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窃盗犯のシェパード

「ふふっ、何だか似合ってきたね!」


と彼は俺の警官の制服姿を褒めてくれた。俺はそんな彼に敬礼して、ニコッて笑った。


「ご主人様を助けるためなら、何でもするよ」


その言葉に嘘はない。だって俺の命はご主人様が握っているから。だから、今日もパトカーに乗り込む。


「イルの好きなラッパーの曲、だんだんと覚えてきたよ」


そう嬉しそうに彼は言う。カーステレオから流れる好きなラッパーの音楽に二人でノリノリで頭を揺らす。心の奥がじんわりと温かくなっていく。


「ふふっ、幸せだね!」


俺はこの温かさこそが幸せだと、知っている。覚えたての単語を使う中学生のように、彼に同調を求めた。彼は少し目を丸くしてから、


「幸せだね」


と繰り返してくれた。こんな純粋でキラキラしたものがこの腐った世界にあることが不思議なくらいだ。それを見つめる俺の心は、いつにもなく平穏だった。


平穏が壊れるのは一瞬で、誰かの金切声を筆頭に心に緊張感が走る。


「捕まえて!!」


女性が地面に倒れている。その女性が指さす先にはフードを被った男が女物の鞄を掴んで走っていた。


「窃盗だ。今すぐ追いかける」


そう言い残すと、咄嗟に俺はパトカーから降りていた。パトカーのドアを閉める時に冷静な彼は


「殺人ストリートを封鎖しておく」


とだけ俺に伝えてくれた。だから俺がやるべきことはただ一つ。窃盗犯のシェパードだ。まずチャリを乗っている通行人を両手で止めて、


「ごめん、借りる」


とそのチャリを貸してもらった。チャリに乗ってた奴からの怒号の声が聞こえたような気がするが、気にしないことにした。窃盗犯が通りそうな裏路地ルートは全て頭に入っている。何故ならば、俺がよく使うルートからだ。しらみ潰しにチャリでそのルートを通っていると、しゃがみこんで鞄の中身を漁っているフードを被った男に遭遇した。その男はこちらの警官の服を見るや否や、鞄を脇に抱えて走り出した。


「兄ちゃん、鬼ごっこはもうやめよ?どーせ捕まるって」


なんて必死で走ってる男にチャリで並走して、道を誘導した。そして、ついに行き止まり。彼が行き止まりにしててくれたんだ。


「警察だ。お前を窃盗容疑で逮捕する」


彼が格好良くスマートに警察手帳を出すところにドキッとしてしまう。その男は行き止まりに追い込まれてもなお、抵抗して逃げようとしたので俺はそいつの脚を蹴り払って、顔面から転けさせた。


「ううっ……うっ……」


その男は泣いているのか、うつ伏せで倒れたまま動かないでいる。そんな男の両手を掴んで、彼は手錠をかけた。そして「立て!」という彼の命令の下、ゆっくりと立ち上がったその男の顔は、まだ男というよりかは高校生くらいの少年だった。


「君、何でこんなことしたの?」


彼がその少年に強めに質問する。


「……お腹が、空いたから」


みすぼらしい格好のその少年のその回答で、俺の脳内がフラッシュバックした。毎日、食べるものがなくて、そこら辺のゴミを漁って暮らしていて、道端で寝ていたら邪魔だと蹴られ、屋根のあるところでうずくまっていたら、そこの管理人から叱られ追い出される。道行く人みんな、このみすぼらしい俺を無視して楽しそうに歩いていく。そんな日々がしんどくて、落ちてるペットボトルを拾っては、そこに残っていた水が毒ならいいのに、なんて思いながら飲んだ日もあった。その時の感情全部が一気にぶわーっとフラッシュバックしてきたのだ。


「食べさせてあげるよ。ついておいで」


その時の俺を救った言葉がこれだった。福音のように聞こえた。だから、気づけば俺もこの少年に手を差し伸べて、その言葉を口にしていた。


「イル?このまま拘置所に連れていくけど」


少年は俺が差し出した手を受け取ることはできなかった。両手を後ろに回され手錠をかけられているからだ。


「ダメ、何か食べさせてやりたい。お願いだ、ご主人様」


俺は彼の二の腕を強く握って、訴えかけた。


「イル……」


彼は叱る前の時ような低めの声で、俺の名前をただ呼んだ。


「……どうか、お願いします。ご主人様」


望み薄で顔を俯かせながら、彼に懇願した。彼は「はあ」と深いため息をついてから。


「わかったよ。少しだけ寄り道をしよう」


と言ってくれた。俺のご主人様はやっぱり理想のご主人様だ。ノリノリでパトカーに乗り込んだ。チャリは……ちゃんと返したよ。元あった場所に。

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