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トレイン&スポーツラブ~山口で出会った二人のラブストーリー  作者: リンダ
ドタバタラブコメディー開幕

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75/86

定期演奏会と、バドミントン市の大会

◆ 定期演奏会「挨拶と握手」―山口市民館・大ホール


午前10時。

山口市民館の大ホールに、金管の音が天井へと伸びていく。

譜面台の並ぶステージ、まだ客席は空だが、空気はもう“本番前”の張りつめ方をしていた。


「B♭、いきます!」


田中の号令で、全員が吸気。

ロングトーンの波が広がり、まだ誰もいない客席の背もたれにぶつかって、静かに折り返す。

その波の中で、トロンボーンの温也が、スライドをゆっくり引きながら息を整えた。


(最初の一秒=挨拶)


郷子が指揮を見つめながら、小さくうなずく。

「今日の“おはよう”、遠くまで飛ばそね」


打楽器のスティック音が「カチッ」と鳴る。

石井ステマネが声を張る。「ゲネプロ通し、いくでー!」


13:15 開場


ロビーでは金管小編成のプチ演奏。

“B♭→芝生→敬礼”の3分メドレー。

トランペット、ホルン、そしてトロンボーンが軽くリズムを踏む。

吹くたびに空気が丸く整い、客の列が自然に進む。


郷子は楽屋で、MC原稿をもう一度見直す。

田中「笑いは八分目でな」

郷子「いや、九分五厘でいくけぇ」

田中「またオーバーやん!」


控室の隅で温也が笑って言った。

「音で笑かすなら任せぇ。ブレスで落ちる音、入れとくけぇ」


14:00 開演


照明が落ち、ステージへ視線が集まる。

B♭のロングトーンが会場いっぱいに広がり、やがて静寂へ。

佐々木先生のタクトが上がり——《威風堂々》。


ホルンの伸びやかな旋律に、トロンボーン隊の低音がゆっくり重なる。

温也のスライドは、まるで“扉を開ける動作”のよう。

ブレスを吸うたび、空気が広くなる。

終盤、ppに落とす最後のロール。温也は息の残りで「……届け」と呟いた。


拍手が、柔らかく響いた。


続けてYOASOBI「群青」、そしてアニソン枠『ギターと孤独と蒼い惑星』。

郷子のクラリネットがきらりと光り、温也のスライドがメロディを押し上げる。

郷子が隣に笑いかける。

「出た、“温也ブレンド”」

温也「ええやろ、ミント仕込みのブレスじゃけぇ」

郷子「また蚊の話しよる!」


客席に小さな笑いが生まれる。音楽と笑いが交わる瞬間だった。


MC①


郷子「今日は“挨拶と握手”がテーマです。

最初の一秒で“おはよう”、最後の一秒で“ありがとう”。

音で敬礼して帰ってもらいますけぇ。」


田中「退場の足音までBPM揃えてます。帰り道の歩幅も揃うはず」

郷子「信号で走るとこまで合わせたら怖いわ!」

笑いが客席に波のように広がる。


続いてThe Beatles「Let It Be」、そしてドヴォルザーク《新世界より》第4楽章。

温也は3ポジションを押し出すたび、郷子の音を支えるように響かせた。

ラストのタクトが落ちる瞬間、息が全員ぴたりと止まり、客席の空気まで呼吸をやめた。


休憩(15分)


ロビーは“届いた音”の余韻で満ちていた。

「最初の音で鳥肌立った」「あの低音すごかった」——そんな声が並ぶ。


郷子はステージ袖で譜面を閉じながら、小さく手を胸に当てる。

(最後の一秒=握手)

隣で温也がペットボトルを傾けた。

「ええ流れや。……後半、ブラスで打ち上げるで」


後半戦


Benny Goodman「Sing, Sing, Sing」。

クラリネットソロ明け、ドラムがキメを放つ。

温也のトロンボーンが“うねるリフ”を前に押し出す。

スライドが息のリズムを刻み、ステージが一瞬震える。

郷子はクラでリズムを拾いながら心の中で笑った。

(出た、“温也ブレンド第2波”)


