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黒煙の暗殺者~日本政府による異界侵攻奇譚~  作者: 透明度の高いホルモン焼き
蔓延る光と闇~The light and darkness thrive in this town~
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ランチタイムと法具の店

 リヴァンプルでの時間は過ぎて、午後になっていた。レーシアも俺と別れて歌劇場に向かった。昼になったらアシュタロトと宿屋で待ち合う予定だったので、俺もアプッタと別れて早速宿屋に戻った。

今回の話は他言無用。関係者である俺だから話したのであって、イサーウェが脱走した件については伏せておくようにと釘を刺された。まぁ誰に言う訳でもない。俺は気にせず宿屋へと歩を進めた。


「ロードぉ………お腹空いた」


宿屋の前で待ち呆けているアシュタロトを見つけた。俺は彼女に声をかけた。すると俺を見つけるなり、アシュタロトは俺に向かって一直線に飛んできて抱き着いてきた。そして俺の顔を見上げて渾身の訴えを示す。


「食事………食事………」


まるで呪詛を振りまくように言葉を繰り返し、俺を上目遣いで睨んでくる。これはもう精霊というより背後霊の類だろう。背中ではなく腹にくっ付いているけどな。


「分かってるから抱き着くな。てめぇはそれでも聖なる精霊か?」


「精霊でもお腹は空く」


「あっそ。分かったから離れろ。ほら行くぞ、飯だ飯」


「わーい………」


アシュタロトの気だるげな喜びの表現にも慣れた。俺はアシュタロトが飛ばないように、手綱の意味も込めて手を握った。傍から見れば親子に思えるだろうか?いや、自分で考えておいてそれは無いとはっきり言える。黒髪と銀髪、どう見ても血の繋がりがあるとは思えない。


「ロードぉ………今日は何を食べる?」


「何でも良いだろ」


「No。何でも良い、では分からない。何か食べたいものはある?好きなものは?」


「本当に何でも良いから。もう適当に店選んで入るぞ」


「むぅ………」


「“むぅ………”じゃねぇ。ほら、ここにするぞ」


俺はこれ以上歩いて探すのも面倒なので、目に留まった店を指差した。見栄えの良いレストラン。街道にテーブルが突き出ていて、店内で食べている者や外で食べている者で賑やかにしている。独りで食事をすると言うよりも、色んな人が立ち寄って、見知らぬ者同士で話に花を咲かせる場所になっている。テーブルに出されているのは定食だろうか。プレートの上に置かれた幾つかの皿には、フライのようなものが並んでいる。


「美味しそうな匂い」


アシュタロトがそう言ってフラフラと店に近寄って行く。そんなに腹を空かせていたのか、午前中の内とは言え法具の調査を頑張ってくれたのだろう。俺はアシュタロトに付いて行くようにして店に入った。

 フライと見えたが、やはりフライだった。だが何を揚げたのかは分からない。3つの皿に置かれたのは積み上がった謎のフライと、真っ赤なソースが注がれたものと、何に使うか分からない瑞々しい小松菜みたいな緑色の葉っぱだった。恐らくフライにソースをつけて、葉っぱで包んで食すのだろう。周囲を見渡すと、他の客どもも同じようにしている。


「いただきます」


俺はそう言ってフライを手に取った。指先から伝わる温度はほんのり熱く、揚げたてであることが分かる。衣がポロポロと零れるのを見ながら、俺は黙々とソースにつけて葉っぱに包み、そして口に運んだ。サクッとした音と噛み応えのある食感が最初に来た。そして口の中に広がる汁の旨みとさっぱりとした酸味。どうやらフライは肉のようだ、繊維がしっかりしていてハラミに近いかもしれない。そしてソースは見た目からてっきり辛口かと思っていたが、どうやらフルーツ系らしい。酸っぱさの中にほんのりとした甘みが感じられる。そして鼻を通る清涼感は葉っぱによるものだろう。

なるほど、なるほど。


「これは旨いな」


 俺は思わず夢中になって食べ続けた。

俺が黙々と食事を続ける中、同じように隣のアシュタロトもひたすら目の前の皿に盛ったフライに夢中だった。俺の食べ方を見様見真似で試してみるが、口周りにソースを行儀悪く着けてしまっていた。


「おら、口が汚れてるぞ」


「ん………ロードぉ………」


嫌がるアシュタロトを無視して口元を布巾で拭ってやる。俺の妹が同じくらいの歳の頃でも、まだ行儀良くできていたぞ。何と言うか、本当に精霊としての役割以外はポンコツのようだな。


