二回戦 ―「東京特急vs瀬野八コンビ」上田家お泊まり回
二回戦 ―「東京特急vs瀬野八コンビ」
全国中学体育大会・二回戦。
アナウンスが会場に響く。
「ミックスダブルス二回戦。
東京都代表・城南第三中学校 対 中国ブロック代表・山口第一中学校――入場!」
泉とひろがコートに入ると、観客席の一角から、やたらテンションの高い声が飛んだ。
光「いっちゃれーーー!! 泉ーーー!!」
瑞穂「ひろくんもー! 落ち着いてねぇー!」
湯田光・瑞穂夫妻。
プラカードまで持っている(「届くほうへ!」と手書き)。
その横には、ひろ側の応援団。
和夫「おーい、宇宙ーー! 足止めんなよー!」
美野里「泉ちゃん、楽しんでおいでぇ!」
さらに、ひろの姉・津留美まで両手をブンブン振っている。
津留美「いずひろファイッ!! “本務機と補助機”全国配信やでぇ!!」
その後ろで、本山先輩が苦笑いしている。
本山「……なんか、山口の応援席だけローカル番組みたいになっちょる」
ひろは苦笑しながら、泉にささやいた。
「なぁ泉、うちらの親ら、**完全に『身内バラエティ』**やない?」
泉はニヤニヤしながら胸を張る。
「ええやん。視聴率100%保証つきやで」
試合開始 ― 東京ペアの宣戦布告
ネットを挟んだ反対側。
地元・東京代表ペアは、いかにも「全国慣れ」している雰囲気だった。
男子のほうが、ニヤッと笑って口を開く。
「本務機と補助機? なんだそれ。
機関車か何だか知らねーけどさ――」
女子も続ける。
「ここ東京だし? その変なノリ、今日で終点だから。」
男子はラケットを肩に担ぎ、わざとらしく言い切った。
「俺らがここで止めて、決勝いくからさ。
悪いけど、踏切で待っててよ、“山口急行”さん。」
泉は思わず吹き出す。
「なんやろ、ディスられとんのに、例えめっちゃ優しいな」
ひろも肩をすくめた。
「踏切で待っとけ言うても、
瀬野八越えた本務機、そう簡単には止まらんけぇね。」
主審の「プレイ!」の声が響き、試合が始まる。
第1ゲーム ― 東京の速攻
序盤から、東京ペアは容赦がなかった。
男子の豪快なスマッシュ。
女子の鋭いレシーブとネット前のプッシュ。
バシィィィィン!!
「うお、速っ!」
一年の健太が思わず声を上げる。
美月もタオルを握りしめる。
「泉先輩たちも速いけど、あの人たちも“新幹線クラス”ですね……!」
村田コーチは腕を組んだまま、眉をひそめる。
(悪くはないが……
“受ける二拍”が、まだ浅いのう)
東京男子が、ネット越しに笑う。
「ほら、“本務機”さんよぉ。
そんなレシーブじゃ、まだ踏切閉まんねーぞ?」
その言葉通り、序盤は東京ペアが押しまくり。
ラリーも短い。
11–6(インターバル)、
16–10、21–14。
「第1ゲーム、城南第三!」
葵先輩が顔をしかめる。
「うーん……完全に“速攻勝負”に付き合わされちゃってるね」
陽菜先輩も頷く。
「山口の“ロングラリー瀬野八モード”が、まだ出てない感じする」
インターバル ― 本務機・補助機、役割再起動
ベンチに戻ると、光が前のめりになった。
光「泉! 宇宙! ええもん見せてもろうとるけぇ、
ここから“瀬野八バージョン”入れてみぃ!」
瑞穂がうんうんと頷く。
「そうそう。速いだけが列車じゃないんよ。
しんどい坂を、笑いながら登るのがあんたらでしょ?」
和夫も笑う。
「東京の人ら、ラリー長くなるん慣れとらん顔しとるで」
美野里は、ひろの手にタオルを押しつけながら言う。
「怖かったら、“怖いけど、立つ”って心で言いよき。
あんた、ずっとそうしてきたじゃろ?」
津留美はいつもの調子。
「はいはい〜! 全国配信用に、
“本務機・補助機フルスロットルバージョン”でお願いしまーす!」
本山先輩が苦笑しつつ、少しだけ真剣な目になる。
「でもマジでさ、
長いラリーになったら、絶対あの人たちのほうが嫌がるよ。
