表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒煙の暗殺者~日本政府による異界侵攻奇譚~  作者: 透明度の高いホルモン焼き
蔓延る光と闇~The light and darkness thrive in this town~
23/34

読心の審問官による尋問

 夜空に星々が瞬く頃、俺はアシュタロトと共に教会から離れた支部に連れられた。教会の支部と言っても立派な建物だ。街の高台に立派な建築でそびえ立つ支部は、天井が高く半円のアーチを外観に採り入れられた豪邸だった。そこは今は自警団が普段の業務や管理の為に利用している。これは自警団が教会管下で組織されているからであった。


「ここでお待ちください。まもなくファーノ様がお越しになりますので」


 案内係の職員が俺を一室に案内する。アシュタロトは別室に案内されたようだ。誘拐された被害者ということもあり、他のガキどもと一緒に保護されている。

 それにしても、この部屋はまるで取り調べ室だ。室内が天井から壁、床に至るまで白一色のせいで部屋全体の雰囲気は明るい。テーブルが1つと、それを挟んで椅子が対面するように2つ置かれている。壁にはちょうど俺の背の高さほどの位置に小窓があり、そこからは街の夜景を覗くことができた。


「ほぅ………なかなか良い景色じゃねえか。特等席だな、こりゃあ」


俺は窓から身を乗り出して外の様子を見渡した。高台にある為、街全体が視野に入ってくる。元の世界ほど灯りに満ちている訳ではなかったが、それでも夜闇に燈る街の淡い光の数々は幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「さて………」


俺は窓から下を見下ろす。部屋の場所から地面まで、かなりの高さがある。昼間なら明るく視界も利くだろうが、今は夜だ。暗闇で見えない場所が多い。


「ここから飛び降りるのは現実的じゃねえな」


俺は仕方なく乗り出した身体を部屋に戻した。

 これから俺が会うのはこの街の審問官、ファーノ・ファッソンブロ。心を読む、すなわち読心術の魔法を使うという噂を聞いている。さっきここまで来る間に自警団の連中にそれとなく探りを入れてみた。だがどうやら心を読む話は本当にようだ。

これは非常にまずい事態である。人間は嘘で塗り固めてる生き物、嘘こそが人間が持つ最大の生存戦略と言える。そんな嘘が一切通用せず、しかも本心を見透かされてしまうともなれば、対話における交渉の類がすべて破綻してしまう。こちらの思考を一方的に読まれてしまえば、取り繕いなどしても無駄だ。何もかも相手の思い通りになってしまうだろう。

 なにより今の俺は、心を読まれたりしたら困るのだ。ドラーヴァ殺害の件が完全にバレてしまう。そして俺の本名がデルタベガス・アルフェガスでないことも………。


「心を読む魔法、どの程度のものか掴めないことには対策の仕様がないな」


俺は椅子に座って審問官を待つことにした。ここであれこれと考えていてもどうしようもない。俺にできることをするしかない。感情を沈め、心が波立たないように落ち着かせる。記憶を脳の深層に抑え込み、偽の記憶を表層に作っておく。


「今の俺にはこうするしかないな」


俺はできる限りの対策を講じた。これで駄目なら、その時はその時だ。街全体を敵に回してでもクレイヴェードから逃げ出すしかない。あくまでも最悪のシナリオではあるが………。




「失礼致します」


 部屋の外から女の声が聞えてきた。俺は生憎、異世界の入室マナーを知らない。だからと言ってはなんだが、適当に返事をして入室を促した。


「初めまして、デルタベガス・アルフェガス様。私の名前はファーノ・ファッソンブロと申します。この街、クレイヴェードの教会に所属している審問官です。よろしくお願い致します」


「あぁ、よろしく」


 とても丁寧な振る舞いで佇む優美な女性だった。整った顔立ちは、歌劇場で見た女優たちと引けを取らないほど美しい。特にはっきりとした鼻立ちと、すらりと横に伸びた目が魅力を増している。

服装は自警団が着ていたものに似ているが、女性用に繕われているのだろうか。白を基調としたロングスカートの清楚な服装である。シスターと言うより、ゴシック調のメイド服に近いのかもしれない。異世界の教会ではこれが正装なのか?