拍手がステージの床を叩くように続く。


Official髭男dism「Subtitle」では、ブラスが光の帯を編み、

『鬼滅の刃』「紅蓮華」では、温也がサビ直前のブレイクで息を止め、スライドを一気に押し出した。

轟音のような一拍。

佐々木「ナイスブレス!」

温也「“ぷしゅー攻撃”の成果や!」

客席がどっと笑う。


MC②「金管点検講座・超ショート」


郷子「さて、金管の世界には“息と笑い”が大事なんです」

温也(前へ出る)「このスライド、時々“杖”て呼ばれるんよ。でも今日は“マイク”じゃなく“握手の棒”」

(観客がくすっと笑う)

田中「それ、棒読みじゃ!」

温也「ちゃう! 本番は“音で握手”するんよ!」

リムショット代わりのスライドグリスが鳴って、客席が沸く。

郷子「よう笑わせる金管隊やな!」


バド部コラボ「ピース・ドロップ」


郷子「さてここで、特別コラボです。

バドミントン部“いずひろ”——ステージへ!」


袖にいる泉とひろが、ラケットを胸の前でコツン。

温也はその横でマウスピースを外し、そっと一言。

「ブラストいれん、静かに落とせ。俺がリズムで支えるけぇ」


ドラムのブラシが2拍。

ウッドブロックが“コン”と鳴る。

泉「前、任せた」

ひろ「後ろ、預かった」


空気がすっと沈み、一球分の静寂が落ちる。

会場の誰もが見えないシャトルの軌道を“見た”。

温也の息が静かに抜ける。

(……落ちた)


拍手が、舞台の床を震わせた。


後半ラスト


Coldplay「Viva La Vida」→King Gnu「SPECIALZ」。

ブラスが躍動し、温也のスライドが高らかに響く。

アンコール“Uptown Funk”では、観客総立ち。

温也はラストのリフで息を止め、音を置いた。

全員が一礼。

最後の一秒——握手。

客席とステージが同時に「ありがとう」と口を動かした。


終演後・ロビー


プログラムを手にした観客たちが、笑顔で帰っていく。

温也はベルを磨きながら、郷子に声をかけた。

「今日の一音目、よう届いたな」

郷子「最後の一秒も、ちゃんと握手になったで」

二人、トロンボーンのベルをコツンと合わせる。

(音の握手)


そこへ泉とひろが駆け寄ってきた。

「温也! さっきのサポート、最高やった!」

「あんたの音、後ろで感じたよ!」

温也「そりゃよかった。“ぷしゅー攻撃”の音圧、控えめにしといたけぇな」

泉「もうええて!」


笑い声が響き、郷子がステージを振り返る。

「音って不思議やね。挨拶も、ありがとうも、全部残る」


温也はスライドを軽く動かしながら答えた。

「音は消えても、気持ちは鳴り止まんけぇ。

——次の合図は、“またな”じゃな」


その言葉のあと、会場の照明が静かに落ちた。

スライドグリスの金属音がひとつ。

それが、最後のBPM=80。

帰り道の足音まで、みんな同じテンポで響いていた。


終章:プログラムの余白に残された言葉


(最初の一秒=挨拶)

(最後の一秒=握手)

(届くほうへ)


