死にたい病
この世界は腐っている。死にたい病が蔓延っている。そんな世界の中、みんな心の中で願っている。どうか俺の大切な人が死にませんように。
「帰り、遅いな……」
料理が置かれたダイニングテーブルから時計の針をじっと見つめていた。彼のために作った料理がどんどんと冷めていく。こんな時、つい思っちゃうんだ。彼が死んでいませんように。警察官という、命を懸ける仕事をしている彼を誇りに思うけれど、彼の性格は自己完結型でこの世界を悲観してて、ふっといなくなってしまいそうなんだ。それがとてつもなく怖い。せめて、俺に一言くらい言ってから死んで欲しい。
「イル、ただいま……」
午前2時過ぎ、彼が壁にもたれかかりながら、非常に疲れた様子で帰ってきた。
「ご主人様、遅かったね」
「ニュース見てないの?ネットカフェで立てこもり事件が起きたんだ。シャワーだけ浴びたらまたすぐ行くよ」
とダイニングテーブルを横切って、シャワーブースに直行する。俺はせっかく作った料理を食べて欲しくて、彼の手を掴んで引き止めた。
「お願い。一緒に食べよ?」
「ごめんね、イル。すぐ行かないといけないから。帰ったら食べるね」
そう言われると、すごく寂しくなってきて何だか涙が溢れそうだった。でも、我儘を言っても彼を困らせるだけだとわかっているから、無理やり笑顔を貼り付けて、
「そっか、頑張ってね」
と彼の手を離した。彼はそんな俺の顔を見ると少し口角を上げた苦笑いをして、それから俺に背を向けるとシャワーブースへと早歩きで向かって行った。
彼がシャワーを浴びている間に俺は料理にラップをして、ソファに寝っ転がった。そして、目に付いたテレビリモコンを手に取って、テレビを付けると彼が言っていたネットカフェの立てこもり事件のニュースがやっていた。女性店員を襲って、男が立てこもりね。世の中、物騒だな。なんて呑気に思っていると、彼が濡れた身体に腰にタオル一枚巻いた状態でシャワーブースから出てきた。えっろ……。
「やっぱ我慢できない!」
とダイニングテーブルの椅子にも座らず、料理にかけられたラップを外して、立ったまま料理をつまんでいる。
「お腹空いてたの?」
次々に口に入れて、もぐもぐと食べている彼を微笑ましく思った。
「んっ、イルの料理が、美味しそうで……」
「可愛い、ご主人様」
目を細めて味わうようにうんうんと頷きながら食べてくれる。そんな彼が愛おしくて、「あーん」と俺も図に乗って食べさせてしまった。こんな微笑ましい時間が永遠に続けばいいと思った。そんな俺の願いは、いとも簡単に崩れ去って
「やば、時間ない!!」
って彼が焦り始めて、スプーンを置いてしまった。俺は幸せの反動を食らったように、突如、無性に寂しくなってしまった。
「ご主人様、やっぱ行かないで」
一旦は飲み込んだ言葉を、この後に及んで吐き出してしまう。そんな俺の弱さが彼を困らせてしまうのに。
「イル、僕も行きたくないよ。イルと一緒にいたい」
と俺の両手を掴んで、僕らは繋がっているというようにしっかりと指同士を絡み合わせて、まるで離れたくないと言っているみたい。
「じゃあ……!」
俺はそこに一筋の光を見たように、その希望に賭けた。
「だけど、仕事だからごめんね」
そう頬にキスされるのは嬉しかったが、やっぱり離れたくはなかった。俺は彼から借りている警官の制服に着替えた。
「ご主人様、俺も連れてってよ」
そう彼に望み薄で冗談で後ろから抱きつく。
「ふふっ、まったくしょうがないね!」
彼はやけに嬉しそうにそう言うと、手を差し伸べてくれた。俺はその手を握るとルンルン気分で家から出た。