「立ち話もなんですので、私も椅子に座らせてもらいますね」


審問官のファーノはそう言って俺と向き合うように椅子に座った。


「それでは直ぐで申し訳ありませんが、聴収を始めます」


「あぁ、良いぞ」


………コイツ、俺の心を読まなかった。俺はあえて心の中で疑問を抱いたのだが、それに対する反応が何も無い。どうやら無条件に、そして無制限に他人の心を読める訳ではないのだろう。


「私のことは恐らく自警団の皆様からお話を伺っていることでしょうけど、私は相手の心を読む魔法を使います」


「あぁ、話は聴いてるよ」


「この魔法は万能の魔法ではありません。相手の思考、記憶、感情を手に取るように読み取ることが可能です。ですがすべてを読み取るにはかなりの時間を要します」


「ほぅ、それは大変だな」


「はい。ですのでデルタベガス様には、事件に関する概要を中心に思い出して欲しいのです。その上で私が質問を致しますので」


「分かった。良いだろう」


さて、俺はどこまで隠しきれるか。心を読む奴を相手と対峙するのは初めてだが、嫌でもやるしかない。俺は椅子に深く座り直して大きく深呼吸をした。




 他人の心を読む審問官との対話が、今始まる。最初に口を開いたのはファーノの方だった。


「デルタベガス様は旅をされている御方だと聞きました。ここ、クレイヴェードには観光でいらっしゃったんですか?」


「放浪の身だ、当ても無く旅をしている」


「そうなんですね。心置きなく各地を旅されるのは、奔放に振舞うことができて楽しいでしょうね」


「そんなことはないさ。どんな街かも知らずに立ち寄るんだ、事件や事故だって付き物だよ。例えばそう、今日みたいな事件とか」


「今回の一件については、巻き込まれてしまった貴方様には深くお詫び申し上げます」


「別にあんたが謝ることじゃない」


「それでもこの街に住む住人として、やはり旅人の方には心から楽しんで頂きたいものです。クレイヴェードは歌劇の街。この街に滞在される内に、是非一度劇場へ足を運んでみて下さい。きっと貴方様の心にも響く舞台があることでしょう」


「それもそうだな。舞台に心奪われて感賞するのも悪くない」


 ファーノは終始にこやかな笑みを浮かべながら話している。おっとりとした口調で、ほんのちょっと会話でも長い時間を過ごしたかのような錯覚に陥る。慈愛に満ちた聖母、なんて形容すれば良いんだろうか。まさに聖職者の鑑と言える女だ。

 だが警戒は怠らない。どのタイミングで心を読んでくるのか、後手の俺には何も分からないのだ。部屋に入る前に、既に魔法を唱えている可能性もある。もしかしたら、心を読むことができるような法具を使ってくるのかもしれない。俺は平静を装いながらも、決して隙は見せぬように緊張の糸を張り詰めていた。

 今度は俺から切り出す。


「ところで、今日クレイヴェードに来たばっかりで何も知らない無知に教えて欲しいんだが、この街の教会ってのは、あの丘の上にある建造物のことなのか?」


「はい、その通りでございます。かの有名な建築士、アスィナム・ファルトバーナ氏が設計された見事な教会なんです」


「へぇ、そんなに見事ならきっと観光地の1つになっているんだろうな」


「そうですね。デルタベガス様も見に行かれれば分かりますよ。外観が芸術的で優れているだけでなく、内装の細部にまでアスィナム氏の拘りが散りばめられているんです。柱の模様や壁に埋め込まれた装飾品の1つに至るまで………何もかもが最高傑作です」


「そいつは(そそ)られるな。だがそんなに大層な出来なら、装飾品を狙って暴漢が侵入することもあるんじゃないか?」


「確かに過去数度、教会に強盗が現われる事件もありました。しかしご安心下さい。教会には公然として様々な仕掛けが施されているんです」


「仕掛け?」


「はい。防犯用のからくりと言えば良いのでしょうか?侵入者に対して発動するように仕込んであるのです」


「そいつはまた物騒だな」


「とんでもございません!聖職者や教会を訪れる者たちを守る(すべ)なのです。それこそ、神父様は心優しい御方………皆様の安全をと、身を削るような想いをして教会内部に罠を敷かれたのです」


