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運命共同体

 デザートを食べ終え、もうそろそろ打ち上げがお開きになろうとしているというのに、レイが店を訪れる気配はなかった。


「結局来なかったな、レイ」


 湧き上がってきたのは苛立ちよりも、諦めに似た感情だった。


 ぱちんっ、と指を鳴らす音が聞こえた。


 どことなく焦げ臭い匂いが漂ってきた。


 もうもうと黒煙が立ち上り、赤い火の粉が店を覆い尽くしていた。


「火事です! お逃げください!」


 消火器を手にした店員が消火対応にあたりながら、客たちを店外へ誘導する。

 パニックに陥った客たちが一斉に入口に殺到し、店内に悲鳴が満ちる。


「火の勢いは弱まっています。慌てず避難してください」


 こんな時にレイがいてくれたら、氷結系の魔法で一瞬にして火を消し止めてくれるのに。


 ミラが歯噛みするが、窮地にレイが現れることはなかった。


 こんな時に限って、《バグった右肩(ライフル・アーム)》はさっぱり膨らんでおらず、銃弾をぶっ放して壁をぶち破ることもできない。つくづく役に立たない右肩に無性に腹が立った。


 感情資源を溜め込んでいるはずなのに、右肩が膨らむ様子がないのはなぜなのだろう。


「なんで? どうして何も膨らまないの?」


 ミラの内心を見透かしたように大賢者監理官ナギが言った。


感情資源(エモリウム)が溜まらないのは、心の内が虚無だからです」


 四人掛けのテーブル席に、いつの間にか片目眼帯の入谷つばめが座っていた。


 ミラを煽るように嘲笑の言葉を投げつけてきた。


「だっせー、《無感情の非エモ民(シロログ)》じゃん。姫はエモ騎士に裏切られちゃったのぉ? まあ、お可哀そう。ねえ、今どんな気分? どんな気分?」


 いつぞや、つばめの異世界(ネーム)――ツーバメ・イリヤをダサいとぶった切ったことをまだ根に持っていたのか、傷心のミラをここぞとばかりに煽ってきた。


「推しに裏切られるなんて、辛いねえ。悲しいねえ」


 唇の端に浮かぶ嘲笑からして、微塵も同情の気持ちはなさそうだった。


 ミラは怒るでもなく、泣くでもなく、ほとんど無表情で入谷つばめを見つめた。


「火を点けたの、あんたの仕業?」

「だったら、どうなの?」


 入谷つばめが悪びれもせずに言った。

 ミラは気を落ち着けるように、いちど深呼吸した。


「ダサいと言ったことは謝る。でも無関係な人まで巻き込むな」

「あれれ? 意外と素直……。なんか調子狂うなあ」


 燃え盛る店内で、ミラたちを残して避難が完了していた。


 ミラと入谷つばめはどちらが先に尻尾を巻いて席を立つか、我慢比べでもするようにその場に居座り続けていた。大賢者チグが焦れたように言った。


「ミラっち、早く逃げないと焼け死んじゃうよ」

「べつにいいです」


 入谷つばめに負けを認めて、おめおめと逃げるのだけは嫌だった。ただの意地だ。


「姫、そろそろ逃げないと、丸焦げの(ポテト)になっちゃうよぉ」


「どうぞお逃げください。でないと自分で点けた火で焼かれちゃいますよ」


 ミラと入谷つばめがお互いに煽り合っているなか、大賢者監理官ナギが静かに宣言した。


「《情動調整塔(エモダム)》限定放流許可――、放水開始」


「……は?」


 入谷つばめは驚愕の面持ちで天井を見上げた。


 天から大量の水が降り注ぎ、一瞬にして火が掻き消えた。


 全身濡れ鼠となったつばめは何が起こったのか理解できない様子だった。


 正直なところ、ミラにもよく分かっていなかったが、情動調整塔(エモダム)主席管理官でもあるナギがダムから水を汲み上げ、浮遊艇かなにかに運ばせ、店の真上からバケツを引っ繰り返したように放水したのだろう。


