動くソファ
二〇年の歳月は大きく街を変えたようだった。
見たことも無い柔らかそうな素材の車が至る所を走り、ビルには淡く緑に光る物がある。ホログラム広告は二〇年前よりずっと鮮やかになったように思える。ホログラムのついた帽子を被っている人をよく見かけた。流行っているのかもしれない。
検疫を終え、仮の生活の場としてとったホテルへの帰途に就いたタイジュは、交易船の近くのバス停でベンチをしげしげと眺めていた。
近くにボタンがあり、そのボタンを押下すると形が変えられる。「ソファタイプは混雑時はお避けください」との記載があり、タイジュはソファタイプのボタンを押下した。にゅるり、と淡く乳白色に光る柔らかい物体は緩やかに形を変え、丸っこいソファが出現した。背もたれも柔らかく、肘掛けもある。タイジュはそのソファに座り、空をぼーっと眺めながら座り心地を確認していた。
そこへ、声がかかった。
「恐れ入りますが、そのソファ、二人掛けにしていただくか、ベンチに戻していただけますでしょうか」
タイジュは声の主を見上げた。濃紺のノースリーブのワンピースを着た若い女性だった。すらりとした、長い黒髪が艶やかな女性である。グラデーションのついたキラキラ光るきれいな爪をしている。
タイジュは、すみません、と言いながら慌ててボタンを押し直そうとしたが、ソファは変形してしまったのでボタンがどこかわからない。
「よろしければ、代わりに操作いたしましょうか」
彼女は小首をかしげながらそう言い、続けた。
「おそらく初めてご覧になったのだと思いますが、初めてですと難しいですよね」
交易船近くのバス停であるから、彼女の予測は尤もであり、事実その通りであったのでタイジュは頷き、作業の邪魔にならないようその場を離れた。彼女は慣れた手つきで肘掛けの外側のボタンを押下し、ソファはベンチに戻った。
タイジュはその動きのなめらかさに感心しつつ言った。
「二〇年前にはなかった技術ですね。素晴らしいと思います」
「ご興味をお持ちですか」
「そうですね。これが水平ダイラタンシーが使われている技術と聞いていますが、どうやって動いているのか気になりますね」
「そうですよね、いくつか特許が出ていると聞いています。二〇年前にも存在した小引力装置をご存じですか? それが中心の核になって横に広がろうとする力を留めているそうですよ」
小引力装置は電力でその物質を引き寄せる力をコントロールできる。鉄やコバルトなどを引きつける磁力とその効果はよく似ているが、引きつける素材に樹脂が含まれ、S極N極といった性質が無い。タイジュはその機能についてはよく知っていた。
「ええ、その内容は船内で少しだけ確認しました。ですが、小引力装置はその引力を求めた方向に発揮させるコントロール手法が当時は無く、コントロールできなければこのような柔らかい素材は丸い形状になってしまいそうで不思議に思っていました」
「それについても特許が出ています。小引力装置を分散させて、引力の偏向と組み合わせて形状を整えているそうです」
「小引力装置を分散……? 引力の範囲内であれば互いにくっついてしまうのでは……?」
タイジュは、ここでようやくその女性の技術の詳しさに違和感を覚えた。
「あの、あなたは一体……?」
女性は笑った。
「よかった、興味を持っていただけましたね。当時は技術にしか興味の無かった方と伺っていましたので、技術の話から始まって幸運でした。新興財閥の縦森財閥はご存じですか? 私、縦森財閥の縦森エレクトロニクス社長の姪、縦森マコトと申します。水辺タイジュさんですよね? 良ければ、どこかでお茶でもいかがですか?」




