1-6 黒白橋の交戦
クッソ……。斬りつけられた衝撃で空中に打ち上げられる。青い空に俺の鮮血が良く映えた。何度も俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる……。
「……ルメラ!ーーーアルメラ‼︎」
一瞬意識を失いかけた俺は、地面に叩きつけられる衝撃とグラスの叫び声に呼び戻されるようになんとか態勢を整える。
……ぐぁ……。胸元から斜め一線に激痛が走る。しかし、幸いなことに出血自体はそこまで酷くないようだ。傷の具合を確認する為に自分の胸に触れてみる。 すると、グラスが慌てて駆け寄ってくる。
「アルメラ!!!大丈夫⁉︎すぐに手当てを」
「大丈夫だ。心配すんな。まだ戦える。あの野郎……舐めやがって……」
「でも、血が……」
グラスはどうやら刀に斬りつけられて出血してることから傷が深いと思ってるらしい。
「あれ……“刀”ってやつだろ。刃が無い方で斬ってきやがった」
「あれ?でもじゃあ、なんで血が?」
「昨日の夜、狼どもにやられた傷が少し開いただけだ。だから安心しろ。アイツに舐められたまま終われねえ。後悔させてやる」
俺は制止するグラスを無視して前方のアイツに集中する。
「へぇ……。まだ起きてるんだ。寝ておけば楽なのに」
「ふざけんな……舐め腐りやがって…。それに、生憎昨日は久しぶりに快眠だったんでなぁ!」
五十メートル程離れたところで悠々と構えているスカし野郎に弾丸を放つ。魔銃から合計八発の弾丸がヤツ目掛けて飛んでいく。
「だから遅いんだって……。嫌になるなぁ、ホント」
そう言いながら、その場を動くことなく全ての弾丸を弾き飛ばす。気怠そうに構えたまま、冷たい眼差しをこちらに向けてきた。
「うわ……全部刀で……すご」
「チッ!ムカつく野郎だ。嫌になるって言うなら、黙ってくたばっとけよ」
「弱いヤツらの相手をするのが嫌だって言ってるんだ。よく喚くし、うるさいんだよな……雑魚って」
「……あ?」
ヤツの挑発的な言葉に触発されて、さらに弾丸を放つ。しかし、またも視界から消えて俺の懐に入ってきた。そして、刃の無い方で俺の腹部を横に薙ぐ。
「っがぁ、っは!ふぅ……はぁ、クソ」
「アルメラ‼︎‼︎ もう無理しちゃダメだ!出血も激しくなってる!」
一撃目より重い一振りだったが、今回は何とかバックステップが間に合って直撃は避けることができた。しかし、またもや数十メートル吹っ飛ばされてしまった。このままじゃ本当に橋の入口まで転がされちまうぞ……。
クソ……!クソ……!クソ‼︎
なんとか気力で立ち上がる。銃を片方橋に突き付けて、ふらつく身体を支える。前を見るとグラスがヤツを止めようとしているのが見えた。情け無い。ここで止められたら……村の仇討ちなんて……笑わせるなって話だ。俺はグラスに向けて叫ぶ。
「邪魔すんな‼︎‼︎‼︎ コイツは俺が………俺がやる!」
驚いたようにこちらを見るグラスを躱して、ヤツは俺に向かい歩いてくる。
「本当に喧しいな君は。今ので黙らせるつもりだったんだけどおかしいな」
そう言うとヤツは三回目の攻撃を繰り出してきた。一撃目と同じように斜め下からの打ち上げるような太刀筋。俺は咄嗟に両手の銃を交差させ、その一撃を防ぐ。
ッガキン!
凄まじい金属音と共に、再度橋の後方に吹き飛ばされる。ギリギリで防ぐことが出来たが、かなりの威力で打ち込まれた……間違いなく威力を上げてきている。今のをまともに喰らっていたらと思うとゾッとした。
「はぁ……はぁ…………はぁ……」
ダメージが想像以上に大きいらしい。胸からの出血に加えて、吹き飛ばされたときに頭も切ってしまったようだ。流れる血液と共に意識が飛びそうになる。再度、銃を橋に突き付け身体を倒れないように支え、もう片方の銃をヤツに向け構える。
「もういい加減休みなよ。話はあっちの子にゆっくり聞くからさ。それと、もし勘違いしてたら困るから一応言っておくけど、君はもう二回は死んでるんだよ?峰打ちだったから今その程度で済んでるだけ。さっきの一太刀だって、峰打ちじゃなかったらその子供用玩具と一緒に真っ二つだ」
その通りだ。悔しいがアイツのが色々上だ。それが現実だ。でも……せめて……
「ごちゃごちゃうるせーんだよ舐めプ野郎……。だから後悔させてやるって言ってんだろ。そんなに黙らせてーなら、さっさとかかって来いよ!!」
「……………そうか、なら次は斬る」
弾丸を三発放つ。ヤツは難無く弾を避けると腰元の刀に手をかけた。
視界から消えて一瞬のうちに懐に潜り込んでくる。ひりつくような剣気が全身を襲う。動け……動け……ーーー動け!