「へぇ………」


やっとファーノの口から“神父”という単語を導きだせた。時間を止める魔法の使い手。その素性を少しでも暴きたかった。

 だが、無駄話もここで終わってしまう。唐突にファーノが俺の目の前に右手を突き出してきた。そして相変わらずのにこやかな笑みを俺に向けてくる。


「申し訳ありません。私もデルタベガス様とのお話をもう少し楽しみたいとは思っておりますが、業務の処理が押しておりますので。そろそろ本題に入らせて頂きます」


そう言ってファーノは俺に向けて手をかざしたまま、言葉を紡いだ。


「|三輪の花に影は泣く、かすかな痛みを《カルーフェ・ゼルエ・ジ・ラジェスティ》」


その詠唱と共に、彼女の顔から笑みが消えた。




――――――――――


 ファーノ・ファッソンブロは既に男の話を聞かされていた。すべては街での暴動事件が起きる少し前のこと。教会に呼ばれていたファーノは地下にある礼拝室で待っていた。


「神父様はどこに行かれたのでしょうか………」


ファーノは憂いの表情を浮かべていた。自分をここに呼んだのは教会からの使者。支部で業務に励んでいたところを急遽呼び出しを受けたのだ。こんなことをするのはこの街では神父くらいだろう。そう考えていた為に、彼女は神父がいないことに不安を感じていた。


「いったいどうしたのでしょうか」


ファーノは虚空を見つめながら呟いた。暇を持て余すこともなく、誰がここに来るかも分からないまま佇む。何もしないままの時間が過ぎていった。

 だが、その時間もすぐに終わる。突然礼拝室の中で閃光が走った。目の前で強烈な光を浴びたファーノは思わず両腕で顔を覆い隠した。それから少しして光が徐々に弱まる。やっと目を開くことができたファーノがゆっくりと視線を動かす。そこでようやく彼女は気が付いた。自分の前に浮遊する謎の物体、それが光を発していたことに。


「これは、『言の葉の壁』………!」


ファーノはその正体にすぐに気づいた。それは『言の葉の壁』と呼ばれる魔法の一種。細長い紐状のものが発光しながらいくつも絡み合い、球体のようになっている。そしてこの『言の葉の壁』は遠くにいるものに、自らの言葉を発信する力を持っていた。

 だが何より重要なのは、この魔法を使えるのは灰像聖教会の総本山であるセルテ

ルビア大聖堂だということ。つまり教会のトップから直々の連絡を受けている事実に他ならなかった。ファーノは言葉を失う。しかしそんな彼女の様子などお構いなしに、『言の葉の壁』から音が響いてきた。


『聞こえていますか?ファーノ・ファッソンブロ審問官』


『言の葉の壁』は言葉の波長に合わせて光の彩度や明度が変わっていきながら波打つ。そうして部屋全体に響いた発信者の声を耳にして、ファーノはすぐに誰の声なのか理解した。理解した瞬間に彼女の中で様々な感情が込み上げてきて、思わず(ひざまず)いてしまった。


「はい、聞こえております。ゲティア・レメゲトン枢機卿」


厳かな空気が漂う。決して無礼を働いてはいけない御方。微風を想起させる透き通った声。

 彼こそが灰像正教会の枢機卿であり選定十二侯の1人、ゲティア・レメゲトン。誰よりも信仰心が強く、誰よりもこの国を憂いている、敬愛と荘厳を兼ね備えた御方。そんな人が今、『言の葉の壁』を通してファーノに話しかけているのだ。彼女が動揺しないはずがなかった。


