マイスウィーティ
彼の手元には俺がよく携帯しているナイフがあった。これで咄嗟にロープを切ったんだ。彼は泣き止むと、俺にキラキラした笑顔を向けてくれた。
「生きてて良かった」
って。その言葉に俺の死んだ心臓が再生したようにドクンと強く鼓動した。
「ご主人様ぁ」
「なーに?」
そう優しく微笑みかけてくれる。
「ぎゅーって、して?」
と甘えた声を出して腕を広げると、彼は覆い被さるように身体を重ねてきて、横になっている俺をぎゅっと抱きしめてきた。
「イル、ずっと一緒にいよう」
その言葉に俺の心はドロドロに溶かされて、彼の背中に回した手に込める力が強くなった。彼の匂いを嗅ぐ。その香りに頭がクラクラした。
「うん。でも、今すっごい死にたいの……」
そう本音をこぼすと、彼は「そっか」と俺にキスしてくれた。
「話してくれてありがとう。無理に『生きろ』とは言わないよ。けど、イルがいないと、僕は寂しいな」
理想のご主人様。やっと見つけた好きな人。生きることを強制しない。その優しい言葉が何よりもの救いだった。
「すき!ご主人様、すき!」
弱った脳みそで子供っぽく彼に愛を伝えた。
「ん〜っ!マイスウィーティ、とっても可愛いね!」
彼は俺の髪の毛がぐちゃぐちゃになるまで撫でて、鼻先を触れ合わせた。犬同士がキスしてるみたいに。
「ワン!」
俺は返事をするように犬の鳴き真似をした。
「よしよし、良い子だ」
彼の手や言葉に甘やかされる。それが気持ち良くて、癖になっちゃう。
「クゥーン……」
とっても甘えたくて、味をしめたように犬の鳴き真似を続ける。
「イル、どうしたの?」
やはり彼は理想のご主人様だ。俺が甘えたいのわかってて、その甘い声と顔、そして愛撫で甘やかしてくれている。
「自分が、気持ち悪い……」
俺を苦しめている感情を彼にぶつけるように吐露した。彼は少し悲しそうな表情をしてから、
「イルは、綺麗だよ」
と諭すように話してくれた。
「そんなことないよ。この手で何人もの首を絞めてきた」
そう真っ黒な手を見せて、その汚さに自ら笑ってしまった。でも、汚れた過去はどうしようもなくて、その罪に苦しめられ続ければ良いとさえ思う。
「それでも変わろうと頑張ってるイルは、強くて綺麗だ。僕はそんなイルが好きだよ」
彼はきっと罪を犯した者を恨んでいるのにも関わらず、今の俺を褒めて、好きだと言ってくれた。それが何よりも嬉しくて、今の俺の生きる価値で、この人のために生きようと、そう思った。
「俺も。好きだよ」
そう彼の頬を撫でると、彼は苦しそうな顔をして俺から目を逸らした。
「イル、僕に証明してみせてよ。犯罪者でも変われるって。僕はもう誰も恨みたくないんだ……」
その言葉には彼の本音が詰まっていた。彼の両親を殺した奴も彼にレイプした奴も変わってくれてると、そう彼が信じられないと、彼は人間を恨んでしまうから。それに心を痛めてしまうから。俺が傲慢にも、俺を信じてくれた彼に信じさせてあげたいと思った。人間は変われるんだって。
「わかった。証明するよ、レイラのために」
そう言うと、彼はもう一度俺を抱きしめてくれて、俺の首筋に顔をうずめた。彼の艶めかしいリップ音がよく聞こえる。
「約束ね!」
彼は満足げに俺の首筋から顔をあげた。
「もしかして、付けた?」
俺は自分の首筋を触って、驚いて目を見開いたままそう尋ねた。
「ふふっ、首絞め跡よりはマシでしょ?」
いたずらっぽく笑って、彼は耽美な美術品を鑑賞するような目をした。
「そーゆーところ、ほんと狡いと思うよ」
俺は余裕そうに微笑んだが、彼の色気にやられそうだった。
「この約束を、イルの身体に刻んでおきたくて」
そう言い訳のように話す彼が、何とも可愛くて責められない。弱った俺は深くため息をついて、
「忘れない。レイラのためだから」
と割り切ったように話した。
「ありがとう。イルは僕の救世主だね」
と彼は俺に新たな役割をくれた。俺はそれが嬉しくて、彼にキスしたくてたまらなくなって、彼の頬に手を添えた。
「レイラも俺の救世主だよ」
でも、俺の情欲を彼に向けるのは間違いだと思い、唇を噛んで微笑み、目を細めた。彼はそのクリっとした目をさらに大きくして驚いた後、俺と同じように目を細めた。