そこが、いずひろの“ホームグラウンド”じゃん。」
泉はタオルで顔を拭きながら、ひろを見る。
「ひろ。
うちら、速さ勝負乗る必要ないわ。
瀬野八で鍛えた“登り仕様”見せたろ。」
ひろはふっと笑って、親指をぐっと立てた。
「本務機・仁保、“二拍我慢→一拍返し”モード。
補助機・湯田、“笑い混ぜながら前封鎖”モード。」
泉も親指を立てる。
「ええやん。
東京でいちばん“しんどい各駅停車”見せたるわ。」
第2ゲーム ― ラリーは続くよどこまでも
第2ゲームが始まる。
序盤から、明らかにラリーの質が変わった。
東京男子のスマッシュ。
ひろが、ギリギリのところで受け止める。
キュッと床を滑るように動き、
シャトルをふわっと上に返す。
女子がドロップで落とす。
泉がそれを、ネットすれすれで拾い返す。
「(落ちろ……!)」
「(落ちん……!!)」
数十回、ラケットの音が続く。
ベンチの一年たちがざわめいた。
健太「なんか、ラリーの密度がさっきと違う……!」
美月「泉先輩もひろ先輩も、“絶対に自分から落とさない”顔してる……」
村田コーチは、うん、と短く頷いた。
「よし。
“受ける二拍”が、やっと出てきたのう。
あとは、“届くほうへ”の一拍返しを、どこで出すかじゃ」
東京男子の眉間にしわが寄る。
「(なんだこいつら……
さっきまで、もっとあっさりミスってたろ……?)」
女子も負けじと前に出続けるが、
泉のヘアピンとロブの切り替えに、少しずつ遅れが見え始める。
スコアは並走。
5–5、8–8、11–10(インターバル)。
光が声を張る。
「よっしゃ、そのラリーじゃぁぁ!!」
和夫も、拳を握りしめる。
「“長ぇラリー=山口のホーム”じゃけぇな!!」
瑞穂と美野里は顔を見合わせ、笑っている。
「似た者同士ねぇ、あの子らの親」
東京の苛立ちと、山口の“笑いブレーキ”
中盤、スコアは15–13で山口リード。
東京男子が苛立ちを隠せなくなる。
「おい、いい加減にしろよ、
なんでそんなに拾えんだよ!!」
泉は、にやっと笑って返す。
「うちら、瀬野八育ち仕様やからなぁ。
ちょっと坂道なったくらいじゃ止まらへんで?」
ひろが、さらっと付け足す。
「消費カロリーはちょっと気になっちょるけどな。」
泉がクスッと笑う。
「あとでアイス二個な」
「二個は多いわ」
その“いつものやり取り”が入るたびに、
なぜか山口側の足が軽くなっていく。
一方で、東京ペアの動きは徐々に重くなる。
(なんで笑ってんだよ、こいつら……)
(苦しいラリーで笑うなよ……)
東京男子のスマッシュが、
ほんの少しだけネットにかかるようになった。
「第2ゲーム、21–16、山口第一!」
セットカウント1–1。
ファイナルゲーム ― 東京vs山口、そして親たち
最終ゲーム。
応援席では、各家の両親たちが、
全員立ち上がっていた。
光「よし、ここや! 行け行けぇぇ!!」
瑞穂「泉、ちゃんと深呼吸してねぇ!」
和夫「宇宙ー! ちゃんと“怖い”って思いながら立っとるかー!」
美野里「落ち着いちょる顔しとる! ええよ、その顔!」
津留美「ファイナールやでファイナール! “本務機と補助機ファイナル編”や!」
本山先輩が小声でつぶやく。
「タイトル長いんよな、毎回」
コートの中。
スコアはまたしても並走。
4–4、7–7、10–10。
東京男子は歯を食いしばる。
「(くそっ……
ここで、この山口ペアぶっ潰して、
決勝に行くって決めてたのに……!)」
しかし、その「潰す」という意識は、
ささやかな精度の乱れとなって、
少しずつショットに現れ始める。
スマッシュがアウトミス。
プッシュがネットタッチ。
ドロップが浮いてしまう。
一方のいずひろペアは――
泉「ひろ、次“二拍我慢→二拍返し”いこか」
ひろ「新しいこと言うな」
――相変わらずだった。
ラストの数点――本務機交代?
