エモ騎士、無課金女を連れて歩く
「……ちょ、待ってってば。なんで先行くのよ」
エモ騎士は見渡す限りの草原を一切振り返ることなく、黙々と歩いていた。
風が吹くたび、絹のようなブロンドの髪がなびく。
背筋は完璧に伸び、姿勢ひとつ崩さず、無言のまま前だけを向いている。
見た目はまるでやんごとなき王子様であるが、「姫」たる姫野ミラのことなどほとんど眼中にないかのようだ。
ミラをエスコートしようなどという素振りはこれっぽっちもなく、後ろをきちんと付いてきているかの確認さえしない。
さすがは感情を失った冷血漢だ。
優しさの欠片はちっともない。
すたすた先を歩くレイを追うのに、ミラは必死だった。
「ていうか、なんでわたしが置いてかれてんの?」
そもそも、レイがどこに向かっているのかすら定かではない。
どことも知らぬ異世界に一人ぼっちで置き去りにされても困るので、ただひたすらレイの後を追いかけているが、ミラが道端の石に躓いても、糖度0の塩レイは振り返りさえしない。
「おーい、レイくん。わたしが躓いてるんだけど」
ミラが石に躓いて立てないでいれば、理想上の彼氏ならば、
「大丈夫かい、ミラ。立てるかい?」
そう言って、さっと手を差し伸べるはずだ。
「ううん。ちょっと痛い。歩けないかも」
なんて言えば、理想の彼氏たるレイはちょっと困った顔をしながらも、ミラをひょいと持ち上げ、お姫様抱っこをしてくれるだろう。
「ちょ……、恥ずかしいよ。わたし、重いでしょ」
「だいじょうぶ。ミラは風のようだよ」
だなんて激甘なやり取りをしながら、異世界を旅したいものだが、失感情騎士の背中はどんどん遠ざかるばかりだった。
ミラが付いてきていないのを一顧だにせず、ひたすら歩き続けるなんて、さすがに腹が立った。
貴様、それでも騎士か、と。
ミラは手元にあった石を掴むと、思い切り振りかぶり、全力で投げつけた。
「おらぁ、無視すんなっつーの! 置いてくな、クソ騎士ぃ!」
ミラが全力でぶん投げた石はメジャーリーガーもかくやと言わんばかりの剛球となって、エモ騎士の背中を襲った。
あまりの威力に投げた本人であるミラも驚くばかりだった。
「やばっ……。なに、あれ。身体能力強化され過ぎじゃね?」
背中を襲う剛球をレイはとっさに躱したが、その目はミラへの怒りに満ちていた。
つかつかとミラのもとへ引き返してきて、非難がましい表情を浮かべる。
「……殺す気か?」
「あらあら。怒りの感情はお持ちなんですね、エモ騎士様」
ミラがあえて煽るように言うと、レイの目がすっと冷たくなった。
虚無的な深い青色の瞳がミラを冷たく見下ろす。冷徹な声音には苛立ちや怒りといった感情の波は一切感じられず、得も言われぬ空虚さだけが宿っていた。
「貴様との関係性深化は俺の人工知能としての学習過程に過ぎない。現実世界との接点が消え、貴様がこのミラージュ世界に転移した今、貴様を優遇する理由はない」
人間らしい抑揚のない、事務的な口調だった。
ミラが培ってきた「愛」は、レイにとってただの学習教材の一部に過ぎなかったのだ、と突きつけられる。やり取りの何もかもがまやかしの愛だったとは思いたくない。
「ぐ……っ」
ミラは気持ちを落ち着けるようにして胸を押さえた。
今まで健気に信じてきた初恋をぶち壊されたような暗澹たる気分だった。
「いくらなんでも酷くない?」
知らぬ間に、ミラの両目から涙が溢れていた。
どうにも情緒がおかしい。
涙がどんどん溢れてきて、止まらなかった。
涙を流し続けるミラを、冷徹なエモ騎士は空疎な目で見つめていた。
「なにが酷い?」
レイは「理解できない」といった面持ちで言った。
「分からないの? 人工知能のくせに」
「分からない」
ミラはぐすぐす涙ぐんでいたが、吹っ切れたように両手でごしごしと涙を拭った。
わかっている。
この糖度0の塩レイは「どうして泣いているんだい、ハニー」だなんて、甘い言葉を囁くことはない。
ひたすら無感情。
そういう仕様だ。
「理想の彼氏に育てたあなたが無感情なクソ騎士になっていた。そんなの、死ぬほど悲しいに決まってるじゃない」
レイは形の良い顎に手を当て、しばらくの間、返事をしなかった。
ずいぶんと無言が続き、ひたすら険悪な空気が流れた。
「なんか言ったらどうなの?」
クソ騎士呼ばわりされたのが心外だったのか、レイはぷいっとそっぽを向き、ミラを置き去りにして歩き始めた。
ぐずぐずと立ち上がらないミラに向けて、極上の冷笑付き。
「さっさと歩け、無課金オンナ」
「うわっ、サイテー」
怒りで両肩をふるふると震わせたミラは、天に向かって咆哮した。
「こんなの、わたしのレイじゃなーい。わたしのレイを返してっ!」
ミラはようやく立ち上がり、殺意に満ちた目をして先を歩く背中を追いかけた。
「上等じゃんよ。あんたが失った感情、ぜーんぶ取り戻して理解させてやんよ。あんたがどんだけわたしに甘々だったかをね」
怒鳴るようにミラが啖呵を切ると、感情を失ったエモ騎士は面倒そうに振り返り、ムカつくほどの冷笑を浮かべた。
横顔が整い過ぎているだけに腹が立つ。
「せいぜい頑張れ」




