山口のエロ大魔王爆誕
その夜・各家
上田家(郷子)
ドライヤーの音が止まり、鏡に“今日ちょっとだけ背伸びした自分”が映る。
(最初の一秒=挨拶)
(最後の一秒=握手)
「——扉、開けて立つ。次も、そうしよ」
小さくつぶやいたとき、部屋のドアが「コン」と鳴った。
望「郷子、ちょっとええか?」
「ええよ〜」と言うと、父・望が顔をのぞかせる。その後ろから、母・桜もそっと入ってくる。
桜「お疲れさん。……全国大会出場、おめでとう」
望「よう頑張ったなぁ。でかした、でかした」
そう言って、望が郷子の頭をぽん、と軽く叩く。
その手つきが、なんかいつもよりやわらかい。
郷子「……ありがと。うち、正直めっちゃ怖かったんよ。
でも、“扉開けて立つ”って決めちょったけぇ、逃げんかった」
望「怖い思いしながら立つんが、一番強いんよ。
“怖くないけぇ”って言い聞かせるより、よっぽど立派じゃ」
桜「そうそう。あんた、ちゃんと自分で立ったんよ。
お父さんもお母さんも、そこが一番うれしいけぇね」
桜がベッドの端に腰を下ろし、スマホを指さす。
桜「ほら写真、見せてみぃ。代表のやつ」
郷子が写真フォルダを開く。
ステージ上で賞状を持つ自分――さっきまで他人みたいに見えてたその顔を、両親と並んで覗き込む。
望「ほう……ええ顔しちょるやん。
“やり切りました”って顔じゃ」
桜「うん、“子ども”いうより、“奏者さん”の顔しちょる」
郷子「やめてよ〜、なんか照れるけぇ……」
そう言いながら、目の奥がじわっと熱くなる。
それを見て、桜がハンカチをそっと差し出す。
桜「泣いてええよ。今日くらい、ようけ泣きんさい」
郷子「……うん。
うち、全国でも、ちゃんと扉開けて立つけぇ。
お父さんとお母さんに、もっとええ顔見せる」
望「楽しみにしちょる。
でも一番大事なんは、“挨拶して、握手して帰ってくる”ことやけぇな」
桜「そうそう。“最初の一秒”と“最後の一秒”、忘れんさんな」
郷子「うん、約束する」
三人で肩が触れるくらいに寄って、
スマホの小さな画面に映る“全国代表”の文字を、しばらく黙って眺めていた。
その沈黙は、ホールの余韻みたいに、やさしく長かった。
湯田家(温也&泉)
玄関のドアを開けた瞬間、カレーと味噌汁の匂いがふわっと迎えにくる。
温也「ただいま〜」
泉「帰ってきました〜」
リビングから、スウェット姿の父・光がひょいっと顔を出す。
キッチンでは、エプロン姿の母・瑞穂が鍋をかき混ぜながら振り向いた。
瑞穂「おかえり。代表さんたち」
光「二人とも、凄いわねぇ。ニュースになってもおかしゅうないで、ほんま」
テーブルには、すでに湯飲みとコップが並んでいる。
光が二人に向かって、改めて腰に手を当てた。
光「お父さんもお母さんも、学生のとき吹奏楽部じゃったけどな、
全国なんて、ほんま夢のまた夢やったよ」
瑞穂「そうそう。県大会のプログラムに名前載るだけで、『きゃー』言うて喜びよったんよ」
温也「うちら、そこ一個飛び越えたってことやな。
親越えたで、これ」
泉「言い方ァ。
でも、ちょっとカッコええな、それ」
瑞穂「うん、胸張ってええよ。
でもな、あんたらがすごいのは“全国”やなくて、
“ちゃんと帰ってきて、ただいま言うた”ことやけぇね」
温也「……なんやそれ、急に沁みるやん」
光「泉も、中国大会やろ? ひろくんと頑張っておいで。
勝っても負けても、ええ顔して帰ってきたら、それで十分じゃ」
泉「任しとき。
うちは“届くほうへ”しか打たへんから。
ひろと二人で、ちゃんと挨拶して、最後握手して帰ってくるわ」
温也「そのあと、全国でまた一緒に並ぶんや。
吹奏楽とバドで、“ダブル全国制覇や〜”って言うたる」
光「大きいこと言うようになったのう。
でも、ええね。でっかい口叩いたぶんだけ、ようけ笑われてこい」
瑞穂「そうそう。“笑われる”と“笑わせる”は紙一重じゃけぇ。
どっちもできる子は、強いよ」
泉「兄ちゃん、それ得意やな。
まずよう笑われてから、最終的に笑わせとるタイプや」
温也「おい、そこだけ正確やめぇ」
リビングに、三人の笑い声が転がる。
