問答2
「……その誓約書はどこにあるのですか」
「電子データで、叔父様が、スタンドアローン式の旧式PCを取り出してきたものに電子署名したので、そこにまだあるとは思います。研究センターの社長室でした」
スタンドアローンとはネットにつながない状態のことだ。
タイジュは、それなら、PCを奪い取れば、マコトが関与した証拠を抹消できるのではないか、と思いついてしまった。窃盗は違法? 嘘で恩師を殺した人間と対等に戦おうというのにこちらだけ『正しい』人間でいてやる理由もない。窃盗も証拠隠滅も、全人類を巻き込む脅迫野郎に比べたら軽いものだ。
「他のPCに移された形跡は、スワンプマンズAIでは確認できませんか」
「私も不安に思って確認したことが有るのですが、その誓約書のあるPCがネットワークに乗った形跡がありません。他の会社にそのデータが盗み見られ証拠として利用されることを叔父様は警戒しているのだと思います」
確かに、スワンプマンズAIのようなシステムがあることを知っている企業は、最も重要なデータはスタンドアローン形式にするに違いないな、とタイジュも思った。印刷したものには電子署名の価値がないので、おそらくは電子データのままだろう。そして、近年の電子署名はNFTをつけるのが基本的な運用だった。一度署名をした後はネットワークでチェーンをつけないとコピーはできない。
「他に、この部屋のサーバに縦森さんが個人情報を覗いていた証拠などはありませんか」「ええと、それに関してなのですが、私自身は個人情報を覗いていないのです」
「え?」
「覗くことは出来るのですが、テストデータはマスキングもできますし、自分のデータを使うことも出来ますし、自動で判定するシステムなので、特に必要が無くて」
「……縦森さん、初めて僕がつくばに来た日、僕の研究センターまでの乗り換えの様子、覗いていませんでしたか」
「……え? あ、乗り換えのメモ、ご覧になっていたのですか? あれはお迎えの時間の目安を把握するためにとったメモです。予想した電車に乗っていてくださったのでちょうどお迎えに行けました」
「……なるほど、すみません、勘違いしていました……」
「水辺さん、私が人の情報を趣味で覗き見ている人間だと思った上で今庇おうとしてくださっていたのですか……? しかも自分が覗かれていると思っていた訳ですよね……? 人が良すぎませんか……?」
「……ごもっともです……。ちょっと、僕、今、おかしいみたいです」
タイジュはマコトから目を逸らしながら言い、間を置いてから続けた。
「でもそうなると、証拠となる文書が握られているだけで、個人情報をストックする仕組みを作ったわけでもない、個人情報を覗いたこともない、スワンプマンズAIの作成も特に違法にはならない、個人の行動や思想を誘導することも罪にならないということになって、特に縦森さんが自首する必要は無いのではないかと思うのですが。僕も専門でないので確かなことは言えませんが」
タイジュは嘘から出た真だな、と思った。これで上手く説得できそうだ。もし罪になる部分があって、自首した方が罪が軽くなるとしても、一人でマコトが罪を被ろうとすることの方がずっとリスクである。
「え? スワンプマンズAIの作成は違法にならないのですか?」
タイジュは質問に答えて詳しく説明した。説明しているうちに、マコトは恥ずかしそうに手で顔を隠してしまった。
「水辺さんは法律にも詳しいのですね……すみません、私、『自首するしかない』とか馬鹿なことを……」
「僕はたまたま実験もできない暇で孤独な四年間を過ごしましたからね……読書しか娯楽がないんですよ交易船って。でも専門ではないので確かなことは言えません。少し他の情報も当たった方が良いかもしれないですね。告発は止めて身の安全をまず確保しましょう」
違法ではないという判断も、ソフトウェアが他の用途にも使用できるかどうかの要素がどのように判断されるかなど、難しい問題がありそうだ。とりあえずは、マコトが思い詰めるのも止めたようであるし、告発だけは諦めさせて、セイギからの反撃としてマコトが有責と言いふらされる事態を避けるのがいいだろう、恩師のような前例もある、とタイジュが考えたところでマコトが言った。
「では、私は自信を持って叔父様を告発していいわけですね!」
「あなた、僕の話聞いてました⁉」




