クレイヴェード独り歩き
クレイヴェードはドイツのハイデルベルクを思い出させる街並みだった。タイルを敷き詰めて整備された歩道。赤い屋根とレンガで統一された建物を抜けて、広場に出ると見えてくる噴水。丘沿いに流れる川が街に潤いを与えていた。そして丘の上にそびえる教会はロマネスクやゴシックとも異なり、まるで城のような出で立ちだ。
とにかく俺は驚いている。建築は時代、地域の文化を知る為の玄関だ。人目で綺麗な街並みと分かれば、そこが如何に優れた統治が行われているか想像に難くない。日本の先遣隊でもこの街までは来ていなかったらしい。閲覧した資料にも無かったからな。どうやらタウル・ゼムスという国は想定していた以上の文明レベルを築き上げているみたいだ。
「想像していた以上だ」
俺は街の入り口にあるベンチに座り、そこから街全体を見渡していた。区画整理が出来ているのは、それだけ画地測量設計を行う職人の腕が優れているということ。
なるほど。これだけの文明レベルであれば、黒真珠が流通していても納得だ。
「ここまで発展してるなら、金儲けも容易くねぇだろうな」
俺は独り呟いて、溜め息を吐いた。あまり発展し過ぎていると、かえって各業界に組合が発生してくる。取り仕切るリーダー格に媚びを売る必要も出てくるって訳だ。果たして興行がどこまで管理されているのか。調査を進める必要がありそうだ。
だが、その前に………。
「アシュタロト、服を買いに行くぞ」
俺は立ち上がり、横にいるアシュタロトに向かった言った。アシュタロトは俺の顔を見上げるが、その表情はこちらの意図を理解していない様子だ。どうやら当の本人が一番自分の置かれている状況を認識していないようだ。
「服?ロードぉ………私は既に衣をまとっている」
不思議そうに首を傾けるアシュタロト。俺はコイツの頭を撫でた。
「てめぇのその格好はどんな神事の際にも着ねぇよ。露出が過ぎるぞ」
街の住人たちの姿を見ていれば分かる。その服装は良識あるものだった。煌びやかでなければ、みすぼらしくもない。至って普通の庶民の服だ。いやむしろ服に金を使えるのは贅沢とも言えるだろう。
それに比べてアシュタロトの格好はどうだ?珍妙な踊り子衣装。こんなガキを引き連れて出歩いていれば、俺が変質者の扱いを受けちまう。一刻も早くまともな服をコイツに着せなければいけない。
「俺が立派に服をコーディネートしてやるよ。小児の服選びなら妹にしてやってたからよ」
もうとっくの昔にこの世を去った妹。大切な過去を一瞬脳裏に過ぎらせたがすぐに掻き消した。そんな思い出に浸っているほど俺は感傷的な人間じゃない。
「ほら、行くぞ」
俺はアシュタロトを手招いて歩き出した。 アシュタロトは俺の後ろをふわふわと浮きながら着いて来る。
「おうコラコラコラ。浮くんじゃねぇ、歩け」
「むぅ………」
「『むぅ………』じゃねぇよ。ほらさっさと自分の足で歩け」
「Yes、ロードぉ………」
嫌そうに答えるアシュタロト。だが俺の言った通り、浮くのを止めて地に足着いた状態で歩き出した。なんだかんだ言って、ちゃんと言うことは聴くようだ。俺はアシュタロトを大衆から見えないようにする為に自分の着ている上着を一枚羽織らせて、コイツの前に立って姿を隠すようにして歩いた。さっさと服屋を見つけて入らなければ、このままじゃ俺が変態で捕まる………。
歩いて5分ほどの場所に、見栄えの良いブティックがあった。人通りもまばらの街路に構えるオシャレな店だ。
「よし、ここにするか」
道すがら、俺は街を歩く少女たちを注意深く観察していた。そして“平均的な女の子の服装”を自分なりに導き出していた。俺の目利きに間違いは無いはずだ。俺は店内を練り歩き、ラインナップの中から適当なものを選ぶ。アシュタロトの容姿も考慮しなければいけない。全体敵に白いコイツに白を合わせても単調過ぎてつまらない。
