瀬野八特別ダイヤ
朝焼けの瀬野八・特別ダイヤ
――全国大会へ向けた、いずひろ早朝練習
◆ 山口第一中・体育館 AM6:25
まだ外はうっすら青いだけ。
体育館の照明だけが、やる気満々で光りよる時間。
シャトルの音が、静かなフロアに「パシッ、パシッ」と響きよる。
泉(大阪弁)
「……はぁ〜、眠いけど、体は起きてきたなぁ」
ひろ(山口弁)
「全国前にサボるわけにいかんけぇの。
ほいで泉、今日から新バージョンいくけぇ」
泉
「出た、“本務機と補助機”の続編やろ?
また鉄オタ全開のやつやろ?」
ひろ
「せやかて本務機やもん、うち」
泉
「いや本務機はうちちゃうわ。
……で、なんの新バージョン?」
ひろはラケットを肩に担いで、真顔で言った。
ひろ
「『本務機・補助機・エロ大魔王封じ係』や。」
泉
「最後の一個、なんやねん!!」
◆ “新編成”の説明会
ひろ
「まず、本務機=オレ。
補助機=泉。ここまではええじゃろ?」
泉
「まぁ分かる。
ほんで“エロ大魔王封じ係”は?」
ひろ
「温也さん。」
泉
「なんで高校生巻き込むねん!!」
ひろ
「だって、“エロ大魔王2号”やん」
泉
「ちゃうわ!
あの人、封じる側ちゃう、漏れ出す側や!!」
そのとき、体育館のドアが「ガラガラッ」と開いた。
◆ 山口農林 高校組、乱入
郷子(山口弁)
「おはよ〜、泉ちゃん、ひろ君〜!」
温也(大阪弁)
「おはよさん、全国コンビ。
朝練の様子、ちょっと見学しに来たで〜」
泉
「タイミングえぐない?
今ちょうど“エロ大魔王封じ係”の話しとったとこやのに」
温也
「は? どないな肩書きやねんそれ」
ひろ
「説明すると長いんじゃけど……
山口のエロ大魔王1号がオレで、2号が温也さん、って話で。」
温也
「おいコラ誰が決めたんやそれ!!」
泉
「郷子さんと、うちやで?」
郷子
「うん、うちら女子会議で満場一致じゃったけぇね」
温也
「女子の満場一致いっちゃん強いんよ……!」
◆ いじられタイム・開幕
泉
「ほな改めまして〜。
中学バドミントン界代表・エロ大魔王1号:仁保 宇宙!」
ひろ
「やめぇぇぇぇ!! 体育館に響くけぇ!!」
郷子
「高校吹奏楽界代表・エロ大魔王2号:湯田 温也く〜ん!」
温也
「お前までフルネームで紹介すな!!」
バド部の他の部員たちが、
ネット張りながらこっちを見てプルプル震えよる。
部員A
「エロ……なに? 今の肩書き……」
部員B
「でもめっちゃ似合っ……いや何でもないです」
ひろ
「心の声、漏れちょるから!!」
◆ 本務機と補助機・新運用
郷子
「で、“新バージョン”て何なん?」
ひろ
「今日から――
本務機:ひろ/補助機:泉/安全監視役:郷子さん/
暴走注意報:温也さん
って運用にしよう思うんよ」
泉
「最後だけ車掌室で寝てるタイプやろ」
温也
「暴走注意報てなんやねん!」
ひろ
「温也さんが変な方向行きそうになったら、
泉と郷子さんで“非常ブレーキ”引くんよ」
郷子
「それは大事じゃね。
エロ大魔王2号、ブレーキ効きにくそうじゃし。」
温也
「なんでやねん!! 吹奏楽部の優等生やぞ、うち!」
泉
「“優等生(ただしエロ方面に注意)”やな」
ひろ
「カッコ内、公式設定にしよ」
温也
「すな!!」
◆ いずひろ・ツインエンジン早朝メニュー
コートに二人が入る。
郷子と温也はサイドラインに座って見学。
ひろ
「ほな、全国仕様いくで。
まず“瀬野八・上り勾配メニュー”。」
泉
「出たな、鉄道メニュー」
フットワークのドリルが始まる。
