山口県中学選手権大会決勝
山口県中学選手権 決勝 ― “届くほうへ”の一本
アナウンスが反響する。
「ミックスダブルス決勝戦、山口第一中(女子)仁保 泉・(男子)仁保 宇宙 対、徳地中(男子)宮村 空・(女子)谷口 遥——入場!」
二人はラケットを胸の前でコツン。
泉「最初の一本=挨拶」
ひろ「最後の一本=握手。――いくで」
第1ゲーム
序盤、徳地中の“緩→急→緩”の揺さぶりに対して、いずひろは二拍我慢で受け、一拍返しで前に置く。
ひろ「逆斜め、空ける!」
泉「前、任せた!」
泉の無音ヘアピンがネット際で止まり、相手が一歩遅れる。
21–17、いずひろ先取。
第2ゲーム
宮村のドライブが火を噴き、谷口が読みの速いカバー。
「吊って、落として、刺す」を同フォーム三択で畳みかけられ、流れが徳地へ。
18–21、徳地が取り返す。
ファイナルゲーム
会場が静まる。
ひろ(小声)「泉、要所で一発。タイミングは任せる」
泉「任されましたぁ。……二拍我慢、からの——」
スコアは並走:8–8、12–12、17–17。
ラリーが50往復に達した一本、ひろが床すれすれを拾い切る。
泉「いま!」
ピース・ドロップがネットテープすれすれに落ち、相手届かず。
19–17。
マッチポイント。
ひろはわざと高いロブで時間を買い、戻り際にもう一球を吊る。
相手が前に詰めた刹那——
泉「――置く」
無音。止まる。落ちる。
21–18。いずひろ、優勝。
笛が鳴る。
沈黙のあと、歓声。
二人はネット越しに礼をし、ラケットをもう一度コツン。
(最後の一本=握手)
表彰式後・優勝インタビュー ― “夫婦漫才(仮)”開演
司会(ローカル局):
「山口第一中・いずひろペア、県大会初優勝おめでとうございます! まずは率直な気持ちを」
泉(満面の笑み):
「ありがとうございます! え〜、ひと言で言うと……刺しました!」
会場「おお〜!」
ひろ「ちょっと待て。言い方や。勝ったのは事実やけど、物騒やねん」
司会「“刺した”というのは、例の“ピース・ドロップ”のことですね?」
泉「そうです! 見せびらかさんで、要所で一発。今日はよう刺さりました!」
ひろ「“刺さりました”言うな。“決まりました”でええやろ!」
司会「試合のキーポイントは?」
ひろ「二拍我慢→一拍返し。それから“合図”を半拍前に出すことです」
泉「あと、蚊対策!」
ひろ「なんで今ここで蚊!?」
泉「わたし、試合で刺すより蚊に刺されとるっちゅうねん!」
会場:ドッ
司会「ここでも出ました! “蚊に刺され案件”」
泉「今日は本番前に蚊取り線香×ミントのダブル。会場が夏祭りの匂いになりました!」
ひろ「すんません会場の皆さん……でも効きました」
司会「合図“最初の一本=挨拶/最後の一本=握手”は?」
泉「もちろんやりました! 最初の一本で“おはよう”、最後の一本で“ありがとう”。音は出さんけど心で声出しです」
ひろ「それが落ち着きになります。焦ったら“届くほうへ”だけ思い出す」
司会「優勝まで支えてくれた人へ」
泉「まずはコーチ、先輩、チームのみんな。あと小町!」
ひろ「猫の名前言うん早いねん」
泉「家のニャンコです。朝、しっぽでパタパタして起こしてくれたんで、スタートダッシュ成功しました!」
会場:爆笑
司会「猫アシスト!」
ひろ「実はそれ、寝不足の原因でもある」
司会「最後に、次の目標を」
泉(客席に向かって):
「中国大会でも、見せびらかさん一発で届くほうへ刺しま……決めます!」
ひろ「今“刺す”言いかけたよね!」
泉「言ってへん言ってへん! “決める”言いました!」
司会「夫婦漫才のテンポ、今日いちばん速いですね!」
ひろ「夫婦ちゃいます固定ペアです!」
会場:大拍手
司会「いずひろペア、初優勝おめでとうございました!」
二人「ありがとうございました!」
(深々と礼。退場の足音はBPM=80。客席も思わず同じテンポで拍手)
楽屋裏・ミニ後日談
葵(主将)「おめでと! 最後の二本、鳥肌立った」
未央「“蚊取り線香×ミント”の情報は要る?」
泉「提供します。夏の県大会・必須装備です!」
ひろ「公式ガイドに載らんから!」
藍(山口西高)「一年でここまで来たの、ほんま誇ってええ」
歳也(高田高)「次は“笑いの精度”じゃなくて“配球の精度”上げてこ」
泉「両方やります!」
ひろ「そこは譲らんのね」
村田コーチ「合図は武器、間は心。中国大会は“見せびらかさん”で刺……決めろ」
泉・ひろ「はい!」
二人、ラケットをもう一度コツン。
(最初の一本=挨拶)
(最後の一本=握手)
(そして、届くほうへ)
優勝記念の写真に、猫の小町スタンプがそっと押された——“判定:合格”。
中国大会・本番 ― 「音で敬礼、笑いで整列」
(郷子=山口弁ver.)
