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連鎖性死後救済―Judgement Days―  作者: 諸星回路


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9/12

再起

 自我を思う。卵子の元へ一途に進み、困難を越え辿り着く精子の心を思う。

 安息を思う。聖なる湖に眠り、管を伝い愛を分け与えられる胎児の心を思う。

 思い馳せる感覚はいずれも生命の生まれくる過程のもの。ただしここに、生はない。

 瞼を開いた。確かに、世界が見えるようになった。

 眼鏡がないのか、視界がはっきりしない。それでもなんとか目を凝らして辺りを確認する。出入口らしき前方の闇以外は赤紫色のカーテンに囲われ、価値のありそうな骨とう品が飾り棚に丁重に並べられている。自分のすぐ手前には赤黒い布で覆われたテーブルが置かれている。胸の辺りまであるその高さを見て初めて、自分が今座っているのだと気がついた。しかしやけに身体が重く、立ち上がれそうにはなかった。

 テーブルの上には混ぜ物をしたように真っ赤な火を灯す蝋燭が二本、それらに挟まれる形で座布団に座った透明な水晶玉がある。光源はその二本しかなく、部屋の殆どが暗がりに包まれていた。いわゆるここは“占いの館”、というイメージで間違いなかった。

 話に聞いていた通りだ。

「一度目の朝であるな。ようこそお客くん」

 前方の闇の中から、丸まった掛け布団が――視力不足につき失敬ならびに訂正――ローブを羽織った少女が姿を現した。向かいの背伸びしたような椅子に飛び乗って座った。

 細く赤い髪がフードからはみ出ている。薄ら笑いを浮かべる唇とわずかに光るピアス。大きな目には翡翠が浮かんでおり、異国、というより異世界の人間として映った。

「気分はどうじゃ。初めてこの場に訪れた気分というのは」声変りをとうに過ぎた妖艶な声で少女は話す。

 少し前の出来事を思い返す。助けに来たはずが呆気なく捕まり、何の抵抗も出来ぬまま身体を真っ二つだ。我ながらなんとも情けない死に様である。

 悔しいはずだった。恨めしいはずだった。だがどうやらそれらの感情に浸らせてはくれないらしい。

 頭の中にかすみが立ち込めて上手く思考が出来ない。あらゆる感情が僕の元から外れ、自分がそこに座っているという自我だけ、椅子の上に取り残されているような感覚に陥っていた。

「自分でも不思議なくらい…落ち着いています」声変り前の声で応える。

「うむ、それでよい。何せ今の君は、無用なものに縛られることなどないのだからな」

 実体からの離脱。まさに生とは対極にある死の概念。その、手前だろう。

「ここが…“再起の間”なのですね」

 僕は現状と合致するイメージを口にした。

「その通りだ。君の本来の身体は今頃、塵となって空を漂っていることだろう。魂だけ、彷徨う前に私が首根っこ掴んで連れてきてやったのだ。せいぜい感謝するのだな」

「あ、ありがとうございます、“寝覚者(しんかくしゃ)”様」

「よいよい。さて。死すか、()するか。君はどっちかい」

 ここは、死者の国の入り口(エントランス)。まだ、引き返す余地があった。

 〈肉体〉には致死回避機能が付いている。人が死に至る直前に脳が反射的に緊急信号を発し、身体を自ら破裂させ全身を大量の“光の塵”に置き換えるというものだ。光の塵は数分経つと、再び人の身体を形作って復活することができるのだが、魂はその間拠り所を無くし宙を彷徨うこととなる。そうした魂の一時的な居所として、再起の間が用意されていた。

 そして再起の間に訪れた人々は、そこに住まう寝覚者に一つの選択を迫られる。殆ど無意味とも取れる選択を。

「持します。僕を、生き返らせてください」

「…ふむ、聞き入れたぞ。とは言ってもまだ君の身体が回復するまでまだ時間はある。それまでゆっくりくつろぐのだな。なんなら話し相手になってもよいぞっ」

 寝覚者は鼻歌交じりにテーブルを叩く。無邪気に軽い音を鳴らすその様は、いとけない容姿も相まって小学校低学年の女の子にしか見えない。口調と声色以外、明らかに自分より年下の姿を持っていた。

 しかし彼女たちは僕ら人間よりも上位存在であることを忘れてはいない。彼女は本当の意味で僕を殺すことができる。だから寝覚者の機嫌を損ねるような発言をしてはならなかった。でも――。

