届くほうへ ― 二つのリズム ―
① 放課後 ― 二手に分かれて
吹奏楽部の音楽室では、郷子が譜面台を整え、温也がトロンボーンを構える。
「もう一回、“二拍我慢→一拍返し”やな」
「おう。届くほうへ、な」
二人は向き合って、呼吸を合わせる。息が混じる音のあとに、柔らかな金管の響き。音は少しずつ形を整え、音楽室の壁を震わせた。窓辺では、湯田家の飼い猫・小町がゴロゴロと喉を鳴らし、B♭に寄り添うように尻尾を揺らしている。
同じ頃、体育館では泉とひろがラケットを構えていた。
週末に帰省してきた姉の津留美と、本山先輩も練習に参加している。
「もっと肩の力抜いて。重心、半歩前や」
「うん……! ほら、どうや!」
泉が打ったシャトルは、まるで空気をすべるように落ちた。
「ナイス、泉! その無音ドロップ、ええ感じや!」
ひろが笑い、津留美が軽く拍手する。
「高さの偽装も上手くなったやん。次の試合、楽しみね」
その声に、泉とひろは自然と笑い合った。
――体育館の夕暮れ。
練習も片づけも終盤、残るは天井近くに引っかかった一個のシャトルだけだった。
泉「ひろ、あれ見て。ひもに絡まっとるやん」
ひろ「ほんまや。あんな高いとこ、どうする?」
泉「んー……脚立、倉庫にあったやろ。持ってくるわ!」
ほどなくして、泉が軽快に脚立を引きずってくる。
ひろが思わず苦笑した。
「お前……ウェアのまま登る気やな?」
「そりゃそうやん。着替えてる間にシャトル落ちてくるかもしれんし」
泉はスパッと登り始めた。ラケットを片手に、すらりと伸びた腕が夕陽の筋の中できらりと光る。
ひろは慌てて脚立の下へ回り、両手でしっかりと支えた。
泉「もーちょい……あとちょい上やな……」
ぐいっと背伸びした瞬間、スカートの裾がふわりと揺れて、ひろの視界の端をかすめる。
「っ……!!!」
ひろ、顔が瞬時に真っ赤。
「お、おい泉! 気ぃつけろよ! 高いって!」
「大丈夫やって〜、ほら見てみ、もうちょいや!」
「見ぃひんわ!!!」
慌てて目をそらし、全力で脚立を支えるひろ。
耳まで赤く染まり、首筋の汗が光る。
泉はというと、そんな様子にも気づかず、ラケットを伸ばして——
「……取れたっ!!!」
「よっしゃぁぁ!!!」
勢いよく振り向いた泉と、下で支えるひろの目がバチッと合う。
その一瞬、何かが時間の中で止まったようだった。
泉「あっ……ひろ、顔、めっちゃ赤いけど?」
ひろ「い、いやっ、これは照明の反射っ!」
泉「夕焼けやのに?」
ひろ「日没マジックやっ!!!」
二人同時に吹き出した。
体育館に、夕陽と笑い声が響く。
その音に気づいた温也たちが、音楽室の窓を開ける。
「おーい、何やってんねん!」
「おぉ、青春コント発生やなぁ!」
郷子が笑いながらトロンボーンを抱えて叫ぶ。
泉「トロンボーンよりこっちのが高音出とるでー!」
温也「よっしゃ、じゃ次は合奏や、“届くほうへ in 体育館”バージョンで!」
笑いの波が一度きて、ゆるやかに引いていく。
脚立を降りた泉が、ひろの手を見てふと笑った。
「ありがとな、下で支えてくれて」
「いや……俺のほうこそ。落ちたら困るしな」
「ふふ、優しいやん」
「やかましいわ……」
二人の足もとに、白いシャトルがころりと転がっていた。
泉がそれを拾い上げて、夕陽に透かして言う。
「“届くほうへ”、な」
「……おう」
小さく頷くひろの横顔を、夕陽が赤く染めた。
その色は、汗とも照れとも、青春そのものの色だった。
① 放課後 ― 二手に分かれて
吹奏楽部の音楽室では、郷子が譜面台を整え、温也がトロンボーンを構える。
「もう一回、“二拍我慢→一拍返し”やな」
「おう。届くほうへ、な」
二人は向き合って、呼吸を合わせる。息が混じる音のあとに、柔らかな金管の響き。音は少しずつ形を整え、音楽室の壁を震わせた。窓辺では、湯田家の飼い猫・小町がゴロゴロと喉を鳴らし、B♭に寄り添うように尻尾を揺らしている。
