1-5 白との邂逅
「痛い!もうちょい優しくしてって、いっ、痛いよアラメラ!」
「だぁー!動くな!やりにくいだろうが!俺だって胸の傷痛いんだよ。黙って座っとけ」
魔狼の群れを一掃した俺達は傷の手当てをしていた。傷自体はお互いに深くないのが幸いだったが魔力の消費量が多く、疲労もすごい。俺に関しては二丁の銃を両方壊してしまった。さすがにあの量の敵を二人で片付けるのは無理をしすぎたな……。
「横暴だぁ……。でも、アルメラが頑張って時間稼いでくれて良かったよ本当に。無理させちゃってごめんねー!」
わざとらしい涙目を瞳に浮かべながら、昨夜の戦闘について明るく謝罪してきた。
「いきなりすぎるんだよ……要求もまぁまぁの難易度だったしな。にしても、凄かったな最後のやつ。あんだけの大技打ったんだ、魔力量相当キツいんじゃないか?体力大丈夫か?」
最後の魔力の斬撃を飛ばしたあの技。あれだけの濃密な魔力の塊を複数放ったということは、やはりそれだけ魔力を使用したということだ。魔力は生命力と同等の物と考えてもいいだろう。使い過ぎるのは危険な行為だ。
「あーー……うん!アルメラのおかげでゆっくり溜められたし、一応制限したから大丈夫!心配してくれてありがとう!」
「そうか……ならいいんだけど。よし!応急処置終わりだな。これくらいなら普通に寝てれば治るだろ」
「おっけー!じゃあ、そろそろ寝ようか。多分僕、次寝たら朝までは絶対起きないと思うから頼みますね。よろしくお願いします」
「なんで突然に敬語……?でも、確かに俺ももう限界だ。だいぶ激しく暴れなからな。魔狼達の死体の臭いがまだ消えないと思うし、今夜はもう大丈夫だろ。おやすみ」
「うん……おや………すみ……」
やはり体力の限界だったのだろう。一瞬で寝落ちしている。それにしてもいつぶりだろうか……誰かと一緒に夜を過ごしたのは。寝る前にこうして挨拶を交わしたのは。不思議な感覚が胸を襲ったが、疲れているだけだと思い込み眠ることにした。
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国境付近の建物の会議室のような場所で複数の人物が話をしていた。
円卓状に並んで座っている人物達は、なにやら重苦しい雰囲気放っている。
そのうちの一人の男が喋り始める。
「おいおいおいおい。あのガキは何やってやがんだよ!すぐ戻るってもう一ヶ月は戻ってきてねえだろうが。死んでんじゃねえのか?」
荒々しい口調の男がソファに腰掛け、両足をテーブルに乗せながら苛立っている。
「えーーさすがにそれはないでしょーー!帰ってきたらボクと遊ぶって約束したしーー!迷ったんじゃない?道に。迷子だよきっと!」
「それこそあり得ないだろ。別の国土ならまだしも、ここら辺でアイツが迷ったなんて言いだしたらいよいよ終わりだ」
それに反応するように、向かいの席に座る二人の小柄な人物達が返答した。
「でも、さすがに遅いですね。私も大丈夫だとは思いますが、もしかしたら何かしらトラブルに巻き込まれてしまったのかも?捜索にでますか?」
隣に座っていた女性が男達に意見を出す。
「あーーヤダヤダ!使えねえヤツが張り切るからこうなんだよ。あのおっさんはまだ帰ってこねえしよ。ったく、どいつもこいつも何やってんだよ」
最初に話していた男がストレスをぶつけるようにテーブルに勢いよく踵を叩きつけた。衝撃音が部屋に響く。
「まぁまぁ、少し落ち着こうか。仲間のことをガキとかおっさんなんて呼んだらダメじゃないか。それに、彼なら大丈夫だよ。もう間も無くここに戻ってくる。三日以内には元気な顔を見せてくれるさ」
奥の扉から一人の人物が入ってくると空気が一瞬で張りつめた。
「っち。お前がいいならそれでいいけどよ。けど報告は三日しか待たねえからな。後がつかえてんだよ。こっちはいい迷惑だ」
苛つく男を横目に彼は扉の奥へと戻って行く。
ーーーー無事に……帰っておいで……
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「あぁ〜〜……」
死ぬほど機嫌が悪い。朝は嫌いだ。起きるのがいつも朝だから。毎日起きるのが夜だったら、夜を嫌いになっていたかもしれない。
