会議室
本部長である桟橋さんから呼び出されたのは、それからしばらくしてからのことであった。
「水辺さん、今日午後空いているかな。空いていたら会議室を取ってくれないかな。あと、会議に君のPCと携帯デバイスは要らないよ。置いてきてね」
入社以降本部長級の人に話しかけられることのほぼなかったタイジュは、業務中に、突然桟橋さんに話しかけられて驚いた。
もちろんタイジュの午後の予定は空いている。入社したばかりで暇なのだ。直近の主な業務である実験施設の準備も業者待ちで、ここ二〇年の論文の確認をするしかするべきことはなかった。そもそも、宇宙ガジュマル式の半導体の研究が主な業務であった部署に、電子樹式の生体半導体の研究を導入するにはかなりの手間が必要であった。しかも、タイジュは周りの職員から「例の研究の例の人が入ってきた」という扱いをされており、周囲の関心をかなり引いている自覚があり、自席で業務をするのに一定の緊張があった。幸い、話したことのある人は、皆、大概大企業特有の、ことを荒立てない余裕のある話しぶりで、特に表立って反感を浴びることはなかった。
タイジュはすぐさま、はい、と返事をして、時刻と場所を確認して会議室をとった。
キーボードは二〇年前と同様で物理押下式だが、画面にタッチを促す場面ではホログラムのボタンがモニター前に浮かぶので、それを押下してタイジュは会議室を取った。
二〇年で一番進歩したのはやはりホログラムだな、と毎回タイジュは思う。人によってはホログラムでキーボードまで用意するらしい。
また、マコトと出会った際に確認した可変式ベンチは、ボタンのみでなく、第三世代UWBで繋いだキーボードなどでもコントロールできるらしい。その場合、緊急時用の全解除状態なども起動できるらしい。タイジュは個人的にハッキングなどの問題を危惧しているが、おそらく何かしら対策は取られているのだろう。
なお、キーボードは、脳波コントロール式は誤作動が多く、音声式はオフィスではうるさいとのことで、いまのところオフィスでは普及していない。
未登録の携帯デバイスや録音機器は社屋に入る時点で持ち込み禁止なので、タイジュは携帯デバイスなどの電子機器を何も持たずに会議室に向かった。
会議開始三分前に指定された時間に会議室に入った途端、既に会議室で待っていた桟橋さんは、タイジュが入ってきたことを確認し、おもむろに立ち上がって言った。
「じゃあ行こうか。一応、この会議室で話をしていることにはなっているが、別の場所で話す必要があるんだ」
「え、どこへ向かえば良いのでしょうか」
「すぐ分かるよ」
桟橋さんは、普段一般職員が使用するエレベーターとは別の、奥にあるエレベーターでタイジュを案内した。たしかこのエレベーターは、普段役員しか使わないエレベーターで、社長が来る場合に使う部屋がある一〇階に特別に止まるものだったはずだ。まさか、とタイジュは思った。それが顔にでていたのか、桟橋さんはにやりと笑った。
「気が付いたね」
一〇階でエレベーターを降り、重厚感のある彫りの入った扉を開け、他の階より細かい普段見ない柄のカーペット敷き、何の表彰か近づかないとわからない記念品の並ぶ棚、何の絵なのか正直判別できない抽象度の高い絵画が飾ってある広い部屋に通され、ゴブラン織りか何かの布張りの木でできた装飾のある椅子に座るわけにもいかず、立ち尽くすタイジュに向かって、桟橋さんは言った。
「もうわかっていることと思うが、これから君が会うことになるのは社長だよ。君ならうまくやれると思って送り出すよ。一つ忠告しておくと、優先順位はつけることだね。私は君に働き続けて貰って、電子樹式の生体半導体を世に出してくれることを期待しているよ。私はこの二〇年、電子樹がずっと惜しい技術と思っていた。技術の一点のみ改良すれば君の名誉も電子樹の将来も保証されるだろうね。社長を説得して、君を雇って電子樹式の生体半導体の研究を再開させるよう認めさせたこと、後悔させてないでほしい」
桟橋さんは、タイジュの返事も待たずに扉を出て行った。
タイジュが途方にくれるほどの時間も待たずに、タイジュが入ってきたのとは別の扉が開き、その人物は入ってきた。