『今日は急に呼び出して済まなかった。まだ仕事も残っていただろう』


「いえ、そのようなことは………枢機卿にお呼び頂けて光栄でございます」


『ハハハ………審問官とは、やはり堅苦しいものだな。肩に力を入れず、気楽にしてくれ。これではお互いに顔も見えないからね』


「は、はぁ………」


ファーノにとって気楽に振舞える相手ではない。

片や街の教会支部の審問官。

片や国中の教会を取りまとめる大聖堂の枢機卿。

軽率な態度は無礼に等しいのだ。いくら顔が見えないからと言っても、ファーノが敬意を疎かにすることはなかった。


「あの、枢機卿。今日は如何様な御用件でしょうか?」


『あぁそうだったね。今日、君を呼んだのは他でもない。とある秘密事項を伝える為だ』


「秘密事項?」


『そうだ。これは審問官である君だけに伝えなくてはいけない、私がそう判断した。だからこれから私の話す内容は、例え立場が上と言えども神父にすら明かしてはいけない』


「神父様にも、ですか?それは一体………」


ファーノの首筋に嫌な汗が伝う。自分だけに告げられる秘密事項、それがどんなものか分からない。だが直感で、決して良いものではないと勘づいていた。


『では心静かに聴いてくれ。―――――実は先日、サジェルサス・タ王下騎士団のドラーヴァ隊長が殺された』


「えっっ!?そんな………!ドラーヴァ様が………」


ファーノはあまりにも唐突に告げられた真実を受け入れられずにいた。


「ドラーヴァ様が………ありえません!かつての帝国との戦乱の最中では、街と教会を迫り来る敵の軍勢からたった1人で守りながら戦っていました!彼ほどの勇猛果敢で民への想いが強い御方が殺されるなど………」


ファーノの身体が枢機卿の言葉を拒絶する。理解ができないのではない、理解したくないのだ。世界大戦の時も、クレイヴェードを守ってくれたのは他でもないサジェルサス・タ王下騎士団。彼らへの恩は積もるほどある。それなのに、まともに恩義を返す暇もなく殺されてしまうなど………。


『信じられないかもしれないが事実だ。彼を殺したのは、私たちが“黒煙”と呼んでいる異邦人の男』


「“黒煙”………」


『黒い髪色が特徴の男だ。もしかしたらクレイヴェードに立ち寄るかもしれない。その時が来たら、君にやってもらいたいことがある』


「黒煙の拘束、ですね?」


『無茶はしないで欲しい。君の魔法なら、相手の心を読んで真実を確かめることができるはずだ。黒煙と思しき人物と出会って、もしドラーヴァ隊長殺害の記憶があれば、それとなく教会に留まらせるんだ。応援を呼んでくれればすぐにそちらへ向かう』


「かしこまりました………私にできることがあるのであれば、この務め、しっかりと果させて頂きます!」


ファーノの自分の胸に誓って声を上げた。恩人であるドラーヴァ隊長を死へ追い遣った大罪人。自分が報えることの1つや2つあるのなら、やらずにはいられなかった。


『期待しているよ、ファーノ審問官。何度も言うようだけど、決して無理はしないでね』


「はい!かしこまりました!」


枢機卿の優しい声が、ファーノにはかえってやる気を満ち溢れさせる活力となった。


――――――――――




「|三輪の花に影は泣く、かすかな痛みを《カルーフェ・ゼルエ・ジ・ラジェスティ》」


 ファーノは魔法を発動させる為に詠唱を唱えた。目の前の男が、ドラーヴァ隊長を殺した人間かもしれないという疑念を抱きながら。自分の魔法は絶対である。心は嘘を吐けない、例え誤魔化せたとしても深層心理まで潜り込めば何もかもお見通しだ。

例え何時間かかろうとも、この黒髪の男の正体を掴んでやる。ファーノはそう考えていた。

―――――だが、()()はすぐに終わった。


あ、れ………?




 俺の目の前に手をかざしてから、審問官の女は固まって動かなくなった。不思議に思いながらも、俺は微動だにせず対峙する。さっきのは間違いなく魔法の詠唱。既に心を読まれているのなら、邪念は捨てなくてはいけない。

 しかしどうにも様子が変だ。人の心を読むというのはそんなに時間を費やす作業なのか、俺に手をかざしてから10分は経過していた。


「な、なぁおい………大丈夫か?」


俺はたまらず審問官に声をかけた。だが反応を示さない。俺は彼女の身体には触れぬよう、椅子を引いてゆっくりと身を反らした。ちょうど彼女の顔が見える位置まで上半身を傾ける。


「………?」


俺が目にしたのは、審問官の蒼白な顔だった。目の焦点が合っていない。心ここにあらずという状態で、口をぽかんと開けながら石像のように固まっていた。明らかに異常な事態だ。だが俺は何もしていない。


「おい大丈夫なのか?おい、おいって―――――」


 痺れを切らして肩を揺すろうと、俺は手を伸ばした。その瞬間に、それは起きた。

審問官の能面のような表情が一瞬にして崩れ落ちた。


「っは、ひ、いぃぃぃぃぃぃ!!!」


まるでこの世のすべての醜悪を目にしたかのような反応だった。顔は先ほどまでの眉目秀麗を失い、恐怖に支配されたかの如く歪んでいる。

 それはまさに絶望。一切の希望もそこに存在せず、また一切の喜びも無い。ただただ絶望に飲まれた人間の様子そのものだった。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」


発狂、絶叫。椅子から崩れ落ちた審問官は床を身を擦りつけるように這いずり回る。その間もずっと悲鳴を上げていた。


「お、お、おいおい?何があった?」


流石の俺もこんな事態にいきなり遭遇したらびっくりする。いや、びっくりしない方がおかしい。今回は本当に俺は何もしていない。それなのに彼女の反応………一体俺の心の何を見たと言うんだ?


