問答1
『君の罪は戦わなかったことだよ』
そう言った草舘さんの言葉を思った。
戦うべき時はあるのだ。
それは当時のことかもしれないし、今のことかもしれなかった。当時戦わなかったことは正しい選択ではなかったのかもしれない。
タイジュは、今、戦うことを決めた。
『誰の味方につき、誰を守るべきなのか』、そんなことはタイジュの中で迷うに値しない問題だった。
既存技術の放射線による健康被害には目をつぶり、『大義』とやらで人をコントロールし、新規技術を嘘で握り潰し、たった一人に罪をなすりつけようとしている、そんな人間が自分の技術を発展させて名誉をくれると言ったところで、すり寄ってやるのは御免だった。
「縦森さん、あなたが捕まることはないはずです。まず状況を整理しましょう」
タイジュはとりあえずその場を煙に巻くために話し出した。まずはこの場でマコトを思い詰めさせない。少しくらいは幸せに暮らしてくれていると思っていた恩師の家族に勝手に不幸せになられてたまるか。マコトには幸せに暮らす義務がある。それが不当なのだとしたら二〇年前に先にいなくなった恩師を恨んでやる。
突然のタイジュの断定とそこからの提案にマコトは目をぱちくりさせた。
「は、はい」
「個人の同意のないセンシティブなデータを含む情報を勝手に収集し利用することは悪です。それを意図して事業化した企業も悪です。法に触れます。不正アクセスです。しかし、それは、縦森さんが始めたことではありませんね」
「……はい。しかし、」
「しかし以降は後で聞きましょう。縦森さんは、個人情報を収集するプログラムのアップデートなどに関わっていましたか?」
「……いいえ。しかし、」
「しかし以降は後で聞きましょう。縦森さんは、スワンプマンズAIを完成させましたが、このシステムのモジュールは縦森エレクトロニクスにしかない、つまり犯罪をそそのかす目的で頒布などしていない、そうですね?」
「……はい、しかし、」
「しかし以降は後で聞きましょう。あなたはスワンプマンズAIで個人の情報を覗いたり、行動様式を変えたりする業務を、他の人間に行うよう指示しましたか?」
「……いいえ、しかし、」
「しかし以降は後で聞きましょう。スワンプマンズAIは様々なことを推論するAIですよね? 個人の行動の管理以外の違法でない他の用途には使えないのですか?」
「……いいえ、使えます。実際使ってもいます。……あの……でも、」
「はい、いいですね。でも、は必要ありません」
タイジュは恩師に正義についての話を聞いた際、知っておくように勧められたファイル共有ソフトの作成者の事件や、交易船の中に居る際にニュースで読んだ旧式パスワードを解読可能なソフトの事件を思い出していた。あれらの事件では、確か、ソフトウェアを作成した開発者は罪に問われなかったはずだ。
ソフトウェアを作成すること自体は、それが汎用的なもので、例えば違法な目的と用途で作られたもので無ければ、違法なものとはならなかったはずである。
また、個人の行動や思想を誘導することも、ステルスマーケティングなどでもなければ問題にはならないように思う。それが罪なら、おそらくは新商品の美点の報道や広告や勧誘などの多くが違法になってしまう。それを目的にしたもので違法の判定がなされるだろうか。
詳しいことはわからないが、マコトを説得するには十分な材料に思える。
しかし、セイギが自信満々にマコトが有責だと伝えてきた理由が気になる。やはりシステムの開発自体ではなく、個人情報の利用に関する問題だろうか。現代では、センシティブな情報と知ってその情報を確認するのは罪になる。
マコトは椅子に小さく収まりながら居心地悪そうにしている。タイジュは考えるのをやめて質問に戻った。
「次の質問をしますね。具体的に、あなたはシステムを利用してどのように個人情報を得ていましたか」
「個人情報は自動的に半導体素子から送信され、データベースで管理されます」
「どのように他者をコントロールしていましたか」
「その情報を元に、スワンプマンズAIは自動的にその人の行動パターンを学習し、その人が次にとるべき行動も判定し、その人が自らの意思でとるべき行動をとるよう促す動作を行います」
「行動パターンの学習はどのように行うのですか」
「私が独自で作ったAIに対し、瞳孔の開き方やWebサイトの開く癖などの多様なデータをもとに、個人の快・不快を判定させて学習、つまりファインチューニングさせたAIがそれぞれの端末ごとに存在しています。その後の仕組みも続けて答えますが、次にとるべき行動は既存のAIで出力した法令上好ましい行動をそのまま採用し、その後、快・不快のどちらかにあたる情報を、個人の利用しているアプリなどからレコメンドする仕組みです」
「独自で作ったAIを作成している際に、個人情報を扱っている認識はありましたか?」
「当初はより人間らしいAIを作るという目的で開発を行っていました。当初は瞳孔などの人体に関わるデータはなく、『このとき、このAIはこのような行動をとる』というデータから、正の行動様式か負の行動様式か判断させ、AIが別の行動をとるよう促す、というシステムの開発を行っていました。人間で言う『快・不快』が『正の行動様式か負の行動様式』か判断する部分です」
「いつ人間を対象にすることを知りましたか」
「叔父様に呼び出されて誓約書を書かされたときです」
「誓約書?」
「個人をコントロールする技術の開発に携わり、口外しないことを誓約したものです」
「……その中には同意のないセンシティブな個人情報を管理することも業務に入っていることが記載されていそうですね」
「……そうですね。入っていました」
タイジュは、セイギが強気だったのはこのためか、と思った。誓約書があれば個人情報に関する犯罪の認識があったとして、企業とともに実行犯としての責任を問えるのだろう。現代の法律では、企業の命令でも、告発者でも、断ることのできる可能性があれば個人にも刑事罰があったはずだ。
「その時点で断ることはやはり難しかったのでしょうね」
「叔父様に私の父が誰かをメディアで取り上げる可能性を示唆されましたので、従ってしまいました。今では後悔しています」
タイジュははらわたが煮えくりかえる思いがした。何が大義だ。完全な脅迫じゃないか、あの下郎め。




