そうだ。戦場に行こう
借金返済のための感情労働の実体は、ほとんどバイトと同義だった。
強制労働先はたこ焼き屋「吟だこ」で、白い割烹着にねじり鉢巻きをしたバイトリーダーにみっちり仕込まれたつばめはめっちゃ旨いたこ焼きを焼けるようになっていた。
ミラは屋台の隣で風船を配る係。
「風船どうぞー」
外はカリっと、中はトロっと焼き上がるのが理想だと教わったが、ミラはどうしても上手に焼くことができなかった。
戦力外の烙印を押されたミラは道行く観光客に無償で風船を配っているが、まともに受け取ってもらえず、時間が過ぎるのがひたすらに長く感じた。
ほとんど一日立ちっぱなしで風船を配り続け、ミラの目は死んだ魚のようになっていた。
「元気がないねえ。感情燃やしていこうぜ」
バイトリーダーに発破をかけられたが、なぜこんな事をしているのか、深く考えだすと、心がどんよりと沈んでいく。
「吟じます。魂と書いて、たこ焼きと詠む。転べ、転べ、炎の床にて。真円の理想、目指すべし。外はカリッと、内はトロリと、魂込めよ」
バイトリーダーが吟じながら、くるくるとたこ焼きを引っ繰り返している。
「あいよ、一丁上がり」
舟に盛られたたこ焼きにつばめがたっぷりとソースを塗り、客の好みに応じて削り節と青のりをかけているが、つばめが余計なサービスを勝手に始めた。
「お好みで、爆炎で炙りますがいかがですか」
「じゃあ、お願いします」
「はい、喜んで。爆炎一丁!」
眼帯美少女怪盗ツーバメ・イリヤ改め、歌って踊れるたこ焼き師ツーバメ・イリヤが謎の踊りを舞いつつ、お得意の爆炎でたこ焼きを炙った。
「さあさ、寄ってらっしゃい。見てらっしゃい。爆炎と書いて浪漫と詠む。いざっ! 爆炎――点火っ!!!」
物珍しいパフォーマンスに客が続々と押し寄せたが、ついついやり過ぎた。
「あっ、やべっ……」
つい調子に乗ってしまう悪い癖がまたしても顔を出し、屋台を炎上させた。
バイトリーダーにこっぴどく叱られ、つばめはあっさり首になった。
次の労働先はピザ屋だったが、つばめは「窯の火力が気に食わん」と言い出し、またしても爆炎をぶちかまして窯を炎上させた。
二度と来るんじゃねえ、と追放されたのは言うまでもない。
結局、借金だけが増えた。
「つばめ、飲食向いてない。働けば働くほど借金が増えるってどういうこと」
「うっせーな。感情燃やしただけじゃろがい」
「あんたの能力、ピーキー過ぎるのよ。燃やすだけで火力の調節きかないじゃん」
「あー、うるせー、うるせー。肩が膨らむだけの貴様も十分ピーキーじゃろがい」
感情を溜め込んで、肩が膨らむだけのミラ。
火を点けるだけで、自分じゃ消せないつばめ。
能力値的に極端に偏りまくったピーキー・パーティは労働のたびに喧嘩が勃発した。
「ほんとさぁ、エモ騎士様はどこに行っちゃんたんでしょうかねえ。騎士様のいない姫は肩は膨らまねえわ、エモ貨幣は生み出さないわ、なんの役にも立たねえじゃん」
「つばめこそ、働くたびに借金増やしてんじゃん。無能どころか有害だよ」
煽るわりに煽り耐性のないつばめとはすぐ口喧嘩になる。
冷笑を浮かべるだけのエモ騎士がひどく懐かしく思えた。
もう何日もレイの顔を見ていないのが寂しくて、ついつい泣き言が漏れた。
「レイ、どこに行っちゃったんだろう。もう会えないのかな」
女々しい発言には虫唾が走るのか、つばめが心底うざったそうな顔をした。
「もう借金とか踏み倒して、さっさとパピルス回収しに行こうぜ」
「それができたら苦労はしない」
姫野ミラに課せられた使命は三つある。
