中華料理
タイジュはマコトの上司である研究開発本部長の桟橋さんとの面談を終え、その場で合格を伝えられ、その後調整された日程で専務と人事部長の面接を終えて、正式に入社することに決まった。
それをマコトと草舘さんと高秋教授にお礼と共に連絡したところ、それぞれ以下のような連絡が来た。
「おめでとうございます。桟橋さんから伺いました。私は公共事業のソリューション事業の業務が主ですので、一緒に働く時間は少ないかも知れません。ソリューション事業の悪いところを直接見て貰いたかったのですが、それはできなくなりそうですね。想定とは異なり残念ですが、少し計画を変えて共闘できればと思います」
――毎回疑問に思うべきでもないのかも知れないのだが、共闘とはなんだ。何でこの人はこんなに丁寧なのに革命闘士風なのだ。
「めでたいな! 君が前を向けたようで俺も嬉しい。新しい技術を今度こそ実現させて欲しい。今度は肉の美味い店にしような。手頃な店があるんだ」
「おめでとう。また粘菌を見においで。最近新しい粘菌も仲間になったから紹介するよ」
もちろん、父と母も喜んでくれた。そろそろホテル暮らしを止めて部屋を探すべきかも知れない、忙しくなりそうだ、とタイジュは思った。
「え、今、水辺さんは、生体半導体の馴化を抑える研究をされているんですか?」
タイジュはマコトの顔が曇った理由がわからないまま、答えた。
「そうですね。といってもまだ社内ルールや手続ばかりで、ほぼ実務などはしていないんですが、その研究をやる人間が欲しくて僕を雇ったと聞いています」
マコトに連れられて、入社して一週間のタイジュは研究開発センター近くの中華料理屋に来ていた。
久しぶりに会うマコトは、この人自分に気があるのではないか?と思わせるくらいには嬉しそうにしていたのだが、多分この人は他の人間にもそうなのだろうと思う。タイジュは気にしないように努めた。
中華料理屋はかなり混雑していた。周りの会話などはほぼ判別できないくらい騒がしい。近くには研究所もたくさんあるが、そのような人たちも皆周りを気にせず会話しやすいだろうなとタイジュは思った。
しかし、先ほどから会話の雲行きが怪しい。マコトが何やらぶつぶつ言っている様子である。
「まさかそんな意味合いで雇うなんて……叔父様は何が何でもソリューション事業を諦めないつもりね……」
タイジュは、マコトの言う「計画」について、なんとなく、ただのお家騒動に巻き込まれてしまっているのではないかという気分にさせられていた。マコトの言葉遣いがいちいち大仰で、実感が湧かないのだ。
また、タイジュは、自らの業務の話題で、マコトの反応が思ったものより大きいので、業務の内容が部内秘でないことも脳内で確認していた。大丈夫、なはずだ。
マコトは、今日は袖がひらひらした落ち着いた色合いの花柄のワンピースを着ている。今日も爪が煌めいている。マコトのフェミニンな格好は、街の中華料理屋にはそぐわないかもしれず、マコトの挙げた店の候補から中華を選んだタイジュは、自分が間違っていたような気がしてきた。この人、カフェとかにいそう。初回もカフェだったし。次回があればもっとカフェっぽいところにしよう。つらつらとどうでも良いことを考えていたタイジュは、マコトの自分に向けた言葉で、ようやく会話に意識を戻した。
「水辺さんは、ご自分の研究成果の利点をあえて失うような研究をしていて苦しくありませんか? 私が誘ってしまったせいで、意に沿わない研究をさせられているようなことはないですか?」
「いえ、確かにそれは利点を削ぐとは感じましたが、生体半導体の肝は宇宙ガジュマル型の半生体半導体よりも安全であることです。利点が全て失われるようなことはないとは思っていますね。不思議な研究とは感じましたが、確かに、安定した出力を求めるなら馴化はなくても構わないかもしれないですし。生体半導体の研究はちょうど進めようとしていたところなんでしょうかね。対外的には、『より法令遵守した生体半導体を作る』という研究事業に振り分けられているようですね」
「私はそれも気になります。まるで、以前の生体半導体が法令遵守されていなかったような物言い……水辺さんと父の研究をなんだと思っているのでしょう」
「まあ一般的な理解に合わせた物なのだとは思いますけど……確かに先生の無念を思うと悔しいですね」
その時、料理が運ばれてきて、マコトとタイジュはそちらに気を取られ、料理の感想などをしばらく話した。
研究開発センターへ帰る道程で、マコトは言った。
「何か困ったことがあったらいつでも言ってくださいね。また、私から入社前に相談したことも、そのうちお話を聞いていただけると助かります」
マコトは物を頼む場合に通常あるような真剣な面持ちというよりは、少しいたずらっぽい笑顔で言った。タイジュもつられて笑った。
「ありがとうございます。相談についても、もちろん、僕で良ければ喜んで」
タイジュは、この時、マコトの考える社会悪やら何やらは、マコトの杞憂だと考えており、あったとしても親族内の軽いゴタゴタであると考えていた。