18–17、山口リード。
タイムアウト明け。
泉がネット前で構える。
「なぁひろ」
「ん」
「今日のうち、ちょっと本務機寄りちゃう?」
ひろが一瞬きょとんとして、笑う。
「どのへんが」
「さっきから、ラリーの根っこ全部ひろが作っとる。
うち、前でちょろちょろしてるだけや」
ひろは首を振った。
「違う。
今日は“湯田本務機・仁保補助機関車”じゃ。
前で全部“届くほうへ”振り分けちょるの、お前じゃろ」
泉は、ちょっとだけ顔を赤くした。
「ほな……
今日の運行責任者はうちってことでええ?」
「責任者言うな」
東京男子のスマッシュ。
ひろが拾う。
泉のヘアピン。
相手女子が無理な体勢から上げる。
球が少し浮く――
(今や)
泉の中で、なにかが“カチッ”とハマる。
「本務機、行きまーす。」
バシィィィィィン!!
コート奥のライン上に、
漫画みたいな直線でシャトルが突き刺さった。
「20–17、マッチポイント、山口第一!」
応援席が爆発する。
光「よっしゃぁぁぁ!!」
瑞穂「そのスマッシュ、何キロ出てるのよぉ!」
和夫「安全運転ギリギリじゃろ!」
美野里「でも気持ちいいけぇ、許す!」
津留美「全国デビュー、完璧ぃぃ!!」
ラスト一本=握手(東京ver.)
マッチポイント。
東京ペアも意地を見せる。
スマッシュ。
スマッシュ。
ドロップ。
ロブ。
ラリーは続く。
二人の息も上がる。
泉(心の中)
(うちらかて、しんどい。
でも、しんどいとき笑うんが、山口第一バド部やろ?)
ひろ(心の中)
(ここまで連れてきたのは、
親らの“がんばれ”と、
あほみたいなギャグと、
“届くほうへ”って合図じゃ。)
相手のスマッシュが、
ほんの少しだけ浅く入る。
ひろが、ぐっと踏み込み――
その球を、今度は前にそっと落とすように返した。
相手男子が前に飛び込む。
しかし、そのさらに前――
泉が、もう立っていた。
「――終点です」
ポスッ。
ネットすれすれのプッシュ。
シャトルは、コート前方に落ちた。
「ゲーム! マッチ!
21–14、16–21、21–18。
ウィナー、山口第一中学校、湯田・仁保ペア!!」
試合後インタビュー ― 本務機・補助機逆転宣言
ローカル局+全国向けのカメラが、
いずひろペアに向けられる。
アナウンサー「湯田・仁保ペア、ベスト8進出おめでとうございます!
まずは率直な気持ちを」
泉は、汗を拭きながらニカッと笑った。
「ありがとうございます!
えーと、ひと言で言うと――走りきりました!」
ひろが横からツッコむ。
「ざっくりしちょるな」
アナウンサーが続ける。
「今日の試合、いつもの“本務機と補助機”の役割は?」
ひろがマイクを向けられて、少し照れながら笑う。
「今日は……泉が本務機でした。
僕は、今日は“補助機関車”でしたね」
会場が「おお〜!」とどよめく。
アナウンサー「おっと、いつもと逆なんですね?」
ひろは頷く。
「ええ。
いつもは僕が後ろで“瀬野八係”なんですけど、
今日は泉が前で、全部“届くほうへ”振り分けてくれたんで。
僕は、その後ろで息切らしながら、必死で押してました」
泉が横から口を挟む。
「いやいや、ひろおらんかったら、
うちただの“うるさい駅長”やで?