同じ頃、体育館では泉とひろがラケットを構えていた。
週末に帰省してきた姉の津留美と、本山先輩も練習に参加している。
「もっと肩の力抜いて。重心、半歩前や」
「うん……! ほら、どうや!」
泉が打ったシャトルは、まるで空気をすべるように落ちた。
「ナイス、泉! その無音ドロップ、ええ感じや!」
ひろが笑い、津留美が軽く拍手する。
「高さの偽装も上手くなったやん。次の試合、楽しみね」
その声に、泉とひろは自然と笑い合った。
② 夕暮れ ― 小さな事件
練習が終わり、片づけの時間。
「ひろ、あのシャトル、ひもに絡まっとるやん」
天井の蛍光灯にぶら下がる白い影。
脚立もない。どうするか——。
「……“届くほうへ”や」
泉がラケットを掲げ、ひろのラケットと繋げた。
二本のラケットがひとつの腕みたいに伸びて、シャトルをそっと引っ掛ける。
「……取れた!」
「よっしゃぁー!」
その瞬間、体育館に風が通り抜けた。
ちょうど向かいの窓を開けていた温也たちが拍手。
「おぉ、ナイス連携! 音よりきれいにハーモニーしとったで!」
笑い声が、夕陽の中に溶けていった。
③ 夜 ― 家族の時間
湯田家の食卓。
温也が箸を置き、泉に尋ねる。
「今日は“最初の一本=挨拶、最後の一本=握手”で終われたか?」
「ばっちりや。シャトル取るとき、兄ちゃんの言葉思い出したんや」
「ほぉ〜、そりゃ成長しとる証拠やな」
足元で小町がゴロゴロ。泉が頭を撫でると、「ニャ〜(=届いたニャ)」とでも言うように喉を鳴らす。
窓の外には、三日月。音楽室の余韻のように静かな夜。
一方、仁保家。
ひろはタブレットでフォーム動画を再生。津留美が覗き込む。
「ええやん。次は高さの偽装、もう半拍ためてみ?」
「了解。……あ、泉もそれやってたな」
「ふふ、あんたら、息ぴったりやん」
笑いながら、津留美が手を差し出す。
「ほら、練習終わりの“握手”」
ひろも照れくさそうに手を合わせた。
④ 翌朝 ― 小さな試練、小さな勝利
朝の教室。
小テストの紙が配られ、泉は鉛筆を握る。
(“二拍我慢→一拍返し”……)
焦らず、一拍だけ呼吸を置く。見直しを加え、ペン先が止まる。
先生が答案を回収するとき、泉はほっと息を吐いた。
一方、体育館では朝練。
「いずひろペア、ラリー100本ノーミス目指すで!」
ひろが掛け声を上げ、泉が構える。
シャトルが上下に弧を描き、打つたびに音が重なる。
九十九、百——。
「達成っ!」
拍手が起きた。
ひろが息を切らせながら笑う。
「最初の一本=挨拶、最後の一本=握手、やな」
泉がうなずき、ラケットの先を軽く合わせた。
“コツン”という音が、朝の合図みたいに響いた。
⑤ 週末前 ― プレマッチとプレリハ
金曜の放課後。
体育館のネット越しに、いずひろペアは再び向き合う。
相手は上級生ペア。
第一ゲームは押され気味、でも第二で粘り。
最後、泉の無音系ピース・ドロップがネットを越え、静かに落ちた。
審判「ポイント、いずひろペア!」
「よっしゃぁぁー!」
歓声のあと、二人は自然にハイタッチ。
(次は——中国大会。届くほうへ、や)
同時刻、音楽室。
吹奏楽部はステージ立ち稽古の最終リハーサル。
郷子が深呼吸して呟く。
「最初の一秒=おはよう、最後の一秒=ありがとう」
温也「間のすべては“笑顔で届くほうへ”やな」
トロンボーンの音が天井に広がる。
窓辺で小町が目を細めた。まるで音に頷くように、
“ニャ〜”と一声、静かに返す。
エピローグ ― 二つのリズム
吹奏楽の音と、シャトルの打音。
違う場所で鳴っているのに、不思議と同じテンポを刻んでいた。
泉はその夜、日記に小さく書く。
「最初の一秒=挨拶。最後の一秒=握手。
今日も“届くほうへ”で終われた。」
