筋肉の呪い、運ばれる芋
右肩が鉛のように重い。
ミラージュ世界に転移後、ミラはメジャーリーガーばりの強肩となっていたが、その代償なのか、地面にめり込みそうなほどに肩が重い。とてもではないが自力では立ち上がれず、仕方なくレイを頼ることにした。
「レイぃ、立てなぁい」
氷結した草原の中、ちょっと甘えた風に媚びてみたが、レイは眉ひとつ動かさなかった。
冷血な口から発された言葉は、わずか三文字。
「それで?」
あまりの冷淡さに、ミラの両肩がわなわなと震えた。
重過ぎる肩ですら、怒りで震えるほどだった。
「……そ、れ、で?」
その先を説明させるなよ、と怒鳴り出しそうなのをなんとか抑え、こめかみに青筋を浮かべながら、ミラは引き攣った笑顔のまま言った。
「めちゃくちゃ肩が重いの! 動けないから運んで!」
「運ぶ? どこまでだ」
「知らないわよ。どこか街まで運んでよ」
「自力で歩けるだろう」
「歩けないの! 肩がめっちゃ重いの!」
炎の壁に囲まれた窮地に助けに来てくれた糖度0の冷血騎士に対して、一瞬だけ好感度が爆上がりしたが、やはりまともにコミュニケーションが取れず、ミラはひたすら苛々した。
異世界転移したのが理想の彼氏様である糖度100%の激甘レイならば、ミラがなにも言わずともお姫様抱っこをしてくれただろう。
糖度80%ならば、照れ隠しのついでにおんぶでもしてくれただろうか。
塩レイの場合、艶っぽいことはなにも無し。
まさしく無。
爆炎の眼帯美少女ツーバメ・イリヤが草原一帯を焼け野原にしたものだから、ミラの着ていたブレザーも火の粉が振りかかり、あちこちが焼け焦げていた。下着が見える部分もあり、白い素肌が露わになっている部分もある。
こんな時、純情な騎士様ならば、どんな反応をするだろうか。
ちょっぴり頬を赤らめながら、さっと自らの外套を脱ぎ、「これで隠せ」なんてつっけんどんに言いつつも、実は照れながらミラの身体を優しくマントで包んでくれるだろう。
しかして、《感情を失ったエモ騎士》にはそんな配慮は皆無であった。
焼け焦げた制服を一瞥こそしたが、特段なんの反応も示さなかった。
さらっとマントを被せるなんて紳士的な振る舞いまでは期待しないにせよ、せめてミラの素肌を見て、ちょっと照れるぐらいの好意ぐらい示せよ、と思う。
貴様は本当にアプリ使用者の好みが分かっているのか、と問い質したい。
薄々気付いてはいたけれど、《無課金の女》にはとことん冷たい仕様であるらしい。
「運ぶのか。そうか」
レイはぶつぶつ呟きながら、どこかへと姿を眩ませた。
「おーい。どこ行く? わたしを置いてくな」
異様に肩が重たいせいで、ミラは潰れたカエルのように地面に突っ伏していた。
どうにか上半身を持ち上げようと試みるが、まるで目に見えない力に押さえつけられたようだった。自力で歩くどころか、上半身さえ起こすことができなかった。
「……うぎっ」
ぐぎぎっ、と歯を食いしばりながら、どうにか上半身を起こそうとしたが、無理だった。
ミラはぺしゃんこに潰れたカエルさながらに氷雪に突っ伏した。無様にも上半身が反り返り、お尻だけが浮いたみっともない格好だった。
「なんだ、その無様な格好は」
レイは嘲笑しつつ、どこかに投棄されていたらしい一輪の手押し車を押してきた。
氷雪に突っ伏したミラを持ち上げるが、全体重を抱えきれず、レイの細身の身体が地面にめり込んだ。
「……重いな」
「重いとか言うなっ!」
年若い女性に対して体重の話題は禁忌であることすら知らないのだろうか。
突如として重みを増したミラをなんとか抱えると、レイはミラを投げ捨てるように手押し車に乗せた。ガタつく畦道をひたすら無言のまま運ばれていく。
まるで収穫された芋のごとき扱い。
「なんで、こんなに肩が重いの? わたし、ずっとこのままなの?」
「さあな」
手押し車に横たえられたミラの右肩がみるみる膨張していく。
右肩だけ重量挙げのオリンピック選手かのような筋肉が盛り上がり、カーキ色のブレザーに収まりきらず、制服がはち切れた。肩部分がびりびりに裂け、ミラは驚愕した。
「え? な、なに。なんなの?」
右肩だけが異様に膨張した異形の姿に、ミラは「いやぁ。なに、これ」と悲鳴をあげた。
ミラが悲鳴をあげても、レイは顔色ひとつ変えず、淡々と手押し車を押しているだけだった。それからぼそりと言った。
「たしかに肩が重そうだな」
ひたすら冷静な対応とは対照的にミラは荒ぶり、怒り狂った。
「もっと心配しなさいよ! なんなの、これ。なにかの奇病? それともつばめの呪い?」
ツーバメ・イリヤはダセえわ、とこき下ろした報いなのか、入谷つばめに右肩だけが異様に筋肉質になる呪いでもかけられたのだろうか。だとしたら最悪だ。
「こんなマッチョなの、やだぁ。つばめのドアホ、元に戻しやがれっ!」
ミラは荷台の上で、じたばたと暴れた。
レイが刺すような視線を向けてきた。
「騒ぐな。よけい重い」
「重いって言うなぁ!」
自力での歩行がままならず、ただ運ばれるばかりの芋と化したミラはぐすぐすと涙ぐみ、周囲の景色さえ見る気にはなれなかった。
ミラはすっかり不貞寝しており、首をもたげると、港めいた場所に着いていた。
潮の匂いがする。
「どこ、ここ?」
「さあな」
レイは相変わらずつっけんどんに言った。
「……ぐぎぎっ」
ミラはどうにか上半身を起こし、周囲を見渡した。
海なのか、湖なのか、河なのか、よく分からないが、大海に浮かぶ瓢箪型の島が見えた。
その島には、灯台のように煌めく白亜の塔らしきものが無数に建っている。
いや、灯台ではなく神殿だろうか。
筋肉の呪いを解くならば、神殿に祈りを捧げればいいのではないだろうか。
島に渡るためのとんでもなく長い橋が架かっており、数隻の渡し船が客待ちをしている。
ミラはほとんど直感で、あの島には何かがあると感じた。
「レイ、あの島に行ってみよう」




