はぁ、最悪だ……
朝、目が覚めると最初に考えるのは「あぁ、死ねなかったんだ」という生きていることに対しての絶望だけ。目が眩むような朝日がとても憎くて、身体を丸く縮こませた。
「イル、おはよ」
彼が優しく俺の髪を撫でてくれた。けど、俺の死にたい気持ちは治らなくて、そんな自分にも嫌気がさした。
「……まだ、首が痛くて、頭がクラクラする」
ずっと船酔いしているような気分だった。気持ち悪くて、吐きたくても吐けないようなもどかしさもあった。
「そっか。朝食作ってくるから、イルはここで待っててね」
「いらない」
不思議とお腹は空かない。彼の優しさを無碍にしたい訳じゃない、ただ彼に傍にいて欲しかった。
「食べないと、元気出ないよ?」
「動けない。身体が鉛のように重いんだ」
息をするだけで精一杯だった。何もしたくないけど、死にたくてうずうずした。この気持ち悪さを早く解消したい。
「美味しいスープを作ろうか?それなら飲めそう??」
彼は俺に何か食べて欲しくて仕方がないみたい。俺は適当にうんと返事をすると、彼はベッドから出て、リビングへと行ってしまった。一人になった俺は、この時を待ち望んだかのように自分の首に手をかけた。目一杯、力を込めても死に抗う身体の本能のが強くて、死にきれなかった。
「はぁ、最悪だ……」
彼に余計な気を遣わせている気がする。何もできない、死ぬことすらできない自分が嫌になる。彼の優しさに酷く甘えてしまう。脳内で自分をナイフで滅多刺しにした。
「イル、スープが……イル?何で泣いてるの??」
俺の体感時間を追い抜くように時間が流れていて、いつの間にか彼がスープを作り終えて寝室へと戻ってきた。俺は醜く首を絞めて泣いていた。
「死にたいのに、死にきれなくて……ご主人様に、迷惑かけてて……そんな自分が大っ嫌いで……」
俺はしどろもどろになりながら、今感じていることを思いのままに話していた。彼はそんな俺を見て、ちょっぴり悲しげな表情をしてから、天使のように優しく微笑みかけた。
「僕も生きているのがしんどい時期があった。毎日、いや毎秒、生きるのが苦しくて、何度も自殺を繰り返しては失敗した。でも今は、イルがいてくれて、生きるのが楽しいよ。イルが『ご主人様』って僕のことを慕ってくれるのが好きだ。だから、一緒にご飯を食べよう。あーん、してあげる」
その言葉に俺の死んでいた心が動かされた。まだこんなにも俺の心臓は強く鼓動できるんだ。そう思わされるほどドキドキした。
「ご主人様ぁ、今だけは甘えていい?」
「いいよ。今だけと言わずに、ずっと甘えていい」
そんな甘い言葉に俺の心は溶かされていく。
「迷惑じゃない?」
「ふふっ、たくさん迷惑かけてね。僕はその迷惑が迷惑じゃないと思うほど、イルに生きてて欲しいんだ」
と俺の頭を撫でる。俺の心はその綺麗な言葉を疑ってしまうほど荒んでいたが、何ともこそばゆくもあった。
「ん」
とだけ言って、彼に向かって手を伸ばす。彼はその手を引っ張って、俺を起き上がらせてくれる。俺はそんな彼が好きで感謝を伝えるように彼の頬にキスをした。
「君は可愛いね!」
犬を可愛がるように彼は俺の両頬に手を添えて包み込んで揺さぶり、鼻先が擦れ合うほど顔を近づけて嬉しそうな笑顔を見せる。
「んー」
と唇を少し突き出すと、彼は俺にキスをしてくれた。それが甘くて気持ちいい。けれど、何故か性欲は何一つ湧かなかった。ただ目の前にいる彼が、愛おしいという気持ちだけ。
「よし、ご飯にしよう」
彼は一区切りついたように、ベッドから立ち上がった。俺は置いていかれるのが嫌で、彼に両腕を広げて抱っこをねだる子供のように甘えた。
「んっ!」
「何?抱っこして欲しいの??……持てるかな?」
と彼は俺の両脇に両手を入れて、持ち上げようとする。ベッドから立ち上がって、少し身体が浮いたと思ったら、彼が大きくバランスを崩した。後退りをした彼は壁に背中を打ち付けて、俺はそんな彼を追い詰めるかのように、壁に肘をついてバランスを保った。至近距離まで詰められ逃げ場のない彼は、焦った表情を見せて目を泳がせた。
「ありがとう、ご主人様」
俺は俺を立ち上がらせてくれた彼に感謝を述べると、壁に肘をつくのをやめ、ベッドルームから出て廊下をふらふらと歩いた。そんな俺を支えて導くように彼は俺の腕に抱きついて、進行方向へと引っ張って歩いた。
「イル、コーンスープは好き?」
彼は恋人みたいに嬉しそうに俺の腕を抱いて、俺の顔を覗き込んでそんな質問をする。
「普通」
俺はそんな彼に素っ気なく返した。
「そっか。でも、とっても甘いコーンスープだから気に入ると思うな!」
彼は俺をダイニングテーブルの椅子へと座らせると、お皿にスープをよそって俺の目の前に置いた。
「あーん、は?」
お皿の横にスプーンも置かれたが、俺はそれに触れることなく、ただぼーっとコーンスープを眺めて、彼に一言そう言った。
「わかってるよ。はい、あーん」
彼は優しい声でそう言うと、スプーンを手に取り、スープをすくうと、俺の口元へと持ってくる。俺はそれをパクッと食べて、喉の奥へと流し込んだ。
「……美味しい」
目が覚めるような感覚だった。一気にお腹が空いてきた。
「でしょ?もっと食べて」
彼から二口目をあーんしてもらうと、もう我慢の限界で、彼からスプーンを貰ってかきこむようにスープを飲み込んでいった。
「んっ、何これ。美味しすぎる!」
「ふふっ、良かった。たくさん作っちゃったから、おかわりもしてね!」
「うん!」
生きているのが楽しくなるくらい美味しいスープだった。食欲がなかったのが嘘みたいに、おかわりをして、たくさん食べてしまった。彼はそんな俺を見て、嬉しそうに微笑んでいた。




