骸骨通信
タイジュは、近年では最も心が軽くなったような気持ちでホテルに帰ってきた。
しかし、タイジュがホテルで眠りにつくために携帯デバイスを無線充電器に接続したときに、それは起こった。
ホログラム通信アプリが起動し、着信を告げたのだ。しかも発信元が表示されない相手からだ。タイジュは考えた。いわゆる非通知着信というやつだろうか。このIDは草舘さんとしか交換していない。二〇年前には存在しないアプリだったからである。
草舘さんにしては妙だ。タイジュはこちらの映像がホログラムとして表示されない設定にして応答ボタンを押下した。
押下した途端、タイジュはぞっとした。空間に浮かんだホログラムが骸骨の映像だったからである。通常このアプリのホログラム通信は通話相手の顔が映る。しかしこれはなんだ、とタイジュは思った。暗い明滅する骸骨がゆっくり回転しながら映し出されている。
骸骨はいかにもなAI音声でしゃべり出した。
「君が私の意思を理解していなくて無念でならない。残念だよ。君と私の研究が人を害さないことを願っている。私を殺したのは君だろう。君の信頼するべき人間などいない。私の喪に服してくれ。死後の私は苦しい。助けてくれ。君がまた船に乗って私のために祈ってくれ。君のこの連絡先を教えてくれた我が友人に感謝するよ。君にあるのは私のために祈ることだ。苦しい。助けてくれ。私のために祈ってくれないか。君の研究は社会にとって害悪である。私を殺した研究などやめて私のために祈ってくれないか。交易船は祈りが届きやすい。私のために祈ってくれ。君が私の意思を理解していなくて無念でならない。残念だよ。君と私の研究が人を害さないことを願っている。私を殺したのは君だろう。君の信頼するべき人間などいない。私の喪に服してくれ。死後の私は苦しい。助けてくれ。君がまた船に乗って私のために祈ってくれ。君のこの連絡先を教えてくれた我が友人に感謝するよ。君にあるのは私のために祈ることだ。苦しい。助けてくれ。私のために祈ってくれないか。君の研究は社会にとって害悪である。私を殺した研究などやめて私のために祈ってくれないか。交易船は祈りが届きやすい。私のために祈ってくれ」
骸骨は延々と同じようなことを念仏のようにしゃべり続け、タイジュが驚きから我に返って録音するための機械を用意する間に突然消えた。
連絡先を教えた? 誰のことだ。草舘さんか? いや、それはない、とタイジュは即座に否定した。
研究の要は仮説とその検証だ。問いを立て、その回答を仮説として、何が確かで何が不確かか確認するのだ。
これは何だ?
脅迫か何かの念押し、それは間違いないだろう。こんな悪趣味な冗談を送ってくることなど普通はありえない。
何が目的だ?
この音声はタイジュをまた交易船に乗せたいらしい。タイジュに研究を継続させないために送ってきたようにも思える。
誰が送ってきた?
このIDを知っているのは草舘さんだけだ。しかし、草舘さんにその動機はないように思える。草舘さんは研究の復活を願っていた。
もしかして、草舘さんと仲違いさせること自体が目的か? それとも、草舘さんを信じるタイジュが愚かなのだろうか?
どうやって送ってきた?
IDを知ることがまず難しい。父にも母にもまだIDは伝えていない。
草舘さんがだれかにタイジュのIDを教えたのだろうか? 草舘さんは、かつては学会の他のメンバーへメールアドレスを教える際に、許可をとるような人だった。その草舘さん誰かにIDを教えるだろうか?
あるとしたら、サプライズ目的でタイジュに知らせずに教えた可能性もある。だとすると、内容を伝えずに草舘さんに誰かに教えたかを問い合わせても、答えがもらえない可能性があるが、問い合わせるべきだろうか。草舘さんが送ってきたならIDを知る手間は要らないが、草舘さんが研究を再開させたくないと思っているなら、わざわざ訴訟の示唆や現在の学会の憂いをタイジュに話すだろうか? もし邪魔する意図があったとしても、連絡など取らなければ済む話だ。それに、草舘さんに技術の進歩を止める動機があるとも思えない。
デバイスが盗聴・監視されている可能性があるか?
相手方が監視していることを告げる目的でこのような内容を送ってきた可能性はある。この端末は、父と母に用意してもらったものである。父と母は交易船に乗って欲しくないと思っているようだ。父と母がデバイスに監視アプリを入れることは考えづらい。
誰か第三者が入れた場合のことも考えるべきだろうが、デバイスの初期設定をしたのは自分だ。可能性は低いだろう。
ホテルに監視カメラが設置されていることがあり得るだろうか?
しかし、ホテルでIDを表示した覚えがない。IDの表示画面は、実家からホテルへの移動時にたまたま立ち寄ったカフェで設定時に入力したのみだ。それ以外で設定画面を開いた覚えがない。偶然立ち寄ったカフェで監視カメラなどでの盗撮が可能とも思えない。
後をつけられたとしても、カフェで座ったのは背後に人のいない壁際の席だったと記憶している。
ネットワークも自前の契約回線以外の無線通信には繋いでいない。
たまたまIDの流出事件があったのだろうか?
しかし、そのようなニュースも聞かない。
となると、草舘さんのデバイスにこそ監視アプリが入れられている可能性がある。しかし、なぜ草舘さんは監視されているのだろう?
やはり、草舘さんに内容を伝え確認するべきだ。タイジュはそう考えホログラム通信を起動させ通話を開始しようとしたが、そこで恐ろしいことに気が付いた。
恩師は、本当に自殺だったのだろうか?
同じ研究をした自分が、帰って来るなり脅迫行為を受けている。恩師は自分と共同研究をしたせいで世間から叩かれ世間に絶望し、お子さんもいるのに一人で自ら亡くなったとされている。恩師は遅く生まれた一人息子を大変かわいがっていたようだ。タイジュのことも信用してくれていた。
その人が、正しさを証明する前に自ら死を選ぶだろうか?
もし、他殺だとして、タイジュがさらに草舘さんを巻き込めば、草舘さんは無事で済むだろうか?
もしかすると、恩師のような共同研究者よりも、自らに対する監視に気づいた人間の方が危ないのではなかろうか?
そうであれば、草舘さんに対する警告そのものが草舘さんの身の危険を惹起するのではなかろうか。
タイジュはホログラム通信のアプリを閉じた。
タイジュは恩師の敵であろう、ホログラム通信を送ってきた相手を見つけるために、地球に残ることを決めた。
まずは、タイジュが交易船に乗るつもりであることを相手方に信じさせなければならない。タイジュは交易船の搭乗の申し込みを済ませようと思った。そうすればタイムリミットは二ヶ月、またはキャンセルするのであれば違約金を払うことになる。
違約金は二〇年前の平均年収の数倍だった記憶がある。
タイジュは覚悟を決めた。