「それで?アシュタロト、てめぇ1人で大丈夫だったか?」


「Yes。ロードに言われた通り街を散策して、法具の分布を特定していた。問題は現時点で発生していない」


「口にものを入れながら喋るな。………けど、そうか。それなら良かった」


アプッタの話を聞いてから少し不安なところはあった。昨日の今日で、また誘拐されることも否定できない。アシュタロトは見た目だけなら俺のいた世界でも通用するくらいには容姿が整っている。単独行動は気が引けるが、単独行動もできないようでは使いものにならないのだ。ここは心を鬼にする気持ちで俺は接した。


「午前中だけで何か収穫はあったか?」


「Yes。法具がこの街で最も密集している地点を把握」


「密集?おいおいマジか?」


俺は思わず手に持っていたフライを落としそうになる。まだ俺も1日ちょっとくらいしかクレイヴェードを探索していない。だがそれでもある程度は街並みを見て回ったつもりだ。

法具が密集?もしそんな場所があるなら、俺が初日にでも気づいてるはすだが………。


「どんなところだ?どこに法具が集まっていたんだ?」


「外観は木組みの小屋。市場から教会に向かう大通りを途中で曲がったところにある」


「はぁ?そんな場所あったか?」


そこは俺も既に足を運んだ場所だ。だがそんな怪しい場所は見当たらなかった。


「通りにある玩具屋」


「あぁ、あのぬいぐるみが陳列してあった店か。ファンシーなものを売ってる割に殺風景な造りの構えだったが」


「あのお店の裏側に入口があった」


「へぇ、なるほど」


 盲点だった。流石の俺も店の一軒一軒を隅々まで確認するには骨が折れる。それに魔法に縁の無い俺にとっては、法具の真贋すら見分けることができない。この広い街の中でそんな如何にもな場所を発見するには、俺1人では最低でも1週間はかかったはずだ。

どうやらこういう時に精霊は役に立つみたいだ。アシュタロトが初めて立派に俺の役に立ったかもしれない。こいつに法具の捜索を任せて正解だったな。俺はアシュタロトの頭を優しくヨシヨシと撫でた。


「よくやった、アシュタロト。てめぇにしては上出来だ」


「わーい………ロードに褒められた」


アシュタロトが静かに、だけど確かに嬉しそうに顔を(ほころ)ばせた。

 これで次の目的地が決まった。法具が大量にある謎の場所、それはよもやぬいぐるみの売られている店の奥にあったとは誰も思うまい。俺とアシュタロトは食事を終わらせると、午後もまた再び別行動をとった。

俺は例の店へ。

アシュタロトは引き続き法具の調査へ。

今回の午前中の調査結果だけでも、アシュタロトが1人でちゃんと動けることが証明された。どうやら攫われるようなことがあるとは言え、しっかり言われた通りのことを忠実に守ってくれるらしい。


「少し心配し過ぎたか?もうちょっとアイツを信用してもいいか………」


俺は独り言のように呟きながら歩みを進める。ふと空を見上げると、雲の流れが若干速くなっていることに気づいた。あまり天候が荒れないと良いのだが。そんなことを考えていると、いよいよ俺は目的の場所へと辿り着いていた。

 店頭に並べられたぬいぐるみの数々。これを可愛いと言って良いのかどうか、それは俺だけのセンスで測るべきではないのだろう。異世界には異世界の流行というものがあるのだから。だが、だとしても。それでも店頭に並ぶそのぬいぐるみたちは、心底微妙と言えるものだった。


「あら?いらっしゃいませ!珍しいお客さまですね!」


 不意に俺は話しかけられた。声からして女性、そして若い。店の奥から聴こえてきたその言葉は、声の主がここの店員であることを容易に想像させた。店の前でぬいぐるみをまじまじと見つめていたせいだろう。俺はいつの間にか膝に手を着いていたようだ。傍から見れば、ぬいぐるみを食い入るようにして見つめている変なオッサンとして映っているかもしれない。


「はじめまして!ようこそ、ポフィムの人形店へ!」


明るくてハツラツとした声。鬱陶しくない、ちょうど良いくらいの賑やかさ。そんな気持ちの良い挨拶でお出迎えをしてくれたのは、明るい茶髪をポニーテールでまとめた細身で長身の女性。見た目からしてまだ十代か二十代だろうか?こんな辛気臭い雰囲気の店構えをする場所よりも、酒場でウェイトレスをしている方が似合いそうな女だ。