ちゃんと後ろで押してくれたから、うちは笑いながら前いけたんや」
会場が笑いに包まれる。
アナウンサー「対戦相手への印象は?」
ひろは、きちんと顔を引き締める。
「めちゃくちゃ速くて、正直、何回も“これはヤバい”思いました。
でも、その速さを、長いラリーで受け止めさせてもらえたから、
僕らも、自分たちの“登り方”を出せたんだと思います。
最後まで戦ってくれて、ありがとうございました」
泉もうなずく。
「ほんまに、ええ試合させてもらいました。
うちら、まだまだ峠越えまくる予定なんで、
またどこかで試合できたら嬉しいです。」
アナウンサーが笑顔で締める。
「本務機と補助機、そして“うるさい駅長”のお二人でした!
おめでとうございました!」
「ありがとうございました!」
二人は深々と礼をして、コートを後にした。
同じ頃・山口 ― 吹奏楽組の帰り道ラブコメ
その夕方。
山口県内。
吹奏楽コンクール本番を数日後に控えた、
山口農林高校吹奏楽部は、最後の仕上げ練習を終えていた。
佐伯「はい、今日はここまで。
“Forever Love”、語尾よう我慢したね。
本番も、“扉開けて立つ”だけじゃ」
「ありがとうございました!」
部員たちが一斉に頭を下げる。
片づけを終えた郷子と温也は、
並んで自転車を押しながら校門を出た。
郷子「ふぅ〜……今日もよう吹いたねぇ」
温也「口まわりプルプルやわ。
でも、だいぶ“扉開いて立つ”板についとったで?」
郷子は照れくさそうに笑う。
「温也のハーモニーも、ちゃんと支えちょったよ。
……泉ちゃんたち、今頃、東京で二回戦やねぇ」
温也が空を見上げる。
「やろな。
光さんと瑞穂さん、東京行ったから、今日は家おらんし。
ひろもきっと暴れてるやろ」
郷子は、少し息を整えてから、
ちょっとだけ声のトーンを落とした。
「ねぇ温也」
「ん?」
「今日は、ご両親、泉ちゃんたちの応援でおらんのじゃろ?
……うちのお母さんがね、
**『温也くん、今日はうちでご飯食べて、泊まっていきんさい』**って」
温也は、がしゃん、と自転車のスタンドを立てかける手を一瞬止めた。
「えっ」
郷子は少しだけ頬を赤くしながら、
それでも目はまっすぐ温也を見ている。
「うちとしては……
泊まってくれたら、うれしいなって思うんじゃけど。
どうする?」
温也は、頭をかきながら照れ笑いした。
「いや、その……
郷子ん家に泊まるって、初めてやからな。
ちょい緊張するかもしれん」
「緊張するん?」
「するやろ普通。
望さんも桜さんもおるし……
なんか、“結婚のご挨拶”の練習みたいやん」
「それはまだ早いけぇ!」
郷子が真っ赤になってツッコむ。
でも、その声の奥は、
なんだかうれしそうだった。
温也は、自転車のハンドルを握り直す。
「……でも、行くわ。
泊まらせてもらおうかな。
泉も東京でがんばっちょるし、
うちも“山口支部”でちゃんと立っとかんとな」
郷子の顔がぱっと明るくなる。
「ほんに? よかったぁ……!
