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掘り人契約書

「――エモヴァイン鉱山での労働許可申請を行います。こちらの書類をご確認の上、ご署名ください」


 大賢者監理官ナギから鉱山労働者契約書が送られてきた。


 掘り人(ディガー)契約書に記されていたのは驚くべき一文だった。


【雇用主は、雇用者が採掘事業中に死亡しても一切の責任を負わないこととする。】


 ミラは思わず目を剥いた。


「これ、いいの?」


 ミラージュ世界では、ここまであからさまな強制労働を強いていいのだろうか。


 働け。しかし雇い主は一切責任は取らん、という露骨な態度を隠そうともしない。


 現実の世界のブラック企業も真っ青の悪条件だった。


「雇い主はどんな人なんですか。……人? それとも企業?」

「採掘権を持つのは《感情貴族(エモクラート)》です」

「……エモクラート」


 時折耳にするが、いったいどんな存在なのかはっきりしない。


「薄い感情しか持たない《力なき推し(オシナンテ)》や《無感情の非エモ民(シロログ)》を集め、搾取的な労働に従事させて富と地位を築いてきた集団です」


「まるで奴隷じゃないですか」

「そうですね」


 虚空から響く大賢者監理官ナギの声にはまるで揺らぎがなかった。

 淡々と事実を告げるだけ。善悪の判定はしない。


「いちど契約書に署名したら、永久に辞められないんですか」

「いいえ」


 どうやら掘り人には《《自ら労働の場を去る権利》》があるという。

 だとしたら、なぜこんな悪条件の労働がまかり通るのだろうか。


労働拒否(ストライキ)って言うんでしたっけ。皆で辞めちゃえばいいじゃないですか」


「反抗する感情がないのです」


 ミラが素直な疑問を呈するが、掘り人が悪環境の現場を立ち去らないのには根深い理由があった。


 無感情、もしくは薄い感情しか持ち合わせていないための反抗心の欠如。


 いちど契約書に署名してしまったから、それを覆そうという気力さえもない。


「エモクラートはやりたい放題じゃないですか」

「そういう側面もあります」


 大賢者監理官の素っ気なさには少し腹が立った。


「これも修復すべきバグじゃないんですか」


「そう捉えてもよいでしょう。しかし、個人の感情が尊重されるミラージュ世界においては、なにも主張しないということも感情の表れの一種であると捉える向きもあります。掘り人が雇用の見直しを求めていないのなら、その意思が尊重されるべきと考えられます」


「ただの屁理屈じゃないですか、それ」


 理不尽さがまかり通る世界に、ミラの《バグった右肩(ライフル・アーム)》が膨張しかけた。


 しかし、考えてみれば、現実の世界でも似たような問題は存在する。


 例えば、引きこもりの生徒を無理やり家の外に連れ出そうとすること。

 本人の意思を無視しての行為はお節介であるばかりか、むしろ逆効果になりかねないこともあり、一筋縄ではいかない。


 尊重されるべきは本人の自由意思……。


 大原則はそうでも、感情の形をなさない薄弱な意思はどう(すく)えばいいのだろうか。


「……難しい問題ですね」


 ミラが通り一遍の感想を口にした。


「鉱山採掘に利する権能、称号があればご記入ください」


 掘り人契約書の末尾には、これまでに獲得した称号を記入する欄があった。


 二つ名は他己評価――「自分以外の誰かからの評価」だかららしい。


 仕事の早いナギらしく、すでにミラがこれまでに獲得した称号が列記されていた。


 ――《無課金の女》

 ――《推しの尊き重さ(ストロング・マッスル)

 ――《ナギちゃん推し☆星を探す者(スターシーカー)

 ――《神殿爆破(テンプル・ボマー)

 ――《鯖折りにされた女》

 ――《ステータス画面にさえ弄られる女》

 ――《(あま)()ける鯖。風のまにまに》

 ――《薄い本の売り子》

 ――《虚無的な芋(ボイド・ポテト)

 ――《秒で落ちた撫肩》

 ――《通貨暴落危機(ハイパーインフレ)を招く女》

 ――《置き去りにされた無課金オンナ》

 ――《|ティラミス・エモツィオーネ《エモいティラミス》にトドメを刺した女》

 ――《|重たい女。物理的にも心理的にも《ヘヴィー・ポテトガール》》

 ――《|連帯保証が重た過ぎるヘヴィー・ジョイント・ギャランティ

 ――《爆炎ポテトの女ポテト・エクスプロージョン・ガール


 ミラは自身の二つ名の変遷を眺め、薄笑いを浮かべた。


「ろくでもない称号ばっかりですね」


「チグが口にしただけの称号もありますが、こちらでお間違いないでしょうか」


 大賢者監理官ナギの下書きに目を通し、ミラはただ確認するだけだった。

 確認ついでの勢いで、ミラは掘り人契約に署名した。


「こちらの内容で労働許可を申請いたします。許可が下り次第、エモヴァイン鉱山の掘り人集合地点までお送りいたします」 


 手続きはほとんど大賢者監理官任せだった。


 ミラが考えているのは、ただレイのことだった。


 エモクラティア前線ですれ違った後、レイの行方は知れない。

 どこをほっつき回っているのか知らないが、感情を有した存在であるゆえだ。


 レイにはレイの考えがあって、ミラとは行動を共にしていないのだ。

 しかし、会えない切なさがよけいにレイへの思慕を募らせた。


「会いたいなあ、レイ……」


 ステータス画面がミラに新たな称号を授けた。


 ――《行方不明のエモ騎士に会いたい女》

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