結成、爆炎ポテト
ミラは一足先に、エモクラティア前線を離脱した。
戦線を離脱する際、レイのクローン兵に日当の金貨袋を投げて寄越された。
「あっ、どうも」
戦争に一回参加し、生きて帰ると日当が貰える仕組みであるらしい。
戦場に何時間滞在したかは厳密には計られていないようだった。
金貨袋の中にはエモ金貨1枚が入っていた。
金貨よりも今大事であるのは、レイから預かったパピルスだ。
ミラがスマートフォンに読み込ませると、レイの糖度が60にまで急回復した。
パピルスに記された文字量はさしたる問題ではなく、レイにとって重要な記憶であるかどうかが糖度の回復に影響するようだ。
古代集落跡で回収したパピルス。
それと今回、エモクラティア前線でレイから直接渡されたパピルス。
この二つの記憶がレイの人格の根幹をなす、そう考えても過言ではないだろう。
「ふーん。そういうこと……」
ミラはなんとも言えない笑みを浮かべ、《神託》ボタンを押した。
二人乗りの浮遊艇にしがみつくように乗り込んだが、隣の席に座っているはずのレイの姿がないことに寂寥を覚えた。
携帯用の《感情資源変換機》を用いて、肩に溜まった感情をエモ貨幣に変換した。
感情抽出ボトルに次々と感情資源が溜まっていき、ボトルが何本あっても足りないぐらいに際限なく感情が溢れ出ていた。自動運転の回収艇がボトルを回収しては、溶鉱炉まで送り届けるピストン輸送が目まぐるしく繰り返された。
ようやく《バグった右肩》の膨らみが正常に落ち着いた。
「……マジ?」
つばめには、ちょっと伝えられないほどのエモ金貨が精製された。
ミラ名義の専用口座に振り込まれた金貨量は黙っておくことにする。
入谷つばめの連帯保証人となった感情借金を一括返済しても楽勝でお釣りがくるほどの臨時収入があったため、とっとと借金を返済することにした。
ステータス画面にある感情借金欄の《返済》ボタンをクリックする。
「――一括返済いたしますか」
「はい」
「――返済口座を選択してください」
ミラ専用の口座から送金すると、たちまち感情借金がチャラになった。
すっかり肩も軽くなり、連帯保証の借金も消えた。
一秒でも早く、レイの全記憶を回収したい。
そのためにはつばめの借金なんぞにかかずらってはいられなかった。
「あー、良い気分」
頬を撫でる冷たい風を浴びながら、ミラは強がるように言った。
レイの人格を複製したクローン兵士が戦場の両陣営に分かれて殺し合いをしている様は、現実の世界の縮図のように思えた。
戦争を継続するのは、たんに経済的な都合でしかない。
「どうしたら戦争が止まるんだろう」
レイの人格が何度も何度も擦り切れるまで複製され、互いに互いを殺し合う。
なんと惨い扱いだろうか。
上空からエモクラティア前線を見下ろすと、あちこちで火を噴いていた爆炎が止んだ。
ミラの乗った飛空艇を後方から猛然と追いかけてくる高速艇の姿があった。
まるでお届け物かのように、入谷つばめが上空から降ってきた。
「……ぐえっ」
追い越しざまにつばめを届けると、高速艇は再びエモクラティア前線へ戻っていった。
日当の金貨袋を手にしたつばめは喜色満面だった。初めてのアルバイトで得た給与を喜ぶ女子高生のようでもあるが、辺り構わず爆炎をぶちかませた高揚感によるものだろう。
「めっちゃ楽しかった! めっちゃ楽しかった!」
爆炎に焼かれた兵士がレイの複製であることを思うと、素直に「よかったね」とは言い難い。つばめは「もう一回、あのアトラクションに乗りたい!」と駄々をこねる子供のような純真な目をしていた。
「もう一回戦争しよ。ね、もう一回」