瑞穂が急須を持ってきて、湯飲みにお茶をとくとくと注いだ。
瑞穂「はい、“音で敬礼”のあとのお茶。
今日は特別に、ちょっとええ茶葉使っちょるけぇ」
光「全国代表と中国大会代表に、かんぱ〜い」
温也「ジュースで乾杯は久しぶりやな。……よっしゃ、かんぱい!」
泉「かんぱ〜い!」
湯飲みとコップが、軽く“コツン”とぶつかる。
さっきバスターミナルで鳴らした空き缶の音より、
少しだけあったかい音だった。
泉「……兄ちゃん」
温也「ん?」
泉「うちもいつか、“全国行ったで〜”って、ニヤニヤしながら報告するわ。
そのときまた、今日と同じ顔で迎えてや」
光「それはもう、何回でもするよ」
瑞穂「何回でも“お疲れさん、よう頑張ったね”って言うちゃるけぇ」
温也「ほな決まりやな。
うちらん家の“最初の一秒=ただいま、最後の一秒=おやすみ”や」
泉「なんそれ、ちょっとええやん」
その夜、湯田家の明かりは、いつもより少しだけ遅くまでついていた。
けれど、電気を消す前に交わされた「おやすみ」は、どの家よりも早く、まっすぐ届いていた。
その夜・上田家の風呂場 ― “Forever Love(お風呂ver.)”
湯気で少し曇った鏡。
肩まで湯に浸かった郷子は、天井を見上げて、そっと息を吸う。
郷子「……はぁ〜。
Forever Love、ホールとお風呂じゃ響き全然違うねぇ」
湯面を指で“しゃっ”と切る。
そこで、ぽつりと歌がこぼれた。
郷子(小声で)
♪ Forever Love Forever Dream……
タイルと水面で跳ね返った声が、丸くなって耳に返ってくる。
郷子「(あ、ここ、さっき先生に言われた“語尾削る”とこじゃ)」
もう一回、今度はちょっとだけ丁寧にフレーズをなぞる。
郷子
♪ きっといつか 僕らはたどり着くから……
歌い終わって、はぁ、と吐いた息が湯気に混ざる。
郷子「……やっぱ、歌って落ち着くねぇ。
あ、そうじゃ。温也にも聴かせちゃろ」
そう思いついて、タオルで手を拭き、洗面所に置いていたスマホをのぞき込む。
郷子「スピーカーにしとけば、セーフじゃろ。……たぶん」
ニヤッと笑って、温也に発信ボタンを押した。
湯田家・温也の部屋 ― “エロ温モード、危険信号”
布団の上で、ストレッチしながらスマホを見ていた温也。
画面に「郷子」の名前が出て、即座に通話を取る。
温也「もしもし〜? 郷子さん、どないしたん」
スピーカーから、ちょっと響きのある声が返ってくる。
郷子『今、お風呂なんじゃけどね』
温也「ちょい待てや。
開口一番それ言われたら、男子として色々考えてまうやろ」
郷子『なに考えよるんね?! スピーカーにしちょるけぇ、安心しんさい!』
温也「安心の方向ちゃうねん、それ」
泉(隣の布団から顔だけ出して)「なに夜から騒いどんねん……」
温也「泉、郷子さんからや。スピーカーやから、声聞けるで」
泉「え、お風呂から生中継? なんちゅうサービスや」
郷子『サービスいうな! ちゃんと相談なんよ!』
その向こうでは、湯がゆっくり揺れる音がしている。
湯につかって、しっとり濡れた郷子のストレートヘアが、背中に貼りついている——
……という映像が、温也の脳内で勝手に再生されはじめた。
温也(心の声)
(やべ……なんか妙に妖艶に想像してもうた……
これはアカン、完全に“エロ温モード”起動しかけてるやん)
泉「兄ちゃん、今なんかアホなこと考えてへん?」
温也「な、なんでバレんねん」
泉「顔。ニヤついとる」
郷子『あんたら、丸聞こえなんじゃけど?!』
温也「すんませんっ!!」
お風呂スピーカー・セッション
郷子『あのね、“Forever Love”さ、ホールとお風呂でどんくらいちゃうんか、
ちょっと聞いてもらえん?』
温也「おー、ええやん。贅沢な耳テストやな」
泉「お風呂リバーブや。スタジオ代わりやな」
郷子『ほいじゃ、1サビだけいくけぇ。
笑わんといてよ?』
湯がちゃぷっと揺れる音のあと、静けさ。
一拍おいて、歌が始まる。
郷子(お風呂リバーブ付き)
♪ Forever Love Forever Dream
