也「誰目線やねん!!!」
郷子「……でも、ありがと」
温也「……うん。ありがとな」
小町「にゃ(画面外で参加したがってる)」
郷子「小町まで参加したがりよる……」
温也「こいつ、ほんまに“家族会議”好きやな」
小倉家の笑いは、もう一段大きくなった。
全国三回戦 ― “阿蘇の外輪山、越えてくる系ペア”襲来
東京都内の体育館。
全国中学校体育大会・バドミントン競技――三回戦。
空調の効いたはずの会場は、ラリーの熱でじわっと湿気を帯びていた。
観客席には各地の強豪校の応援が陣取り、声援が波のように押しては引く。
山口第一中の「いずひろ」――湯田泉と仁保宇宙。
二回戦を“本務機と補助機関車”で突破して、とうとうベスト16の壁へ挑む。
そして、コートの反対側に現れたのは――熊本代表。
背筋の伸びたふたり。無駄がない。
しかも肩の筋肉の付き方が、もう“部活”というより“道場”っぽい。
会場アナウンスが響く。
「三回戦、山口第一中(女子)湯田 泉・(男子)仁保 宇宙
対、熊本代表――S製薬所バドミントン門下生ペア――入場!」
泉は小さく息を吸って、ラケットを握り直す。
泉(大阪弁)「ひろ……相手、ええ空気出しとるな」
ひろ(山口弁)「うん。
でも泉、怖いときほど“届くほうへ”じゃろ」
泉「せやな。
今日も二拍我慢して、一拍で刺……」
ひろ「刺す言うな。決める、じゃ」
泉「はいはい、“決める”な」
ふたりはラケットを胸の前でコツンと合わせた。
(最初の一本=挨拶)
コートに立った瞬間、熊本ペアの空気は明らかに違っていた。
動きに無駄がなく、構えが低い。
“門下生”という肩書きに偽りはない。
ラリーが始まるや否や、強烈なドライブが飛んでくる。
熊本男子(熊本弁)
「ほら行くばい! そげん甘か球、熊本じゃ通用せんぞ!」
泉(大阪弁)
「うわっ、速っ……!」
ひろ(山口弁)
「泉、前任せた! 後ろは俺が拾う!」
熊本女子(熊本弁)
「まだまだたい! そがんもんで決まる思うと?」
ネット前に落とした泉のヘアピンを、熊本女子がぎりぎりで拾う。
熊本男子
「拾えるとこまで拾うばい。
本務機か補助機関車か知らんばってん――」
一瞬、視線をこちらに向けて、にやり。
熊本男子
「瀬野八越えで自慢しよったら、全国じゃ通用せん」
熊本女子
「うちらにはもっときつか峠があるとたい」
泉(小声・大阪弁)
「……来たで、“阿蘇理論”」
熊本男子(熊本弁)
「阿蘇の外輪山越えとる身からしたら、
その程度の坂、平地みたいなもんたい」
ひろ(山口弁・小声)
「……言うことは強気じゃけど、
実力も本物じゃ」
第1ゲームは熊本ペアが押し切る。
◆ 第2ゲーム ― 粘り合い
拾っても拾っても、熊本ペアは攻め続ける。
熊本女子(熊本弁)
「なんでそげん拾うと!?
もう決まった思うたばい!」
泉
「拾うでぇ。
全国やもん、これくらい普通やろ?」
熊本男子
「……ちっ。
まだ足残っとるとか、しつこかね」
ひろ
「しつこいのが取り柄なんで」
泉
「長所は“粘着質”や!」
熊本女子
「言い方!」
泉の無音ヘアピンが決まり、流れが変わる。
熊本男子(熊本弁・苛立ち)
「くそっ……!
拾われるたびに、足が重なってくるばい……!」
第2ゲーム、いずひろが奪取。
◆ ファイナルゲーム ― 阿蘇を越えた先
終盤、互いに息が荒い。
熊本女子(熊本弁)
「まだ行けるばい!
ここで引いたら、門下生の名が泣く!」
熊本男子
「最後まで攻めるたい!」
渾身のスマッシュ。
ひろが床すれすれで拾う。
熊本男子
「……まだ拾うとか、どんだけたい!」
泉
「全国やで?
