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怪盗と魔術士

 その日、私は夕食をルシエル様の部屋で終えると、師匠の部屋とはまるで広さの違う小さな自室に戻った。ルシエル様の室内は、魔術の灯りによって明るいし、室温も高い。しかし、私の部屋は一畳半くらいの広さしかなく、窓は頭上より高めの所に、鉄格子付きの小さな穴があるだけ。ガラスもないため、冬は木枯らしが容赦なく入って来る。もっとも、流石に寒さには慣れている。もう、二十年近くこの部屋で過ごしている。

 はじめは、ござを敷いて寝ていた。しかし、見かねたルシエル様が、日曜大工でベッドを作って下さると言った。しかし、あまりにも私の部屋が狭かった為、ベッドをあえてつくらず、空気をよく含んで温かくなると、わらを敷いてくださった。ふかふかのワラだ。そこに寝転んでいる。

 ほんのわずかに見える空を見ながら、私はルシエル様のことを考えていた。

(怪盗とルシエル様は、同一なのだろうか……)

私が考えても、詮無いこと。それは心得ている。それに、明日スタリーへ行くのだから、今考えても、本当に虚しいだけなのだ。

 十時にスタリーにて合流する手はずとなったので、私は眠ろうと目を閉じた。時計は無い。体内時計で動いていた。


 翌朝、十時。


「ルシエル様は、まだか……」

私の方が先に城を出たのは、間違いない。私は徒歩でスタリーまで来ている。しかし、ルシエル様はおそらく、「転移」の魔術でこちらに出向かれる。それなら、私より早く城を発つ理由がない。

(情報収集でもしておくか)

私は、昨晩も同様に「怪盗」が現れていないか、確かめることにした。街の中心部へと向かって、足を進める。十時ともなると、市場はもう閉まる時間で、食堂処が昼の準備に入りかける時間帯だ。スタリーは、フロート城の城下町へ行くにはたいていの者が通る栄えた街だ。村人だけではなく、旅人も多い。

「あんた、城の者だね」

「?」

後ろから、声を掛けられ止まった。私は別に、フロートの「犬」である証は何も身に着けてはいない。傭兵組織のラバースみたいな制服を着ている訳でもないし、門番たちが身にまとう軍服でもない。ただの旅人にしか、思えない風貌……の、はずだった。

「何故ですか?」

「身のこなしを見ていれば、そこらの警備か、城の者かくらい、分かるさ」

年を重ねている老女だった。白髪頭を三つ編みに結んでいる。腰が曲がっていて、杖をついていた。

(この婦人は、私をカガリだとは思っていない?)

どこへ行っても、「疫病神」の名は有名になってしまい、何かと不便していたが、スタリーで私を認識されないのもまた、珍しい。だが、こちらとしては好都合だった。

「ご婦人。あなたはこの街の方ですか?」

「そうだよ。それがどうかしたのかい?」

「最近、スタリーでは怪盗の目撃情報が多発しているんですが……ご存知ありませんか?」

老女は、「あぁ」という顔で私を見た。思い当たる節が、やはりあるらしい。

「額に傷のある、怪盗だろう? 名を……そう、ルシエルという」

「……ご婦人は、遭遇したことがあるのですか? それとも、単に噂なのでしょうか」

「見たよ」

「えっ?」

当たりだった。目撃者から声を掛けてくるとは……いや、目撃者だからこそ、城の住人である私に、訴えに来たのだろうか。

「ルシエルとは、フロートの魔術士だろう? 何故、怪盗になど成り下がったんだ」

「ルシエル様は、そんな愚弄者ではありません」

「だが、あやつは確かに、ルシエルと名乗っておった。それに、額に傷があるものは、そう居ないだろう」

確かに、特徴的な傷ではある。額にあれだけの裂傷痕が残って、生きているというのも珍しいと思える。額には、毛細血管が集合しているし、少し切れただけでも多量の出血となる。

「容姿を、もっと詳しく教えていただけないかな?」

そのとき、背後から声がした。私は、はっとして振り返る。聞き覚えのある声だった。

「ル……」

名前を呼ぶ寸でのところで、その人物は私の口に人差し指を立てて言葉を遮った。

「……」

老女は、額に傷のあるその男を目にして、固まっていた。何か、記憶をたどっているような……そんな様子で、しばらく沈黙を続ける。それを急かすようなことはせず、ただ男は黙って口元には笑みを浮かべていた。

「額には、お前さんと同じように傷があった」

「それから?」

「髪の色は、暗がりで確認はできなんだ。だが、お前さんと同じように長い髪だったのは、覚えておる」

「他に、覚えていることは? 名を名乗っているということは、声を聞いているはずですが、私の声と聴き比べてみて、どうですか?」

「……そこまでハッキリとは言えない。だが」

老女は、一旦言葉を区切った。それから、芯のある声で男に言い放った。

「お前さんの声に、似ている」

「ありがとう。良い情報になったよ」

「ルシエル様……」

私はつい、名前を滑らせた。しかし、ルシエル様は気にしていない様子だ。先入観を持たせずに、この老女から、情報を聞きたかっただけなのかもしれない。

「お前さんが、フロートのルシエルなのかい?」

「えぇ。一応」

「……金に困っているのかい?」

「怪盗は、金をまきあげているのかな? あなたは、何を盗られたのです?」

「……」

老女は、何故か止まった。どこか、赤面しているようにも見える。

「……結構ですよ。分かりましたから」

そう、ルシエル様が言うと、老女は杖をつきながら、私たちのところから離れて行った。

 老女をしばらく見送ってから、ルシエル様は私に声を掛けた。

「どう思う?」

「何がです? ルシエル様」

「この容姿」

「は?」

ルシエル様は、満足げに笑みを浮かべている。こういうときのルシエル様は、もう「答え」を知っているときであり、私を試しているときだ。

「焦らさないで、教えて下さいよ。何を試しているのですか?」

「色々ね」

「……ルシエル様なんですか? 本当に」

「それは、どういう意味で言っているんだい?」

「……かみ合わないんですけど。私の話、ちゃんと聞いていますか?」

「聞いているよ? 聞き取りにくいけどね」

「?」

私は眉間を寄せた。ルシエル様の言動が、本当に分からないのだ。

 何かを試していることは、明らかである。そして、「怪盗」の正体もルシエル様はきっと、すでに掴んでいる。十時にスタリーと言ったのはルシエル様なのに、この街の時計塔を見ると、三十分の遅刻だ。ルシエル様は時間に割とうるさい人なので、自ら理由もなく、遅れることはまずない。

「教えてくださいよ」

「種明かしをするのが惜しいよ」

ルシエル様はそう言って、不敵な笑みを浮かべた。



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