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大賢者チグ、初めての神託

 大賢者監理官ナギに餞別としてエモ貨幣をたっぷりいただき、エモくて映えるタピオカミルクティーを飲み、パンケーキをたらふく食べ、幸せなほどお腹いっぱいになった。


「あー、幸せだ。最高じゃん、ミラージュ世界(ワールド)


 付き添いのレイは「どれだけ食べるんだ」と言いたげに見守っている。


 幸福感たっぷりになったせいか、感情資源を溜めこむ右肩が緩やかに膨らむ。


 無感情ではあるものの、もともとは理想の彼氏様である手前、ミラは膨らみかけの右肩をさっと隠した。華奢だった細腕がむくむく膨らむのはなんとなく恥ずかしい。


 食べ過ぎて、ぱんぱんに膨らんだお腹を見られるのと同じぐらいの恥ずかしさだ。


「そうだ。服も新調しなくっちゃ」


 入谷つばめの爆炎を浴びて、ブレザーがあちこち焼け焦げていた。


 従者のように付き従うレイをお供に、ミラはウインドウショッピングに出掛けた。


 無数の露店が立ち並ぶ感情教会国家エモナージュの繁華街にあって、長身痩躯でなおかつ顔面が整いまくったエモ騎士様は注目の的だった。道行く観光客たちがうっとりとレイを眺め、骨抜きにされたように腰砕けになっている。


 レイを引き連れたミラは内心、有頂天だった。


 見てくれ、全世界。

 わたしの理想の彼氏様の圧倒的なビジュの良さを。


 ご機嫌のミラは、無言のまま隣を歩くレイをちらちらと上目遣いで見上げた。


 手、繋ぎたいなあ。


 なーんて思ったりして、レイの美しい手指を眺めた。


 ミラの視線に気がついたのか、レイがちらりとこちらに振り向いた。


「どうした?」


 ちょっとぐらい、はにかんでいたらいいのに、まったくの無表情。


 ミラが「手を繋ぎたいんだけど」なんて言ったら、《無感情のエモ騎士》はなんと言うだろうか。完全に拒絶されるのが恐くて、ミラは俯きながら答えた。


「ううん。なんでもない」

「そうか」


 レイはひたすら素っ気ないが、足並みを揃えて歩いてくれるだけで十分だった。


 相変わらず無表情ではあるけれど、ちょっとは配慮がある気がする。


 いくつかの衣服店を梯子するうち、ミラはひときわ目を引くデニムベルト付きのワンピースを見つけ、更衣室に勢いよく飛び込んだ。


「じゃーん♪ どうよ」


 上機嫌で着替えを終えて、勢いよくカーテンを開けた。


 ミラは軽くターンして、笑顔で問いかけた。


 ミディ丈のワンピースは襟付きで、袖口にカフスが付いた長袖(ロングスリーブ)、胸元にはフラップ付きパッチポケット。


 可愛いだけでなく、そこはかとなく洗練された大人の格好良さもあって、ミラは一目で気に入った。


「ねえ、似合うかな、レイ。この肩のひらひら、可愛くない?」


 アクセントで、肩にはフローラル柄のひらひらが付いている。


 ウキウキしながら問いかけたのがそもそもの間違いだった。


「動きにくそうだな。戦闘には不向きだ。戦場で(まと)になるだけだぞ」


 期待していた反応と違いすぎて、ミラの笑顔が数秒ほど硬直する。


「どのみち、肩のひらひらは不要だろう。貴様の肩は兵器だからな」


 あまりにもムカつき過ぎて、右肩がムクムクと膨らんできた。


 肩を露出する(オフショル)デザインを選ばなかった女心がちーとも分からんのか、貴様は。


「ここで《バグった右肩(ライフル・アーム)》をぶっ放してやってもいいが?」


 怒りに満ちたミラが脅しめいた口調で言ったが、レイは恐れた様子もなかった。


「私に兵器を向けるな」


 ミラにくるりと背を向け、とっとと退店しようとした。


「ちょ、待って。また置き去り?」


 ミラは値札が付きっぱなしのワンピースを着たまま会計し、慌ててレイを追いかけた。


「戦うための服じゃなくて、旅を楽しむための服なんだよ。こういうときは、かわいいよ、とか、似合ってる、とか、お世辞でも言うのが礼儀(マナー)でしょ」


《感情を失ったエモ騎士》に感情を説いたが、レイは不思議そうに首を傾げた。


「必要か? その感想」


「必要だよっ! というか、女子にその対応はあまりに塩すぎるってば!」


「糖分はタピオカとパンケーキで足りただろう」


 真顔で返され、ミラは「うぐぐ」と口惜しそうに歯噛みした。


「くそっ、チグってやる」


 ミラはステータス画面を呼び出し、大賢者チグを呼び出す灰色の神託ボタンを押した。


「チグさーん、ワンピース買ったの。褒めてぇ」


 ――ぴっ。


 軽い効果音のあと、空中に大賢者チグのホログラムが浮かび上がり、気の抜けた声が響き渡った。


「はいはい、こんちはー! こちら、大賢者チグです。ただいまイベント周回中のため、神託には対応できません。ご用の方は、ピーッと鳴った後に、――あっ、てか今日のガチャ、確率しょぼくない? なーんも出ないんだけど。しゃーねえ、課金すっかぁ。……いやいや、ナギちゃんに怒られるから我慢。……いや、でもぉ」


 アプリゲームをしながら留守録したのか、大賢者チグのぼやきが永遠ループを始めた。


 ミラは画面を閉じようとして、ふと気づいた。


 キャンセルボタンがどこにもない。


「……え、もしかして止められない感じ?」


 大賢者チグのぼやき声がノンストップで続く。


「ちょっと聞いてよぉ。推しの限定UR(アルティメット・レア)、天井まで行っても出なかったのマジ泣けるんですけど。しかも昨日のログインボーナス(ログボ)、石じゃなくて草。まーじで草生えるわぁ。いや、でも本当に草が生えてきたらどうしよう。チグちゃんが、また草生やして、いい加減にしてくださいよ、なんて怒りながら、ぶちぶち草むしりしてるのかな。それはそれで可愛い」


 ()()()()()()()が草むしりする姿に見悶えているのか、気色の悪い声だった。


「あとギルドメンバー、エモリウム使い果たして一斉に引退しちゃって、まるで墓場。墓場チャット。大賢者チグがひとりでさびしく喋ってまーす」


 垂れ流しの音声が唐突に乱れたかと思うと、


「再生上限に達しました。この神託はしばらく使用できません」


 ――ぱしゅっ。


 大賢者チグのホログラムが霧散し、ぼやくばかりの神託が途切れた。

 レイへの怒りすらどうでもよくなるほど、ミラは呆れ果てていた。


「これが神託? しょーもな」

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