69.そしてお屋敷は・・・。
「これは俺自身の事でもあるが---キャロライン様に関する事でもある、他言しないでもらいたい」
そう一言、弁当屋の男が告げると、私の首筋を小さな紙が鋭い刃となって通って行った。
・・・その気になれば、首を掻っ切る事が出来る---という事か。やはりただの弁当屋ではない、とは思っていたが「妖精使い」だったとは。
視界には、扉を背に立つサイラスがゴクリと喉を動かしていた。
「---御託はいい、話を始めろ」
旦那様の静かで鋭利な刃物のような冷たい声が、私の気持ちを落ち着かせた。
朝、部屋にキャロラインを起こしに行った者達から報告が上がってから積もる苛立ち・・・微かな情報でも今は欲しい。
「リーン・・・そろそろ、そいつを起こせ」
・・・何を言っているのだ。
妖精に向かい指示を出すが---起こせ、とは・・・なんだ?
妖精は、フワリと舞う様に体を浮かせ、そっと手を伸ばし---籠の中の石・・・キャロライン様から旦那様へプレゼントされた石・・・の傍らに指先を伸ばした。
なんだ---あれは・・・?
触れた指先から、ゆらりと何が揺らいだ先に・・・見慣れない衣装を纏った子供?小さな少年が姿を現した。
「---キャロラインの妖精ランセイだ。応急処置的に最も繋がりが深い侯爵様に仮契約してもらった・・・このままだと、消えるところだったのでな」
「---繋がりが、消える・・・だと?どういう事だ!消えるという事はキャロラインは!どうなっているのだ!」
色をなくした旦那様が、バンと机を叩く。
・・・キャロライン様も妖精使いとは。
「---姫様!」
音と共に、ガバリと身を起こし、腕を伸ばした妖精の腕が空を掴む。
「大丈夫?・・・何が起こったのか、教えて頂戴」
そっと、リーンと呼ばれた妖精が声をかけると、キョロキョロと首を動かし何かを探している様だった。
「姫様は?ココン殿は?---居ないのですか?」
「そうだ、お前は見ていたのだろう?---キャロライン様に何があったのか。今どうしてるのか?」
ゴクリと、皆が見守る中・・・キャロライン様の妖精がゆっくりと瞳を閉じる?
姫様とは、キャロライン様の事か?!
---どれくらいの時間がたったのだろうか?これ程、神の存在を切望し、誰かの発する言葉を望んだ事があっただろうか。
静かな・・・祈る時が過ぎた。
「---わからない・・・」
妖精はきつく目を閉じたままゆっくりと首を振る。
「お前なら生きているのか、どうなのかくらいはわかるだろう・・・」
男が声を投げかけると、ふっ・・・と何かに気づいたのか、少し首を上げ---キャロライン様の妖精は・・・口を開いた。
「わかりません、でも生きていると思います・・・僅かな繋がりもないような、・・・ですが、無になった感じはないのです。意識のない時よりももっと希薄でうっすらとして---」
「キャロラインは何処だ!何処に連れて行かれた」
無言で弁当屋と妖精のやりとりを見ていた旦那様が叫びのような・・・声をかける。
「---父上殿。・・・私が見えるのですか?---だから」
何かを納得したかの様に、俯き考え込んだ。
「どんな事でもいい、知っている事を教えてくれ」
旦那様の絞り出す様な声に、キャロライン様の妖精は顔を上げ、静かに少しずつ記憶を繋ぎ合わせる様に言葉を発した。
「私は---・・・あの時、部屋が・・・空間が歪んだ様な異様な気配を感じ、姫様を守る為にお側に身を潜めておりました。狼藉者は二人。先ずは、姫様に手を伸ばした者を排除しようと切り掛かったのですが、ココン様が目の前に立ち私の剣を遮りました。『そなた、触れたら消えるぞ!』と・・・。『ここは我に任せるのだ』そう言い残し、ココン殿は浮かび上った姫様体の上に飛び乗り・・・共に、一瞬うちに姿を消しました。
---ココン殿が止めてくれなければ、私は消えていたでしょう。部屋に残された強い魔力により意識を失いました・・・面目次第もございません・・・」
と、ランセイという妖精はうな垂れた。
「苦しいくらいに濃い魔力だったもの・・・仕方がないわ。私達・・・魔族以外の生き物には毒となる程の・・・」
そう言葉を綴った少女の妖精は静かに涙と共に、言葉を一つ・・・落とす「探す事は無理ね・・・」と。
「魔族---という事か!?」
そしてポツリと、サイラスの零した一言が、重苦しく部屋中に影を落とした。
妖精達の話でわかった事は、ほんの僅かな事だったが---キャロライン様が生きているという事は僅かながらも一筋の光だ。
キャロライン様は生きておられる事、そして・・・憎むべき相手は、一瞬にして何処に姿を消す事の出来るだけの魔力持ち主・・・魔族だという事だ。
「---・・・では、どうすればお嬢様をお助けできるのです!」
サイラスが声を荒立てるが・・・弁当屋は頭をかきながら答えた。
「そう言ってもなぁ---居場所もわからないのでは手立てはないな・・・。ランセイが何か掴めるか、ココン様からの連絡を待つしかないのじゃないか?」
---行き先もわからない相手を闇雲に探し、事を荒立てキャロライン様の汚名とするのは得策ではない。
弁当屋は、次いでとばかりにココン様は普通のペットとは違うのだと、詰め寄るサイラスに言っていた。
「まぁ・・・ココン様が手出し出来なかったって事は、大物すぎて手出しできない相手ってことなのだよ。ぶっとい神経のお嬢様を信じるしかないな---」
この男の言葉を信じるのであれば・・・相手の出方を待つしかないのか---旦那様は無言のままだ。
僅かな情報を基に今後の対策を考えなければならない。
キャロライン様が、お戻りになられた際に不都合のない様に努めなければ。
「・・・キャロラインは、領地にて長期病気療養とする。---カインセミューにも知らせるな」
相手が悪すぎる---言葉にする事は無いが、今は打つ手がないのだ。
「騎士団を辞めて参りました」
レインという名の騎士は、細部の話を詰めていた我々の元にやって来た。
---誰も屋敷にあげるな!と言う伝達はどうしてしまったのか・・・!
「誰の許可を取って、この場へ連れてきた?」と、苛立つ旦那様に「俺です、嫁が帰って来ないと旦那が心配するでしょ?騎士だし、身内の方が安心できる」と、いけ好かない弁当屋の男がニヤリと笑みを浮かべた。
「どうやって連絡を取ったのだ」と問えば、「それは、企業秘密という事で?」と、普通の商売人のような『無害です』と言わんばかりの笑みを浮かべ口を噤む。
弁当屋マヨネスのガイ・・・キャロライン様は、この男に教授されていたのか---この男とキャロライン様が何故共に過ごされるのか、その一面を垣間見た気がした。
---だが、ランセイと、名付けられた妖精の存在を私達に隠すなど・・・この男の入れ知恵に違いない。
翌日、慌ただしくキャロライン様不在の馬車にお付きのメイド三人、護衛のサイラス、そしてレイン。
誰にも知られず、王都を離れるのだ。最低限の人数での移動となる。




