社長室
六〇代とは思えぬ若々しい黒髪、体にぴったり合うスーツ、磨き挙げられた革靴、年代ものとおぼしき鈍く光る時計、長い足、マコトによく似た涼やかな顔立ちに、全く違うギラつくような表情。現在の縦森エレクトロニクスの社長であり、マコトの叔父である縦森セイギである。
セイギはゆったりとした動作でタイジュと向かいの椅子に腰掛け、人を従わせるのに慣れていることを感じさせる、鷹揚な口調で言った。
「よく来たね。とりあえず座りたまえ」
セイギは一見人当たりの良さそうな、貼り付けたような笑顔である。そう思うのは、タイジュが、マコトの意見からセイギの印象を作っているためだろうか。
「失礼します」
タイジュが座るのを見て、セイギは話し始めた。
「そこにある記念品が見えるかい? 公共事業のソリューション業務や他のものも有るが、大抵は宇宙ガジュマルの利用成果による表彰だね。単刀直入に問おう。君は宇宙ガジュマルによる半導体を市場から排除する機会を得ながら、それを果たせなかった。それは何が原因だと思うかね」
タイジュは、先ほどからずっとセイギに何のために呼び出されたのか考えていたが、セイギも忙しい身分だけあって、どうやら最初から本題に入りたいらしい、と理解した。
マコトはタイジュと恩師への濡れ衣の原因がセイギだと確信している様子だった。それが真実なら、セイギは電子樹の何かが気に入らないのだ。
しかし、桟橋さんに申し訳ないとは思ったものの、ここでおおよそ見当のついているそれを口にして、セイギの機嫌を取る気はタイジュにはなかった。もしセイギが、恩師であるセイジの敵なら、セイギの思う通りに動いてやることなど、タイジュの望むことではなかった。
「イメージ戦略の失敗であると思います」
セイギは片側だけ口角を挙げて笑った。
「なぜそう思う?」
「なぜなら、電子樹の技術に欠点など特にないからです」
「違法な遺伝子の使用も、技術に不完全な点もなかったということかね? ではなぜそのような噂が流れ、君が学会にいられなくなったと思うのかね」
「見てきたようにおっしゃいますね」
「ああ、よく知っているよ。それらの原因となる噂をしていた人間もよく知っているからね」
タイジュは目を見開いた。専門外のセイギが噂の原因と関係がある? これではまるでセイギがねつ造を自白したようなものではないか。
「どういう意味がお伺いしても構わないでしょうか」
「それがわからないほど愚鈍でもあるまいに。かつて天才の呼び名をほしいままにしていた君の発言とも思えないな」
「ご冗談を。私は自分の開発した技術の欠陥もわからないような人間ですよ」
「では証言をした者が何を動機にそのような言動をしたかもわからないだろうね」
「証言が真実ではないかのように仰せですが、もしそうであればきっと誰かに利益供与などでもされたのでしょうね。どなたかは存じませんが」
タイジュがそう言うと、セイギは心底楽しそうに笑い出した。
「はははは! 利益供与ね、金でも握らせれば証言が得られるとでも思っているのかね、同じ学会で同じ志を持った人間として研究した同志を売り渡してでも」
「何が可笑しいのですか」
「セネカの言葉に、金は火で試せ、女は金で試せ、男は女で試せ、という言葉があるらしいな。君はまだその世界観で生きる幼い人間な訳だ。人間が、恋愛か金かで動く様な低俗な生き物だと思っているわけだ」
タイジュはセイギの真意を図りかねた。嘘で人を陥れておいて、まるで自らに正義があるとでも言いたげなこの態度は何だ?
セイギは大げさに腕を広げ、一つ一つの言葉をもったいぶるように言った。
「大義さ。人間を動かすには大義が必要だ。それが電子樹に無かった。それだけのこと」
「大義?……なんのことですか?」
「まずは、君は電子樹の馴化を抑える研究をしなければならない。そうでなければ君はこの会社に居続けることはできないし、私の兄の大事な研究への期待を唯一形にできる君の挑戦という機会を失って、電子樹は今後日の目を見ることはないかも知れないね」
タイジュは、やはり問題がそこであるのか、と思った。なぜそれさえなせれば採用となったのか疑問に思っていたが、セイギにとっての電子樹の脅威は馴化で間違いない。
「よっぽど馴化に問題があるようですね」
「鬼の首を取ったかのような顔をしているが、君は本当に青いな。馴化の何が問題なのかわかっていないだろう。馴化によって割を食うのは公共事業へのソリューション事業であり、そのためのプログラムを作っている人間が有責となるだけだ。誰だかわかるか? 君の推薦人、君の恩師の愛娘である私の姪、縦森マコトだよ。馴化で全てが露呈されれば、社会的に有害な事案の実行役として、彼女が叩かれるようになるだけだ。あの子もまた天才だよ。あの子が居なければ今のソリューションは提供できなかっただろう。君はそれでも、私を告発したいと思うかね」