俺はアシュタロトを強引に試着室へ押し込んで、選んだ服をを手渡した。
「これを着ろ」
「Yes、ロードぉ………」
服を手渡されたアシュタロトがまじまじとそれを見つめる。
「どうした?」
「身に着け方が分からない………」
「んぁ!?ここに、こうやって、こうして、こう着るんだよ!!!」
俺は服の着方を手際良く教えた。そうか、コイツは精霊。組織化された兵器の為だけに造られた存在。服の着方なんてそもそも知らないのか………。
アシュタロトが試着室に入ってから約15分。まだ着替えが終わらない。店員が心配になって見に来た。俺は仕方なくアシュタロトの着替えの手伝いを店員に頼んだ。
「どうだ?アシュタロト」
着替えが終わったアシュタロトが試着室から出て来た。
「ロードぉ………似合う?」
そう言って現れたアシュタロトは、まるでお嬢様のような出で立ちだった。フリルのついた気品のある白のブラウス。黒のラインが入った、青のサスペンダースカート。そして黒のニーソックス。ブラウンの革靴も履いて、完璧な仕上がりだ。どこからどう見ても上品な女の子。
「あぁ、何も問題は無い。とても似合ってるぞ」
俺のチョイスはどうやら完璧だったようだ。まさに最高の出来。俺はそのままアシュタロトが試着した服を購入して店を出た。
服屋の次に探したのは宿屋だ。街中で野宿は避けたい。ホームレスがこの街にどれほどいるのかは不明だが、アシュタロトと2人で夜風の下で雨ざらしは御免被る。俺は街中で聴き込みをしながら安い宿屋を探し回った。できるだけ安い場所、条件はそれだけで構わない。アシュタロトの服に予想以上の費用がかかっちまった。飯代のことも考えると、これ以上無駄遣いはしたくない。元傭兵時代には、害獣、害虫が巣食う古小屋で寝泊まりをしたことだってある。俺には屋根と壁があれば、それだけで充分贅沢だ。最悪アシュタロトを無理にでも納得させるつもりで、俺は宿探しを続けた。
「一番安くて1泊90ゼパか………」
俺はオンボロの宿屋の前で溜め息を吐いた。2階建てで、他の建物の日陰に入っている。あまりに見かけが悪過ぎるが、別に建付けが悪いとか、部屋の内装までボロボロって訳でもないらしい。単純に経年劣化で古くなったまま、外装の手入れをしていないそうだ。まぁ………古いという事実は変わらない。
手持ちが400ゼパ。さっきのアシュタロトの服一式と靴を合わせて150ゼパ。宿代も差し引いて、残りが170ゼパ。これでは2泊もすればいよいよ野宿コースだ。
「こりゃあ、今日中にでも金を稼がねぇとな」
俺は2階の小さな一室に泊まることにした。アシュタロトはベッドにちょこんと座り、大人しく待機している。
「アシュタロト、ここに1人でいられるか?俺はしばらく街に出る」
俺はアシュタロトを部屋に残すことにした。やはり行動するなら単独の方が動きやすい。何より面倒事を避ける為のリスク回避としては妥当な判断だ。とどのつまり、女子供を引き連れて探索を続けるより1人の方が気楽ということだ。
「Yes、ロードぉ………」
アシュタロトがベッドにごろんと横になりながら答えた。コイツもはしゃぎ回って暴れるタイプではないだろう。大人しくじっとしていてくれるなら、俺としても助かる。
「あ………そういや、てめぇ」
俺は寝転がっているアシュタロトを見下ろした。
「精霊は組織化された兵器を通して連絡とかできないのか?何かあった時の為に連絡できるとありがたいんだが」
こっちの世界では通信機器の類いが使えない。厳密には日本との交信だけは可能だが、定例報告以外で奴らと話をする気は毛頭無い。俺としてはアシュタロトと常に状況確認ができるのが望ましかった。
「Yes。ロードが組織化された兵器を介して語りかければ、その声が私の下に届く」