お母さん、きっと喜ぶよ。
『エロ温モード』は封印しんさいよ、って言われるじゃろうけど」
「なんで桜さんまでそのワード知っちょるんね!!」
「泉ちゃん情報網、あなどれんのよ」
二人は顔を見合わせて笑う。
夕焼けの中、
自転車のタイヤが同じリズムで回り始める。
郷子「全国でも、“音で敬礼、笑いで整列”じゃね」
温也「せやな。
そんで、バドは“本務機と補助機”、
吹部は“開けて立つ”や。」
郷子「……全部、つながっちょるねぇ」
温也「せや。
山口から東京まで、同じ路線図や。」
二人の自転車は並んで走る。
その先には、上田家の玄関灯が、
あたたかく待っていた。
上田家お泊まり回
――「エロ温モード、今夜だけは封印できるんか問題」
その夜、上田家。
「おじゃましま〜す……」
玄関をくぐった瞬間から、温也の声はいつもより半トーン低かった。
味噌汁と出汁と、ちょっとだけ柔軟剤の匂い。
“よく知ってる家”のはずなのに、今日はなんか、空気が違う。
郷子「お父さーん、お母さーん、温也連れてきたよ〜」
リビングから望と桜がそろって顔を出す。
望「おう、いらっしゃい。全国代表さん」
桜「温也くん、よう来たねぇ。今日はゆっくりしていきんさい」
温也(大阪弁)
「お、お邪魔します〜。なんか、改めて来ると緊張しますわ……」
桜が、さらっと爆弾を落とした。
桜「部屋はね、郷子の部屋にお布団敷いちょるけぇ。
荷物置いたら、すぐご飯にしましょう」
温也「……え?」
一瞬、時間が止まる。
「え、あの、応接間とかじゃなくて……?」
望は当たり前みたいな顔で笑った。
望「温也くんのことは信頼しちょるからね。
変なことせん子じゃって分かっちょるけぇ。心配しとらんよ」
桜「そうそう。泉ちゃんが『エロ温モードは自己申告制やから大丈夫です』言いよったし」
温也「泉ぇぇぇぇ!?
なんでそのワードが上田家公認なんですの!?」
郷子「泉ちゃんの情報網、山口県内フルカバーじゃけぇね……」
でも、「信頼しちょるからね」と言われたのは、正直ちょっと嬉しかった。
それと同じくらい、心臓バクバクになったけど。
夜の郷子の部屋、初入室
二階の廊下を、二人で並んで歩く。
温也(心の声)
(昼間も何回も来とるのに……
“夜の郷子の部屋”ってだけでイベント感エグいな……)
郷子「ほい、ここね。いつものうちの部屋」
ガチャ、とドアが開く。
いつも通りの、きちんと片付いた部屋。
机の上にはコンクールの楽譜と、えんぴつ。
壁には「音で敬礼、笑いで整列」「扉、開けて立つ」と書かれた紙。
ベッドの横には、今日のために敷かれた布団が一枚。
郷子「こっちの布団が温也の。
うちのベッドとの距離、だいたいツーベース間くらいじゃね」
温也「球場換算いらんねん。
……てか、思ったより近いな!?」
布団とベッド。
“届きそうで届かない距離”に、急に意識がいってしまう。
郷子「ほいじゃ、うち先にお風呂入ってくるけぇ。
その間、“エロ温モード”ONにせんように」
温也「それを口に出すから意識してまうんよ!!
“赤いボタン押すな”って言うてるタイプのフラグやで!」
郷子「ははは。ほんなら、行ってきま〜す」
タオルを持って、ひょいっと出ていく。
妄想、膨らみかけ → 自主規制
静かになった郷子の部屋。
机の端には、
「泉ちゃん&ひろ君 全国」「中国大会→全国」と書かれた小さなメモ。
写真立てには、中学時代の制服姿の2ショット。
温也(心の声)
(……なんか、“これから先”のことがぎゅうぎゅうに詰まっとる部屋やな)
布団の端に腰を下ろして、天井をぼーっと眺める。
(にしても……
今この瞬間、上田家の浴室には――)
脳内に勝手に浮かぶイメージ。
・髪をまとめてシャンプーしてる郷子