こわがらんでええよ もうひとりじゃないけぇ……
温也「……」
泉「……」
普通に上手い。
今日の本番より、ちょっとだけ力が抜けてて、
さっきまでの講評とか結果とか、ぜんぶお湯に溶けていくみたいな声。
郷子
♪ きっといつか 僕らはたどり着くから……
歌い終わると、ふーっと長い吐息。
それもちゃんと音として届いてくる。
郷子『……どうね? 変じゃなかった?』
温也「……反則やろ」
郷子『へ?』
温也「風呂エコー+その声は、反則や。
なんかこう……」
(脳内:湯に肩まで浸かって、濡れた髪を耳にかけながら歌う郷子
→ 湯気越しに目が合った気がする
→ “エロ温モード”メーター振り切れ寸前)
泉「兄ちゃん、そこや。そこまで言うからキモいねん」
温也「お前が全部説明すな!」
泉「でもまぁ……普通にめっちゃ良かったで? 歌」
温也「それはガチや。語尾の“スッ”が、
今日の講評どおりに決まっとった」
郷子『ほんに? よかったぁ……
なんかさ、ホールではテンション上がりすぎてよう分からんかったけど、
お風呂で歌ったら、やっと自分の音が耳に入ってきた感じするんよね』
温也「それめっちゃ分かるわ。
風呂って、自分の音とちゃんと向き合わされる空間やもんな」
泉「うちは大声出したら、お母さんに『天井割れる!』言われるけどな」
郷子『ふふ、うちもよ。さっきもお母さんに「そのうち窓割れるよ〜」言われたし』
三人の笑い声が、スマホ越しに重なる。
バスターミナルでの“コツン”とはまた違う、一日の終わりの、ちいさなアンコール。
エロ温モード、自己申告制
温也「……でもさ」
泉「ん?」
郷子『なに?』
温也「正直言うと、さっき『お風呂なんよ〜』言われた瞬間、
頭の中で“エロ温モード”発動しかけてん」
泉「自白早っ」
郷子『なにを素直に言いよるんねアンタは!!』
温也「いやな、人として誠実であろうと……」
泉「その誠実さ、方向ミスってるで」
郷子『想像だけにしときんさいよ?
実写は一生お見せせんけぇね?』
温也「分かっちょるわ! そんなん望んでへんし!」
泉「顔が完全に望んでる人のそれやねん」
温也「泉、お前あとでぷしゅー攻撃やからな」
泉「全国代表がする攻撃ちゃうやろ」
郷子『……でもさ』
少しだけ声色が柔らかくなる。
郷子『“エロ温モード”とか言いながらさ、
ちゃんと歌、最後まで真面目に聞いてくれちょったの、
うちは分かっとるけぇね』
温也「……そらまぁ、音楽仲間としては本気やで」
泉「“エロ温”と“音楽温”は分けて管理しぃや」
温也「どんな二重管理やねん」
郷子『ほんなら、“エロ温モード”になりそうなときは、
ちゃんと“音楽温モード”に切り替えんさいね』
温也「切り替えスイッチ、どこに付けたらええんやろな」
泉「額に『色ボケ禁止』って貼っとき」
郷子『うん、それがええ、それがええ』
三人でドッと笑う。
それぞれの「おやすみ」
郷子『ほんなら、そろそろのぼるわ。のぼせるけぇ』
温也「おう、お湯で“Forever Love”しすぎて倒れんなよ」
泉「兄ちゃんのその言い方も、なんかアウトぎりぎりやで」
郷子『今日もよう笑ったね。全国まで、また一緒に練習付き合ってよ』
温也「任しとき。
“扉開けて立つ”んは一緒やからな」
泉「うちは“届くほうへ”で、並んでいくわ」
郷子『うん。
ほんなら――』
三人「「「おやすみ〜」」」
通話が切れる。
画面が暗くなっても、耳にはまだ、
お風呂リバーブの“Forever Love”の最後の一音が残っている気がした。
温也「……エロ温モード、今日は自己申告で終了ってことで」
泉「うん。点呼とったしな。
——“最初の一秒=挨拶、最後の一秒=自白”や」
温也「なんか新しい標語、生まれた気するわ」
笑いながら、布団にもぐりこむ兄妹。
そのころ、上田家の浴室では、
湯気がゆっくり引いていき、鏡の曇りが少しずつ晴れていく。
郷子「全国でも、“音で敬礼、笑いで整列”。
……そんで、エロ温モードは封印じゃね」
そう小さくつぶやいて、
タオルで濡れたストレートヘアをぎゅっと絞った。
