告白
マコトは、マコトのラボで、悲しそうに言った。
「叔父から全て聞いたのですか」
「いえ、詳しいことは何も。社長を告発すれば縦森さんが非難されるということだけ」
「……結局のところ、問題は縦森エレクトロニクス内部に留まるものではないのです。もし全てが明らかになれば、社会は混乱するでしょう」
タイジュは、手荷物を全て受け付けに預けて、マコトのラボに来ていた。
マコトのラボはひっそりとしている。ここには普段からマコトしかいないようだ。前回来たときは気が付かなかったが、マコトはこんなに寂しい場所で仕事をしていたのか、とタイジュは思った。
二人は出してきた椅子に座っていた。
手帳とペン、いくつもぼんやりと点灯しているホログラムモニター以外のものは机にない。気が付いてみれば、どこにもかしこにも、寂寥感を感じる、造りと物の配置だった。
セイギは、一週間後にまた話を聞こう、その時には縦森エレクトロニクスが目指す社会を理解していると良い、マコトに話を聞くことを勧める、と言った。セイギと別れたその足でタイジュはマコトに連絡を取り、ラボまで直行してきた。
タイジュは、社会への影響よりも、セイギの掲げる大義よりも、もっとずっと気になることから聞いた。
「縦森さんは、私を入社させて何をしたかったのですか。私が社長を告発すれば自分が非難されることを覚悟しながら、私にそれをさせようとしていたのですか」
「そうです」
「取鐘教授が亡くなった原因を作った僕に、今度は縦森さんの非難のきっかけを作らせようとしていたのですか」
「……そうなりますね」
マコトはいつものいたずらっぽい笑顔に悲しみを少し乗せて言った。
「……それほど苦痛でしたか、社長に命じられた仕事をするのは」
マコトはうつむいた。
「……よければ何のプログラムを作成しているのか聞かせてください」
事情を知らないまま無責任なことも言えず、タイジュはマコトの話を促した。
「縦森エレクトロニクスの罪は、ISO規格で半導体素子に内蔵されている極小型の発信機器に、一定間隔ごとに他のアプリの使用履歴を発信させること、そしてそのデータを元に使用者の属性・趣味・嗜好・思想の偏りを検出し、その思想その他に矯正すべき点が見つかれば矯正すること、犯罪につながりそうな人物を優先的に監視すること、「犯罪」には政治的思想にまつわるものを含み、政治的に現政権に適合しない思想の人間の投票行動を阻害するよう誘導し、それに沿わないようなら公安へ連絡することです。私の罪は、思想の偏りを検出して矯正、行動の誘導をするのに最も都合の良いメソッドを生み出したことです。そのメソッドがスワンプマンズAI、沼男のAIと呼ばれています」
「スワンプマン……?」
「そうです。哲学上の『雷が落ちた沼から、もともとの人間の同じ原子構造を持つ人間が生まれたとき、それは本人といえるのか』という昔からある思考実験から名づけられました。いわば、特定の人間の思考をコピーし予想することができるAIです」
タイジュは、自分宛に脅迫のホログラムが送られてきた手法をここで初めて知った。全ての端末は既に縦森エレクトロニクスによって監視されているのだ。また、タイジュのプログラミング技術の裏付けも取らずに入社を推薦したのも、マコトはタイジュにそもそもプログラミングをさせる気が無かったためなのではないかと気づいてしまった。そして、さらに気が付いたことがある。タイジュが前回マコトのラボに来た際に浮かんでいた駅の名前と時刻。あれは、タイジュの載った電車の乗り換えとその時刻だ。マコトはその日、タイジュがいつ到着するか眺めていたのだ。
「これを電子樹式の生体半導体に実現させると、他の演算機能より、発信器の使用が群を抜いて多いことが、馴化によって明かされてしまいます。それが関係者に問題視されたようです」
「二〇年も前からこの機能は実装されていたのですか」
「今ほどの精度は有りませんでしたが、存在しました。当時実装され始めたこの機能の発展を阻害しないように水辺さんと父の研究は邪魔をされたのです。当時は、犯罪を抑制するための機能のみとして期待されていたようです」
「それが社長の言う『大義』ですね」
確かに、この二〇年で犯罪発生率の低下が顕著であるというニュースは、タイジュも確認している。
「縦森エレクトロニクス以外の半導体を使えばこの機能は有効にならないのですか」
「ISO規格で発信器が義務づけられて以降、半導体素子の開発の許可申請はこの内容に協力しないと通らないようになりました」
「……このような機能は法令違反だと思わなかったのですか」
「仕事内容を正確に把握していたら、違反となると気づいたと思います。しかし、業界でこの機能に全く関わっていない会社はありません。同じ業界で仕事をする限り、この機能に関わらないではいられなかったでしょう」
「……犯罪の抑制とは、まだ犯行していない人間の逮捕も含むものですか」
「……一〇年ほど前、公務員受験資格では前科と同様に扱われ、犯罪の統計には載らない警ら勧告という制度が新設されました。その対象には犯行していない人間が対象に入ります。政治的思想犯も同様です。しかし、他の会社で行っているのは人の身体・生命に対する犯罪の抑制に留まります。思想犯を含むスワンプマンズAIは、私の作ったモジュールのみで動いているものです」
「……これが『社会悪』だったのですね」
「そうです。私はもう罪のない人の監視をする側に回ってしまいました。私が告発したところで、私が捕まれば声を上げる人間が居なくなるだけで、メディアにもみ消されて機能自体は存続されるか、全ての責任が私に回ってくることしかないでしょう。水辺さんなら研究の敵討ちで告発してくれるのではないかと期待しました。その場合私が捕まっても水辺さんが主張を続けてくれるかもしれないと思っていました」
「僕に期待しすぎですよ。先生の名誉を回復することもなく逃げたのに」
「そのおかげで私たちは平穏に暮らすことができました。父が亡くなった直後、私と母の身を案じている手紙は私も読みました。水辺さんの判断を信頼しています。もし、告発を継続しなくても、水辺さんの判断なら諦めがつきます」
タイジュはマコトの全てを諦めたような顔を見つめた。
なぜ、セイギは、幼くして父親を失い、それまでメディアにつけ回されるような子供時代を送ったマコトに、このような仕打ちができたのだろう。
でも、と、マコトは続けて言った。
「水辺さんの研究は、この件を見なかった振りをすれば何の障害もなく成功できるかもしれませんね。それが父の願いを叶えることにもなるかもしれません。そうすると、もう水辺さんを巻き込む理由もなくなってしまいました。私は、私のしたことの責任を自分でとるしかないのでしょうね」
タイジュは直感的に焦りを感じ、話題を変えることにした。
「開発した当初からそのような研究をさせられていることに気が付いていたのですか」
「当初は気が付きませんでした。何のデータかも知らずに統計処理をしていました。しかし、ことの始めがどうであったかなど、今は関係のない話です。私はより効率的な方法を思いついて、それを確立させてしまった。水辺さんを巻き込むつもりはありません。私は自首しようと思います。尤も、どの行為がどの法律に触れるのかあまり詳しくは知らないのですが」
だめだ、マコトの発想がそこから動いてくれない、この状況をどうすべきなのか、とタイジュは頭をフル回転させた。