ひろ
「本務機、後ろでラリーキープ!」
泉
「補助機、前でフェイント祭りやで〜!」
クロス、ストレート、前後。
シャトルは休む暇なく飛び続ける。
郷子
「……ほんと、あの二人、
よぉあんな速度で動けるねぇ」
温也
「“本務機と補助機”て、たしかに言い得て妙やな。
どっちか止まったら崩れる感じ、音楽と一緒やわ」
泉
「ひろ、前空いた! “踏切前・一時停止”や!」
ひろ
「了解、“安全確認ヨシ”!」
泉が一瞬止まって、
相手コート想定のスペースへドロップを“ちょこん”。
ひろ
「……今の、ええ“停車位置”じゃったな」
泉
「なんやろな、二人でやと、
ほんまに線路つながっとる感じするわ」
ひろ
「全国は“長距離列車”じゃ。
途中で止まってもええけぇ、終点まで一緒に走ろうや。」
泉
「……言うやん。
そういうセリフだけは本務機級やねん」
コートの外から「ひゅ〜」と温也の茶々。
温也
「はい出ました、山口口説き文句選手権・暫定1位〜!」
郷子
「“エロ大魔王1号”、本務機と同時に口も滑らかやね」
ひろ
「やかましいわ!!」
◆ エロ大魔王、さらにいじられる
休憩時間。
4人でベンチに座ってスポドリを飲む。
泉
「せやけどさ、“本務機と補助機”って、
だいぶ定着してきたなぁ」
郷子
「うん。うちらも“二重奏で峠越える”って決めたしね」
温也
「なぁ、そしたらうちらの肩書きも整理しよや」
泉
「エロ大魔王1号・2号はそのままやで?」
温也
「そこは再編成の余地ないん!?」
ひろ
「ほいなら――」
ノートを取り出して、さらさらと書き始める。
ひろ
「いずひろ・温郷 運行表(仮)
・本務機 ……ひろ
・補助機 ……泉
・二重奏車両……郷子さん
・騒音発生源……温也さん」
温也
「最後だけひどない!? 音楽やってんねんこっち!!」
郷子
「“騒音”やなくて、“笑音”って書いちょけばギリセーフじゃね?」
泉
「お、その表現好きやわ。
笑音担当・エロ大魔王2号」
温也
「肩書き、情報量多いねん!!」
ひろ
「“笑音担当”は、でもマジでええと思う。
温也さんおらんかったら、
うちらここまでリラックスできんかったけぇ」
温也
「……お、急に褒めるやん」
泉
「褒められても“エロ大魔王”は外れへんで?」
温也
「外すタイミングどこやねん!!」
◆ ちょっとだけ真面目な一拍
体育館の時計は、もうすぐ7時をさしよる。
ひろ
「……全国まで、あと少しじゃの」
泉
「うん。
うち、正直ビビってんねんで?」
ひろ
「知っちょるよ。
ビビりながらでも踏み出すのが、本務機と補助機じゃろ。」
泉
「……せやな。
ビビりながらでも、本務機と補助機で走るわ」
郷子
「うちらも“音で敬礼、笑いで整列”で行くけぇ」
温也
「エロ大魔王は……全国中は封印モード入っとくわ」
泉
「“全国大会特別ダイヤ・エロ封印号”やな」
ひろ
「なにその快速みたいな名前」
郷子
「でも、帰ってきたらまた、
“エロ大魔王”でいじられるのは変わらんけぇね?」
温也
「帰ってくるモチベ、そこなん!?」
4人で笑う。
体育館の窓から差し込む朝日が、
床の汗の跡とシャトルの白をきらっと光らせた。
◆ ラスト一本
ひろ
「よし。
ラスト一本だけ、全力ラリーするか」
泉
「全国ダイヤの試運転やな?」
ひろ
「おう。
“本務機・補助機・笑音付き”特別列車や。」
温也
「なんかええやん、それ」
郷子
「うちら、拍手で“発車ベル”鳴らそ」
パシッ、パシッ、パシィィィン――!