いや……夜起きる方がまだマシかもしれない……暗いし。
「なーに唸ってるのー?おはようアルメラ!」
そんなどうしようもないことを考えていると、グラスが朝とは思えないハツラツぶりで迫ってきた。
「あ?あ、あぁ〜〜。おはよ。」
「ど、どうしたの?普通に不審者だよ?」
いいな朝っぱらからこいつは……テンションが釣り合わねーよ。勘弁してくれよ。俺はグラスをじっと見つめた。
「何その目は!怖いよ!」
「朝は……ダメなんだ……。朝飯食べ終わるまでこれは続く……」
「………うわぁ……めんどくさ……」
物凄く嫌そうな顔で俺から少し距離を取るグラス。
それから無理矢理グラスに引きずられて身支度をさせられる。しばやくして食事を終えた後、うなだれたまま出発した。
朝の日差しを木々が遮ってくれているおかげで普段よりは立ち上がりが早い気がする。
一時間ほど歩くとようやく森を抜ける。少し離れた先に巨大な橋が見えてきた。今までとは違う景色に一気に目が覚め脳が冴え渡る。
「うお!すっげーデカイ橋だな!向こう側が全然見えないぞ!」
朝食をしっかり食べたことと、時間が経ったことにより完全に覚醒した。見たことがない巨大な建造物にテンションの上昇が止まらない。
「この橋はアシュグレイ王国と、ネテルワルツ王国の領土を繋ぐ橋 〝黒白の橋〟だよ。黒白橋って呼ばれるこの橋の中央が、ちょうど国境ということになるね!」
「おー!これが国境の橋なのか!変な名前だな……ん?てことはまだ半分なのか?次の国まで後半分もあるのか?」
「そーーゆうことになるね……まぁ、まだ三日目だから。到着まであと三日くらいだと思うよ!」
正直舐めていた。世界の規模を。広さを。こんなにも国と国が離れているなんて……。個人的には結構なペースで進んでいたつもりだったんだが、気持ちが折れそうになる。
「でもあれだよ?アシュグレイとネテルワルツの国間距離はレヴェルトの中では最も近いんだよ?これぐらいならむしろラッキーなんだから」
「マジか⁉︎これで最短なのかよ……」
もし次の国ネテルワルツ王国で、アイツに関しての情報が何も得られなかったら……いや、後ろ向きな思考は全てを停滞させる。世界中を周ったって見つけ出して殺してやる。
俺は残酷な現実に押し潰されないように、決意を固くした。
「あっ!そういえばアルメラにお願いがあってさ」
「またお願い?お前のそれ無茶なヤツだろどうせ?」
「今回のはそんなことないよ〜!橋を渡りきって少し行ったところで人と会う約束をしてるんだけど、アルメラにも紹介したいからよかったら来てくれないかな?」
「人と?んな話全然してなかったじゃねーか。まぁ通り道なら寄ってくのは構わないけど、紹介とかは別にいらねーよ」
「ごめんごめん。話そうとは思ってたんだけど結局後回しになっちゃって。昨晩もすぐ寝ちゃったし。その紹介したい人なら色々情報を持ってると思うから、アルメラの求めてる情報も知ってるかもしれないよ?」
「そういえば……ネテルワルツに情報を取り扱ってるやつがいるっていうから会いたいんだけど、そいつかな?」
「うーん、それはわからないけど、会って聞いてみるといいよ!」
「そうだな。にしても、本当長い橋だな」
「確か全長十五キロとかだったかな?」
「じゅっ……それは、長すぎだろ……渡ってる最中に橋落ちたらどうすんだよ。十五キロって……」
「世界の加護がかかってるからこの橋は大丈夫だよ!何があっても絶対に壊れたりしないから」
「また知らない単語出てきたぞ……。なんだその、世界の加護って」
「これに関してはよくわからないんだけど、レヴェルト全域に天から加護を授かってるものが存在してるんだよ。これを世界の加護ってみんな呼んでるんだけど。加護を受けたモノは決して滅びないんだって」
「なんだそりゃ。随分曖昧だな。天とか世界とか……まぁ橋が壊れたりしないならなんでもいいや」
「多分みんなその程度にしか考えてないと思うよ。どういう原理なのかは国の学者や研究者が総力を挙げても解明できないらしいけどね。国益として機能してるから誰も不満はないみたい」
話をしながら橋を歩き続け、そろそろ中腹に差し掛かるであろうかというときに、前方から何かが近付いてくるのが見えた。通行人だろうか?