「…寝覚者様。折り入ってお願いがあります」

 僕は、とある申し入れを試みようと思う。

「お願い、とな?」彼女は小さな手をテーブルにぺたりとくっつける。

「はい。…どうか僕に、力を貸してはくれませんか!」

 頭を下げた。確かに、視線が下を向く。

「僕は、僕の力では対抗できない相手を倒そうとは思っていません。友を助けたらすぐに逃げるつもりでした。でも、それすら叶わなかった。あまりにも……無力だった。だからどうか、彼とともに逃げる力だけでも貸してはくれませんか」

 このまま生き返ったとしても事態は収まらない。夢報者も健在であり、セトも――。…誰か見知らぬ人が助けに来ているかもしれないが、ただの願望に過ぎない。戦場においては常に最悪のケースを考えるべきだ。

「神奈セトのことか、それならば貸す必要などない。どうせ今頃彼も殺され、光の塵となってその場を脱出していることだろう。そもそも初めから助けなどいらなかったのだよ」

 そう、僕のこれまでの思考はこの世界では異端として扱われる。

 この世界において死は軽い。何度〈肉体〉が崩壊しようともたった数分で元通りになるのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。病で死ぬこともない。事故で死ぬこともない。犯罪に巻き込まれて死ぬこともない。再起の間で生の意思を伝える限り、人は死なない。

 しかし関係ない。セトは誰よりも精一杯に生きてきた。そうやって今まで僕を振り回してきたのだ。

「まだセトが苦しみの中にいるかもしれない。セトを…助けたいんです」

「そこまで言うなら確かめようか」

 小さな手で机上の水晶玉を拾い上げると、寝覚者は顔を寄せて透明な中を覗き込む。占い師が客の未来や運勢を見るような動作と同じだが、少し見えにくいようで、目を細め、あらゆる角度から水晶玉を覗いている。

「…そうか。奴はやはり趣味が悪いな」

 何かが見えたらしく、水晶玉を座布団の上に戻した。彼女が唇を噛む。

「君が危惧している通り、神奈セトはまだ渦中におる。そばに奴もおり、いつでも殺すことなど出来る状態だ。だが奴はそれをしない。間違いなく、生かされているな」

「それって…」

「致死回避が発動される寸前であえて攻撃をやめている。尚且つ彼の辛苦を画に撮って笑ってもおるようだな」

「そんな…」

 後悔や恨みに浸ることはやはり出来ない。しかし外に浮かんだそれらの感情が大きく膨らんでいくのがわかる。

「なるほど、君に資して奴の吠え面を拝むのもよいかもしれんな」

 寝覚者の赤髪の先端が、針となって逆立つ。

「なら、どうか――」

「だが、君にタダで力を貸す気は毛頭ない」

 寝覚者はいきなり自身のフードに手を突っ込んだ。暗闇をまさぐって取り出したのは、小さくモコモコでかわいらしいピンクの拳銃だった。

「私はまだなあ。君が相応しい人間であるとは思っておらぬのだよ」

 ハート型の銃口はまっすぐ僕へと向けられる。敵意以外の何物でもなかった。生きて戻るためにもこの対話は、間違えられない。

「私は――アンナちゃんとの交際など断じて認めんぞッッッ!!!」

 ………何の話ですか?

「ひとつ屋根の下で若い男女が暮らす。まだ許そう勝手におやりなされ。だがアンナちゃんはまだ純粋な乙女なのだ!それを君という奴は!どんな告白の口上を伝えたかは知らないが!出会って早々に同棲を始めるなどとは!こぉんのケダモノめがッ!!」

 思っていたのと違う。いきなりのことに唖然としてしまった。

 彼女は人が変わったように感情を表に出す。出したばかりの銃を空に投げ、椅子を降りてのたうち回り、やがて僕のことなど忘れてテーブル下の死角で嘆きだす。

「アンナちゃんは年下に弱いのだっ…!だからきっと私と出会ってしまったのだろうなぁ!ああ、私もケダモノなのだ…!うおおおおん!!」

「落ち着いてください寝覚者様!なんか色々誤解です!それに今はそんな話をしている場合じゃ――」

「なら訊くが」

 こめかみに冷たいものが触れる。横目で見れば、そこに拳銃が突き立てられていた。

「え?」

「アンナちゃんのそばにいる資格は君にあるのか?」

 一方の蝋燭の火が風圧で消える。寝覚者の放った弾丸が僕の口を殺す。何度も、何度でも殺す。

「君は嘘つきだ。アンナちゃんに怪我してはならないと言われた時点で君は、場合によっては死んでも仕方がないなどと内心考えていただろう。して、神奈セトを助けられずに死んだならば私に媚びて事態解決の手段とすることも、その時点で画策していた。そうでなくては自身が死んだ直後に、力を貸してほしいなどと即座に話を切り出すなど普通出来ないのだよ。彼女との口約束など、はなっからどうでもよかったのだろうな」