ラストラリーは、
スピードも、長さも、今日いちばん。
終わった瞬間、4人の手のひらが「パン!」と鳴って、
まるで駅のホームみたいに、体育館が明るくなった。
泉
「全国でも、
このメンバーで走ってるつもりで戦うわ」
ひろ
「うん。
“本務機と補助機”だけやない。
後ろに“笑音車両”も連結しちょるけぇ、無敵じゃ。」
温也
「その言い方、地味に嬉しいやんか」
郷子
「じゃあ決定じゃね。
いずひろ全国バージョン:
《本務機+補助機+笑音担当エロ大魔王》」
泉
「最後の最後まで、そこ付くんやなぁ!」
ひろ
「ま、ええわ。
全国終わるまでの合言葉、これでいこや」
4人
「本務機と補助機で、どんな峠も越える。
笑音付きで、ちゃんと笑って帰ってくる。」
体育館の時計が、7時を告げる前。
山口第一の朝練と、山口農林の寄り道練習は、
同じテンポで、同じ未来へ向かって走り始めていた。
青春ギャグ急行
「本務機と補助機、東京を走る」
――全国中学バドミントン・いずひろ、始発進行!
◇ 1 東京の朝は、瀬野八級
全国中学校体育大会・バドミントン競技、東京都内。
まだ朝の7時すぎ。
ホテルの朝食会場で、山口第一中バドミントン部はすでにテンションが変な方向に高かった。
「泉、パン何個目じゃ?」
ひろがトレーをのぞき込む。泉は口いっぱいにスクランブルエッグを詰めながら、指を三本立てた。
「さんこめや。全国は炭水化物勝負やからな」
「言い方よ。貨物列車ちゃうんじゃけぇ」
そこへ後ろから、どすっと手が乗る。
「おまえら、その“貨物列車”とかいうの、もう全国仕様になっとるぞ」
バド部監督・村田コーチだ。
ジャージの色は山口第一中の青と白、顔はすでに仕上がっている(眠そうだが目はギラギラしている)。
「村田コーチ、おはようございます!」
部員たちが一斉に立ち上がる。
「おはよう。……で、なんじゃ、“本務機と補助機”って。
昨日から一年も真似し始めとるぞ」
向かいの席で、一年男子の智也が元気よく手を挙げた。
「コーチ! 僕、サブ補助機です!」
隣の一年女子・美月がすかさず乗る。
「じゃあうちはおやつ車両です!」
「列車増えすぎなんよ!」
泉が即ツッコミをかます。
村田コーチはコーヒーをすすりながら、にやっと笑った。
「まぁええ。
湯田・仁保ペアは“本務機と補助機”って全国の監督控室でも話題になっとるけぇ、胸張ってこいや。
ただし、張りすぎて脱線すんな」
「脱線防止担当、本務機です」
ひろが真顔で言う。
「安全確認担当、補助機や」
泉も乗る。
村田コーチはうなずいた。
「よし。じゃあ今日のテーマはひとつじゃ。
“届くほうへ”と“挨拶・握手”、忘れんこと。
勝敗はその次でええ」
主将の葵先輩がテーブルから立ち上がり、手を叩いた。
「はい、みんな聞いたね。
最初の一秒=挨拶、最後の一秒=握手。
その間は全力でバカやっていい。」
一年たちが「え、バカって公式なんすか」「やったー」とざわつく。
泉がひろのほうを見た。
「ひろ、バカは得意やな?」
「バカ言うな。……いや、ちょっとだけ得意じゃ」
「自覚あるんや」
◇ 2 有明・体育館前――到着、いずひろ急行
会場となる都内の大きな体育館に着くと、すでに全国の代表ジャージがずらりと並んでいた。
「青森〜」「福岡〜」「沖縄〜」。
地方の名前が貼られたバスが次々と入ってくる。