「はぁっあっうぅ………ぅあぁぁぁう!!!」


 言葉にならない叫びとともに審問官は部屋を飛び出していった。何が起こったのか分からないが、俺の経験上、()()()()風になっては人生終わりだ。一生今日と言う日を忘れられず、思い出す度に狂うんだ。


「いやほんとに何があったんだ………?」


俺は茫然としたまま立ち呆けていた。心を読む審問官との対話を警戒していたのに、これでまったくの無駄となってしまったのだ。なんだか骨折り損のような気もするが、心を読まれないに越したことはない。むしろ勝手に気狂いになってくれて良かったとも言える。彼女には申し訳ないが、俺はさっきの光景を思い出して鼻で笑った。


「訳分かんねぇ………もう帰っていいかな」


俺は誰も来ない部屋で1人待つのを諦めて、アシュタロトを迎えに行くことにした。別の部屋にいた職員には事情を説明し、すんなりと帰らせてもらえた。澄んだ夜の空、星々が輝く天の下を、俺はアシュタロトと2人で遅い夕飯を食べに行くことにした。






 ファーノは見てしまった。魔法を発動し、デルタベガスと名乗る男の心を読んで、そして知ってしまった。


「デルタベガス・アルフェガスは………偽名だった!あれは嘘だ!本当の名は―――――」


彼女はぶつぶつと独り言を呟くようにして建物の中を無我夢中で走り回る。そのせいで周りが見えていなかった。曲がり角で他の職員とぶつかってしまい、そのまま転倒する。


「おっと、これは失礼―――――って、ファーノ審問官ではないですか!?どうされたんですか、そんなに慌てて」


職員が心配そうに手を差し伸ばすが、目もくれずに立ち上がり、再び走り出す。


「ちょ、ちょっとファーノ審問官!?」


職員の呼びかけに答えない。いや、声すら今の彼女には届いていなかった。


「ガ、オウ………ガオウ………牙王!そうだ、牙王!あれこそがすべての元凶!いや、だとしても!だとしても!」


壁にぶつかり転倒し、また再び走り出す。(つまづ)いて転倒し、また再び走り出す。よろめきながら、手当たり次第に身体をぶつけながら何度も転倒する。転んだ拍子にできた擦り傷など、彼女にはどうでもよかった。それで全身が血(まみ)れになろうとも、心底どうでもよかった。

 ファーノは心を読んでしまった、見てしまった、知ってしまった、そして理解してしまった。それは彼女の精神を壊すのに容易いまでのものであった。


「なんで!?どうしてああなってるの!?でもあれは―――――いや違う!?分からない!今まで色んな人の心を読んできて………でもあんな人はいなかった!あぁ………神様………どうして、どうして!彼はどうしてあんなことになっているの!?牙王!すべては牙王!牙王の一族は、一体あの男に何をしたの!?何をしたらああなるの!?あぁ!」


 ファーノは走った。醜い、苦しい。同じ世界にあんな人間がいること自体、恥ずかしい。同じ空気を吸っている事実に身の毛がよだつ。聖職者にも関わらず、何もかもを呪いたくなってしまう。自分が嫌になる。

消えてしまいたい、あの男が消えないのなら今すぐ自分が消えてしまいたい。ならばいっそ、こんな感情を抱かずに済むのならいっそ―――――。


「は   あ  ぁ ぁ  う 

     ひ ゃ ああ    うぁ は

              い  ぁ  うゃ

  えぅ   い  あひ   

   ぃ  ゃぁ     ぅぅぅ  

                    ひぃ やぁぁ」


 ファーノは叫びながら走り続け、2階にあるテラスまで来ていた。高台にある建物の為に、柵の下は切り立った崖のようになっている。彼女はなんの躊躇も無くテラスの柵を越えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