——音で敬礼。音で笑顔。音で“またな”。




――終演直後、舞台裏。


トロンボーンのスライドを拭っていた郷子の前に、ラケットを抱えた二人がぴょこんと顔を出した。

泉とひろ。いずひろペアだ。


温也「おぉ、いずひろペアやん。中学のバドミントン、そろそろ慣れたか?」

ひろ「慣れる前に走らされてる、が正解やな」

泉「でも、もうすぐ市の大会あるけぇ。気合い入ってます!」

温也「おっ、ええやん。どこの会場や?」

泉「体育館のメインコートです! 選考も兼ねとるけぇ、負けられん」

郷子「じゃあ“仮死の大会”にしとき。いっぺん倒れても、すぐ起き上がる前提で」

ひろ「ネーミングの救命措置やな」

泉「今日の“音の握手”、効いたわ。落とすとこ、見えた気がする」

温也「最初の一本=挨拶、最後の一本=握手、やな」

郷子「届くほうへ、ね」


三人で軽く拳を合わせると、いずひろはラケットを胸にコツンと当て、客席へ手を振って戻っていった。


――その後。


ステージの椅子や譜面台を片づけ、楽器をケースに収める。

全員で学校まで運び、音楽室に積み上げたころには、西日の色がオレンジから薄紫に変わっていた。


石井「今日はここで解散ー。各自気ぃつけて帰りや!」

「おつかれー!」の声が階段と廊下に反響して、みんなそれぞれの帰り道へ散っていく。


――校門前。


郷子と温也は自転車にまたがる。ペダルを一押し、風が頬に涼しい。


郷子「ねぇ温也。ちょっとそこのコンビニ寄って、おやつ買って帰らん? おなかすいた〜」

温也「わかったわかった。ほな、ちょっと寄ろか。燃費の悪い金管女子やの」

郷子「音は腹から出すけぇ、腹も減るんよ」


――ミライマート山口店。


自動ドアが開くと、冷気と甘い匂い。BGMはさっきの舞台よりちょい速いテンポ。


郷子はスイーツコーナーへ直行。

温也はパン棚で足を止め、目に留まった袋を手に取る。


温也「……お、チョコパン発見。これにしよ」

郷子「チョコパン? 渋いチョイスやねぇ」

温也「糖分はトロンボーン吹きの燃料や。派手さより“持続力重視”やで」

郷子「私は、これ」


両手に抱えたのは、ジャンボプッチンプリン。

まるで戦利品のように高々と掲げる。


温也「……またそれか。前回もそれで“甘味の大会”優勝しとったやろ」

郷子「今日も優勝狙うけぇ!」

温也「ほな俺はチョコパンで準優勝狙いしとくわ」


――店先のベンチ。


郷子が慎重に、ぷちん。

でっかい琥珀色が、ぷるるん、と皿に“着地”。

温也は袋を開け、ふんわり香るチョコパンを一口。


郷子「いただきます」

温也「こっちもいただきまーす。最初の一口=挨拶、やな」


スプーンが入った瞬間、カラメルがゆるく流れ、夕暮れの色と混ざる。

チョコの甘みとカラメルの香ばしさが、空気の中でハーモニーを奏でる。


郷子「……うま……」

温也「その“……うま……”、今日いちばんのMCやな」

郷子「温也のチョコパンもうまそう」

温也「そっちは見た目で勝ってるけど、味は負けんで。トロンボーン的ビターや」

郷子「どんなジャンルよそれ」


二人、同時に笑う。


郷子「じゃ、温也の分」

温也「ありがと。最初の一口=挨拶」

郷子「最後のひとすくい=握手」

二人「——届くほうへ」


食べ終わるころには、ベンチの影が長く伸びていた。

自転車のベルの音が、夕方の街のリズムと重なる。


温也「いずひろ、ええ顔しとったな」

郷子「うん。“市の大会”も、届くほうへ打ってくれるよ」

温也「ほいじゃ、うちらは“甘味の大会”ダブル優勝やな」

郷子「表彰状、プリンの底に隠れとるけぇ」


二人、最後の笑い声を残して立ち上がる。

チョコパンの包み紙と空カップをゴミ箱に入れると、カランと軽い音。