拾われる覚悟せな!」
最後の一本。
泉
「――届くほうへ!」
シャトルがネット際に落ちる。
21―19。
熊本ペア、膝に手をついて息を整える。
◆ 試合後 ― 敬意
熊本男子(熊本弁)
「……やられたばい。
瀬野八、なめとった」
熊本女子
「うちらも阿蘇越えたつもりやったばってん……
今日はあんたらが一枚上やった」
泉(大阪弁)
「ありがとうございます。
阿蘇の外輪山、めっちゃかっこよかったです」
ひろ(山口弁)
「ほんま、最後まで攻めてくれてありがとうございました」
熊本男子
「次も勝ち進まなんばい。
熊本の分までな」
ひろ
「はい。背負って行きます」
勝利インタビュー(熊本戦後)
司会
「強豪・熊本ペアを破っての勝利。秘訣は?」
ひろ
「今日も、瀬野八越えの本務機と補助機関車、順調でした」
会場:爆笑。
泉
「阿蘇の外輪山と比べたら、
うちらまだ修行中やけどな!」
司会
「相手へのリスペクトを感じます」
泉
「もちろんです。
阿蘇を越えてきた相手やもん。
笑い抜きで、ほんま強かった」
ひろ
「だからこそ、拾い続けるしかなかったです」
スタンド ― もうひとつの戦場
コートの熱気に負けないほど、観客席も沸いていた。
ひろの姉・津留美は、誰よりも前のめりだった。
津留美
「ひろー! 今の拾い、床と結婚しとるやろ!」
隣でタオルを振り回しているのは、本山先輩。
本山先輩
「いや違う、あれは床がひろに惚れた瞬間や!」
津留美
「どっちにしても気持ち悪いわ!」
二人のやり取りに、周囲の保護者席からクスクスと笑いが漏れる。
「なんか、応援が漫才みたいですね……」
「試合よりそっち見てしまうんですけど」
津留美は気にせず、さらに声を張り上げる。
津留美
「泉ちゃん! そのスマッシュ、全国放送でええよー!」
本山先輩
「いやもう、全国CMいけるでそれ!」
勝利の瞬間
最後のシャトルが床に落ちた瞬間。
泉のスマッシュが決まり、勝利が確定した。
スタンドが一斉に立ち上がる。
湯田光
「……よくやったな」
隣の瑞穂は、目を細めて拍手しながら。
瑞穂
「すごいやん。
あんな粘り強い試合、見たことないわ」
光
「ほんまや。
あれは技術だけやない。
根性も一級品や」
一方、反対側では――
仁保和夫
「よう粘ったなぁ。
最後まで走り切っとった」
美野里
「ひろ、足ガクガクやろうに……
でも、顔は全然諦めとらんかったね」
和夫
「ああ。
あれは“勝ちに行っとる顔”やった」
応援席・オチ
試合後、津留美は満足そうに腕を組む。
津留美
「いや〜、いいもん見せてもろたわ」
本山先輩
「俺らの応援も効いたな」
津留美
「どこがや。
あんた、途中から熊本弁マネしてただけやん」
本山先輩
「応援は気持ちや!」
津留美
「気持ちが迷子になっとったわ!」
周囲、またも爆笑。
コートの向こうで
泉とひろが観客席に軽く手を振る。
泉(大阪弁)
「……なぁ、ひろ」
ひろ(山口弁)
「ん?」
泉
「スタンド、うるさすぎへん?」
ひろ
「うるさいけど……
なんか、背中押される感じするやろ」
泉
「それは認めるわ」
二人はラケットを握り直す。
瀬野八越えの本務機と補助機関車。
その後ろには、笑いながらも本気で支える家族と仲間がいた。
そして――
その声援もまた、
いずひろペアを前へ、前へと走らせていくのだった。
準々決勝 ― はんなり地獄と拾い倒し
翌日。
全国中学校体育大会バドミントン競技、準々決勝。
コートに入ってきた京都代表ペアは、動きに無駄がなかった。
姿勢は柔らかく、フォームは静か。
だが、放たれるシャトルは――えぐい。
角度が鋭く、ラインぎりぎりを舐めるように落ちてくる。
観客席がざわつく。
「京都のペア、うまいな……」
「はんなりしとるのに、えげつないわ」
ひろがラケットを構えながら、小さく息を吐く。
ひろ(山口弁)
「……泉、これ、相当いやらしい相手じゃ」
泉(大阪弁)
「せやな。
でも、こういうの――燃えるやん?」
京都ペアの余裕
サーブ前、京都ペアの一人が、ちらりと泉たちを見る。
京都ペアA(京都弁)
「一年生で、ようここまで来はったなぁ。
それは、ほんまに立派や思います」