風が窓を揺らし、
遠くからトロンボーンのロングトーン。
音はやがて、夢の中へと混ざっていった。
湯田家の土曜、9時のわらび餅交響曲
――ピンポーン。
朝の山口、晴れ。蝉が鳴きはじめる少し前の、まだ涼しい時間。
泉(大阪弁)「はいはい、今いくで〜!」
玄関を開けると、満面の笑みの二人。
女子バレー部出身の矢場藍と、野球部キャッチャーの太田歳也。
藍「おはよう泉〜! わらび餅持ってきたよ!」
歳也「朝から甘いもんやけど、エネルギー補給ってことで」
泉「うわ、神登場。二人とも入って入って! うち、今んとこ猫と私しかおらんけど」
畳の上を「トトトトッ」と横切る影。
尻尾を高く掲げた小町が、来客チェック開始。
小町(内なる声):「ふむ、匂いよし。動きよし。靴の並べ方、A評価ニャ」
泉「よかったな、通行許可出たで」
藍「猫の審査、毎回あるんやね」
泉「うん、厳しいけど、公平や」
3人で座卓を囲み、麦茶を注いで一息。
まったり空気の中、玄関のドアがガチャリ。
温也(大阪弁)「おーっす、帰宅〜。図書館寄って譜面返してきたでー」
泉「兄ちゃんおかえりー! ちょうど藍と歳也が来とる」
温也「おぉ、久々やんか。野球部キャッチャー、バレー部スパイカー、よう汗かいてきた顔や」
歳也「え、顔で分かるんすか」
温也「部活魂の“テカリ”や」
すると、襖の向こうからもうひとり顔を出す。
郷子「おはよ〜。……あれ?なんやこのメンツ。朝から文化祭?」
泉「郷子お姉ちゃんも来てくれた!」
郷子「お姉ちゃん……あぁ〜、その呼び方、反則級に可愛いんよ……!」(鼻血寸前)
藍「朝からテンション高いですね」
泉「普段からこんな感じやねん」
温也「まぁ、郷子さん=爆笑発電所やからな」
――一同:わらび餅開封。
プルン。琥珀色の魔法。きなこの香りがふわり。
泉「この音、部活のB♭トーンに近いな」
郷子「音楽的分析いらんて!」
わらび餅トークがひと段落したころ、
泉がニヤリと笑う。
泉「なぁ藍さん、、トシ君。ところで二人、高校行ってからどんな感じなん?(ニヤ)」
藍「えっ、ど、どんなって!?」
郷子「出たわ〜“恋バナ特攻隊”」
温也「質問、えぐるでぇ」
歳也「まぁ、その……ゆっくり進行で……」
藍「週一で駅で待ち合わせして、図書館行って、アイス半分こして……」
泉「え、青春やん!」
郷子「#ゆっくり進行 #最初は挨拶最後は握手 #届くほうへ」
温也「タグ長すぎてスマホ固まるやろ」
泉「で、キスは?」
歳也「ちょ、やめぇ!」(顔まっか)
藍「朝から地雷踏まんで!」
郷子「今日も平和でよかった」
小町(内なる声):「人間という生き物は、朝から甘い。砂糖より甘いニャ」
温也「ほな俺も混ざるで。泉、兄ちゃんの恋愛相談ものってくれ」
泉「兄ちゃんのは、相談より“事件簿”やろ!」
郷子「“ぷしゅー攻撃”より爆発しそうやもんね」
泉「郷子お姉ちゃん、それ禁句や〜!」
みんなで吹き出す。
畳の上には、笑いときな粉と猫の毛。
小町「にゃ(総評:非常に愉快)」
――9:45。
麦茶の氷が溶けきるころ、藍と歳也は朝練へ向かう準備。
藍「今日はありがとう。また来るね!」
泉「うん、次はお昼も一緒に!」
郷子「“最初の一秒=挨拶、最後の一秒=握手”よ?」
温也「解散BPM=100で頼むで」
小町が玄関の方で尻尾をポン。
判定:友情、延長戦確定。
――そのあと。
泉(独り言)「……あぁ、やっぱこの家、にぎやかが一番ええわ」
郷子「ほんまやねぇ」
温也「おぉ、郷子お姉ちゃん、なんか母親感出てきたで」
郷子「誰が母やねん!」
泉「でも、“郷子お母ちゃん”でも違和感ないで?」
郷子「やめぇぇぇぇぇ!!」
小町(内なる声):「今日も良き日。わらび餅、また頼むニャ。」
――湯田家、笑いときな粉の香りに包まれた、土曜の午前だった。