(最初の一秒=挨拶)
(最後の一秒=握手)
(お風呂の一曲=ひみつのアンコール)
2026年の夜は、湯気ごと静かに、次の本番へと流れていった。
『山口エロ大魔王、誕生。——しかし本人たちはまだ知らない』
◆放課後/山口第一中・バドミントン部——汗と青春の匂い
体育館の窓から差しこむ夕陽が、まだ熱気の残るコートに細い光の帯を落としていた。
泉(大阪弁)
「は〜つかれたぁ……ひろ、今日スマッシュ速なっとったやん」
ひろ(山口弁)
「泉が前で動きすぎるけぇ、後ろが必死なんよ。
……でもまぁ、悪くなかったじゃろ?」
泉
「悪ないどころか、
昨日の“あれ”のせいで集中切れかけてたん、うち知っとるで?」
ひろ
「……やめぇや。その話は忘れろ」
泉はにやりと笑った。
泉
「うちが風呂でビデオ通話出てもたやつ?」
ひろ
「言うな言うな言うな!!!」
(顔がトマトみたいに赤い)
泉
「ひろ、あん時の顔、めっちゃ可愛かったで?」
ひろ
「可愛い言うなって!!」
コートの向こうから、部活終わりで迎えに来ていた郷子が手を振る。
郷子(山口弁)
「泉ちゃん、ひろ君〜!練習お疲れさん〜」
泉
「郷子さん聞いてぇ! うちな、昨日風呂でな——」
ひろ
「待て待て待て待て!!!」
でも、時すでに遅し。
◆昨日の夜/湯田家の浴室——運命の“エロひろ通話”
湯気がもくもくと立ちのぼる、お風呂場。
泉は髪にトリートメントをつけながら、鼻歌まじりにスマホを手に取った。
泉
「あ、ひろからや。なに〜?」
(即・ビデオ通話を押す)
画面の向こうで、ひろは固まった。
ひろ
『……泉!? なんで出たん!? 今どこなん!?』
泉
『風呂やけど?』
ひろ
『なんでその状態で出るんよ!?!?』
泉
『ひろ、顔まっかっかやん?
……うちのこと意識しとる?』
ひろ
『意識するわ!!普通するわ!!バカ!!!』
泉はその反応が嬉しくて、思わず笑った。
泉
『ほな切るで?』
ひろ
『切れ!!!早よ切れ!!!』
ぷつん。
ひろはその夜、眠れなかった。
◆翌朝/高校行きのバス停——郷子&温也カップルの“別の事件”
同じ頃、高校1年の温也と郷子は朝練帰りに歩いていた。
温也(大阪弁)
「なぁ郷子、昨日の風呂……」
郷子(山口弁)
「なんでそこ触るんね!? やめてぇ!!」
温也
「いや……あの濡れ髪、反則やろ。
“エロ温モード”入ってもたわ」
郷子
「や、やめぇって言いよるじゃろ!!
なんで堂々と言うんね!!」
(郷子の耳まで真っ赤)
◆放課後/4人の秘密会議——そして運命の称号が降りる
泉
「てことで、ひろ → “エロひろモード”確定や」
ひろ
「やめろぉぉぉぉ!!」
郷子
「ほいで温也くんは“エロ温モード”じゃね……」
泉
「……せやな」
2人は顔を見合わせ、同時に指を突き出した。
泉 & 郷子
『山口のエロ大魔王 1号・2号、ここに誕生!!』
ひろ
「絶対違うじゃろ!?!?」
◆その晩・福岡/小倉家とのビデオ通話
スマホ画面に小倉家の全員がぎゅうぎゅうに映った。
泉
「福岡のみなさ〜ん。
山口に新しい称号できましたぁ」
郷子
「“エロ大魔王 1号・2号”です」
小倉家
『ぶはっっっっ!!!!!!』
優馬
『ひろくんと温也くんか!!』
美鈴
『ネーミングセンスが秀逸すぎる』
光子(4歳)
『えろだいまおー? おいしいん?』
優子(4歳)
『つよか名前〜!』
泉
「1号:ひろ、2号:温也、おめでと〜」
小倉家
『ぎゃははははははは!!!!!!!』
ひろ
「やめろぉぉぉ!!」
温也「なんでやねん!!!」
(※まだ真相を知らされていなかった2人、ついに知る)
◆ラスト/帰り道
温也
「……郷子。
うち、なんで“エロ温”やねん」
郷子
「知らん……でも似合っちょる」
温也
「似合ってる言うな!!」
ひろ
「泉!! お前もうホンマに……!」
泉(ふふっと笑う)
「ひろ、怒った顔も好きやで?」
ひろ
「やめぇぇぇぇ!!///」
——山口の秋空に、4人の叫びと笑い声が響き渡った。
そして、エロ大魔王1号と2号の伝説は、
この日から密かに始まったのである。