・鼻歌まじりで「Forever Love」歌ってる郷子
・「のぼせる〜」言いながら湯船から上がる郷子
温也「……はいストップ。
ただいまより、“音楽温モード”に切り替えます」
小声で、自分に宣言する。
(“エロ温モード”今日出したら、
全国代表の肩書きより先に“山口の恥代表”になるやん)
そう思ったら、一瞬で恐ろしくなった。
湯上がり郷子、登場
トントン、とドアがノックされる。
郷子「ただいま〜。入ってもええ?」
温也「ど、どうぞ〜」
ドアが開く。
湯上がりで、髪はタオルでざっと拭いて、まだ少しだけしっとり。
部屋着のパジャマは、いつものTシャツとゆるっとしたパンツ。
でも、さっきまで浴室にいたせいか、頬がほんのりピンク。
郷子「ふぅ〜。生き返るねぇ」
Tシャツの裾を片手でぎゅっと持ちながら、
自分の髪をタオルで押さえるその仕草が、
“女の子”寄りに見えて、温也の視線が一気に迷子になる。
温也(心の声)
(お、おお……
昼間と同じはずの格好やのに、“夜仕様”フィルターかかるだけでこんな違うんか……
なんや、ちょっと大人っぽく見えるやん……)
視線がうろうろして、
カーテン → 天井 → 壁の標語 → 床、と常に逃げ回る。
郷子「なに? カーテンに虫でもおる?」
温也「ちゃうちゃうちゃう。
視線の置き場が全部アホみたいに意識してまうから、フェアゾーン探しとるだけや」
郷子「フェアゾーン言うなや」
でも、そんな温也の挙動が、
“コンプレックスで下向きがちだった自分”からすると、ちょっとだけうれしい。
(昔は、
“背も低いし、目立たんし、女子の中でも華はないほうじゃな……”
って思いよったのに)
今、その自分を、まっすぐ見ようとしてくれる人がいる――
その事実が、胸のあたりを少しだけ、あったかくする。
郷子「ほいじゃ、次は温也の番ね。
お風呂沸き直してもろうちょるけぇ、行ってきんさい」
温也「お、おう。
“音楽温モード”のまま入ってきます!」
郷子「最初からそれでええんよ!」
温也は、逃げるように着替えを抱えて部屋を出ていった。
消灯前 ―「なんかうちら、夫婦になったみたいじゃね」
風呂から戻ってしばらく。
二人ともパジャマ姿で、部屋の明かりはスタンドだけ。
ベッドと布団。
その距離、約1.5メートル。
扇風機の音と、外の虫の声だけが静かに鳴っている。
しばらく、今日の練習の話や、コンクールの話をして笑い合ったあと――
ふと、会話が途切れた。
郷子「……なんかさ」
ベッドの上で仰向けになったまま、天井を見つめてつぶやく。
温也「ん?」
郷子「うちら、夫婦になったみたいじゃね」
心臓の鼓動、BPM80→120オーバー。
温也「ふ、夫婦て。
高校生編から既婚編へ、巻またぎどころか作品またいどるやん」
郷子「だってさ、
同じ家で“ただいま”言うて、
“おかえり”言うてもらって、
同じ部屋で“おやすみ”言うて寝るって、
なんか、そういう感じじゃろ?」
温也「まぁ……言われてみたら、そうやけども……」
(あかん、頭の中で
“新婚生活ダイジェスト”みたいなん流れ始めた……
朝『いってきます』言う郷子とか、夕方『おかえり』言う郷子とか……
やばい、これ“エロ温モード”とかやなくて“未来妄想モード”や……)
温也「……それ、ええな」
ぽろっと、素の声が出た。
郷子「え」
温也「いつかさ、
本番終わって『今日どうやった?』って帰ってきて、
『ここ失敗した〜』『ここうまくいった〜』って話して、
同じ部屋で『おやすみ〜』言う相手が郷子やったら、
うち、普通にめっちゃ幸せやと思うで」
自分で言って、自分で耳まで赤くなる。
郷子「な、何言いよるんねぇ……
そういうことサラッと言うから“エロ温”言われるんよ!!」
温也「今のどこがエロ要素やねん!?
