問答3
タイジュはマコトとの話が平行線をたどるので、その後も苦戦していた。
「縦森さんの言いたいことはよく分かりました。よく分かりましたが……」
「どうしても、会社の行っていることが正しいと思えないのです。告発はすべきと思います」
「しかし、相手は電子樹の妨害をできたくらいには厄介な相手です。取鐘先生と同じような目に遭わせる訳にはいきませんよ」
「そう言っていただけるのは嬉しいのですが、このままにしておくわけにもいきません」
堂々巡りを続けているうちに、ふとタイジュは気が付いた。
「そういえば、スワンプマンズAIのモジュールは社内にしかないと言っていましたね。それをしれっと入れ替えてしまえば影響が減るのではないですか。もっと害のない形で運用されれば、縦森さんも賛成なのでしょう? やれと言っているわけではなく、ただの確認なのですが、どうなんでしょう」
「それはそうなのですが、モジュールを本番環境に入れ替えるには、稟議か社長決裁が必要で、それらのないモジュール入れ換えはすぐに見つかる仕組みになっています」
「社長決裁か……。入れ換えのモジュール自体はすぐに作れるのですか?」
「ファインチューニングされたAI部分とは違う、アルゴリズム記載部分があり、その部分を変えるだけなら比較的早く用意できます。それだけでかなり害のある部分は減ると思います」
問題は社長決裁とマコトの誓約書か、とタイジュは思った。もし、マコトが告発をしないにしても、何かあったときの場合のために、誓約書もできれば破棄させた方が安全そうだ。
「どうにかしてあのいけすかないエセ正義野郎に決裁と誓約書の破棄をさせられないかな……」
「まあ思想犯への働きかけや取り締まりが減る分売り上げが減るのもよしとしないでしょうし、難しいでしょうね……」
「売り上げって出来高制なのですか……? なんですかその冤罪を生みそうなシステム」
「いえ、私も詳しくないのですが、そんな話を小耳に挟みまして。一定程度の行動変容の効果がないといけないとかだったと思います」
「より許せない気がしてきました……しかしそうなると問題は売り上げか……」
そこで、マコトが思い出したように言った。
「そういえば、社長になったとき、叔父様は『気に入らないことがあればいつでも拳で語るつもりで意見を言いに来て欲しい』と演説していましたね。空手の高校生大会で優勝している叔父様なので誰も拳で挑みに行ったことは無いと思いますが」
「拳で、かあ」
「一週間後の面談で挑んでみます? 拳で」
「無理ですね、それは……」
タイジュは格闘技も習ったことがない。そもそもセイギがそのようなやり方で売り上げを諦めるとも思えない。マコトの冗談なのだろうが、タイジュは顔を引きつらせた。
「例えばこれとかどうですか?」
マコトは自分の机の引き出しから、白いネックピローのようなものを取り出した。
「なんですか、これ?」
「特注の水平ダイラタンシーの素材を混ぜ込んだ便利アイテムです。普段はお昼休み中の仮眠のためのネックピローにしているのですが、例えばこんな風に……」
マコトが両手の人差し指だけ立てて、空中で『α』を書くような動きをし、手をまるでキーボードを打つかのように下に向けると、そこにホログラムのキーボードが現れた。そして、ホログラムのキーボードを慣れた手つきでたたき始め、それに応じて、ネックピローがうねうね動き、最終的にはトゲ付きのナックルの形になった。
さっきのネックピローと違ってずいぶんと硬そうである。かなりトゲが長い。
「どうでしょう、これで戦えないですかね?」
タイジュは目の前で見せられた光景のどこから突っ込めばいいのかわからずに言葉を失った。ややあって発した言葉と声色は自分でも情けなく感じた。
「……それで社長を殺してこいってことですか?」
「これくらいでは死にませんよ、たぶん。叔父様は強いので。むしろこれくらい無いと水辺さんが危ないくらいです」
自分はどんな化け物と戦わされようとしているのだ、とタイジュは思った。
タイジュは落ち着いた風を装って続けた。
「この、元ネックピローを売っているところを見たことがないのですが」
「ええ、特注品です。バス停のベンチのようにボタンではなくてプログラムによる命令で動きます」
「これは何か特定のコードで今の形のみになるように調整してあったのですか?」
「いえ、コードによって曲面を組み合わせて作っています。AIで大体の形を作ってくれるので、その後指示を出して調整します」
「……すごい」
タイジュは感心した後、別のことを聞いた。
「そのホログラムのキーボードはどこから出たのですか」
「爪に宇宙ガジュマル実用化よりずっと昔の型番の半導体素子を入れていて、指の動きに反応して、そこから投影位置が計算されています。ホログラムも爪からです」
爪がいつも綺麗だったのはこのためか。厚みのある爪に半導体素子を仕込んでいるのだろう。
「少なくとも、僕が対面するのであれば、持ち込んで、変形させることは難しそうですね。正直、僕が爪に仕込めば違和感が出ます」
「同じ半導体素子の入った指輪で簡略化した動きを元にいくつかの武器に変形するように調整しましょうか」
「そもそも空手で優勝するような人に挑みたくないですね……下手したら死にますよね?」
「でも、一週間後に話し合いをする際に持って行って損はないと思うので調整してお渡ししますよ」
「……ありがとうございます。使わないように祈っておいてください……可能であれば、一週間後に社長を告発するにしろ、説得して誓約書と社長決裁を得るにしろ、暴力のない平和的な感じで終わりたいですね」
タイジュとマコトは、この時点でかなりの時間が経過していたのを確認して、別のタイミングで話すことを約束して、仕事に解散した。