「お!人か?珍しいんだよな?国の外に出て旅してるヤツって。しかも一人ってことは行商とかじゃないよな?」
「そうだね。国境付近だから、結構な距離を歩いて来てるはずだし……確かに珍しいね」
目の前から歩いてきた人物は百五十メートル程前方で立ち止まる。白いローブを身に纏ったその人物は俺達に話しかけてきた。
「君達、こんな所で何をしている?」
冷たい男の声でそう問いかけてくる。いきなり圧のある言い方をしてきた男に俺は少し苛立ちを覚えたがそんな空気を察してかグラスが先に口を開く。
「僕達は、アシュグレイ王国から来た者で、訳あってネテルワルツ王国へ向かっているところです。そういう貴方は僕達になにか御用ですか?」
突然探りを入れて話しかけてきた男に、面倒ごとを避けるかのように外面全開でグラスが答える。相手の思惑を問うのも忘れずに。
「訳あってだと?その理由を答えてもらいたいんだが。アシュグレイ王国からここまでは結構な距離があるはずだ。危険を冒してまで子供二人で国境を越える旅とは、それほど重大な理由なのかい?」
「そう……ですね。二人ともある程度腕は立つので危険ということもないんですが、確かに珍しいかもしれませんね。ネテルワルツで人と落ち合う約束をしているので。待たせたら大変だから急いでいるんですよ」
「腕は立つ……か。戦闘用の装備もあるようだし、心得はそれなりにあるようだね。でも、先程まではあまり急いでるようには見えなかったけど……すぐに立ち去りたい理由でもあるのか?」
「えーっとですね……だから貴方の目的は……」
俺はグラスの言葉を遮って叫んだ。
「なんなんだよテメーは!さっきから偉そうにペラペラと!大体なんで俺達がいちいち見ず知らずのお前に理由説明しねーといけねーんだよ!全身白布で隠しやがって!テメーみたいな怪しい野郎に、教えるわけねーだろ馬鹿が!」
「全く君は……まぁでも、そうですね。言葉は悪いですけど、見ず知らずの貴方に教えることはこれ以上ありません。それよりも貴方の目的は何ですか?特に興味もありませんが、これ以上関わられると聞かずにはいられませんね」
俺も相当頭にきていたが、グラスも中々にムカついていたらしい。口調は柔らかいがひしひしと苛立ちが横から伝わってくる。
すると、男がローブのボタンを外しながら答える。
「やれやれ……だから嫌なんだこの仕事は」
男はフードをめくって顔を露わにした。透き通るような白い肌に珍しい純粋な黒髪。そしてなにより、睨みつけるような冷たい瞳。その眼圧から敵意が伝わってくる。
「俺はHACという組織に所属している。名前は……別にいいか。この辺りで最近、盗賊紛いの連中の目撃情報や被害が相次いでいるらしくてね。そういう連中を取り締まりに来たんだ。だから……」
男はそう言うと息をゆっくり吐きながら、腰元の刀を静かに抜いてこちらに突き付けてきた。
「君達がもしそうならこの橋は渡れないし、ある程度は痛い目にあってもらう」
「上等だよ。偉そうに上からモノ言いやがって。痛い思いするのがどっちなのかハッキリわからせてやる」
俺は壊れてしまった銃の代わりに、両手に魔力を込めて銃を召喚した。召喚した魔銃を両手に構える。一丁だけでやってやろうかとも思ったが、野郎の放つ雰囲気が自然に両方抜かせていた。
「ダメだよアルメラ!こんなところで揉めてる場合じゃないでしょ!早く橋を渡って、目的を果たさなきゃ!」
「アイツに言えよ。先に剣向けてきたのはあっちだぞ。それに、……あの様子。黙って橋渡らせてくれるようには見えないけどな」
「何をごちゃごちゃ喋ってるんだか……やっぱり君達怪しいな。何かあるなら早く吐いた方がいいよ。話せるうちにね」
「ほざけ!スカし野郎!」
刀を鞘に納め、物凄い速さでこちらに向かってくる。俺は迎撃するためグラスを横に突き飛ばし、銃を前方に構えた。
引き金を引こうとした瞬間、目の前にいたスカし野郎が視界から消える。
「なんだ、案外遅いんだな。おやすみ」
俺の懐まで迫り、居合斬りの姿勢で構えたヤツはそのまま俺を斬りつける。
「アルメラーーーーーー!!!!」
胸に走る激しい痛みと、グラスの悲鳴だけが全身に響く。
流れ出した血液が視界を紅く染めた。