――帰り道。


並んで走る自転車。

ハンドルの角度だけで、同じ方向に曲がる。

小さな風が背中を押すたび、昼のロングトーンみたいに気持ちが遠くまで伸びた。


郷子「次の合図、なんにする?」

温也「“またな”でええ。——明日も音で挨拶して、音で握手」

郷子「了解。“届くほうへ”、帰ろうや」


ジャンボプリンのカップとチョコパンの包み紙がバッグの中で軽く鳴った。

それは、今日のアンコールみたいな、甘い余韻だった。



――夜。それぞれの家へ。


上田家。

夕食の湯気が落ち着くころ、郷子は浴室の蛇口を止めて、湯船に肩まで沈めた。

「ふいぃ~……目いっぱい音出した後のお風呂は最高じゃねぇ」

湯気に紛れて、頬がほどける。壁に掛かった小さな時計の音がBPM=60でコツコツ鳴る。


郷子「……温也、もう入ったんかな」

タオル越しにスマホを取り、スピーカーにして電話をかける。


ぷるるる……ピッ。

温也『もしもし。——お、郷子?』

郷子「今ちょうど風呂。温也は?」

温也『俺も今、入っとるところや。いやぁ……気持ちええねぇ』

郷子「今日は腹から“威風堂々”やったけぇ、背中までほぐれるわ」

温也『分かる。スライドの重さが“湯”で中和されとる感じ』


——そのころ、湯田家・脱衣場。


泉「はぁ~、私も入ろ……」

ガラッ。

泉「ぎゃーっ! お兄ちゃん入っとったん!?(※脱衣場から浴室の曇りガラス越し)」

温也『(電話越し)え、ちょ、待て待て! 入ってると思わんかったって、俺の着替え置いとったやろ!』

泉「見えてへんし! でも心の準備が! しかも電話しよるし!」

温也『今、郷子と風呂トーク中!』


スピーカーからそのまま聞こえる声に、郷子は湯船でずりっと苦笑。

郷子「なになに? 何があったん?」

泉「郷子さん!? スピーカー!?」

郷子「す、すまん、全体放送になっとった。大丈夫、何も見えとらんけぇ!」

温也『よし、泉、玄関側の廊下にタオル追加で置いとるけぇ、先に湯沸かしスイッチだけ押して待機しとけ』

泉「了解! “ぷしゅー攻撃”は封印しとく!」

郷子「お風呂で殺虫剤はやめぇ!」

三人、同時に笑う。


泉「じゃ、兄ちゃん終わったらドアノックしてな!」

温也『おう、BPM=80で二回ノックするけぇ。それが“交代の合図”』

泉「了解、“届くほうへ”!」


——通話に戻る。


郷子「ええ家やね、賑やかで」

温也『そっちも賑やかやろ。上田家の風呂、音鳴りが良さそうや』

郷子「響きはえぇよ。“最初の一秒=挨拶”、湯気にも届いとる」

温也『ほな“最後の一秒=握手”は——風呂出る前の“ふぅ~”で』

郷子「約束。……明日もBPMそろえて行こね」

温也『おう。“市の大会”前やし、いずひろにもええ風送ろうや』


廊下から「コン、コン」(BPM=80)。

泉の交代ノックだ。


温也『じゃ、上がる。——またな』

郷子「またな。……届くほうへ」


通話が切れて、湯気だけが残る。

郷子は湯船の縁に指先で小さな丸を書いた。

(最初の一秒=挨拶。最後の一秒=握手。——そして“またな”)


——同刻、湯田家0

温也はタオルで髪を拭きながらドアを少し開け、廊下に向けて一言。

「泉、どうぞー」

泉「はーい! 今度こそ“最初の一歩=挨拶”で入る!」


バタン。

湯気の音がふわっと重なり、二つの家の夜が同じテンポで静まっていく。

お湯の“ふぅ~”が、今日いちばんやさしい握手だった。




山口市中学バドミントン大会ミックスダブルス


――朝、山口市体育館。

シャトルが宙を切るたびに、観客席から軽いどよめきが起こる。

トーナメント表の端にはこう書かれていた。


山口第一中学校(架空)