保健体育の教科書より健全やろ!?」
郷子「“将来”とか“いつか”とか言いよるのが、
なんかもう、ずるいんよ……」
枕に顔をうずめて、声だけくぐもる。
ギャグに逃げるのが二人の正解
少し沈黙してから、郷子がクスッと笑った。
郷子「……でもさ」
温也「ん?」
郷子「今のうちら、“新婚さんごっこ・体験版”くらいには見えるかもしれん」
温也「タイトルのクセ」
郷子「ほら、
**“最初の一秒=ただいま/最後の一秒=おやすみ”**って感じで」
温也「あ、それええな。
湯田家と上田家の合同ルールにしよか」
郷子「じゃあ、今日の“最後の一秒”やってみる?」
ベッドから手を伸ばす郷子。
布団から手を伸ばす温也。
指先が、ちょこん、と触れ合う。
郷子「今日も一日、お疲れさん」
温也「おつかれ〜。明日も“扉開けて立つ”ん、続行やな」
郷子「うん。
泉ちゃんとひろ君も、東京で“本務機と補助機”フル回転しよるじゃろうしね」
温也「山口のエロ大魔王1号・2号は、
今日は“良識ある大魔王モード”で寝とくわ」
郷子「うん、それがええ。
泉ちゃんに“夜の検閲”されたら、勝てんけぇね」
二人で、ふふっと笑う。
消灯
電気が消えた。
スタンドも落として、部屋は月明かりだけになる。
郷子「ほんなら――」
同じ天井を見上げながら、小さな声で。
郷子「おやすみ、温也」
温也「おやすみ、郷子」
(最初の一秒=ただいま)
(最後の一秒=おやすみ)
(そして、“扉を開けて立つ”明日へ)
上田家の一室で、
エロ温モード(たぶん)封印成功の夜が、
静かに更けていった。
小町、緊急避難。― 郷子の部屋へお泊まり突入! ―
郷子の家に泊まると決まった夜。
望さんも桜さんも「温也君なら安心よ」と笑ってくれて、
温也は (え、ほんまに俺、郷子の部屋で寝るんか……!?) と内心バクバク。
郷子「じゃあ、うち先にお風呂入ってくるね」
温也「は、はいっ」
郷子が部屋を出ると同時に、
温也の心臓は ピンポン玉みたいに跳ねる。
温也「(やばい……なんか夫婦の夜みたいや……いやいや落ち着け俺……!)」
そのときだった。
外から――
「……にゃぁぁぁぁ〜〜……」
小さく、でも明らかに聞き覚えのある甘え声。
温也「……え?」
もう一度。
「にゃおぉ〜〜……」
温也「小町や!!」
慌てて玄関に走る。
外灯の下、小町がドアの前をウロウロして、今にも泣きそうな声で鳴いている。
温也「おいおい、どしたんや、おまえ……家入れへんかったんか?」
小町「……にゃぁ(さみしかった)」
全国大会応援で家族みんな東京。
家は空っぽ。
いつもと違う夜に、不安でここまで来たのだ。
温也「……しゃあないな。今日は、おまえも郷子の家で過ごそな」
小町「ニャン♡(やった)」
抱き上げると、すぐゴロゴロ喉を鳴らす。
温也は胸がきゅっとする。
温也「おまえ、ほんまに甘えん坊やなぁ……」
◆ 郷子の部屋へ、小町突入
お風呂から上がり、髪がしっとりした郷子が部屋に戻ると――
小町「ニャン♡♡♡」
郷子「あっ、小町!?」
温也「……迎えに行ったら玄関で泣きそうな声出しててん。今日はうちも、ここで一緒にお泊まりしよ思て」
郷子「ふふっ、かわいいねぇ……よう来たね、小町」
小町は完全スイッチON。
足元スリスリ、郷子のベッドにちょこん、尻尾ふりふり。
郷子「ちょっと……この子、うちらより夫婦っぽい動きしとるんじゃけど」
温也「いやいやいや、誰が夫婦やねん!」
郷子「だって……温也くんが連れてきて、うちの部屋で……ほいでそのセリフ言う?」
温也「~~~っ!!」
思考がショートしそうな温也を、小町が「にゃ♡」と更に追い打ち。
郷子「小町もおるし……今日は三人で寝よっか」
温也「さん……!? 三人て……!?」
郷子「うちら二人と、小町の三人じゃん」
温也「あ、ああ……そ、そらそうか……」
(※一瞬“夫婦と子ども”が脳内に浮かんだのは誰にも言えない)
小町「ニャン♡(間違いないで)」
温也「おまえまで肯定すな!!」
郷子はクスクス笑いながら、布団を整えた。
郷子「なんか……うれしいね。温也くんも小町も、うちの部屋におる夜って」
温也「……俺も、なんか……あったかいわ」
小町「ゴロゴロゴロ……♡」
三人は同じ布団で、そっと灯りを消した。




