1-8 礼節と挑発
「さすがにもう追ってこないみたいね」
「あぁ。今回は助かった。すまない」
ツララという男と魔女のような格好をした女は、黒白の橋での戦いを後にして、アシュグレイ王国方面へ向けて箒で空を飛んでいた。
「まさかツララがここまで苦戦を強いられるなんて……アイツら何者?」
「子供二人に尋問しようとしたら戦闘になってしまってね。後から来たあの鎖の男にしてやられたよ」
「ツララが万全の状態だったらあんな男なんとでもなるわ!」
「いや……どうだろうね」
ツララは男に蹴られた腹部を押さえて奥歯を噛みしめる。
ーーーーーあの男とは実質一対一で圧倒された……まだ本気も出してないようだったし。仮に万全の状態で対峙していたとしても、勝てるビジョンは浮かばない……な。
「………えっと、その前に戦闘になったっていう二人は手強かったの?」
「そうだね……正直よくわからない。面白い刀を使う彼はまだまだ力を秘めてそうだったけど。銃を使う方は……危険な魔力を有していた。それでもあの二人となら俺のがさすがに力量は上かな」
「確かに私も面白い魔力は感知したけど、そう……その程度なんだ。なら危険分子では無さそうかしら?」
「それは断言できないけど、もしそうだったとしても隊長達の相手じゃないさ。鎖の男はわからないけど。他は俺に傷一つ負わせられない程度……」
ツララの頬から血が流れる。
ーーーーーーあの時か。ギリギリで躱したと思ったんだが……。
「ふふ。次が楽しみだ」
「?次なんてあるの?そんなに弱いのに?」
「ああ、きっとあるさ。彼の名前……聞き覚えがあってね。帰ったら少し調べてみようと思うんだ。ラテルも手伝ってくれ」
「ええ……別にいいけど。彼?二人のどっちかよね?」
そのまま箒は景色の向こうへと消えていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
………解放シロ。アノトキノヨウニ、曝ケ出セ。全テヲ。オマエヲ弱クシテイルノハ、オマエ自身ダ。心ヲ殺セ。邪魔スルヤツラハ皆殺シダ。
真っ暗な意識の中で溺れているような感覚。どんどん下に引きづり込まれていくような感覚。抗う事も出来ずにひたすら底に落ちていく。先に見える光は小さくなっていく。
自分ではない別の何かが問いかけてくる。脳に、心に直接語りかけてくるようなその声は、禍々しい声を響かせてくる。
………忘レルナ。使命ヲ。オマエハ選バレタ。唯ヒトリ目的ヲ果スコトガ出来ル器トシテ。全テヲ犠牲ニシテ……解キ放テ。何ノ為ニ……チカラヲ……
使命?器?何のことを言っているのかまるでわからない。
俺は……何の為に……村を出た……?力が足りないから……目的すら見失ってしまうのか……
微睡みのような闇の中に溶け出しそうなとき、遠くの光から声が聞こえる。名前を呼ばれているようだ。
「……メラ!……アルメラ!目を覚ました?凄いうなされてたみたいだけど、大丈夫?気分はどう?」
目を開くと、所々包帯を巻かれているグラスが映る。涙を目に浮かべて今にも泣きそうだ。
「よう……。ボロボロじゃねーかお前。ダッセェな」
「自分の姿見てみろよ。アルメラのがボロボロだから。よかった……ずっと目を覚まさなかったから僕は……心配で……」
グラスが俺に抱きついてくる。同時に激痛が全身に走る。
「うぐっ!痛ってえ!まて!グラス!まてまて!ちょっ!ほんとに!」
痛みに涙を浮かべながら正面にある鏡に映る自分を見る。ミイラ男かってくらい包帯ぐるぐる巻きだった。確かにこれは……人のこと言えねえな……。
「グラスここどこだ?俺はどれくらい寝てた?」
「ここは僕の所属しているギルドだよ。黒白の橋から二日くらい歩いてやっと辿り着いたんだ。アルメラは……五日間寝続けてたよ」
ギルド?五日も寝てた?全然実感が湧かない。俺はそんなにアホみたいに寝てたのか……何してんだ。早くネテルワルツを目指さないといけねーのに。
