過去
宇宙ガジュマルの種は、絶縁体にもなる放射線吸収剤として人の役に立っている。その一方で、ウェラブルデバイスに使用された場合などに、使用される放射性物質を吸収しきれず、被爆してしまうという懸念が常にあった。医療の進歩で抗がん薬が発展しているのに対し、がんの患者自体も、それで亡くなる患者数も増えている傾向にあるという指摘もあった。さらに、自動車に使われる半導体が事故によって破壊され、放射線が吸収しきれず、大量に被爆する事例も度々あった。
それでもなお、利用され続けるのは、過度な経済合理性のせいだ、とマコトの父であるセイジはよく言っていた。
「もしも何かあったらと思うと、正直なところ、縦森財閥の半導体を使ったデバイスはマコトには持っていてほしくないなあ。TEIのみなさんには悪いんだけど」
TEIは縦森エレクトロニクスインコーポレイテッドの略だ。セイジはマコトの母と度々そのような話をしていた。
「でもデバイスなしで生活できるわけでもないし、他の人と同じように生活はさせてあげたいのよね。私がなにかできるわけでもないし」
マコトの母のミユキが言った。ミユキは縦森エレクトロニクスの法務を仕事にしていた。発生したトラブルに関する訴訟やそれ未満のトラブルをよく扱っていたため、マコトの母も、自社の技術について一部懐疑的な見方をしていた。
セイジとミユキは、よく、庭に出てシェルフの下、ウッドデッキで、季節に応じた暖かいあるいは冷たい飲み物とともに、マコトを含めてくつろいでいた。
それほど広くない家だった。こだわりと言えば、金属内部にきらめくガラスの加工をした表札と、和室にある雪見窓くらいだった。流行の半導体を仕込んだ細工の諸々は家の中には取り入れていなかった。それは会話に出てきたような理由によるのだろう。
電力関係の財閥である縦森財閥の中では傍流のミユキは、さほど一般と離れた感覚を持たず、親族がどんどん成金化していくという愚痴を言っていた。
これらのような事実も、当時五、六歳だったマコトはぼんやりとしか把握できていなかった。今思い返したところで、どこまでが記憶のとおりで、どこからが自ら補完してしまったゆがんだ記憶なのかの判別がつかない。
このような宇宙ガジュマルに関する懐疑的な視線を持ったマコトの一家だったが、ある時期から、セイジが、期待の技術を教え子が見つけた、と嬉しそうに話すようになった。
「生体半導体なんだ。詳しくは話せないが、電子を運ぶ生体材料を用いる。これが実用化できるレベルであれば画期的だ。製品が生まれて実用化するにはまだ時間がかかるが、多分科研費の獲得もしやすいと思う」
セイジはその技術について話すときいつも楽しそうだった。
マコトも、セイジが自分の研究室のバーべキューに参加して、その発案者である当時助教のタイジュに会ったことがある。幼いマコトはタイジュの顔も覚えられなかったが、セイジとタイジュは楽しそうに肉もそっちのけで話していた記憶がある。
当時のマコトはショートカットで、女の子らしい女の子というよりは、外で遊ぶことも考慮されて、男の子のような格好をしていた。マコトからすれば、まさかタイジュに男の子だと勘違いされているとは思ってもみなかった訳ではあるが。
その後のセイジの身に起きた不幸の後、ミユキはこう言った。
「お父さんはマコトのことが大好きだった。お父さんは私たちまで悪く言われるのをきっと避けたかったのね。マコトも、私も、お父さんの分までしっかり生きていこうね」
セイジの死の直前まで、多くの人が報道の名目で家にやってきてはカメラを向けたが、セイジの死後、ミユキが死後離婚で名字を旧姓に戻し、居を移したおかげで、ミユキとマコトに報道関係者が接触してくることは無くなった。
それ以降、ニュースで主に報道されるのは師への恩を仇で返したというタイジュの話題になったと聞いている。タイジュからは何度か手紙が来ていた。マコトは母の目を盗んで保管してあった手紙を読んだ。ミユキと、名前こそ出さないが、マコトへの、心配の言葉と懺悔の言葉が並んでいた。
マコトはセイジがいなくなったという事実を上手く飲み込めないでいた。特に、マコトは、セイジが死んだ後、なぜ自分のために思い留まってくれなかったのかと悩む気持ちと、数ヶ月に及ぶ、メディアによって日常の平穏が乱された状態が、セイジの死によって止んだこととの折り合いを、上手くつけられずにいた。セイジは自分たち家族を守ろうとしていたという、ミユキの説明であるその理解は、マコトの中で真実であった。
「パパ、見て」
マコトがいつも何か絵を描いて見せたとき、初めてできる体操ができたとき、ピアノで失敗無く弾けたとき、セイジはいつも優しい笑顔でこう言った。
「マコトは上手だな。将来何になるか楽しみだ」
セイジは星になって会えなくなったけれどマコトを見守っている、という周囲の説明を聞く度に、なぜ近くで見守ってくれないのだと思った。また絵を描いたら見てくれるのではないか、元の家に帰れば何気ない調子で生活しているのではないかと良く思った。
幸い、ミユキも祖父母も皆マコトに優しかった。マコトが問題なく生活できたのは純粋に彼、彼女らの支えのおかげだった。
「きっとパパも喜んでいるからね」
ミユキはマコトが何かで評価される度にそう言った。マコトはプログラミングが得意で、セイジと同じ研究者の道に進みたいと思っていた。
しかし、高校を二年、大学を三年で卒業したマコトは、大学院の修士課程の時に、ミユキと研究室の先生によるリファラル採用で縦森エレクトロニクスに就職した。企業人としての人生の方が、誹謗中傷に晒されづらいという目算もあった。
その後、そこで任された仕事で、マコトは良心を試されることとなった。