一年男子の健太が目を丸くした。
「うわぁ、本当に全国なんだ……テレビで見るやつ……」
美月が、泉の袖をちょいちょいと引っ張る。
「泉先輩、なんか心臓バクバクしてきました……」
泉は「ふふん」と胸を張った。
「大丈夫や。
心臓バクバクは、ちゃんと“動いとる証拠”や。
止まったらアカンけど、バクバクしとるうちは最強やで」
「名言ふうに言っとるけぇ、余計緊張するわ!」
ひろが後ろからツッコミを入れる。
村田コーチは受付を済ませ、戻ってきた。
「よし、ミックスの初戦は……」
紙をちらっと見て、顔を上げる。
「北北海道代表・紋別第三中。
長身でスマッシュ速いペアらしい。
でも――」
そこでいったん区切り、いずひろを見た。
「山口第一のほうが、話題性は上じゃ。
“本務機と補助機”の実物、見せたれ」
泉とひろは、顔を見合わせて笑った。
「ほな――」
「――出発進行じゃ」
◇ 3 試合前アップと、全国版いじられタイム
コートサイドでウォームアップが始まる。
ドロップ、クリア、ドライブ。
二人のラリーは、見ているだけで「長距離列車」を連想させるテンポだ。
「おい見て、あのペア、“本務機と補助機”ってやつらしいぞ」
近くでストレッチをしていた他県の選手がひそひそ話す。
「鉄道オタクペア?」「名前からしてクセ強くない?」
ちらっと聞こえてくる声に、泉はニヤリとする。
「ひろ、全国デビューやで。鉄オタペア」
「鉄オタ言うな。
本務機と補助機は“いずひろ専用用語”じゃけぇ。
鉄道ファン協会には、まだ許可とってないんじゃ」
「とりあえず謝っとこか。“すんません、イメージでしゃべってます”って」
そこへ、同じ山口第一のダブルスペア・二年の遼先輩と陽菜先輩が歩いてくる。
「おー、全国の人気者〜」
遼先輩がタオルを肩に引っかけながらひやかす。
「本務機ちゃ〜ん、補助機ちゃ〜ん。 調子はどう?」
陽菜先輩は笑いながら泉の背中をぽんぽん叩く。
「今日テレビインタビュー来たら、ちゃんと“瀬野八越え感謝です”って言うんよ?」
「そんな細かい鉄道ネタ、全国中学生の何割が分かるんですか先輩」
ひろが思わず標準語になって、すぐ自分で苦笑する。
泉がそれを逃さない。
「ほら出た。ひろ、全国来たら標準語モード入るやろ?」
「緊張しちょるだけじゃ!」
葵先輩が、笑いながらも真顔に切り替えた。
「はいはい、いじりはここまで。
湯田・仁保ペア、コートチェックいっておいで。
“最初の一秒=挨拶、最後の一秒=握手”、確認しとき。」
「了解や」
「了解じゃ」
二人はラケットを胸の前でコツンと合わせる。
(最初の一本=挨拶)
(最後の一本=握手)
全国でも、それは変わらない。
◇ 4 一回戦開始――北北海道の雪崩スマッシュ
アナウンスが響く。
「ミックスダブルス一回戦。
北北海道代表・紋別第三中学校 対、中国ブロック代表・山口第一中学校――入場!」
観客席から拍手が降ってくる。
真っ白な照明がコートだけをきれいに切り取っていた。
「よろしくお願いします!」
ネット際で頭を下げ合うと、試合開始。
サービスはひろから。
「最初の一本、挨拶いくで」
「ほい」
軽くロングサーブを打ち上げる。
高い軌道を描いて、相手コート奥へ。
受けるのは、長身の男子選手。
肩の上から振り下ろされるスマッシュは、
北海道の真冬みたいに鋭い。
バシイィィィィン!!