 喉が殺される。

「神奈セトのそばにいる資格も君にはあるのか?君は金魚の糞だ。そばにひっついて、彼から離れようとしない。君は彼の優しさを利用していることに気づいているか?君には友達がいないから、優しい彼は君を放っておけない。しかし君はそれを解決しようとせず、友達を作る気などない。なぜなら神奈セトがいるから。神奈セトさえいれば友達などいらない、寂しさなんて忘れられると自分に言い聞かせている。呆れるほどの依存性だ、それは彼の負担にしかならんのだよ」

 肺が殺される。

 何も、言い返せなかった。

「君は自分のことばかりを考えて、二人の感情をおざなりにしている。二人のそばにいる資格が君にはあると言えるのか?」

 寝覚者がまた正面に座り銃撃が収まる。貫通しなかった鉛玉が僕の脳内に残っていた。

 鉛玉の重みがじわじわと内面にのしかかってくる。なんとも脆い身体だ。筋肉は千切られ骨は割れ血管は剥がれ臓器は溶け、脊髄に沿って長いトンネルが完成する。

 青銅色のトンネルは僕の正体だった。指摘されたことがまさに僕の本性であり、削ってしまえば綺麗な空洞が現れる。何も残らず萎んでいくならば、薄っぺらい死体が出来あがる。

 僕は二人のために何をした?わからない。

 僕は二人のために何が出来る?わからない。

 考えも纏まらないまま藁を掴むように口を開く。

「…僕に資格なんてないのかもしれない。寝覚者様の言う通り……僕は…自己中心的な人間だ。…二人にとっての足かせになっているのかもしれない。……それでも…………」

二人のそばにいたい。

 開き直りのような願いが芽を出す。トンネルを抜けた先に残る自分の本心。僕はずっと二人のそばにいたい。そのためならなんだってするつもりだ。その気持ちに偽りはない。

 自分のどうしようもないわがままなのは知っている。自分が二人と釣り合わない、役立たずなのは知っている。それでも、そばにいたいんだ。一生の友達。いや、永遠の――。

 頭を覆っていたかすみが晴れていく。段々と自分が見えてきた。自分のやれること。自分がなりたい自分。自我が明瞭な形を成す。外を浮かんでいた感情と自我とが一致した。

「僕は、二人の“永遠の味方”になりたい。二人が傷つきそうになったら盾になって受け止める。何か痛みを抱えたら一緒に悩んで助ける。もし間違いを犯したら…少し叱って僕も一緒に間違える。今はまだ二人のそばにいる資格なんてないのかもしれない。なら、これから手に入れてみせます。二人のそばにいたいから。いつまでも、二人の味方でいたいからっ!!」

 熱が入って立ち上がった瞬間に最後の蝋燭が消え、部屋から明かりが無くなる。しかし闇が襲い掛かる間もなく、周囲は光に満たされた。何が起きたのかと身体に触れようとするも、先ほどまであったはずの腕がなくなっている。

 いや、違う。身体は元々形など持っていなかった。それが今、復活しようとしているのだ。

「ふむ、導き出した答えとしては悪くないか。まあよい。試すような真似をしてすまなかったな、タダで手助けすると上司に怒られてしまうのだ。私のいとけなさに免じて許してくれ」