第一章:集合 ― “BPM=80で遅刻防止”
朝7:40、岩国市文化会館・裏口。
山口農林高校吹奏楽部、集合の号令。
郷子(Tb)はケースを肩に、点呼票を片手に小走り。
温也(Tb)は、その後ろでパンを片手にちぎりながら追い越していく。
郷子「ちょ、温也くん! 本番の朝にパンをタンギングみたいに食べんでよ!」
温也「朝ロングトーンや。“モグモグ→ブレス→モグ”の三連符やで」
郷子「食べるか吹くか、どっちかにしぃや!」
周囲:クスクス
石井(Tb・3年)「一年、ウォームアップはBPM=80で集合。笑いはBPM=0な」
温也「笑いは無音ロングトーンでお届けします」
郷子「無音でもボケんでええけぇ!」
第二章:くじ引き ― “一番はイヤ、一番は好き”
舞台袖。各校代表が抽選箱に手を入れる。
石井「郷子、頼んだ。縁起のいい番号、引けよ」
郷子「ほい、まかせて。ええ数字、引いてくるけぇ!」(ガラガラ…ポン!)
係「出ました――5番!」
温也「ドやな」
郷子「なにそれ、“ハ音記号くじ”け?」
田中(Tp)「5番は悪くない。響きが回りきる時間が取れる」
佐々木(Perc)「搬入も余裕できる。勝ちくじやな」
郷子「ほいじゃあ、運も味方しちょるね!」
第三章:リハーサル ― “ボケはpp、音はmfで”
小ホールでの最終バランスチェック。
佐伯「ロングトーン、B♭。吸って、吐いて。語尾を削れ。余韻は会場がやる」
温也「語尾削ります(※ボケは残します)」
郷子「ボケのほう削りんさいよ!」
田中(Tp)「“Forever Love”は呼吸で和音を持ち上げろ。押すな」
石井(Tb)「Tbは“扉を開ける動作”や。開けて、そこで立て」
温也「了解、開けて立つ。突っ込むのは郷子」
郷子「突っ込むんじゃなくて吹くんよ、ちゃんと!」
第四章:本番 ― “Forever Love、扉を開ける”
暗転。場内アナウンス。
「続いて、山口農林高校。自由曲『Forever Love』(X JAPAN)」
静寂。B♭ロングトーンがホールを包む。
ホルンが旋律を置き、クラリネットが細い糸を紡ぐ。
Tbセクション、温也がまっすぐ息を送る。
郷子は横目でうなずきながら、音を重ねる。
サビ前。ティンパニが静かに地を揺らす。
郷子のベルがわずかに上がり、空気を持ち上げる。
温也、扉を開けて立つ。
サビ。
泣かず、叫ばず、ただ立っていた。
——それだけで、十分に鳴る。
第五章:袖 ― “音でボケるな”
戻った瞬間、全員の肩がふっと落ちる。
佐伯「よし。言い過ぎなかった。“Forever Love”、大人やったな」
田中(Tp)「金管、語尾よう我慢した」
石井(Tb)「一年、上出来や」
温也「わい、ボケppで抑えました」
郷子「終盤mpまで上がっとったけどね!」
周囲:爆笑。
郷子「でもなぁ、うちら、ほんと“扉開けて立っちょった”感じしたねぇ」
温也「それ次の部訓や。“開けて立て”」
郷子「なんか標語みたいじゃけど、悪くないね」
第六章:講評 ― “語尾を削る勇気”
審査員講評。
審1「金管の語尾処理が秀逸。響きを客席に委ねる勇気がある」
審2「呼吸でテンポを運んだ。打楽器は語らず、でも心拍を支えていた」
審3「“Forever Love”を泣かせず、立っていた。その姿勢が音に出ていた」
郷子「うれしいねぇ…ちゃんと伝わっちょったんじゃね」
温也「“余白”が褒められたら勝ちや」
郷子「その余白にボケ書かんでね!」
第七章:結果発表 ― “拍の間に祈る”