京都ペアB(京都弁)
「せやけどな……
ここから先は、うちらの庭やさかい」
泉はニヤリと笑う。
泉
「庭やて。
ほな、踏み荒らしたるわ」
ひろ
「言い方!」
はんなり猛攻
ラリーが始まる。
京都ペアのショットは、まるで計算された舞のようだった。
一見ゆっくり、だが、次の瞬間――
鋭角。
ネットすれすれ。
ラインぎりぎり。
泉が飛び、ひろが滑り込む。
泉
「っしゃぁ! まだ生きとるで!」
ひろ
「拾える! まだ拾える!」
京都ペアA
「……あら。
よう拾いはりますなぁ」
京都ペアB
「ほんま、しぶといわぁ」
観客席からどよめきが起きる。
粘る、拾う、笑う
長いラリー。
何度も決まったと思われたシャトルが、
いずひろペアのラケットに当たって返ってくる。
ひろ(思わず)
「なんでやねん、まだ返っとる!」
泉
「自分でツッコむな!」
京都ペアA
「……ちょっと、嫌になってきましたえ」
京都ペアB
「せやなぁ。
決まらへんスマッシュほど、心削られるもんはあらしまへん」
だが、京都ペアは崩れない。
それでも――少しずつ、足が止まり始めていた。
逆転の兆し
ひろが深くロブを上げる。
泉が前に詰める。
泉
「今や!」
鋭いスマッシュ――
……ではなく、フェイント。
京都ペアの足が一瞬止まる。
京都ペアA
「……しまっ」
ポイント。
観客席が沸く。
ひろ
「今の、完全に“本務機”じゃったな」
泉
「今日は交代制や。
今のはワシが本務機や」
決着
最終盤。
京都ペアB(歯を食いしばって)
「一年生で、ここまで粘られるとは……
正直、思てませんでした」
京都ペアA
「せやけど――
最後に笑うんは、うちらやから」
泉
「それ、うちのセリフやで」
最後のラリー。
拾う。
返す。
走る。
笑う。
泉のクロスが決まった瞬間――
勝敗が決した。
試合後
握手。
京都ペアA(京都弁)
「……負けましたわ。
ほんま、ええ試合でした」
京都ペアB
「次、どこまで行かはるか、楽しみにしてますえ」
ひろ
「ありがとうございました」
泉
「また、どっかでやりましょ」
二人がベンチに戻ると、観客席から拍手が降り注ぐ。
ひろ、ぽつり
ひろ
「泉……」
泉
「ん?」
ひろ
「瀬野八越え、本務機と補助機関車……
今日も、無事通過じゃの」
泉
「せやな。
しかも、京都の石畳も越えたわ」
二人は顔を見合わせ、笑った。
準々決勝後・勝利インタビュー中継 ― 「残っとるん、いずひろだけ」
準々決勝のコートを出た瞬間、泉の足がふっと軽くなった。
勝った――その事実が、身体の芯から遅れて追いついてくる感じ。
しかし、息を整える間もなく、スタッフがマイクを持って近づいてくる。
「勝利インタビュー、お願いします!」
ひろが一歩前に出かけたところで、泉が肘で軽く止めた。
泉(大阪弁)「ちょい待ち。まず……汗やばい。全国の皆さんに失礼や」
ひろ(山口弁)「汗は努力の証拠じゃけぇ、ええんよ」
泉「ほな、努力の証拠が今、眉毛から落ちてきとるわ」
ひろ「そこは拭け」
◆ いずひろインタビュー
司会(中継)
「山口第一中・湯田泉さん、仁保宇宙くん! 準決勝進出おめでとうございます!
お相手は京都の“おけいはんズ門下生”ペア。鋭角なショットが印象的でした」
ひろ(山口弁)
「ありがとうございます。フォームがきれいで、落ち着いたラリーをされるんですけど、
飛んでくる球は…えげつなかったです」
泉(大阪弁)
「はんなりしてんのに、角度が殺意あるねん。
“にこっ”って顔で、シャトルが床に刺さりに来る」
会場:ドッ
司会
「勝因はどこに?」
ひろ
「拾いです。今日は“決める”より“返す”を優先して、
相手のリズムが崩れるまで待ちました」
泉
「うちら、決めたろ精神になったら負けるんで。
二拍我慢、からの一拍返し。
…で、最後に“置く”」
ひろ
「“届くほうへ”です」
司会
「今日も、あの合言葉は健在ですか?」
ひろは、一瞬だけ真面目な顔のまま――さらっと言う。
ひろ
「はい。今日も――
瀬野八越えの本務機と補助機関車、順調です」
会場:一拍遅れて爆笑。
泉(大阪弁)
「京都やぞ!! おけいはんズやぞ!!