 氷結魔法を操るエモ騎士が不在と見て煽りに来たのだろうけど、有能過ぎる大賢者監理官をすっかり無視していたのがそもそもの敗因だ。入谷つばめは詰めが甘い。


「相手が悪かったね、ツーバメ・イリヤ」


 全身ずぶ濡れのミラが高笑いすると、入谷つばめは口惜しそうに地団駄を踏んだ。

 まるでお約束のような小者ムーブ。


「うわぁー、ムカつく。ムカつく。ムカつくぅーー」


 完全に形勢は逆転しており、ミラは入谷つばめの顎をくいっと持ち上げた。


「燃えた店の修理費、それから客全員の食事代、ぜーんぶ弁償しなよ」


「なんで、あたしが……」


「燃やしたの、つばめでしょ」


「ちが……」


 入谷つばめは語尾をごにょごにょと誤魔化した。


 ぷいっと視線を逸らした態度からして、火を点けたのは明らかだった。


「なんで火を点けたの。わたしへの嫌がらせ?」


 つばめは聞き取りづらい小声でなにかごにょごにょ言っていた。


「……しょーがないじゃん。もうエモがないんだもん。ふつうに働くのやだし。指輪溶けちゃったから、現実の世界に帰れないし」


 ぶつくさ文句を垂れているが、要するに手持ちのエモ貨幣が尽きて、食事代もろくに払えないので、小火(ぼや)でも起こして食い逃げしようとしただけであるらしい。


「火点けた後、姫を見かけたから、ついでに煽っといただけだもん」


 煽ってきた時は殺意が湧いたが、無一文と聞いて親近感が湧いた。

 虚無状態が少し回復したのか、右肩がわずかに膨らんだ。


「お腹減ってたなら、素直にそう言えばよかったじゃん」

「施しは受けない」


 妙なところで意地っ張りなつばめが愛おしく感じられた。


「そっかあ。つばめも現実の世界に帰れないのかあ。へー、ふーん。そうなんだあ」


 ミラはにやにや笑いながら、大賢者チグの言葉をそのままなぞった。


「だったら一生、ここで推しを推して生きて行こうよ。楽しいじゃん。最高だよね。ここが現実だよ。元居た世界なんて、とっとと忘れちゃいなよ」


 ここぞとばかりに煽ったら、手負いのつばめに逆襲された。


「あんたの推し、失踪(ロスト)してんじゃん。もしかしてザマァ団の共鳴者(シンパ)だったの。お可哀そうに」


「……うぐっ。それ以上、傷を抉るな」


「姫をお守りするのが騎士のお役目なんじゃないのぉ。あれれー、おかしいなあ。騎士様はどちらにいらっしゃるのかしらぁ」


 わざとらしく周囲を見渡し、つばめが勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「くそっ、覚えてろよ」


「騎士様ー、ポテト姫を守護する騎士様、いらっしゃいましたら至急おいでくださいませ」


 入谷つばめがひたすら煽ってくるが、エモナージュ商店街災害復旧委員会主席を務めるナギが迅速に被害額を見積り、請求書一枚で黙らせた。


「こちらが被害額の見積もりとなります。よろしくご査収くださいませ」


「うげっ……」


 入谷つばめの目が泳ぎ、ミラに「タスケテ」と請うてきた。


 賠償がどれほどに及ぶのか知らないが、無一文のつばめが払えるはずもない。


「知らんし」


「姫ぇ、あたしと姫の仲じゃぁん。助けてよぉ」


「施しは受けないんじゃなかったの」


「借金無理ぃ。騎士様探し手伝ったげるからあ」


 あんなに煽ってきたつばめが縋りついてくるのが可笑しくて、許してやることにした。


「どのみち、わたしもつばめも現実の世界に帰れないっぽいしな」


「そうそう。あたしら、運命共同体。ワンチーム」


 いきなりすり寄ってき過ぎじゃね、と思うが、現実世界に帰れない同士なのは確かだ。


「あんたの借金なんとかしてやるから、代わりにパピルス回収手伝いな」


「えー、めんどい」


「拒否権はない。嫌なら働いて借金返せ」


「へいへーい」


 つばめがぶうたれながら、《記憶の断片(パピルス)》の回収を手伝うことに同意した。


「今さらパピルスなんか集めてどーすんのさ」


「レイの本心が知りたい。記憶の断片を全部集めたら、レイがどうして姿を消したのか、本心が分かる気がするから」


 ミラが真っ正直に言うと、つばめは吐き気を催さんばかりの仕草をした。


「うげっ、重たっ……。それ、どうして別れなきゃ駄目なの。わたしのどこが駄目だった。ねえ、教えて。悪いところは全部直すから、って迫るやつじゃん」


 つばめに同意するかのように、ステータス画面が新たな称号をミラに授けた。


 ――《|重たい女。物理的にも心理的にも《ヘヴィー・ポテトガール》》


 ミラはじろりと中空に浮かんだステータス画面を睨みつけた。

 だいたいの察しはついていたが、今ようやく確信した。


「ステータス、お前、つばめに乗っ取られてるだろ」

「何のことですかねえ」


 つばめが下手くそな口笛を吹き、誤魔化した。

 しかし、ステータス怪盗(ハッカー)の正体はバレバレだった。

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