アナウンス「金賞……山口農林高校! 代表推薦……山口農林高校!」
「やったぁ!」
郷子が小さく両手を握りしめる。
温也「代表や! 扉、開いたで!」
郷子「うちら、立ってた甲斐あったねぇ!」
石井「写真いくぞ。“最初の一秒=挨拶、最後の一秒=握手”!」
全員で息を合わせてハミング。
——シャッター音。
第八章:打ち上げ ― “ボケppで乾杯”
芝生でスポーツドリンクを掲げる。
田中「代表、おめでとう。音で敬礼、貫いたな」
佐伯「次は“語らぬ勇気”をもっと磨け」
温也「“語らぬ勇気”、ボケppのことや」
郷子「ちゃうちゃう、それは別もんじゃけぇ」
佐伯「でも“笑いがppで流れる”のはええ。場がやわらぐ」
郷子「“笑いで整列”、じゃね」
温也「それ、今日いちばん名言や!」
夕立の匂い。群青の空。
ケースを肩に並んで歩く二人。
温也「なぁ郷子、次の本番、わいMC(漫才コンダクター)やるわ」
郷子「コンダクターは先生やけぇ、あんたはボーン吹きんさい。
——“開けて、立つ”んよ」
温也「了解。“開けて、立つ”!」
(最初の一秒=挨拶)
(最後の一秒=握手)
(そして、扉を開けて立つ)
音は消えても、合図は残る。
代表の証書よりも重たい“拍の間”が、みんなの胸にしまわれた。
2026年・中国大会の夕方 ― 広島バスセンター発「山口市行き」高速バス
発車ベルが軽く鳴り、車内がすうっと静まる。
郷子(高1・Tb)は窓のシェードを半分下げ、息を細く吐いた。
「……終わったね。胸、まだどきどきしちょる」
温也(高1・Tb)が通路側で、空のペットボトルのキャップを“コツン”。
「ええ本番やったで。“扉ひらいて立つ”ん、ハマったわ」
「語尾も、ちゃんと削れた気がする」
「お前の語尾、ところてん級に“スッ”。——で、腹は減る」
「今、そのたとえは反則やけぇ」
斜め後ろで、泉(中1・大阪弁)が首枕ごとコクン。
さらに奥、ひろ(中1)はイヤホン半分落としたまま夢の中。
郷子が小声で笑う。「寝顔、かわいいのう……」
温也「“ぷしゅー攻撃”言うてた人間の顔ちゃうで。天使」
「起きたら絶対つっこまれるやつや」
前列の石井先輩(Tb・3年)が肩越しに指で×。
「一年、声ボリューム。“高速バス”」
「すみません、“ボケpp”で……」
「それ、講評で褒められとらんやつ」
車窓の街がゆっくり後ろへ流れ、高速に乗る。
タイヤのうなりがBPM=80で続き始めた。
「ねぇ、山口着いたら小倉ファミリーにビデオ繋ご?」
「賛成。“代表いけました”ってな」
「言うの、わたしからでもええ?」
「もちろん。“郷子さんがどうしても言いたいそうです”って添えとく」
「人質みたいにすんなって」
ふたりで肩を小さくぶつけ合い、窓の外へ目をやる。
2026年の夕雲は薄群青。バスは山口市へ。
山口市・バスターミナル 19:35
降車。ほうじ茶の缶を“カン”。
温也が発信タップ。数コール——
画面に、美香ちゃん(中2・14歳/福岡の中学吹奏楽部・Cl)。
背後から、ちいさな笑い声が二つ近づく。
『温也くん、郷子ちゃん、泉ちゃん! おかえり〜!』
「ただいま、美香ちゃん。えっとね——」
郷子「全国いけることになりました!」
泉「代表やでぇ!」
美香の瞳が“ぱぁっ”。
『すごい……! わたしも中学のほうで“全国”決まったの。同じ会場になれるかも!』
郷子「ほんに? そねぇ……再会、決まりやね」
『うん、また一緒に——音でも笑いでも!』
と、画面の端から**光子ちゃん&優子ちゃん(4歳)**がぴょこ。
光子『こんばんはー! きょうの“ねるまえショー”は——』
