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エモヴァイン鉱山

 エモヴァイン鉱山行きのトロッコに揺られ、荷台のように殺風景な空間にミラはぽつんと佇んでいた。案の定、薄情なつばめは付いて来なかった。


 強制労働ではなく、パピルスの回収に来ただけだが、巨大な鉱山のどこにパピルスが埋まっているのか、見当もつかなかった。


 大賢者監理官ナギから聞きかじったことによれば、感情鉱山の採掘権を持つのは感情貴族(エモクラート)たちで、日雇い労働者の掘り人(ディガー)は搾取的な採掘労働に従事させられているという。


 地平線まで続く赤茶けた荒野を、エモリウム結晶を積み込んだトロッコが走っている。


 峻険なエモヴァイン鉱山には巨大な穴が穿たれ、何百人もの掘り人が出入りしていた。


 彼らは皆、くすんだ作業服を着ており、表情らしい表情はなかった。


 坑道の奥へ進むほど空気は薄く、耐え難いほどの熱さだった。


 ツルハシを渡され、掘り人となったミラもただただツルハシを振るった。


 あくまでも目的はパピルスの回収だが、悪目立ちしないよう掘り人たちと同じ行動を取った。


 滴る汗がツルハシの柄に染みこみ、指先が滑る。灼熱のような暑さのせいで朦朧としてきたが、背後で甲高い悲鳴が上がった。


 坑道の天井の一部が崩落したらしい。何人かの掘り人が下敷きになったらしいが、発掘作業の監督者は気にも留めず、別の労働者に「交代」とだけ告げた。


 無事だった掘り人は助けに行かず、ただただ無感情で作業をこなすだけだった。崩落に巻き込まれた掘り人を助けようとミラが駆け寄ろうとしたが、監督者に注意された。


「何をするつもりだ?」

「助けないと」

「そんな暇があるなら、エモリウム結晶の一つでも掘り出すんだな。さっさと持ち場へ行け」

「……でも」


 発掘監督者は吐き捨てるように言った。


「エモリウム結晶の一つさえ掘り出せない掘り人になんの価値がある。まったく無価値だ。鉱山に埋もれて感情資源に変わってくれた方がよほど価値がある」


 承服しがたい言葉を浴びせられ、ミラは邪魔者のように追い払われた。


 周囲の掘り人たちは監督者に反旗を翻すこともなく、生気のない目をして、ただ機械的にツルハシを打ち下ろしている。喉から漏れるのは低い呻き声だけだった。


 ぶつぶつと呟かれた言葉に耳を澄ますと、掘り人たちは同じことを言っていた。


「現実の世界の方がよほどマシだったな」

「帰りてえな。現実の世界に帰りてえ」


 怨嗟のような声が耳に残り、胸が悪くなる。


 ステータス画面に展開された立体地図には、パピルスの回収位置が赤いピンで表示されている。ミラが何食わぬ顔で坑道内を移動し、赤いピンがプロットされた地点に辿り着いた。


 右肩はだいぶ膨らんでいるが、閉鎖的な鉱山内で《バグった右肩(ライフル・アーム)》をぶっ放すわけにもいかない。


 銃撃によって崩落事故が起こりかねないし、肝心のパピルスが消失しかねない。


「仕方ない。掘るか……」


 なんとか人力で掘り進めるが、エモリウム結晶は異様に硬く、ツルハシを打ち込むたびに跳ね返された。ここまで硬いと、一欠けらの結晶さえ持ち帰るのは困難だろう。


 感情鉱石の採掘中、ツルハシの刃先が鈍い音を立てた。


 これまでとは何かが違う感触があった。


 指で土塊(つちくれ)を払いのけると、|黄色の光を放つ結晶状鉱石イエロー・フローライトが埋まっていた。


 衝撃に弱いのか、割れてしまっている部分があり、亀裂も走っていた。


 これもまたパピルスの一種であるのか、よくよく見ると文字が刻まれている。


 複数の結晶が重なり合い、独特の形状を形成しているため、すんなり文章を読めないが、なんとか判読することができた。


 全文を読み終え、ミラの右肩が飛び跳ねるように膨張した。


《レイ、わたし、愛に生き埋めになったみたい》


《ミラ、君の心は硬い岩盤に埋もれた結晶のようだ。誰もが安易に触れられるものじゃない。だからこそ、その尊い結晶を守り、掘り出す役目は僕だけに許された使命だ》


 ミラの顔は一瞬で茹でダコのように真っ赤になった。


 この極限に甘く、そして壮大すぎるポエム。


 すまない。こんなやり取りをした覚えがない。

 え?

 ほんとうにこんなこと書きましたか。


 ひょっとして深夜のテンションでこんなことを書いたのか。

 記憶にございません。


 レイには悪いが、このやり取りは誰かが捏造したものではないのか。


「……危険だ。これは危険過ぎる」


 ミラは発掘したばかりの鉱石を土中に埋め直そうとした。


 こんなやり取りをつばめに見られでもしたら、末代まで笑われるだろう。

 とにかく、こんな危険な原本は硬い岩盤の中に埋めてしまうに限る。


 だが、これもまた《境界騎士の記憶断片(パピルス)》であるのだ。


「うーーー、仕方ない」


 不本意そうにミラは呻くと、スマートフォンを掲げ、パピルスの内容を読み込んだ。


 レイの糖度が65に上昇した。

 これまでの糖度が60だったから微増だった。


「うわっ、微妙……」


 レイにとってもさして重要な記憶ではなかったらしいが、糖度とはなんなのだろう。


 糖度を回復するたび、レイの態度が甘々になるのかとばかり思っていたが、どうにも違う気がしてきた。


 レイが糖度を回復して、具体的に何が変わっただろうか。


 はっきり本音を言うようになった?


 そんなような気もするし、そうでもない気もする。


 糖度0の時はとにかく辛辣で、物凄く嫌味な言動をしていたが、あれはあれで本音を口にしていたような気がする。


 レイの糖度を回復しても、本音を言うわけでもなく、甘くなるわけでもない。


 だとしたら、糖度を回復させる意味とは何なのだろうか。


「まあ、考えても仕方ないか」


 どのみち糖度を全回復してみれば分かることだ。それよりも処理すべき問題はまさしく目の前にあるパピルスの処遇だった。持ち帰るか、それとも埋め戻すか。


「……よし、埋めよう」


 ミラはきょろきょろと周囲を見渡し、発掘作業を監督する監視の目がないことを確認した。しれっと鉱石を地中に埋め戻し、念入りに足下を踏み固めた。


「――任務完了。二度と発掘されないでよ」


 ミラは静かに祈ると、暗い坑道を後にした。

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