おわり
その後、縦森エレクトロニクスの社長がその義兄を二〇年前に殺したとして、殺人罪で捕まったというニュースは、センセーショナルなものとして社会に広まった。
そのせいで縦森エレクトロニクスの株価がストップ安を繰り返して四〇パーセントほど下落した事件などもあったが、徐々に値戻ししている。
また、結局公共事業へのソリューション事業の闇が暴かれることもなく、社長にもともとソリューション事業に懐疑的だったハト派の役員が選ばれたことによって、マコトの差し替えようとしていたモジュールも無事差し替えられた。また、タイジュの研究も、馴化を抑える方向ではあるものの、問題なく継続している。全てはゆっくりとだが穏便に解決していった。
今の社会が、ソリューション事業ありきで安全な社会を構築しており、ソリューション事業を減らすにしても、急激な変化は望ましくないとのことだ。ゆるやかな社会の変革のためには、電子樹の当初のリリースは馴化を抑えて社会に混乱をもたらすことのないように進めるべきなのだという。
タイジュも特にそれは異論がない。
恩師の言葉を借りるなら、技術は人のためにあるもので、人を助けるためにあるべきである。技術は金儲けの道具でも、政治の道具でもない、人の日常を支え、守るべきものなのだ。それはきっと、社会に害のない形であることも求められるのだろう。
また、二〇年前から一転、悪役から悲劇の人扱いになったタイジュだったが、その立場で関わる人々は、メディアであっても、悪いイメージを持ちづらい関わり方をしてきた。きちんと手順を踏んで取材は申し込まれるし、人の噂話をぶつけてくることもなかった。
やはり、人は『大義』に動かされるのかもしれないな、とタイジュは思わされることもあり、社会とは難しいと実感させられているところである。
タイジュとマコトは、恩師の墓参りに来ていた。命日近くの土曜日、墓地に向かうところである。晩秋の風が肌に心地よく、色づいた街路樹も風に揺れている。
タイジュは以前から気になっていたことをマコトに確認した。
「僕、実は疑問に思っていたのに聞きそびれていたのですが、僕がマコトさんのラボに行く直前、脅迫のホログラム通信が送られてきたこと、知っていますか?」
「あ、それ……おそらく、私の『タイジュさんが私に連絡をくれるように仕向けてください』という依頼に応えたスワンプマンズAIの送ったホログラム通信だと思います」
「……やはりそうでしたか。スワンプマンズAIの話を聞いているうちに、そうかなと思い始めていました」
マコトがスワンプマンズAIでタイジュの行動変容に関わったことがあるかを、タイジュは以前から聞きそびれていた。
マコトの話した内容が私的利用にあたるのでは?という疑問はタイジュの中で無かったことにした。どうせ今の法律では有罪になるようなことでもないし、社内規律の問題くらいで、別に大事にするような問題でもない。
「すみません。ご迷惑おかけしたとは思っています。何が送られてきましたか? 中にセンシティブな情報が入っているといけないと思って見なかったのですが」
「……ずいぶんと、趣味の悪い内容でした。交易船に乗るように勧める内容でしたね。しかし、あれで僕をマコトさんに連絡するように仕向けるのが目的だったら、本当にスワンプマンズAIは良く出来ていますね……。怖いくらいですよ。先生を殺した人間がいて、その人を探すために地球に残らなければ、と思ったきっかけなんですよね。今から考えると申し訳ないのですが、先生を殺した縦森エレクトロニクスの誰かに、マコトさんがけしかけられているのかと思って連絡しました」
「タイジュさんが私に連絡をくれた目的はどうであれ、連絡をもらえて良かったです。タイジュさんが居なければ今の形で落ち着くことはできなかったと思うので」
マコトはいたずらっぽく笑いながら、上目遣いでこちらをちらっとみてタイジュの袖を引いて続けた。
「それに、そうでなければ一緒に墓参りもできませんからね。来年も一緒に来ましょうね、約束ですよ」
その言葉にタイジュは肯定を返した。
マコトは墓参りで掃除などの目的もあったためか、今日はジーンズにTシャツ、パーカーというずいぶんとラフな格好をしている。タイジュとマコトは、社長室での乱闘騒ぎ以降も、定期的に会っている。
いつものもう少しオフィスよりの格好をしているマコトもおしゃれに見えるが、今日の出で立ちはタイジュにとって新鮮だった。
今日の格好なら、以前行った中華料理屋に誘っても、浮かせてしまったなどと気にすることなく行けそうだ。
そもそもこれからだって、どこに一緒に行ってもいいのだ。ケンタウルス座α星Aの第六惑星まで行くと流石に遠いが、地球上であれば、マコトが喜ぶところをいくらでも探したっていい。
墓参りには待ち合わせ済みの先客と、たまたま居合わせた先客がいた。それぞれ、マコトの母と、草舘さんである。マコトの母と草舘さんは、どちらも、こちらを見つけて穏やかに笑んだ。
草舘さんは言った。
「すまんな、君たちが敵討ちを済ませたことはうっかり俺が先に墓前に報告しちまった」
マコトの母が軽く笑いながら言った。
「まあでも、それよりなにより、二人とも元気なことを伝えてあげたほうが喜ぶんじゃないかしら」
マコトの母は、恩師の死因に婚約指輪が関係していることを知って、あの人らしいわね、と言っていたそうだ。
タイジュは、マコトの母の心境も心配していたが、元気な姿を見て安心した。
タイジュは、マコトの隣、恩師の墓の前で手を合わせながら、昨年までの孤独と、現在一緒に恩師を偲ぶ相手がいることの幸運を思った。
本編はこれで完結です。お付き合いいただきありがとうございました!