嬉々としてつばめは戦争のお代わりをおねだりしたが、感情借金を返し終えた今、これ以上はつばめに付き合う義理はない。
ピーキー・パーティはここらで解散だ。
「借金返し終わったよ。だから戦争ごっこはお終い」
「ふぇ?」
ミラがあっさり告げると、つばめが目を丸くした。
感情借金――エモ金貨300枚余りを返すため、つばめはあと三百回は戦争に参加する腹積もりだったのだろう。爆炎をぶっ放したくてうずうずしているつばめには悪いが、借金を完済し終えた今、戦争に参加する道理はない。
「どうやって返したの?」
「ちょっと臨時収入があって」
「万馬券でも当てた?」
「まあ、そんなところ」
ミラが適当にはぐらかすと、つばめは不満そうに唇を尖らせた。
借金完済はさほど喜ばしいことではなく、むしろ、どうでもいいことのようだった。
「じゃあ、もう強制労働はナシ?」
「そうだね。わたしはパピルスの回収に専念したい」
「どこに行くんだっけ」
ステータス画面にパピルスの回収先が表示された。
感情コロシアムの参加規程が追記されており、「二人一組での参加」とのことだった。
「エモヴァイン鉱山で堀り人をするのと、感情コロシアムに剣闘士として参加するみたい」
「鉱山採掘はあたし、パス。なんか地味そう」
「あっ、そう」
鉱山内では爆炎をぶちまける機会がないと踏んだのか、つばめとは行動を別にすることになった。ミラはエモヴァイン鉱山に単身で向かうこととした。
飛空艇の座席にふんぞり返ったつばめが偉そうに言った。
ぱきぽきと指を鳴らし、好戦的な調子で言った。
「燃やし足りねーのよ。コロシアムに参加するなら、組んでやってもいいけど」
どこからも上からの物言いだが、いつものことだ。
味方まで燃やしてしまいかねないつばめにコンビを組む相手がいるとは思えない。
火力があり余っているつばめは爆炎をぶちまけたくてうずうずしているが、背中から燃やされるのだけは勘弁していただきたい。
「つばめ、わたしまで燃やすでしょう」
コンビを承諾したわけではないのに、つばめがさっさと参加表明を提出した。
「ほいっ、参加っと」
強制労働者は参加料免除のようだが、コンビでの参加料はエモ金貨1枚だった。
なかなかに高い。
つばめはミラのステータス画面を勝手に操作し、「――参加料をお支払いください」と表示された。堂々とハッキングしてんじゃねーよ。
ちょうど手元に参加料相当のエモ金貨を持っているはずなのに、ミラに集った。
「ほれ、参加料払って」
「なんでよ。つばめも日当貰ったでしょう」
「あたしの金はあたしのもの。あんたの金はあたしのもの」
「ちっ、守銭奴め」
つばめに口座残高を見せたくなかったため、ミラは手にした金貨袋を振ってみせた。
「これで払いたいんだけど」
「――貨幣を投入してください」
中空にエモ金貨を投入する貨幣投入口が現れた。
「ここに入れるの?」
地上に向かって金貨を投げ捨てるだけの気がしたが、ミラは思い切って金貨を投げた。
貨幣投入口が金貨をべろっと飲み込んだ。
「――参加を受付いたしました。コンビ名を教えてください」
「……コンビ名?」
ミラが悩ましげに首を傾げた。
つばめが相談することもなく、独断でコンビ名を決めてしまった。
「爆炎ポテト!」
「――チーム『ポテト・エクスプロージョン』参加受付いたしました」
参加証が発行され、ピーキー・パーティのコンビ名が『爆炎ポテト』に決まってしまった。
ダセえ、と言いかけて、ミラは口を噤んだ。
「なに、なんか文句ある?」
「いいえ。なんにも」
つばめのご機嫌を損ねると、平気で背中から焼かれかねない。
ステータス画面が新たにミラに称号を授けた。
――《爆炎ポテトの女》