なんで瀬野八で通過報告してんねん!」
司会
「いずひろ節が炸裂しましたね!」
ひろ(山口弁、ちょっと大阪弁混じり)
「もう…これ言うたら落ち着くんですよ。ルーティン。
“よっしゃ、越えた”ってなる」
泉
「言うても、越えたんは京都の石畳やろ。
“おけいはんズ越え”って言えや!」
ひろ
「言いにくい」
泉
「言いにくいから瀬野八に逃げんな!」
監督インタビュー中継 ― 「残っとるん、いずひろだけです」
そのまま画面が切り替わり、山口第一中の監督が映った。
背筋を伸ばしつつ、目はまだ試合の余韻で熱い。
司会
「山口第一中、チームとしての現状も伺いたいです。
男女のシングルス・ダブルスはここまでで敗退し、
勝ち残っているのはいずひろペアのみ、という状況ですが」
監督
「はい。正直、ここまで来た時点で簡単な道じゃないです。
全員が勝ち上がることはできなかった。
でも――今、チームの“想い”が一本にまとまっています」
司会
「チームの反応は?」
監督
「熱いです。
負けた選手たちほど、いずひろの背中を押しています。
自分の分まで、ではなく、
“みんなでここにいる”という応援になっている」
監督は少し笑って付け足した。
監督
「あと……いずひろの二人は、
試合中にギャグ入れるのをやめてほしいですね」
会場:ドッ
監督
「いや、でも、あれが二人のリズムでもあるので。
“間が整う”なら、私は止めません」
◆ 控室前 ― 応援の熱が一本になる
インタビューが終わると、チームメイトがわっと集まってきた。
敗退したシングルスの先輩も、ダブルスの相方も、全員。
先輩A
「お前ら、マジで拾いすぎ。見てるこっち足つるわ」
後輩1年
「次、準決勝ですよね!? やばい、手汗止まんないです!」
先輩B
「勝ったら、俺ら全員で“本務機”のポーズすっけ」
泉(大阪弁)
「それはやめろ!! 全国に意味不明が増える!!」
ひろ(山口弁)
「いや……増えてもええかもしれん」
泉
「ええわけあるか!」
みんなが笑う。
けれど、その笑いの奥に、同じ熱がある。
――残ってるのはいずひろだけ。
でも、背負ってるのは、ひとり分じゃない。
勝利報告・グルチャ接続 ― 博多の再現度が“全国優勝級”
その夜。
宿舎の廊下の端、Wi-Fiが強いと噂のポイントで、泉がスマホを掲げた。
泉(大阪弁)
「よし、つなぐで。博多の皆さーん、聞こえるー?」
ピッ。
画面に小倉家が映った瞬間――
もう待ち構えてたみたいに、幼い光子と優子が前に出てきた。
光子(幼い博多弁)
「いずひろペア、じゅんけっしょう、おめでとー!」
優子(幼い博多弁)
「うちらも、いずひろするけん!」
泉「え、なに、いずひろするって」
次の瞬間。
二人はラケット代わりの“リモコン”を胸の前で――
コツン。
光子
「最初の一本=あいさつ!」
優子
「最後の一本=あくしゅ!」
完璧な間。
完璧な声の揃い。
完璧な“ドヤ顔”。
泉「……えぐ」
ひろ「完成度、全国レベルじゃろ……」
そのまま二人は、さらに続けた。
光子(真剣)
「二拍……がまん!」
優子(真剣)
「一拍……かえし!」
そして、優子が“ぽすっ”とリモコンを床に置く。
優子
「――置く」
泉「置くまでやるんかい!!」
会場(小倉家)
「ぎゃははははは!!」
優馬
「再現力、異常!!」
美鈴
「え、今の“間”、本家より上手くなかった?」
美香
「怖い怖い、天才双子すぎますって!」
光子
「さいごに――」
優子
「瀬野八越えの……」
泉「待て待て待て!! そこまで覚えたらアカン!!」
ひろ「…もう遅い気がする」
光子&優子(声そろえて)
「本務機と補助機関車、順調です!」
画面の向こうで小倉家が崩れ落ちる勢いで爆笑した。
優馬
「全国に行かんでええ方向の技術が伸びてる!!」
美鈴
「でも、これが“合言葉”ってことだね」
泉(大阪弁)
「うち、今、全国で勝って、博多で負けた気するわ……」
ひろ(山口弁)
「泉、でも嬉しいじゃろ」
泉「……うん。めっちゃ」
光子と優子は最後に、ちゃんと深々と礼をした。
光子
「いずひろペア、がんばってね!」
優子
「さいごに笑うんは、いずひろやけん!」
泉「誰のセリフやそれ!」
ひろ「…でも、ええこと言うた」
画面の向こうとこっちで、笑い声が同時に弾けた。
その笑いが、明日の準決勝への“整列”になっていく。