《バグ修復士》として、この世界の欠陥を修復すること。
世界に散らばった《境界騎士の記憶断片》の回収。
入谷つばめの連帯保証人として感情借金の返済。
ミラとしては失踪したレイの本心が知りたいため、すぐにでもパピルスの回収に向かいたかったが、つばめの連帯保証人になってしまったため、強制的に感情労働に従事しなければならなかった。
バグ修復士として、この世界において修復しなければならない欠陥とはなんなのか、いまいちよく分からないが、入谷つばめこそがバグではないかと思い至った。
「つばめを現実の世界に帰すことがバグの修復なんじゃないのかな」
「……あん?」
「現実の世界に帰る手段は二つだったっけ。ザマァ団に重課金した証の《重課金の指輪》を身につけるか、感情宇宙港から現実世界行きの宇宙船に乗るか」
「指輪はもうねーよ。燃えちゃったから」
「だよね。じゃあ、宇宙船の切符を手に入れるしかないってことか」
「借金まみれなのに?」
「誰のせいだよ」
つばめはいかにもナルシストっぽい表情を浮かべた。
「炎熱系能力者の宿命なのさ。能力低下がないと際限なく燃やせちゃうからさ」
業の深さをむしろ誇りに思っていそうな気さえする口ぶりだが、能力の制約となっているのが借金というのがいかにもダサすぎる。
「それ、前にも聞いた。借金がデバフってどうなの」
「好きに燃やしていいなら、いくらでも燃やすが」
「やめろ。せめて連帯保証人を解消してから燃やしてくれ」
あちこちで炎上騒ぎを起こしたつばめは、方々の強制労働先から受け入れの拒否を食らっていた。爆炎使いでも受け入れてくれる労働先は少なそうだからか、大賢者監理官ナギが受け入れ先リストを絞り込んでくれていた。
ステータス画面に労働先の候補が表示される。
エモヴァイン鉱山で堀り人として感情採掘労働に従事するか。
感情戦場エモクラティア前線の紛争地帯に兵士として派兵されるか。
感情コロシアムで見世物の剣闘士として戦うか。
三択のように見えて、「戦うか」「掘るか」の究極の二択だった。
守備力皆無のピーキー・パーティが戦うのは無理だと思うが、エモクラティア前線にもエモヴァイン鉱山にも未回収のパピルスがあるようで、感情コロシアムの景品がパピルスであるらしく、結局はすべてに向かわなければならないようだ。
「つばめはどこに行きたいの?」
いちおう聞くだけ聞いてみると、つばめは爛々と目を輝かせた。
「そうだ。戦場に行こう」
まるで京都へ行くようなノリで、戦地への派兵を志願した。
紛争地域が爆撃される様子は、現実の世界でもテレビを通じて目にした。
しかし、たかが女子高生の分際で戦地に赴く勇気はない。
ミラはごくりと唾を飲み込んだ。
「ミラージュ世界で死亡したら、現実の世界でも死んだことになるのかな」
「知らん。死んだことないし。死んだらわかるんじゃね」
つばめはどこまでもゲーム感覚で、明らかに恐怖心が欠落している。
大賢者監理官ならば、この疑問に答えてくれるだろうか。青色の《神託》ボタンを押そうとしたところ、大賢者監理官ナギの言葉が耳に直接響いた。
「戦場へ赴くなら、装備を強化しておいたほうがいいでしょう。神殿へお越しください」
ミラとつばめの動向を完璧に予測したようなタイミングには薄ら寒くなった。
さすがに未来視が過ぎる。
ステータス画面は珍しくミラの称号を変更しなかった。
――《|連帯保証が重た過ぎる女》
借金ばかりでなく、戦場へ赴く運命まで背負うなんて、たしかに責任が重過ぎる。
新たな二つ名とならなかったのは、ある意味で正しい気がした。




