はじまり
「忘れてはいけないよ、水辺くん」
恩師の声だ。これは夢だ。わかっていてもタイジュは目が覚めて欲しいとは思わなかった。
「技術というのは人のためにあるものだ。人を助けるためにあるべきだ。金儲けの道具でも、政治の道具でもない、人の日常を支え、守るべきものでなければならないよ」
研究室は静かだった。恩師の声はよく響いた。
「技術を説明するときには言葉を大切にしなさい。人の心に伝わる物のうちで、よく形が残る物は、言葉だから」
夢を夢と認識したタイジュには言いたいことがあった。
――先生、僕のせいで、あなたを苦しめてしまって、あなたの家族を悲しませてしまって、ごめんなさい
タイムマシンというのは、子供の憧れの乗り物であった時期があったらしい。
現代では、そんなことを言う子供も大人も居はしない。
いわゆるタイムマシン、発掘された素材の回収に向かう交易船は、一度乗ったら二〇年は地球に帰れず、その間、船員である人間は、四年ほどしか年を取らない。現代のタイムマシンは過去に戻ることはできない。地球から観測している限りの印象で言えば、未来に移動するだけの乗り物である。
二〇年も社会を離れれば、それは擬似的な社会での死を意味する。タイムマシン乗りとは、まともな人間の就く職業ではない。少なくとも、この仕事に関する事業が始まってから、子供にタイムマシン乗りになるように進める親など、ごくごく僅かであった。
タイジュは、まもなく地球への帰還を控えた船の中で、地球を離れる前の憂鬱を思った。
誰からも詐欺師呼ばわりされる日々。失った友。亡くなった恩師。悲報を聞いた時の絶望感。父と母の嘆き。突如として失われた、開けていると思っていた未来。どうせもう地球に居場所などないのに、また、帰ってきてしまった。
地球のニュースを、地球上の時間で約五日に一度送信してくる、地球の一般的な様子を知る唯一の手段である通信機を見るうちに、タイジュの感じる、取り残されたような感覚は強くなる一方だった。同時に、2〇年間の月日とともに何かが変わるかもなどと期待する気持ちも失せてしまった。
帰ったらまた船に乗ろう、とタイジュは思っていた。友人知人もほぼ縁が切れている。親にも合わせる顔などない。
船に乗っている間できなかった健康診断や失われた二〇年間の手続きなどで、二ヶ月ほどは船に乗れない予定だった。下船したらすぐさま次回の乗船手続きをすすめ、時期が来たら早々に地球を離れよう、そうタイジュは予定していた。
船には、宇宙ガジュマルの種が積んである。これが交易船の目的であり、地球に届けなければいけない物資のうちで最も重要なものだ。
宇宙ガジュマルの種は、タイジュが往復してきた、地球時間で二〇年あるいはタイジュの体感で四年の行程で、立ち寄った惑星や衛星の中の六つ目の目的地で採取されている。通信機によれば、宇宙ガジュマルの種は二〇年たった今の地球でも現役の生体半導体素子の材料として利用されている様だ。
自分の旅は無駄にはならなかったらしい、とタイジュは自嘲した。タイジュが学会を逐われた理由は、宇宙ガジュマルの種に代わる新しい素材による半導体素子を発明し損ねたためだ。宇宙ガジュマルの種の息は長い。宇宙ガジュマルの種の代替品などという夢を見なければ、タイジュは二〇年の歳月を地球で過ごしていたはずなのだ。
モニター越しに、近づいてくる地球が見える。
継ぎはぎの星だ、とタイジュは思った。他の星でしか用意できない、放射性物質の豊富な土地でしか育たない宇宙ガジュマルによって、この地球の通信と機械の全ては支えられている。宇宙ガジュマルを含むいくつかの物資は手続きを踏んでタイジュ自身も私的に購入した。地球には元々存在しない、真空で無いとすぐ死ぬアメーバなど、特殊な用途を持つ購入品の種類は様々だ。
一方、近年、より継ぎはぎ感を増した事情として、水平ダイラタンシーの特徴を持った交易品が現在の地球では流行っているという。それが宇宙ガジュマルの種同様に交易船でもたらされることから、次回はこれを扱う船に乗ることは間違いなかった。
水平ダイラタンシーとは、重力下では何かの力を加えていない限り横方向に拡散していってしまう固体の性質のことらしい。人生にも社会にも希望などない。しかし、元技術屋として、その仕組みは気になるものだった。手続きを終えたら、二ヶ月間の暇つぶしに、まずはこれを見に行こう、とタイジュは思った。