優子『“ぼけ・つっこみ・きほんセット”でーす!』
温也「タイトル長編」
郷子「かわいすぎる……」
光子が色ハンカチを取り出す。
『これはなーんだ?』
優子『ハンカチ!』
『ちがう、“おやすみスイッチ”!』
優子『(真顔)……はい、ねなさい』
郷子「まだ始まったばっかりよ」
第二演目。光子が“おなか太鼓”をぽんぽこ。
優子『たいこは“おへそ ひかえめ”で——はい“ぽすっ”』
(ちいさい手で、ちいさい音)
美香『音、かわいい……』
泉(半覚醒)「破壊力やばい……」
温也「ホール鳴る笑いやないな、これ」
郷子「おなかよじれる……」
ラスト。
光子『さいご、“とどくほうへ”!』
(ハンカチをふわっと投げる→優子が受けて一礼)
ふたり『さいしょの いちびょう=あいさつ/さいごの いちびょう=あくしゅ!』
三人「「「うわぁぁ……」」」
音はないのに、ほんとに“届いた”。
温也は指先をカメラへ——音の握手みたいに。
「光子ちゃん、優子ちゃん、最高や。全国で会おな」
郷子「また“音で敬礼”しよ」
泉「“ぷしゅー攻撃”は封印しとくわ」
『それはだいせいかい〜!』(美香)
光子『みんな、がんばってね!』
優子『“がんばる まえに ねる”!』
温也「名言でた」
郷子「“ボケppで就寝”」
泉「それ、寝言がmfになるやつや」
笑いが一巡し、全員で手を振る。
『またね。——再会、たのしみにしとる』(美香)
『おやすみー!』(光子・優子)
「おやすみ〜!」
黒い画面が戻る。ほうじ茶の湯気だけが静かに消える。
郷子「……あの子ら、音の前にちゃんと“挨拶”しちょったね」
温也「せや。笑いのあと、絶対“ありがとう”。勝てへん」
泉「全国、ほんま“届くほうへ”行こな」
三人は空き缶の底をもう一度“コツン”。
山口の夜気に、低いBPMが一拍鳴った。
その夜・各家
上田家(郷子)
ドライヤーの音が止み、鏡に“今日の背伸び”が映る。
(最初の一秒=挨拶/最後の一秒=握手)
「——扉、開けて立つ。次も、ね」
湯田家(温也&泉)
金具を“カチ”。
泉「兄ちゃん、ほんま今日はおつかれ。……全国、いこな」
温也「任せとき。お前は“ピース・ドロップ”——見せびらかさんと要所で一発や」
泉「了解。試合で刺すより蚊に刺されんようにするわ」
温也「そこ封印な」
翌朝・部室と体育館(2026・初夏)
吹奏楽部(山口農林)
ホワイトボードに石井先輩の書き込み。
音で敬礼、笑いで整列。扉、開けて立つ。
・ホール最奥まで息を投げる
・中間部の透明度(Cl/Sax)
・金管mfの“品”と語尾(Tb/Hr)
・打楽器の“語らぬ勇気”
田中(Tp)がBPM=80を指で刻む。
「遅刻防止はBPM管理から!」
郷子「歩幅そろえて、笑いはppで……ね」
バドミントン部(山口第一中)
朝練。いずひろペア、シャトルを細かく刻む。
「合図は半拍前」「二拍我慢→一拍返し」
休憩に入ると、いつもの夫婦漫才。
泉「試合で刺すより蚊に刺されとんねん!」
ひろ「なら可搬型“ぷしゅー”導入」
泉「学校持ち込み禁止や!」
女子部員がケタケタ笑いながらコート交替。
「練習より笑いで汗かいた〜」「笑いも心拍上がるからアップや!」
——2026年の夏。
広島からの高速バスが運んだのは、賞状より少し大きい“合図”だった。
山口と福岡、ブラスとシャトル、4歳のぽすっまで全部まとめて、
同じテンポで前へ進む。
(最初の一秒=挨拶)
(最後の一秒=握手)
——再会の合図は、もう胸の中で鳴りよる。