(女子)湯田 泉 × (男子)仁保 ひろ

通称:いずひろペア


1回戦 21–13 21‐12

2回戦 21–16 21‐9

準決勝 21–18 21‐15


試合を重ねるたびに、二人の“届くほうへ”の呼吸が研ぎ澄まされていく。

ひろ「最初の一本=挨拶」

泉「最後の一本=握手」

——その言葉を胸に、ついに決勝戦を迎えた。


決勝戦 ― 白石中《蒼真ペア》


対戦相手は、白石中学校3年生ペア(男女混合)。


男子:長谷川はせがわ 蒼真そうま


女子:佐伯さえき 真琴まこと

通称:《蒼真そうまペア》


長谷川「これが噂の“いずひろ”か」

真琴「一年生で決勝? たいしたもんね。でも、こっちも簡単には負けないわよ」

長谷川「行くぞ、真琴!」

真琴「任せて!」


四人がラケットを構えた瞬間、会場の空気がぴんと張りつめた。


第1ゲーム


泉(女子)「前、任せて!」

ひろ(男子)「後ろ、預かった!」


息の合った即声。

序盤は鋭いラリーで7–4とリード。

だが、蒼真ペアはそこからギアを上げてくる。


長谷川は、軽く振るだけで鋭いクリア。

真琴は、しなやかに沈めるヘアピン。

いずひろが前に出れば吊り上げ、下がれば落とす——

まるでリズムを奪うような緩急の三拍子だった。


村田コーチ(山口第一中)「焦るな泉! 二拍我慢で戻せ!」


泉「わかっとるけぇ!」

だが、相手の緩→急→緩の波に、わずかに呼吸がずれる。

12–21、蒼真ペアが第1ゲームを奪う。


第2ゲーム


ベンチに戻り、タオルを首にかける。

ひろ「泉、行けるか?」

泉「行ける。“届くほうへ”でいこ」

ラケットをコツン。音で握手。


再びコートへ。序盤は互角。

泉がネット前を制し、ひろがバックラインを支える。

11–10(インターバル)。客席から拍手が起こる。


しかし、蒼真ペアはここから再び**“間”の技術を見せつける。

長谷川が同じフォームでクリア・ドロップ・ドライブ**を三択に変え、

真琴はタイミングをずらして逆クロスへ流す。


村田コーチ「“間”を合わせに行くな! ズラせ!」

泉「了解!」

ひろ「返す!」


だが、ペースは取り戻せない。

終盤は長谷川のロングラリーから、真琴の無音ドロップで決着。

16–21。ストレート負け。


終了の笛


整列して、ネット越しに目を合わせる。

汗が光る中、真琴が優しく笑った。


真琴「強かったよ、君たち。まだ1年生でしょ?」

泉「はい。でも、もっと上手くなりたいです」

長谷川「その意気だ。また県大会で会おう。——“届くほうへ”、だな」

ひろ「次は、追いついてみせます」


——最後の一秒=握手。

四人の手が、ネットの上で交わった。


村田コーチの講評


村田「よう頑張った。今日の敗けは“伸びしろの証拠”や。

覚えとけ、これが今日の三つや。

① 合図の“間”を半拍前に出す。

② 同フォーム三択を仕込む。

③ “二拍我慢→一拍返し”でテンポを取り返せ。

これができたら、県では絶対勝負になる。」


泉「半拍前……」

ひろ「一拍返し……了解」

二人の声は、まっすぐ前を向いていた。


エピローグ ― 成長の予感


夕方の体育館前。

バッグを背負いながら、いずひろは並んで歩いていた。


ひろ(男子)「“緩→急→緩”には、“急→止→急”で返す練習しよう」

泉(女子)「うん。同じフォームで三択出せるように。吊って、落として、刺す」

ひろ「球は無音で落としても、心は音で残す」

泉「……“届くほうへ”。」


ふたりの影が夕陽に重なる。

ここから始まる、山口第一中“いずひろペア”の怒涛の成長。

次の舞台は、山口県大会。