「悪いグラス。寝過ぎたみたいだな。早く行こう。すぐに準備する。……ぐっ!」
よく覚えてないが嫌な夢を見た気がする。そのせいか、何故か急がなければいけないような焦燥感に駆られた。
「何言ってるんだ!まだ動いちゃダメだよ!それに……」
「俺ならもう大丈夫だ!五日も無駄にしちまった。いつまで情報持ってるヤツがネテルワルツに居るかわからねーんだ!急がねーと」
「アルメラの求めてる情報なら、もしかしたらここにいる人が何か知ってるかもしれないんだ!言っただろ前に?傷を癒したらゆっくり話を聞こうよ!」
「‘かも’だろ?仮に知っていたとしても情報は多い方がいいんだ。どっちにしたってここで話を聞いたらネテルワルツに向かって照らし合わせないと。ゆっくり休んでる余裕なんて無いんだ」
「そうかもしれないけど、今の君は動ける状態じゃないだろ!そんな身体で外に出たら国に着くまでに死んでしまう!」
「俺がその程度で死ぬと思ってんのかお前は⁉︎馬鹿にしてんのか!」
何を焦っているのか。何故グラスに不安定な感情をぶつけているのか。俺は自分でも理解できていなかった。
「現に黒白の橋で死にかけたじゃないか!そっちこそわかってんのかよ!!」
お互いに胸ぐらを掴み合う。
「ぐっ!」
「あ、ご……ごめん」
「大丈夫だ。……手当てしてくれたことには感謝する。けど、こればかりはもう決めたんだ。いつまでもこんなところで寝てられない。俺はもう行く」
「だから!それは……」
「こんなところとはご挨拶だなぁ。こっちは素性の知らない君を何日も面倒見てあげたんだよ?」
声のする方を見ると、扉のところに白衣をきた男が立っていた。
「目が覚めたんならまずはお礼をしなくっちゃ。きちんと心を込めてね」
「アンタ誰だ?グラスの所属してるギルドってやつの人間か?」
「そうだよアルメラ君。僕はバクラ。一応死にかけの君を助けた第一人者だ。よろしくね」
バクラと名乗る男は優しく微笑みながらゆっくりとベッドまで近付いてくる。
「ああ……そうか。今回は世話になった。ありがとうござい……」
俺が礼を言いかけると、バクラという男は人差し指を俺の唇に当てて言葉を遮った。
「やだなぁ。違うよ。僕が言ったお礼っていうのは、そういう言葉なんかじゃないよ?言ったろ?きちんと心を込めてって」
顔を横に振って口に当てられた指を払いのける。バクラは白衣を翻し、扉の外へ向かい歩きながら俺達に向かってこう言った。
「とりあえず、目が覚めたんなら集合してくれ。君達二人呼ばれてる。いいかい?伝えたからね。僕は面倒な事はごめんなんだ。これ以上手間をかけさせないでくれよ二人とも」
そう伝えると、あくびをしながら扉の外へと消えていった。部屋に少しの沈黙が流れた後、俺は上着を着る。
「呼ばれてるって誰にだ?それに礼っていうのもアイツが何を言いたいのかよくわからん」
「呼んでるのは多分僕達のリーダーだね。アルメラに凄い興味を持ってたから。バクラさんのことは正直僕もまだよくわからないんだ」
「リーダー……ね。わからない?付き合い長いんじゃないのか?」
「うん……。僕もここに身を置かせてもらうようになったのは割と最近なんだ。2年前とかで……アルメラに会ったときみたいに、今までは結構外に出ることが多かったから」
「ふーん。あ、そういえば……俺が意識失ってからどうなったんだ⁉︎変な夢見たせいで一番大切な事を忘れてた!」
部屋を出て、グラスについて行くように廊下を歩いている。きっとリーダーとかいうヤツがいるところに向かっているのだろう。五日も寝てしまっていたからなのか、橋での出来事を思い出し屈辱感が込み上げてくる。
「僕も起きたら真っ先に聞かれると思ってたよ!あの男は後から来た仲間と一緒にアシュグレイの方に逃げたよ」
「……逃げた?なんで……グラス、お前が?」
「いや、僕じゃない。情けないけど僕はあの後何も出来なかったから……」
「じゃあ誰が!!?」
