前日譚
ケンタウルス座α星Aの第六惑星は、珍しく、宇宙服なしで活動できる惑星のうちの一つであるが、人の肌の表面にいるダニなども、ケンタウルス座α星Aの第六惑星の生態系に影響を与えるかもしれないという理由で、結果、シェルター外は宇宙服で活動することを義務付けられている。
近年の宇宙服は手元が使いやすいようにぴったりしたものが好まれており、また、ケンタウルス座α星Aの第六惑星では気圧気温も問題がないため、最も薄くてごわごわせず、作業しやすいものをタイジュは選んで活動するつもりだった。
「文殊、手袋の一番薄いのがないんだけど、知らない?」
タイジュは、一月ほど前に更新されたAIに話しかけた。AIに実体はない。映像も今は出していない。
宇宙航行の最初の方こそAIに話しかけることをためらっていたが、そのうち、話しかける方が精神衛生上良いことに気が付いてしまって、いまでは相手が人かのように話しかけるようになった。
旅の共はAIしかいない。操縦もAIだ。もし船員に体調の異変などがあれば、次に寄る星に連絡が入り、そこで採掘などに係る人と入れ替わる、そういった仕組みになっている。
「先日、寄った星でお使いになって以来の行方は、わたくしにもわかりません」
文殊はバカ丁寧に答えた。
「困ったな。他のだと結構滑るんだよな」
「次善の策として別のものをお召しになって、現地で調達したらいかがですか」
「ちょうどいいのがあるといいけど」
惑星間では、移動に時間がかかるため、服や食べ物は、その星でよっぽど調達できない場合や、そこでしか取れないものが他の星でよっぽど有用で高く売れる場合でないと、流通させない。ケンタウルス座α星Aの第六惑星でも、同じような手袋が売っている保証はなかった。
憂鬱だな、とタイジュは思った。人は生きるために労働するのであれば、仕事が憂鬱でないことなどないのかもしれない。しかし、それでもタイジュ自身の感情に整理がつくわけでもない。船にこもるのもつまらないが、船外にでて宇宙服で活動するのも憂鬱だった。しかも、今回は手袋を調達しなければならない。普段船外でも人との交流をあまりしないタイジュにとって、何がどこで売っているかの把握からして面倒に思った。
「ケンタウルス座α星Aの第六惑星のうちの今回行くシェルターは何語が公用語なんだったっけ」
タイジュは星で使われている言語を聞いた。
大抵、物資の引き渡しは英語で通じるので、仕事をするだけならそれで不自由はないのだが、買い物をするとまた違うかもしれない。
「日本語です」
「それは珍しい。売り場が探しやすくて助かった」
「いずれにせよ、デバイスで私は連れて行っていただくのがよろしいかと思います。星の独特の言い回しや習慣もございますし」
タイジュは地球で使われているのとは違う、ごつい宇宙用の携帯デバイスを手に取った。
「それはもちろん。よろしく」
ケンタウルス座α星Aの第六惑星では、船は荷づくりの利便性のためにシェルターに到着する。今日の積み荷の予定では、大部分をシェルターで積んだ後、その後、個別にシェルターの外に出る必要があるようだ。星によっては、シェルター外で全てを済ます場合もあるが、その流れで今回は助かったタイジュであった。
シェルター内は、機械でにぎわっている。コンテナは特定の場所にそれぞれ並べられ、積み荷を指示するコードを機械が自動的に読んで、指定の場所から運び出す四角いロボットが縦横無尽に走り回っている。人間の歩く場所は階段か筒形エレベーターを上った高い位置にあるので、その様子がよく見える。
先にシェルター内での交易船の船荷の積み下ろしを終え、シェルター外への出発前に手袋を買いに出たタイジュは、目当ての店を見つけてドアを開けて中に入った。
店番をしているのは子供だった。男の子だ。アジア人に見える。夕方なので、学校帰りだろうか。いや、ケンタウルス座α星Aの第六惑星はオンライン学校かもしれない。
入口のすぐ脇に子供のいるレジがあったので、タイジュは念のため子供に声をかけた。
「すみません、手袋を買いに来たのですが、奥を探してもいいですか」
男の子は言った。
「奥はワインだよ。ワインを買うなら入っていいよ」
タイジュは、敬語や丁寧語ではない一般的な日常会話の日本語に不覚にも感動してしまった。文殊はいつも過剰に丁寧に話していたが、それに実は違和感があったことにタイジュは気づいてしまった。
「ワインも買います。何がおすすめですか」
「一〇年物がおすすめ。お土産にいっぱい買うといいよ」
タイジュは棚を見て値段が高いものを勧められていることに気が付いたが、気にせず買うことにした。
「他には何かおすすめがありますか」
「アメーバかな。誰かの機械を壊したいときにおすすめ」
タイジュは同じようなことを真空でパッキングされたアメーバを見て思ったが、気にせず買うことにした。
「水辺さん、つかぬことをお伺いしますが……」
その時、文殊が、タイジュがカモられていることに気が付いたのか、一言言おうとしたので、タイジュは遮った。
「文殊はちょっと黙ってて」
「いいじゃん、そのデバイス。ゴツイね。AIは最新型?」
「わたくし文殊と申します」
「文殊は船の時間で一月前の型だから最新ではないかもしれないよ」
店員と客のやり取りらしくなくなったところでタイジュも口調を崩した。
その後、しばらくして店を出たタイジュは、手袋を買い忘れたことに気が付いて店に戻って手袋を買った。
タイジュは船に戻って言った。
「文殊、もうちょっと砕けた話し方にできない?」
「わたくしは丁寧に話すことや、依存されない程度に人をほどよく肯定することなど、基本的な仕様は変更できない仕組みになっております」
「そうなのか……」
タイジュはその後もバカ丁寧な敬語に慣らされて、そのうち自分もバカ丁寧に話すようになっていることに気が付くことがあった。