 四方八方の光の先から寝覚者の声がした。耳もまた復活の途中だが、増殖して捉えられなくなった声に耳を疑っていた。

「解決の“糸口”を君に託そう。あの世界へと戻ったら上空に向けて光線銃を放て。照準や威力など諸々は私が制御する。君はただ私を信じればいい。そうすれば事は解決する」

「わっわかりました!ありがとうございます!!」

 出来かけの口から捉えられない声を返す。

「君の今後の成長を楽しみにしておこう。だがしかし勘違いするんじゃないぞ!アンナちゃんとの交際を認めたわけじゃあないからなッッ!!」

「だから誤解ですって…」

 寝覚者の発言に呆れながらも、身体の復活もじき終えるようなので強く否定はしなかった。それ以上に気になっていることがあり、僕はそっちに残り時間を割いた。

「……あの。寝覚者様とアンナさんは友達なのですか」

「うむ、その通りだ。私の、大事な大事な友達だ」

 寝覚者の言葉には飾り気のない純真さがこもっていた。それこそ幼子のような、柔らかい声色をしていた。

 もっと聞きたいことはあった。死生を司る存在ならば異世界転移に関しても何か知っているのではないかとも踏んでいたが、ただ時間が許してくれなかった。

「さて、まくらはこれ以上君の元に敷かれたくないと言っておる。目覚めよ。世界の終わりを迎えるにはまだ早いのだ」

 瞼を開いた。確かに、僕の瞼だった。

 目先を飛び交う火の粉は黒く、割れた地面に灰が積もる。両側に並ぶ家々は黒炎に包まれ、空に広がる黒闇は大きさを増している。先ほどよりも呼吸がしづらい。

 安息などない。だが、ここにこそ生はあった。

 世界はさらに不明瞭になっていた。黒闇の量が異常に増えて道路を埋め尽くし、数メートル先もうまく確認できない。当然に夢報者やセトがどこにいるかもわからない。 しかしやることはとうに定まっている。

 右腕を伸ばした。そうしてすぐに気づく。

 光の縄、である。右の肩から指先に掛けて細長い光の蛇が絡みついては、中指の上に顎を置く。その口は細い糸で縫われており、無言でこちらを睨んでくる。

「もしかして…これが寝覚者の言っていた“糸口”…?」

 考えている暇はなかった。ただひたすらに寝覚者を信じることだけが今の僕の役目だ。

光球(バルーン)

 授業の復習をする。上空に向けて光線銃の構えをとる。右腕を通じて〈精神〉を解放し、小さな光球が手のひらの前に浮かぶ。

 すると蛇の目が笑った。陶酔するように光球をその目に映すと、蛇は中へと飛び込んだ。異物が混ざったことによって光球は化学反応を起こし、性質が大きく変化する。これまでは一つの纏まりであった〈精神〉が細分化され、数多の細い光の線となり、それが渦を巻くことによって光球を形作っていた。まるで、丸い魚群のような。

 徐々にその大きさは増していき、広げた手のひらを越すぐらいで収まる。

「これが…寝覚者の力……」

 震える右腕を左手で支える。僕はあまりの力の差に、恐怖すら覚えていた。僕の〈精神〉を十割費やしても、目の前のバスケットボールほどの光球の半分も作り出せない。

「ぺ…光線銃(ペンシル)っ!」

 第二段階である光球の凝縮が始まる。あと一秒もなく光線は放たれる。

 その刹那、渦の内側で蠢くものを捉えた。先ほどの光の蛇のようで、まるで違う生物。厳かな翼が生え、一対の太い脚と腕を持ち、鋭角な角を二本携える。

 その姿は、(ドラゴン)であった。

『グァガガガガガガガガガアアアアアアアアァァァ!!!!!!!!!』

 おそらく、発射は成功した。おそらくと付けたのは、僕の想像に反していたからだ。僕が放ったのは光線銃などでなく、光線“獣”と呼ぶべき代物であった。

 空を裂くはまさに咆哮。黒闇に覆われた夜に風穴を開け、光を振り撒く天の遣い。翼を仰げば闇は晴れ、尾を靡けば星を描く。夜空を我が物とする、貪欲な月光だ。

 雨が降り始める。黒闇に阻まれていた自然の雨だが、雫一粒一粒が月光を浴び、その身を光の片と化す。さんさんと降り注ぐ光の雨は夕暮れ時の天使の梯子のよう。

 雨粒はやがて魚を演じ、龍を中心とした魚群が再び形成される。巨大化する魚群に龍本体が完全に隠れると、地上のある一点に向けて一斉に放たれる。黒闇の発生地点――夢報者がいる場所である。

 対抗するように放たれた黒闇が、光龍と激突する。猛烈な風に身体が吹き飛ばされそうになる。どちらも引けを取らず、町は次第に光と闇に呑み込まれていった。

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