俺は信じられない事実に驚きを隠せなかった。認めたくはないがあの男は間違いなく俺よりも強かった。そんな男が逃げた?村では強い方だった俺は自分の世界の狭さが歯痒かった。
「それは僕達を助けてここまで運んでくれた……」
グラスの話の途中で、廊下を抜けて広い空間に出る。その途端に声が飛んできた。
「俺様だよ!せっかくついでに助けてやったのに、いつまでも爆睡かますとか礼儀のなってねえガキだな」
そこには俺達の他に六人もの人間がいた。俺達のことを助けた言う男は奥のソファに深く腰掛けている。態度が凄く大きいようだ。指輪にネックレス。ガラの悪い雰囲気が滲み出てる。
「彼だって寝たくて寝ていたわけじゃないだろ。それに、僕も最初はそう思っていたんだけど、案外彼には礼儀礼節が備わっているみたいだよ」
少し離れたカウンター席に、先程会話をしたバクラという男が座っている。
「ハッ!当たり前だろそんなの。無い方がどうかしてる。大体このガキもうここを出てネテルワルツ目指すとか抜かしてるらしいじゃねえか。ただの育ちの悪い馬鹿なクソガキだ」
「それをオマエが言うことにオレは驚きだよ」
バクラの横に座っている別の小柄な人物が呟くと、ソファの男がキレ気味に声を張り上げた。
「オイ!お前は黙ってろチビガキ!捻り潰すぞ」
グラスは男がその話を知っていることに少し驚くも、すぐに情報の漏洩元を突き止めたらしい。バクラを鋭い目つきで睨む。
「ごめんねぇグラス君。でも、あんなに騒いでたら嫌でも聞こえちゃうだろ?」
「アンタが橋で俺達を助けてくれたのか?」
俺はグラスよりも一歩前に出てソファに座っている男に問いかける。
「あ?さっきもそう言ったろ。同じことを聞いてくんじゃねえよ」
「そうか……。ありがとうございました」
俺は深く頭を下げて礼を述べる。数秒頭を下げたがその間辺りはやけに静かだった。顔を上げて、バクラの方を向く。言葉はいらないと言われたが、やはりしっかりと伝えるべきだと思った。
「えっと……バクラ……さん?も治療してくれてありがとうございました」
再度深く頭を下げる。兄の教えだ。感謝の気持ちを忘れてはいけない。人から何かを与えられたら、礼節を持って接する。これが人として生きていく上でもっとも大切なことの一つ。何度も何度も繰り返し教わった。
「……お前、アルメラって言ったな。村出身なんだってなあ?なんでお前みたいなクソガキが一人で旅してる?他の村の連中はどうした?追い出されたのか?全員くたばったか?」
「アンタにそんなこと教える必要無いだろ」
「あんだろうが!俺様はお前みたいなクソ雑魚を助けてやったんだからなあ。……まぁどうせ育ちの悪い人間の集合体だ。追放されてようが壊滅してようがどうでもいいか」
「なあ………アンタ名前は?」
無理だ兄さん。確かに助けてもらったかもしれない。だが、ここまで言われて礼儀も礼節も無いだろ!俺は静かに怒りを押し殺して男の方をゆっくりと見る。俺のことは多少のことなら聞き流せる。だが……村のみんなのことを……兄さんのことを侮辱することだけは許せない!
「なんでこの俺がお前みたいな雑魚にんなこと教えねえといけねえんだよ。出て行くんだろ?ほら、さっさといけよ田舎もん」
「ちょっ、ロゼさん!!!何もそこまで!なんであなたはいつもそう……」
グラスが慌てて止めようとする。そうか……まあ、名前なんてどうでもいいか……心は決まった。
「おい!外に出ろよ」
声を震わせながら男に向かって言った。
「……なんだクソガキ?それは俺に言ってんのか?」
ゆっくりと喋る男を睨みつける。
「あ?同じことを聞いてくんじゃねえよ。お前に言ったんだよクソ野郎!」
俺はヤツが言い放った言葉をそのまま使って煽った。男はソファからゆっくりと立ち上がり目の前のテーブルを蹴り飛ばす。一瞬にしてヤツの放つ殺気で空気が重くなるのを感じた。
「オイ………クソガキ……お前もう喋るな……楽に死ねると思うなよ?」
凄まじい形相の男が、殺気立つオーラを全て俺に向けて放ってくる。