「そうか、なら問題ねぇな。大人しくここで待ってろよ」
俺はアシュタロトの頬を撫でた。顔にかかった髪を払うように指を辿らせる。コイツはくすぐったいのか、目を瞑って口を尖らせた。
「ちゃんと大人しくしていたら、腹いっぱい食わせてやるからよ」
「!!!………Yes、ロードぉ………」
一転して明らかに嬉しそうな表情を浮かべるアシュタロト。俺はコイツを部屋に残して、そのまま街へ探索へ出た。
街を改めて探索したが、やはり文明の発展度合いに驚かされる。魔法がある異世界だからと少し軽視していた自分がいる。だがこれだけ科学を用いた文明が発展しているのなら、自動車や鉄道があっても不思議ではないだろう。そう思わせるほど優れた文化で溢れていた。
「魔法は存在するが、それに頼るだけでなく医学化学に工学の進歩が見受けられるな………。魔法と科学が上手く融合して、文明の発展に貢献してるって訳か。地方都市でこれなら首都近辺はガードも固いに違いない。俺1人で国王暗殺は厳しいか………?」
俺は独り呟いた。街中に流れる川の上の橋。俺はクレイヴェード一番の大きさを誇るその橋の上にいた。石造りの立派な橋で、俺は塀に腰かけていた。そして次々と橋を渡る人々を眺める。顎に手をつき、考え込むように項垂れた。
だがこの街の影も知ることができた。元々タウル・ゼムスは数十年前までは国家で戦争状態にあり、治安が落ち着いたのはここ数年らしい。未だに都市部でも荒くれ者たちによる暴動や、非合法な集会や犯罪行為が根付いているようだ。繁華街から少し外れれば、そこは一般人が出歩くには危険地帯と言えるほどだろう。
もう1つ分かったことがある。このクレイヴェードは通称“演劇の町”と呼ばれていた。街の至る所に歌劇場があり、首都からもわざわざ上流階級がクレイヴェードを訪れると言う。まさに異世界版ブロードウェイ。あるいは異世界版ウェストエンド。何にせよ、娯楽の要として街の住人たちは舞台を目的に日々の仕事に打ち込み、そして舞台を語り、舞台を楽しんだ。
「そもそもこの街での当初の目的は金稼ぎと情報収集だ。もし金を稼ぐんなら、演劇の町ってことを利用しない手はないな」
俺は立ち上がると、再び街へ繰り出した。利用できるものはとことん利用する。歩む先は街一番の巨大歌劇場“ティフィレーゼ厶”。俺はそこで計画の第一段階を開始することにした。
劇場ティフィレーゼム。その名を知らぬ田舎者であっても、クレイヴェードを訪れたら嫌でも分かるだろう。街の至る場所に設置されている広告台。俺より背丈のある立て看板に描かれた演目模様は圧巻の迫力だ。他にも男優女優といった役者陣が描かれたものもある。
「ん?あぁ、ここか………」
俺は巨大な建築物を前に立ち止まった。スペインはバルセロナ、カサ・ミラに似ている芸術的な建築美である。周囲に並ぶ建物とは明らかに違う、異色な存在感を放っていた。エントランスを見上げると、そこにはでかでかと“ティフィレーゼム”の文字が掲げられている。特殊な筆記体なのか、文字同士が繋がったり崩れたりしていて読みにくい。
「スペインかぁ」
俺は嫌なことを思い出していた。学生時代にバルセロナで酷い目にあった記憶が脳裏に浮かぶ。俺はその記憶を消し去るように首を横に振った。そして両頬を軽く叩いた。
「うっし!それじゃあ行くか」
俺は気合いを入れてエントランスに足を踏み入れた。エントランスへの入場料だけで165ゼパ。俺の所持金は5ゼパだけとなった。
ふと、過去の記憶が蘇る。母親の声が頭に響いた。
──────────
「宝くじで儲けを得る為にはどうすれば良いと思う?」
母親が俺に訊いてくる。俺は特に考えもせず答えた。
「宝くじ?なら宝くじを大量に購入すれば良いんじゃないか?そうすれば当選する確率を高めることができるだろう」