「速っ!!」
一年たちがベンチで目をむいた。
しかし、ひろは一歩も引かない。
ギリギリのタイミングでラケットを差し出し、
そのスマッシュを“ふわっ”と上に返す。
「ナイス本務機!」
泉がすかさず前に詰める。
相手の女子がドロップで落としてきたところを、
ヘアピンでカウンター。
ネット際の小さな攻防が続く。
村田コーチは腕を組みながら、うなずいた。
「……よし、二拍我慢→一拍返し、ちゃんとしちょるな」
葵先輩も横でメモを取りながら言う。
「後ろのひろ、ミスゼロ。
前の泉、フェイント多め。
これ、相手めっちゃやりにくいよね」
陽菜先輩がくすっと笑う。
「でもさ、“本務機と補助機”て聞いた瞬間に、
“なんかこの子ら絶対変な子だ”って全国にバレてるよね」
「そこはもう諦めよう」
◇ 5 点の取り合いと、二両編成の本気
点数は交互に動いていく。
4–4、6–6、8–7、8–8。
北北海道ペアの男子は、ジャンプスマッシュが持ち味。
女子は守備が固くて、拾って拾ってラリーを長くするタイプだ。
ひろは、汗をぬぐいながら息を整える。
(スマッシュも重いし、ラリーも長い……
でも――)
「泉、今から瀬野八上りダイヤ入るけぇ」
「出た、山口ローカル鉄道路線」
「本務機・仁保、長距離ラリー担当。
補助機・湯田、決定打担当。」
泉はにやっと笑った。
「ええで。
ほなうちは、**“終点の駅長さん”**や」
「駅長さんて」
サーブを受けたひろは、
ドロップ、クリア、スマッシュを織り交ぜてラリーを続ける。
とにかくシャトルを落とさない。
それが“本務機”の役目だ。
相手のスマッシュがネットをかすめても、
ひろは床すれすれで拾って上げる。
「ナイス回送〜」
泉が声をかけると、
今度は前でリズムを変える番だ。
同じフォームからのヘアピン、プッシュ、ちょいロブ。
北北海道ペアの足が、じわじわ遅くなっていく。
「(どこに落ちるか読めねぇ……!)」
「(この女の子、打つ瞬間に“ふっ”て消える……!)」
相手の心の声が聞こえてきそうな気配。
スコアボードが、少しずつ山口側に傾いていく。
11–8(インターバル)、14–10、18–13。
村田コーチが、インターバル中にひろの背中を軽く叩く。
「そのまま行け。
“怖いまま立つ”のが、お前らの強さじゃけぇ。」
ひろはうなずいた。
「怖いどころか、ちょっと楽しくなってきたくらいじゃ」
泉もタオルで顔を拭きながら笑う。
「全国って、ええなぁ。
うち、もっとバカ試合したくなってきたで。」
「それはちょっと意味違うけぇ」
◇ 6 第1セット――“届くほうへ”始発便
19–15、山口リード。
ラリーの途中、ひろが小さく声を出す。
「泉、ここ、“届くほうへ”一発いける」
泉は一拍おいてから、にやっと笑う。
「へいへい、駅長さんの出番やな」
ひろのクロスドロップに、
相手の女子がギリギリで追いつく。
苦しい体勢から上がったロブが、
少し短く前に落ちそうになる。
「(甘い!)」
泉が一歩、二歩。
しなやかに前へ走り込み――
パシィン!!
鋭いスマッシュを、相手コートのセンターに突き刺した。
「21–15、ゲーム山口第一!」
アナウンスが告げた瞬間、
ベンチが湧き上がる。
「よっしゃぁぁぁ!!」
一年たちがタオルぐるぐる振り回す。
葵先輩が笑いながら叫ぶ。
「“本務機・補助機・駅長さん”トリプル役割、最高!」
陽菜先輩がすかさずツッコむ。
「駅長さんは泉じゃろ? ひろは車掌じゃない?」
「じゃあエロ大魔王は車内アナウンスやな」
一年の智也がぽろっと言った。
「おまえそれ誰に言うたか分かっとるん?」
ひろがじと目で睨む。
「すいません本務機さま!!」
◇ 7 第2セット――全国版“瀬野八モード”
第2セットが始まると、
北北海道ペアは明らかにギアを上げてきた。
「(このまま終われねぇ……!)」
男子のジャンプスマッシュが、さきほどよりさらに高い打点から飛んでくる。
バシイィィィン!!