そして、再びあの《蒼真ペア》が待っている——。



――夏・山口県大会。準決勝コート。


アナウンスが響く。

「ミックスダブルス準決勝、山口第一中(女子)湯田 泉/(男子)仁保 ひろ、対、白石中(男子)長谷川 蒼真/(女子)佐伯 真琴——入場!」


ネット越しに視線が合う。

蒼真「……伸びたな、君たち」

真琴「“声”の入れ方が前より速い。合図、半拍早くなってる」

ひろ「拾って拾って、拾い倒すけぇ」

泉「最初の一本=挨拶。最後の一本=握手。——届くほうへ」


ラケットをコツン。ゲームが走り出す。


第1ゲーム


序盤から激ラリー。いずひろは“即声+二拍我慢”でコートを広く使い、ひろ(男子)がとにかく拾う。

ドロップ、プッシュ、ロブ、ヘアピン——どれも一本で終わらない。

スコアは並走、デュースに突入。

村田「返球の“間”、切らすな!」

しかし最後、蒼真の同フォーム三択の無音ドロップが一本抜け、

24–26で《蒼真ペア》が先取。


蒼真(小声)「ギリギリだ。拾いが尋常じゃない」

真琴うなずく「次も油断なし」


第2ゲーム


いずひろ、修正。


合図の“半拍前倒し”


**同フォーム三択(吊る/落とす/刺す)**の採用


“緩→急→緩”には急→止→急で返す


ひろ(男子)「逆斜め、空ける!」

泉(女子)「前、任せて!」

真琴のネットを泉が一拍遅らせてヘアピンで返し、蒼真のドライブはひろのバックハンドブロックでコートに落とす。

再びデュースへ。

最後は、**ピース・ドロップ(要所で一発)**がネット前に刺さり、

22–20で《いずひろ》が取り返す。


真琴「上手くなった……“見せびらかさない一発”、覚えたね」

泉「ありがとう。届くほうへ、置いてきた」


第3ゲーム(最終)


会場の空気が張る。スコアは3–3、5–5、8–8……。

中盤、蒼真の吊り上げ→真琴の沈めで蒼真ペアが12–9と先行。

ここでいずひろ、配球を“高さの偽装”に切り替え——同じテイクバックから深浅を分ける。


ひろ(男子)「二拍我慢——いま!」

泉(女子)「刺す!」

逆クロス・ドライブがラインをかすめ、12–12。

以降は一点ずつの取り合い。18–18で迎えた大事な一本、

ひろが後方で超粘りのディグ→泉が前で**“無音のドロップ”。

真琴、届かず——19–18。

マッチポイントは、ひろのロブで時間を買い、泉のピース・ドロップを再び要所で一発。

ラスト、蒼真のスマッシュをひろが床すれすれで拾い返し**、相手のアウトを誘う。


――21–19。第3ゲーム、《いずひろ》!


笛。静寂のあと、大きな拍手。


蒼真「……やられた。拾い切られた」

真琴「デュース合戦、全部“合図”で上回られたね」

ひろ「ありがとう。次も“届くほうへ”でいくけぇ」

泉「最初の一本=挨拶、最後の一本=握手——」

四人「——ありがとう」


ネット越しの握手。汗が落ちる音まで、同じBPMで聞こえた。


結果と進路


準決勝:いずひろ(山口第一中) 2–1 蒼真ペア(白石中)


G1 24–26(蒼真)/G2 22–20(いずひろ)/G3 21–19(いずひろ)


この試合の内容が評価され、両ペアともミックスダブルスで中国大会出場が決定。

(県の推薦枠:優勝・準優勝)


村田コーチ「よく“二拍に戻した”。合図は勝ち筋や。——中国でも、見せびらかさん一発で刺せ」


ひろ「拾って、拾って、さらに拾う」

泉「置いて、刺して、また拾う」

二人「——届くほうへ」


夏の熱気の向こうに、次の舞台の空が見えていた。




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