「どうも。ここに慎ましやかに置かれているぬいぐるみに目を惹きつけられてね」


俺は怪しまれないように気さくな感じで挨拶を返した。そしてそれとなく店内に入り、注意深く様子を窺った。

 なんてことはない普通の店。無造作にぬいぐるみが並んでいるだけで、別におかしなところは無い。本当にここが法具の密集している場所なのか?店員の女からも怪しい気配は感じなかった。俺の勘が鈍っているのか、いやそんなはずはない。


「お客さまは人形がお好きなんですか?」


店員の女が笑顔で訊いてくる。天真爛漫、その言葉がよく似合う。俺は表情がキツくならないように気を付けながら店員を注視していた。


「そうだな………まだ幼いガキに喜ばれるヤツでもあればと思ってよ」


まぁ嘘ではない。アシュタロトのことを頭に思い浮かべながら俺は言った。あいつはぬいぐるみなんて買ってもらっても喜ぶタチでは無いだろうが、話のネタにするには十分だ。


「わぁ!もしかして、お子さんとかですか!?」


突然店員が興奮し始めた。媚眼秋波な目をきらきらと輝かせて俺を見つめてくる。


「んぁ?あぁいや………預かってるガキだ」


「へぇそうなんですか!どんな子ですか?男の子ですか?女の子ですか?」


「女の子だけど」


「わぁ!可愛いですか?可愛いですか?」


ぐいぐいと迫ってくる妙な女だ。いや、ぬいぐるみなんて売ってる店の店員なんだ。ガキの話題に食いついてきても不思議ではないだろうな。

 しかしそれにしても警戒心がまるで無い。店は死角だらけ、これでは仮に万引きがあったとしても分からないだろう。店員の女も不用心に俺の側まで来ている。俺はそんな真似しないが、店の奥で手を出されるような事態に陥ってもおかしくないはずだ。女ならそういうことに鋭敏なくらい警戒したって良いものを、彼女は平然とした態度で俺と接している。


「可愛い、のか?世間一般では可愛い部類だろうけど………」


「良いですねぇ!良いですねぇ!大人しい感じですか?それとも元気に遊びまわる感じですか?子どもによって似合う人形ってありますから!」


「そうだろうなぁ」


まずい。完全に気圧されている。法具を調べる目的でここへ訪れたのに、今やってるのはガキへのプレゼント選びだ。若い女が苦手な訳ではない、こういう絡み方をされるのが面倒なのだ。

 仕方ない。ここで遠回しに話をするくらいなら、本題に切り込んだ方が賢明だろう。俺は店の奥を覗きこみながら、店員に向かって静かに話し始めた。


「なぁ、ここには人形以外の玩具は置いてないのか?」


「人形以外?うぅん………お店に並べている人形ですべてなので、それ以外だと無いですね。他に何かお探しですか?」


「あぁ、探しているさ―――――法具とかな」


俺はそう言って店員の方へ振り向く。どんな反応を示すのか、それを確認させてもらおうか。法具がここに大量にあることはアシュタロトの調べで既に分かっている。無視を決め込んだところで言い逃れはできないはずだ。最終手段では、少しばかり痛い思いでもしてもらって口を割らせるつもりだ。俺は女の一挙手一投足のわずかな変化も見逃すまいと、ずっとにこやかにしていた笑みを顔から取り除いた。

 だが、そこに立っていた女はキョトンと俺を見つめているだけだった。別に無反応ではない。けれども驚いている様子や困惑している様子も見受けられなかった。茫然としていると言うよりも、何故か納得している表情だった。


「………あぁ!なんだ、おじいちゃんのお客さまでしたか!」


そう言って彼女は明るい笑みを見せながら手を叩いた。俺を訝しむ様子も無い。まるで最初からそう思っていたかのような口ぶりでいる。


「道理で不思議な感じがした訳です!人形を買いに来たにしては、あまり関心を示されなかったので」


妙に観察眼のある女だ。だが今はどうでもいい。俺は彼女が発した言葉を聞き逃さなかった。“おじいちゃんのお客さま”、つまり法具を集めているのはコイツの祖父ということなのだろう。


「ここに来るのは初めてなんだ。法具は店内には置いてないのか?」


「それならお店の裏口から入るとありますよ!お店の脇道から通って裏手にまわってもらえるとわかります!」


身振り手振りで懇切丁寧に教えてくれる女。どうやら法具の件について隠している訳ではなさそうだ。俺は店の外に出て建物と建物の間を覗き見る。細い通路があって、その奥に小さく灯りがついていた。


