河
気づけば僕は溺れていた。
広大な河の中、清流に乗っていた。ここがどこかも、どこへ行くかもわからない。蓄積した疲労が僕を拘束して、なすがまま流されていく。
とても、静かだ。ここには雑音がない。清澄な水が耳に触れても柔らかな音色が聞こえてくるだけ。身体の内も外もとても静かだ。
見上げる水面は近く、光が差し込んできていた。それを浴びるほどに心が洗われ、不思議な浮遊感を覚えていく。全身が軽くなり、白い翼を羽ばたかせる幻想に駆られた。
光に紛れるように水面から誰かの白い手が伸びていた。小さくも芯の通った手は間違いなく僕に向けて伸ばされていた。
安息の地はそう遠くないのだと理解する。握り返そうと右手を伸ばす。その時、違和感を覚え、初めて流れに逆らった。手の甲に付いた“クマ”が気になったのだ。
軽く身体を捻り、光の反対側を見る。そこには闇が広がっていた。光の届かない水底。とても深く、一度踏み込めば簡単に戻れないだろう重厚感に覆われていた。
そこへ沈んでいく、大切な二人の姿があった。
僕は光に逆らった。白い手が僕を追いかけるも、必死に振り払い底を目指す。
河の外には安息の地があったのかもしれない。白い手に全て委ねるのが吉なのかもしれない。しかしそれでは決して僕の望みは叶わない。
彼は遥か下方で、身体を維持できていなかった。あまりにも遠く、届きそうにもない。せめて彼女だけでも。彼女だけでも――。
離れたくない。彼女を強く抱きしめた。彼女の靴が、ガラス瓶のごとく粉々に砕け散った。




