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黒煙の暗殺者~日本政府による異界侵攻奇譚~  作者: 透明度の高いホルモン焼き
蔓延る光と闇~The light and darkness thrive in this town~
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告げられる不明瞭な真実

 俺とアプッタは別室に移動した。アプッタは何も言わず、ただ黙って俺をこの部屋に連れて来た。埃の被った物が雑多に置かれている。窓は壁に取り付けられた開閉のできないもので、室内に差す日の光が線となって宙に漂う塵を反射していた。物置かと思ったが、それにしては部屋が広い。だが密閉感が強く居心地は悪かった。


「ここは用務室だ。散らかっているのは元からだから気にしないでくれ」


「部屋が汚いことについては、ちゃんと掃除しろとしか言えねぇからな。それよりここ、普段から使ってるのか?」


「ほとんどサボり部屋と化しているな」


アプッタは手近な場所から、何かを探す素振りをしている。すると彼は積み重なった荷物の下から無理矢理椅子を引っ張り出して、台座の上の誇りを払った。俺も適当に座れる場所を探した。椅子でなくても構わない、と言うか床でも問題は無い。とりあえずちょうど良い腰の高さにあった木箱を見つけて、俺はその上に腰かけた。脚を組んで前屈みになる。


「こんな人気の無い場所に呼んだんだ。相当の話題なんだろうな?」


 俺は前口上無しに口火を切った。アプッタの真剣な表情は既に目にしているが、今の彼は昨日俺が見た眼差しとは違っていた。嫌な雰囲気、少なくとも良いニュースでは無いのだろうと察しがついてた。


「そうだ、君には知っておいて欲しいんだ。………デルタベガスさん、昨日にファーノ審問官と対面したはずだ」


アプッタは用意した椅子に座りながら、重い口をゆっくりと開いて話し始めた。眉間にしわを寄せるほどの険しい表情からは、ただならぬ事態が起きていることを物語っていた。

 ファーノ審問官、よく覚えている。ファーノ・ファッソンブロ審問官。俺が昨日教会の支部で出会った心を読む魔法を使う審問官だ。その魔法の特性から、俺はずっと警戒を怠らずにいた。俺の心を読まれでもすれば国王暗殺の件を知られてしまうかもしれない。もしそんなことになってしまえば、仮に審問官をその場で殺すなり、捕らえて脅すなりしても、いずれは何かしらの形でバレてしまって終わりだ。

 だが、俺の警戒は無駄に終わった。なぜかファーノ審問官は急に発狂して、そして突然部屋を出て行った。あの時のことを言い出すと、正直気がかりではあった。むしろ気にしない方がどうかしているだろう。俺の前で手をかざし、魔法の詠唱らしき言葉を口にしていた。

それからだ。彼女が急に奇声を発して椅子から崩れ落ちたのは。状況から考えて、間違いなく俺の頭の中を読んだことが原因だろう。一体何を読まれたのか、何を知られてしまったのか。あの時はそれがどうしても気になってはいた。だが深追いすればかえって怪しまれると思い、俺はすぐにその場を去ることにした。

 さて。1日経って、今こうして呼び出されたのであればファーノ審問官がらみの悪いニュースだろう。もしかして俺の企みがすべてバレてしまった、とか?それで俺をこんな場所に連れ込んで、外では自警団の連中が俺を捕獲せんと今か今かと待ちわびているのではないか?まぁ外から大勢の人の気配がしてこない辺り、その線はあり得ないだろう。

最悪の事態に陥った場合はもう諦めよう。どうせ殺せば良いんだ、こいつら全員。ここまで来たら色々と面倒事が増えてしまうだろうが、それでもただ黙って捕まるくらいなら………。俺はそんな風に考えながら、警戒心を最大限まで上げていた。


「あぁ、会ったぜ。相手の心が読めるっていう奴だろ?教会支部で話をしたな」


「そうか。それなら知っていてもおかしくはないと思っていたが」


アプッタは意味有り気にそう言った。気難しそうにしながら吐く溜め息には焦燥感があった。


「あの審問官に何があった?」


俺は慎重に尋ねた。次の発言、アプッタの唇が紡ぐ言葉が少しでも俺に害があると判断できるなら、即殺す。懐に隠してある銃に手を伸ばし、俺はアプッタを射程圏内に収めた状態で臨戦態勢に入った。いつでも、確実にコイツを仕留められる。

 そんな状態の俺を知らずに、アプッタは呑気に口を開いて答えた。


「ファーノ審問官が………彼女が死んだ」


それは思いもよらない事実だった。俺は引き金にかけていた指の力を緩めた。


「死んだ?いつ?」


「恐らくは、君が審問官と会った直後だ」


「直後、だと?それじゃあつまり、あの後………」


絶叫し、喚き散らしながら部屋を飛び出して行った彼女。あの時あのまま死んだというのか?これは流石の俺も予想だにしない話だった。俺は動揺を見せずにアプッタに尋ねた。


「誰かに殺されたのか?」


「いや、自殺らしい」


「自殺?何でまた?」


原因は分からないが俺は知っている、その理由を。あの時の審問官の様子は明らかにおかしかった。錯乱状態と呼べば良いのだろうか。確かにあれだけ挙動不審にでもなれば充分その可能性はあっただろう。


「だからこそ知りたいんだ」


アプッタが険しい表情のまま、俺に目を向ける。彼の瞳は俺のことを真っすぐと捉え、そして見入るような目つきで凝視している。お互い座ったままの体勢でも1秒後には戦闘態勢に入れるだろう。だからこそ、アプッタの俺を見る瞳から察するものがあった。


