受付
――二ヶ月後の交易船にお乗りになるのですか、それは残念ですが、良ければラボの案内をさせてください。
交易船に乗る旨を送って、そのようなメールを返信でもらった相手は、つい先日知り合った相手、縦森マコトだった。
マコトのラボに顔を出すため、タイジュはつくば駅に降り立った。緑に明滅するビルの割合が高い。
調べたところ、これは光合成してエネルギーを出力するタイプの建材だという。ニューロンのような素材ではないものの、発想としては、タイジュの扱っていた生体半導体と同じようなエネルギー変換技術を使っているはずだ。
自分の技術が潰されようとした事実と、他の技術が見過ごされている事実とを考えると、やはり、電子樹による生体半導体が邪魔だと思う人間がいると言うことだ、とタイジュは考えた。そして最も宇宙ガジュマルによる生体半導体による恩恵を受けている会社は縦森エレクトロニクスである。
タイジュはわからないなりに縦森エレクトロニクスのIR情報を確認し、携帯デバイス向けの生体半導体と、公共事業におけるソリューション提供の売り上げが好調であることを確認している。おそらくは前者の売り上げを欠かしたくないがための凶行とタイジュは見て、まずは縦森エレクトロニクスを探ることにした。そもそもタイジュに接するためにわざわざ社長の姪が接触してきたこと自体が怪しい。
タイジュはタクシーを使って縦森エレクトロニクスの正門に到着した。
大きく分けて三つ建物があるように見える。正門脇にはホログラムで明滅しながら案内するAIのいる守衛室がある。
「水辺さん、お忙しいところお越しいただいてありがとうございます」
涼やかな声色で声を掛けてきたのは、マコトである。薄い水色のブラウスに、紺のタイトスカートを履き、今日は淡いブラウンの丸みのあるきれいな爪をしていた。時間五分前だが、タイジュは、到着したのとほぼ同時に声を掛けられた。
タイジュは言った。
「いえ、こちらこそ先日はご無礼をいたしました。見学させていただける機会をいただけて嬉しく思います」
「先日はびっくりさせてしまいましたよね。こちらこそ申し訳ありません。本日は私のラボを案内いたします。左に見えるのが研究開発センターの本部、奥に見えるのが職員用の厚生棟、右手に向かって進んだところにあるのが私のラボです。私のラボは、研究開発センターの一部とはなっていますが、データセンターも兼ねていますので、今まで、一般の見学を許可したことはありません」
マコトの話を受けて、だからこの好待遇はなんなのだ、とタイジュは思った。
「ですから、大変恐縮ですが、今回、受付で携帯デバイスを含む手荷物は預からせて貰いますね」
構いません、よろしくお願いします、と答えるのと裏腹に、タイジュはマコトのこの話がどのように影響するかを考えていた。
タイジュがなんの設定の上書きもしなければ、二四時間後に、携帯デバイスからタイジュが新しく購入したパソコンにメールが送られ、そのメールの受信がなければ、パソコンから警察へ通報が入るように設定してきた。なお、タイジュはプログラミングが不得手なため、この設定には一定の時間を要した。具体的には一昼夜である。
これらの下準備のため、タイジュの行方が知れなくなっても、誰の所業かは判断できるようになっている。自分の身柄で諸悪の根源が暴けるのであれば満足だ、とタイジュは思っていた。
それに、と加えてタイジュは思う。可能性は低いが、自分の携帯デバイスに見つけられない形で監視アプリが入っている可能性も否定できない。待ち合わせに失敗した場合のために携帯デバイスは持ってきていたが、預かってもらえるのであればむしろその方が情報収集には適しているかも知れなかった。
手荷物を預け、クリーンルームを通った後に広がっていたのは、ガラス窓越しに見える、テニスコート大の、現代にしては巨大なサーバ室であった。データセンターを兼ねるとのことだったので、このサーバ室が、奥に見える部屋にも、各階ごとにも、同様に設けられているのではなかろうか。
マコトはサーバ室の脇のドアに社員証をかざし、タイジュを招き入れた。室内にはホログラムモニターが多数設置してあり、中央にゲーミングチェアに似た大きめの椅子があった。モニターの中には、起動中のものもある。何かが羅列されている。東京駅:14:26、新千住駅:14:35。羅列された文字列を見て、タイジュは、あれ、何か覚えがある、と思った。
しかし、その違和感を深掘りする前に、マコトが言った。
「水辺さん、おそらくあなたはお気づきになっていないと思いますが、私、母がした父との死後離婚手続きの前の旧姓は取鐘といいます。私、取鐘マコトです。あなたの博士論文の主査の取鐘セイジの一人娘です。一度研究室のバーベキューでお会いしましたよね? 覚えていらっしゃいますでしょうか」
タイジュは予想もしない展開に目を見開いた。




