カフェ
「水辺さんが学会を去ってから、半導体の代替の研究はタブーのようになり今でも研究の進み具合は思わしく有りません」
半導体素子は、ときに省略されて単に半導体と言われることがあった。
マコトは華麗に縁取られた磁器のカップをソーサーに戻して言った。タイジュは二〇年ぶり、体感では四年ぶりの地球のカフェで何を頼むのか迷ったあげく、無難にコーヒーを頼み、地球の重力下で感じるコーヒーの味の濃さに驚いているところだった。
カフェは、一つ一つの席の間が離れており、かつて行ったことのある場所では、お見合いなどで使われがちなシティホテルのカフェの配置が最も近く感じる。そのため、混雑しているが、他の席の会話などはほぼ聞こえないだろう。今日はたしか平日だったはずだ。マコトは予約などはしていなかったが、平日だから並ばずに入れただけで、人気の有る店なのかもしれない。
頭上にはキラキラと輝く半透明の星空のようなレーンが引かれ、その上をコーヒーカップが滑らかに動いている。
「そのようですね。宇宙ガジュマルの種は未だに高価であると聞いています。」
タイジュは当たり障り無く返答しながら、マコトが自分に接触してきた意味を考えていた。
タイジュの発案した技術はもう死んだものと扱われているはずだ。タイジュは自らの発明の価値として主張していた、従来の半生体半導体素子の使用において軽減しきれない放射性物質による影響を排除し、同様の機能を代替できる新素材である、という効果が否定され、学会にてむしろ人類にはより害が有ると認定された事実を思った。
そして、その際に身に覚えの無い人権侵害の疑いをかけられたことも。技術の否定は進歩のために不可欠だ。しかし、技術の法令違反が疑われてはもう学術的な信頼は地に落ちたようなものだ。当時二九歳で准教授に就いたばかりのタイジュは、しばらくして職を辞し、交易船に乗った。
タイジュの提案した技術は電子を運ぶシナプスのような生体素材の技術で、電子樹と呼ばれていた。電子樹は、放射線と宇宙ガジュマルのような放射線の吸収剤による技術ほどの早さは無いが、例えばAIの機能を有した時計のようなウェラブルデバイスには適しており、データセンターには宇宙ガジュマル、人体に身近な被爆が憂慮されるものには電子樹が利用されることが期待されていた。電子樹は、シナプスと同様に、よく使う回路が強化されることも特徴であり、効率化も同時に期待されていた。
しかしそれも過去の話だ。特にマコトがタイジュに関わる理由など無い。なにより、タイジュの場合は交易船内で聞き始めた財閥ではあるが、縦森財閥はここ三〇年、宇宙ガジュマルによる半生体半導体素子が売り上げの柱だったはずだ。
「宇宙ガジュマルにはまだ課題があります」
マコトは一息ついて話を進めた。
「水辺さんは、それまで実績の無かったタイプの電子を運ぶ生体材料の開発を成功させました。その経験を生かしてまた研究開発に関わるおつもりは有りませんか?」
なぜ今更、という意識を隠すためにタイジュは少しの時間を要した。
「電子樹の研究結果がどのように終わったのかご存じないようなお話ですね。特定の特徴を持つ人間の遺伝子を同意なく使用したことを問われたことをご存じないとは思いませんが」
「そのことに関しては後ほど話しましょう。水辺さんが人間の遺伝子を使用していないと返答されていることは確認しています。」
「それでも嫌悪感を持つ人がいるでしょうね。第一、学会は私を歓迎しないでしょう」
タイジュは言った。疎遠になった生体半導体素子の研究室の同僚達を思う。彼らは露骨にタイジュを避けるようになった。
「水辺さんが生体材料の開発を行う際に、多くの技術を試したことは伺っております。小引力装置に詳しいのもその為でしょう? もし、電子樹の研究を再開しないにしても、もう一度研究に関わることを考えてみてはいただけないでしょうか」
そもそも、この話はなんなのだ。研究員として雇いたいという話ならば、二〇年も前線を離れていた自分よりもっとふさわしい人間がいるだろう。しかもどのような研究をさせたいのかも曖昧ではっきりしない。情けをかけているのだろうか。だとしたらなぜ? もしかすると、マコトは若いように見えるが、当時自分に誹謗中傷と言う名の石を投げた人間なのではないだろうか。だとすると、お嬢様の世間知らずな罪滅ぼしかも知れない。
なんの根拠も無いが、タイジュは苦々しい気持ちになった。交易船の大味のコーヒーとは違う、えぐみも酸味も増したコーヒーをタイジュは一気にあおった。
「お話ありがとうございます。しかし私には研究を続ける自信はもう有りません。そろそろ実家に顔を出そうかと思いますので、失礼します。次に船に乗ったらもう両親に会うことも無いかも知れませんから」
「また交易船に乗られるのですか」
「何か問題でも」
「いえ、乗る前にまたお時間をいただけないでしょうか」
タイジュは困惑した。ここまで引き下がる理由は何なのだ。
「お話する目的がスカウトで有れば、私にその十分な資格があるとも思えません。他の優秀な方を当たってください」
「スカウトは確かにその一因ですが、それだけではないのです。お急ぎで有れば本日でなくて構いませんので、私のラボでお話を聞いていただけないでしょうか。良ければこの連絡先に一度連絡をいただけませんか」
ラボ、と言う言葉に少し興味が惹かれ、席に着く際に受け取った名刺をタイジュは眺めた。交易船の発着駅からは二時間ほど。マコトの名前とともに、縦森エレクトロニクスつくば研究開発センター、上級研究員の役職名。主幹とはどのレベルなのかわからないが、コネのある彼女への配慮なのかも知れない。
「ご連絡先は頂戴いたしました。お時間をいただきありがとうございます。今後のことはさておき、本日は失礼いたします」
タイジュは多めの金額を机においてカフェを立ち去った。
話しかけられた時点で、このような最悪な気分になることはわかっていただろうに、自分は何をしているのだろう、もしかして本当は救われたいと思っているのだろうか、とタイジュは思った。