「デルタベガスさん。君はあの時、あの場所で、彼女と何を話していたんだ?」


俺が疑われても仕方ないだろう。むしろ俺が何か仕出かしたのではと思わなければ、それはそれでお人好しが過ぎる。アプッタの柔らかい口調でも俺に対する猜疑心が伝わって来る。


「俺か?話していた内容なんて、よく覚えてねぇけどな」


嘘である。会話はその最中の情景を思い起こすまで完璧に覚えている。だがしかし、馬鹿正直に話した内容を伝えるつもりはない。もともと俺はやましい気持ちがあって異世界に来ているんだ。言い訳などかえって怪しまれるだろう。


「なんでもいい。思い出せることがあれば些細なことでも」


「そうは言ってもな………軽く世間話をして、それから本題に入ろうとしたら急に騒ぎ立てて」


「急に?騒ぎ立てた?」


「あぁそうだ。俺もなんのことかさっぱりでよ。気が付いたら発狂して部屋を飛び出して行ったんだ」


「そうなのか………」


アプッタは顎に手を当てて考える素振りを見せる。まぁこんなことを言われても簡単には信用できないだろう。俺だったら間違いなく信用しない。俺なら戯言だと切り捨てて尋問を続ける、そうする。

だったら先制させてもらおうじゃないか。


「どう死んだんだ?」


「飛び降り、だそうだ」


「飛び降り?………あぁ、確かにあの場所は高台にあったからな」


あの高さを飛び降りるにもそれ相応の勇気がいるだろう。俺もこれまで自殺した人間は数多く見てきた。だからこそ、死ぬ直前に踏ん切りがつかずに泣き叫ぶ者たちを何人も見てきた。()への執着を振り切り、死を選んだ彼女の身に何があったと言うんだ?


「俺が何かしたのかって疑ってるのか?」


アプッタがくすぶって言い淀んでいるだろうから、俺がその心中を無理矢理にでも吐露させてやる。あえて俺から言ってやった。わざわざ遠回りしてまで話し合うつもりは毛頭無かった。


「いや、そういうことではないんだ。ただ状況的にね」


「分かってるよ。だけど本当に何も知らないんだ。できることならお前の力になりたいんだけどな」


「分かってる、分かっている。私も君を疑ったりはしていないよ。イサーウェを捕えてくれた実績があるからね。それに君にはファーノ審問官を殺す理由がない。クレイヴェードに来たばかりの君は彼女の存在も知ったばかりだろうから」


どうやら昨日の出来事が功を奏したようだ。人攫いのサーウェを倒したことで、俺はある程度の信頼を彼らから獲得していた。それに加えて俺がこの街に来たばかりということが身の潔白を示していた。名も知らぬ相手を殺す理由は無い。俺からすれば彼女を殺す理由はあったが、彼らにしてみれば犯行動機が無いことこそ俺をシロと判断するのに相応の材料としたのだろう。


「だけど教会側は君に少なからず疑いの目を向けている。今日こうして話をしているのは、そのことを君に伝えたかったからだ」


「なるほど、そういうことか」


俺は軽くはにかんで首を鳴らした。


「ありがとよ、アプッタ。とりあえず街での行動は慎むよ。しばらく大人しくしていりゃ俺への関心も薄れるだろうからな」


実際どうなるかは分からない。俺は情報収集をする為に、そして当分の旅路の路銀を稼ぐためにクレイヴェードに腰を下ろしている。特に情報収集、これに制限がかかる。いまだ疑惑の念を持たれている以上、下手に動けば余計な不信を募らせるだけだ。悪い連中とつるむつもりはない。だが社会の裏に潜む連中からも色々と聴収したかった俺からすると、この状況は色々とやりにくい。


「君にもだいぶ迷惑をかけてしまうだろう。何かと不都合もあるがろうが、よろしく頼む」


本当に迷惑だよ、まったく困ったものだ。だがこれもツケだと思えば良い。俺もあの時ファーノ審問官を追っていれば状況が違っていたのかもしれない。覆水盆に返らず、今はただ現況を受け入れて行動するしかあるまい。


「それと、もう1つ」


 話もある程度終わりに差しかかってきたと思っていたら、アプッタが矢庭に口を開いた。まだ何かあるのか、これ以上に何の話があると言うんだ。俺は改めて表情を引き締める。


「まだ何かあるのか?」


「実は………」


後ろめたそうに視線を泳がすアプッタ。唇を噛みしめて、言うのを躊躇っている様子だ。どうしても嫌な予感がする。


「実はファーノ審問官が亡くなられた騒ぎに乗じて―――――」


「乗じて?」


「―――――イサーウェに、逃げられてしまったようなんだ」


アプッタが頭を抱えながら項垂れる。


「あのデカい帽子の女に?どうしてまた?」


「ここ、リヴァンプルに連れて来る前に君がいた教会支部で尋問があったんだ。ちょうどあの時にね。だけどどうやらファーノ審問官の事態が発覚して内部が混乱している最中に、隙を狙って逃げ出したとのことだ」


「はぁ………また面倒ごとが増えたな」


俺も溜め息を吐いてアプッタのように項垂れる。この街が大人しくなる日は無いのだろうか?そんなことを思いながら表情を曇らせて舌打ちをした。






 昼過ぎになると空に輝く日の光は傾きを見せ始める。


「フッ………」


俺は思わず鼻で笑ってしまった。自分らしくもない、物思いに(ふけ)るなんて。


「どうかしたのか?デルタベガスさん」


「いや、なんでもねぇよ。ちょっと考え事をな」


「そうか、やっぱり君もか」


()()?」


「そうだ。今回の一件はなにがなんでも解決しなければならない」


俺と並び歩くアプッタは、右手を強く握りしめて腕を震わせていた。相当な怒りか、あるいは己に課した責務からきているのか。俺は訝しげにアプッタの様子を眺めていた。

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