「うわ、さっきより速い!」
美月が思わず声を上げる。
それでも、ひろは一歩も引かない。
少し後ろに下がって、
スマッシュの角度を“見てから拾う”。
「(うわ、今の取る!?)」
相手の男子が目を丸くする。
泉は、その返球を見ながら、
冷静に前へ出たり下がったりを繰り返す。
「ひろ、ラリー伸ばしたるから、好きなだけ走りぃ」
「お前も走れ!」
点差はほとんどつかない。
4–4、7–7、10–10。
村田コーチは腕を組んだまま、
でも口元は少し笑っていた。
「……ええ。
これぞ全国仕様“瀬野八上り”じゃの」
隣で葵先輩が、苦笑しながらも感心している。
「全国でこんなにラリー続けられるミックス、中々ないよね」
陽菜先輩がうなずく。
「“落とさない本務機”と“決めにいく補助機”。
分担がはっきりしとるから、見てて気持ちいいんよね。」
一年の健太がメモ帳を握りしめる。
「ぼ、僕もいつかサブ補助機に……!」
「まずは普通の補助機になれ」
◇ 8 クライマックス――東京の空を裂くスマッシュ
終盤、スコアは18–18。
会場がすっと静かになる。
「(ここから、どっちが先に“怖さ”を飲み込むかじゃ)」
村田コーチはそう思いながら、
ベンチからじっとふたりを見つめる。
ひろは泉をちらっと見た。
「泉、
“二拍我慢→一拍返し→半拍前合図”でいくけぇ。」
泉は、口の端を上げる。
「ええで。
うちは“届くほうへ”しか打たへん。」
ラリーが始まる。
相手のスマッシュ。
ひろのレシーブ。
泉のヘアピン。
相手のプッシュ。
ひろのロブ。
何本も、何本も。
まるで長距離列車が峠を登るときみたいに、
少しずつ、でも確実に前へ進むようなラリー。
そして――
「今や!」
ひろの声が、半拍早く飛ぶ。
泉はその声を聞いた瞬間、
すでに打点へ跳んでいた。
バシィィィィィン!!
さっきよりもさらに鋭い音が、
東京の体育館に響いた。
シャトルは一直線に、
相手コートのサイドライン上へ。
ラインズマンの旗が、ピッと上がる。
「イン!!」
観客席から、歓声とどよめきが一気にあふれた。
「ただいまのラリーを制しまして、マッチポイント、山口第一!」
スコアは20–18。
泉はガッツポーズをしながら、
ひろのほうを見る。
「ラスト一本、握手行きやで、本務機」
「ほいじゃ、終点まで連れてくけぇ」
◇ 9 最後の一本=握手
サービスはひろ。
ロングサーブを、高く――本当に空のてっぺんまで届きそうなくらい高く打ち上げる。
北北海道男子のスマッシュ。
ひろが拾う。
またスマッシュ。
また拾う。
「(落ちろ……落ちてくれ……!)」
相手の心の声が聞こえてきそうなほど、
執拗に攻め続けてくる。
だが、ひろは落とさない。
「泉、“届くほうへ”任せた」
短く、一言だけ。
泉は小さくうなずいた。
相手が三本目のスマッシュを打った瞬間、
コートの空気が一瞬だけ止まったような気がした。
ひろは、その球を
今度は高く上げず、
ネットぎりぎりに“フワッ”と浮かせる。
相手女子が前に飛び込んでくる。
そのさらに前――
すでに泉が立っている。
「――到着、や」
ポスッ。
ラケットをそっと押し出すだけの、ちいさなプッシュ。
シャトルが床に吸い込まれる。
審判の声が、世界一はっきり聞こえた。
「ゲーム! マッチ!
21–15、21–18。
ウィナー、山口第一中学校、湯田・仁保ペア!!」
笛の音。
一拍の静寂。
それから――
ドッ!!
体育館中に、拍手が広がった。
◇ 10 全国初勝利と、鉄道業界への謝罪(?)