橋に突き付けていた銃の引き金を引く。魔力弾を放ち、その衝撃で空中へと身を躱す。凄まじい威力の一太刀が空を切り、その衝撃が周囲の空気を吹き飛ばした。
吹き荒ぶ風の中、魔銃の狙いをヤツに定める。赤い魔力が両手に集まり、銃へと蓄積されていく。普通の弾で掠りもしないなら……もっと……もっと速くヤツを撃ち抜く!
「喰らえ……真紅連弾」
集約された赤い魔力が銃口へ伝わり、真紅の弾丸となって何発も男の上から降り注ぐ。今までの弾丸とは速度も威力も段違いだ。刀を振り切り回避体勢にも入れていない。ーーーー捉えた! 俺が勝利を確信すると、背を向けたままヤツが口を開いた。
「まだそんなに動けるのか……。 氷壁…」
完全に命中すると思っていた弾丸が、突如現れた氷の壁に阻まれる。しかし、弾が当たる度に氷壁に亀裂が入りすぐに砕け散った。
ヤツが張った壁には少し焦ったが、弾は貫通して深傷を負わせたはずだ……。さっきまでヤツのいた場所には弾丸が炸裂した衝撃で生じた轟音と粉塵が舞っていた。俺は着地をして煙の方へと目を凝らす。
ーーーっぐ。 着地の僅かな衝撃ですら身体に痛みが走る。これ以上の戦闘継続は無理だと悟っていた。
煙が晴れていく……そこには予想とは別の光景があった。砕けた地面と氷の欠片があるだけでヤツの姿が見えない。 唖然としていると、後方から気配を感じた。
「威力も速度もある攻撃だったけど、一瞬でも遅らせることができれば避けられないことはないよ」
背後から横薙ぎの一閃が走る。俺は無我夢中で魔銃を盾に身を屈めた。強烈な衝撃が全身に走り、遥か後方へと吹き飛ばされた。 今の一太刀は運良く防ぐことができただけだ……。身体に力を入れることもできない……。銃も手元から離れてしまい、地に伏したまま視線をヤツの方へ向ける。ゆっくりとこちらに近づいてくるその冷たい姿に恐怖を覚えた。
なんとか手にしようと銃に手を伸ばすが届かない。ヤツが俺に言い放つ。
「弱いくせに粋がるからそうなるんだよ。力が無いなら大人しくしてればよかったんだ。存分に後悔しながら眠るといいよ。…………おやすみ」
霞む視界の中、刀が振り下ろされる。 ーーーークソ
ガキンッ
消えゆく意識の中声が聞こえた。
「ごめん。先に謝っとくね。………さすがに黙って見てるなんてできないよ。ーーー許さない‼︎」
「君は大人しそうで楽だと思っていたんだがな。残念だ」
グラスは男の斬撃を防いだ状態のまま魔銃剣に魔力を込める。青い粒子が集い、剣へと集約する。
「ーーーこれは!」
男は何かを感じたのか魔銃剣を弾き、その勢いを利用して大きく後ろへと下がった。刀を一度鞘に戻し、居合いの構えを取る。
“一ノ太刀 飛燕 ”
男は離れた位置から居合い斬りを繰り出す。氷の魔力を纏った斬撃が鳥のようにグラス目掛けて飛んでいく。
“真空斬波”
魔銃剣に溜めた魔力を斬撃と共に解き放つ。お互いの魔力の衝撃波が衝突して爆散した。グラスは思わず片手で顔を覆う。
「君は少しだけ楽しめそうだね」
一瞬のうちに背後へ回り込んだ男の一撃がグラスを捉える。
「ぐぁっ!」
鈍い音を立てて吹き飛ばされる。峰打ちだったこともあり、空中で体勢を整えて着地と同時に地面を蹴り男の方へと勢いよく飛び出す。
「またさっきのやつを飛ばしてくるの?」
ーーーっ!この位置じゃ斬波は撃てない!……くそ!