「おじいちゃんと言っていたが、あんたの祖父が法具を取り扱ってるのか?」


「はい!そうなんです!実は私のおじいちゃん、魔法使いなんですよ!」


「そうなのか。そうすると、この人形たちは法具を隠すカモフラージュになっているのか?」


「全然違います!もともと人形店兼工房だった建物を、おじいちゃんが勝手に法具の採集部屋を作ってしまったんです!」


女は両手を振って必死に否定した。孫の許可無く店を改造するなんて、相当な奔放ジジイのようだ。


「法具を買いに来る人や売りに来る人が立ち寄ったりするんですけど、初めてのお客さまが間違えて人形店(こっち)に入ってくることが多いんです。なので私も慣れてしまいまして」


「なるほど、それで俺のことも察しがついたって訳なのか」


「はい!その通りです!」


なんだ、俺の方がかえって警戒していたようだ。俺は早速店を出て、建物の裏口へと向かおうとする。すると女が俺を呼び止めた。


「あ!すいません!今言っても誰もいませんよ!」


女店員の言葉に、俺は思わず歩みを止めた。振り返って女の顔を覗き込む。


「いない?」


「はい!おじいちゃんは今外出中で部屋を空けているんです。もしおじいちゃんに御用があるなら、しばらく待ってもらうことになりますね………」


女は申し訳なさそうに声をすぼめていき、俺に頭を下げてきた。


「店の中を見るだけでも駄目なのか?」


「裏口の扉からしかおじいちゃんの部屋には入れないんです。そして入り口の鍵はおじいちゃんしか持っていなくて………出かける時はいつも施錠してから出かけるので誰も中に入れないんです。本当にすみません」


彼女の沈んだ顔で(へりくだ)る様子を見て、嘘は吐いてないことは分かった。

よくあることなのだろう。もともと表立って営んでいる訳でもなさそうだし、法具を大量に扱っているのなら外出の度に鍵をかけていたって不思議ではない。

 しかしそうなると困った。俺としては法具をこの目で見たいのも山々だが、その祖父とやらと一度話もしてみたい。異世界に来てから魔法を何度か実際に確認してみたが、やはり魔法の何たるかを理解したとは言い難い。法具を蒐集しているような者ならば、その話を聞いて損ということは決して無いはずだ。


「あんたのおじいちゃんは何時頃帰ってくるんだ?」


「うーん………すみません、ちょっと分からないです。いつも急に出て行っちゃうし、気が付いたら帰って来たりで」


「そもそもそんなに外出して何をしてるんだ?」


「多分法具を集めてるんだと思います。おじいちゃん、いつも何処から買ってきたのか、部屋に集めている法具をどんどん増やしていってるんです。きっと今日も自分が納得するまで帰って来ないと思いますよ」


「そうか………」


どうやら一筋縄ではいかない御老体のようだ。当人が帰ってくるまで待ってているのは時間がもったいない。かと言って、ここと同じくらいの当てがある訳でもない。


「わかった。ありがとよ、お嬢さん。また少ししたら寄ってみるさ」


俺は少しだけ思考を巡らせてから考えを導き出した。そして女にそれだけ伝えると、颯爽と店を出ることにした。ここにずっといても仕方がない。それならこちらから出向いた方が良さそうだからな。


「本当にすいません。お客さまが来たことはおじいちゃんに伝えておきますね。お名前はなんて言うんですか?」


しかし女はそんな俺を呼び止める。まぁ確かに名前を言い残しておいた方が良いだろう。俺は店を後にしようとする直前で一度立ち止まり、踵を返して女の質問に答えた。


「デルタベガス・アルフェガス。そう伝えてくれ」


俺はそれだけを言い残してその場を去ることにした。

 さて。法具の蒐集家であるジジイを探そうではないか。

そっちの方がただ待っているより早いはずだ。そもそも法具を好き好んで集めている奴だ、きっとロクな奴じゃあない。これは俺の勝手な偏見ではあるが、それなりに理由はある。わざわざ流通品ではなく自ら足を運んで手を出しているんだ、きっと一般には出回っていない代物を選り好みしているだろう。であれば、目指すは闇市だ。となるとジジイの行き場所はいくつか目星が着いている。しらみつぶしにはなるが、当てが無いよりはマシだ。

 問題は、俺がジジイの容貌をまったく知らないこと。まぁ法具マニアの年老いた男性を見つければ良いのだから、そう難しくはないはずだ。大丈夫、今日中には見つかるだろう。なんて俺は自分に言い聞かせながら、早速怪しい物品が並ぶ闇市らしき場所へと向かった。

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