「やったぁぁぁぁ!!」
泉が叫ぶ。
ひろも「よっしゃあああ!」と拳を握る。
二人は、いつものように
ネット中央でラケットをコツンと合わせた。
(最初の一本=挨拶)
(最後の一本=握手)
ネット越しに、相手ペアときちんと礼をする。
「ありがとうございました!」
北北海道女子が、笑いながら言った。
「すごかったです。
本務機と補助機、噂どおりでした。」
北北海道男子も頷く。
「後ろの君、マジで落とさないね。
前の子も、どこに打つか分かんないし……」
ひろは少し照れながら頭をかく。
「鉄道業界のみなさん、
勝手に本務機とか補助機とか使ってすいません。」
「謝る相手そこなん!?」
泉がツッコんで、
四人で笑い合う。
◇ 11 ベンチはいつもどおりカオス
ベンチに戻ると、
一年たちが一斉に群がってきた。
「先輩すげぇぇぇ!!」「全国であのラリーはエグいっす!」
智也が目を輝かせる。
「“本務機と補助機”って、やっぱ最強コンビなんですね!」
美月も興奮気味に言う。
「泉先輩、最後のスマッシュ、マジで“東京の空割れた”感じでした!」
泉は得意げに胸を張る。
「やろ?
うちのスマッシュは“東京都心対応車両”やからな。」
ひろが即座にツッコむ。
「対応車両ちゃう。何線走っとるんねそれ」
葵先輩がタオルを渡しながら笑う。
「はいはい、鉄道ネタはそれくらいにして。
とりあえず――」
葵先輩は、両手で二人の頭をわしっと掴んだ。
「全国初勝利、おめでとう。」
泉とひろは、同時に頭を下げた。
「ありがとうございます!」
村田コーチも、ふっと口元を緩める。
「怖かったろうが、
“怖いまま立った”ことが、今日のいちばんの勝ちじゃ。
その上で勝ちも付いてきたんじゃけぇ、上出来よ」
泉はタオルで顔を押さえながら、
少しだけ鼻の奥が熱くなるのを感じた。
「……なぁ、ひろ」
「なんね」
「うち、まだまだこの“路線”、走りたいわ」
ひろも笑った。
「当たり前じゃ。
全国はまだ始発駅じゃけぇ」
葵先輩が腕時計を見て、手を叩く。
「はい、感動モードは一回ここまでー。
このあとインタビューあるかもしれんからね。
“本務機と補助機”説明できるようにしときなさいよ?」
陽菜先輩がニヤニヤしながら加える。
「ついでに“山口のエロ大魔王”も説明しとく?」
「それは絶対カットでお願いします!!」
泉とひろの声が見事にハモった。
◇ 12 全国ダイヤ、つづく
その日の夜。
ホテルのロビーで、部員たちはそれぞれスマホをいじりながらくつろいでいた。
ニュースサイトの地方版に、さっそく記事が上がっていた。
中国ブロック代表・山口第一中「本務機と補助機」ペア、
北北海道代表をストレートで下し全国初勝利。
写真には、
笑顔でラケットをコツンと合わせる泉とひろの姿。
泉は画面を見て、思わず笑う。
「なぁひろ、
うちら、なんかもう正式に“鉄道ペア”やな」
ひろも自分のスマホを見ながら、苦笑いする。
「どこ見ても“本務機と補助機”書かれちょるもんの……
そのうちJRからクレーム来んじゃろうな」
「そのときはちゃんと謝ろな。
“すいません、でもこの言葉に救われたんです”って」
「……せやの」
そのとき、ちょっとだけ、
ひろの口調に大阪弁が混じった。
泉がすぐさま指摘する。
「ほら出た。全国慣れしてきたら、
ひろの大阪弁感染タイムや」
「感染ってなんね!」
ロビーに笑い声が響く。
◇ エピローグ
(最初の一秒=挨拶)
(最後の一秒=握手)
全国に来ても、
瀬野八を越えても、
東京のど真ん中でも。
本務機と補助機の“合図”は変わらない。
そして――
この日の一勝が、
あとから振り返ったとき、
「全国で一番、バカみたいに笑って、
それでもちゃんと勝ちに行った試合」
として、山口第一中バドミントン部の間で
長く語り継がれることになるのだった。
(つづく/次は二回戦&“全国インタビューでまたやらかす回”でもいけます)