男の後方にアルメラが横たわっている……もし避けられてしまえば無防備なアルメラに直撃してしまう。そのような攻撃は憚られた。
他に選択肢はなく、勢いそのままに男に斬りかかったーーーが、軽く受け止められてしまう。
その後も激しく何回も斬りかかるが、ことごとく全て防がれてしまう。激しい金属の衝突音が連続して黒白の橋に響いた。
「うん……もういいかな。最後にもう一度だけ聞いてあげるよ。君達は何が目的でここまで来た?これから何をする気だ?」
剣撃を受け止めながら問いかけてくる男にグラスは怒りを込めて答えた。
「何もしていないし、人と会う約束をしていると最初から言っているだろ!情報を求めて王国を目指しているだけだ!」
「……情報?何の?」
「それをアンタなんかに教える義理も筋合いもない!」
グラスは鍔迫り合いの状態から剣圧で男をアルメラと逆の方向に押し飛ばすと、魔銃剣に再び魔力を込める。
「素直に答えないから痛い目にあったんだろう?そこで寝てる君のお友達は。はぁ……意識を保っててくれよ?起こされるのも、起こすのも嫌いなんだ俺は」
男も刀に今までで一番多い量の魔力を練り込む。腰を低くして、居合いの構えで姿勢を保つ。
“一ノ太刀 飛燕”
先程の魔力の塊よりも遥かに大きな塊を飛ばしてきた。グラスはその大きさに怯むことなく、静かに目を閉じて魔力を放つ。
“真空斬波”
互いの魔力が衝突を起こし、またも爆散する。辺りに煙が立ち込めて視界が狭まる。
“四ノ太刀 氷襲”
「へぇ、さっきよりもずっと良いのを飛ばしたんだけど……。やっぱり君、面白いね」
グラスの懐に一瞬で入った男は刀を下から斜めに斬り上げる。しかし、その斬撃がグラスを捉えることは無かった。未だに青い魔力を宿している魔銃剣を目の前の男に向けて振り下ろす。
“真空魔斬”
「ーーーくっ!」
魔力の込もった巨大な青き太刀筋を残し、斬撃は男のいた場所を吹き飛ばした。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
―――これで……どうだ。
魔力を大量に消費したため体力の消耗が激しい。剣を橋に突き刺し片膝をつく形でなんとか身体を支える。巻き上げた煙が段々と晴れていき、目の前の光景を見逃さないように注視する。
「今のは……少し危なかったかな。でも残念。ギリギリで防げた」
男はローブの埃を払い落としながらゆっくりと近付いてくる。擦り傷も付いていない全くの無傷のように見えた。
「そ……そんな!くそっ!」
グラスは魔銃剣の切っ先を男に向けて、魔力弾を四発放った。
「……‼︎ まだそんなに魔力が?……君は一体……」
“三ノ太刀 垂氷” 氷柱 ‼︎
男が刀を振るい、片手を橋に置くと三本の氷柱が生えてくる。それと同時にグラスの放った三発の魔力弾を下から貫き、打ち消した。
「……ちっ。面倒だな」
残った一発の魔力弾を刀で受け止める。足を引きづられながら後方へ押されていくも、数メートルで踏み留まりそれを弾き飛ばした。横へと逸れていった魔力弾が橋の一部に当たり轟音を奏でる。立ち上る爆煙を背後に携えて、押し戻された距離を詰め直すかのように歩みを進める。
「やっぱり君には色々聞かなきゃいけないことがあるみたいだ」
「お前にーーーお前なんかに話すことなんかひとつもない!」
「そう……疲れるから、早めに気が変わってくれることを祈るよ」
男はグラスの目の前で立ち止まり見下ろす。鞘に納めた状態の刀を振りかぶり、無表情のまま振り下ろした。
「うっぐぁ……っはぁ、はぁ」
殴り飛ばされたグラスはすぐ近くに横たわるアルメラの前まで足を引きずりながら行き、男の前に両手を広げて立ちはだかる。
「わからないなぁ……そんなことする気力があるなら、諦めて話したほうが楽だと思うんだけど。あぁ……そうか。そんな気力も残さなければいいのか……仕方ない」
男は二人と距離を詰める。既に二百メートル近く橋の入り口の方へと押し戻されていた。居合の構えをしたまま魔力を溜め始める。 すると、銃声が響いた。
ダンッ
空間を切り裂くような銃声が鳴り響く。
グラスの後ろでゆっくりと立ち上がり、銃を構え直す。
「アル……メラ……!」
「悪りぃな……ちょっと寝すぎた……」
「なんだ……もう起きたのかい?お早いお目覚めだね」
男はギリギリで銃弾を躱していた。特に表情の変化は無い。
「だから言ったろ。昨日は珍しく快眠だったんだよ……今のはちょっとした昼寝だバーカ」
血を流しながら銃を構える。上着のフードが真っ赤に染まっていた。