ノースカロライナにあるベルトモア・エステイト。そこに訪れていた俺と母親は、ランチタイムに敷地内のレストランで食事をとっていた。そんな時に母親が突然宝くじの質問を始めたのだ。
「それは違う。不正解だ」
母親は手にしているフォークを振ってみせた。
「宝くじで金儲けをするなら、宝くじを売れば良い」
「売る?」
俺はタコのグリルに舌鼓を打ちながら首を傾げた。母親が得意げな表情で説明をする。
「ビジネスにおいて、受け身の姿勢の人間は満足な成果と報酬を見込めはしない。ましてや確率頼りのギャンブル紛いは論外だ。『宝くじを買うか、宝くじを売るか』どちらを選択するのか、その時点で勝者と敗者は決まってくるんだ」
「つまり敗者の心理を利用して、宝くじを売り続ければ堅実な利益を得られると?だけどその為には、店を構えて宝くじを仕入れないといけないな」
「その通りだ」
母親はシャンパンを一口飲んだ。機嫌が良い時にしか飲まないのを俺は知っていた。
「先行投資だ。大切なのは先行投資を如何に迅速かつ正確に行うか、だ」
「迅速かつ正確に………」
「良いかい?投資は絶対に妥協してはいけない。それだけは覚えておくんだ」
母親がいつもの笑みを顔に浮かべた。
──────────
何故あの時、あのタイミングで母親がビジネスの話を始めたのかは分からない。確か、俺は当時10歳だった。まだ家族が崩壊する前の、平和なあの頃。
なんとなく、込み上げてくるものがあった。俺は立ち止まり、壁に寄りかかった。胸を手で押さえつける。
「よくよく懐かしい記憶ばかり思い起こすな………まったく嫌になる」
俺は胸を押さえたまま再び歩き出した。
俺がこの劇場に無けなしの金を使ってまで入場したのには、ちゃんとした理由がある。目的は人材発掘だ。俺の計画を遂行する上で、必要な下準備をしなければならなかった。その為に選んだ場所がここだ。俺はこの場所で、計画に必要な人材を見つけなければならない。
「さぁて、どんな役者がいるのやら………」
俺は今、チケット売り場の前にいる。そのフロアの中央に仁王立ちし、そして周囲の観察を始めた。話し声。視線の先。この場にいる全員の言動、その一挙手一投足を見逃さないように注意を払った。
「この後はミティちゃんが出るって─────」
「本当に感動したよ!あれから─────」
「チケット買おうと思ったんだけど─────」
「ブラン様は今日も素敵!いつ見ても─────」
大衆の雑多な声を聴き分ける。その表情を、手先を、何もかもを観察する。すると、興味深い話し声が耳に入ってきた。
「例の新人の子だろ?歌は上手いんだけどなぁ」
「あぁ、あれじゃもったいねぇよなぁ」
2人の男が壁にかけられた板を見ながら話していた。その板には今日の演目に登場する、主要人物を務める役者たちの絵が載せられていた。2人の男が目にしていたのは、綺麗なブロンドのロングヘアが似合う女優だった。キリッとした目。艶やかな唇。シュッとした輪郭。絵だけでも美しい女性であることが分かる。絵の上に貼ってあるネームプレートには、こう書かれていた。
“レーシア・オーストラ”。
「レーシアちゃんは歌は上手いよ。だけど演技がまだ硬いんだよなぁ」
「見た目が良いのに緊張すると目つきが鋭くなるよな。あれを直さないと、この先難しいぞ」
「確か今日は、この後の演目で侍女役か」
「そうそう。新人で脇役を任せられるのは才能なんだろうけど、才能だけじゃあ生き残れないのがこの世界だよなぁ」
「あぁ、厳しい世界だからなぁ」
評論家風に語らう彼ら。容姿や歌唱力は褒めているが、演技の面で難色を示している様子だ。
「ふーん、レーシアねぇ………」
俺は壁の絵を眺めながら呟いた。金の無い俺が公演を見る為のチケットなんて、買える訳がない。じゃあどうするか?無論、潜入だ。
俺は一度劇場の外に出ると壁伝いに侵入経路を探し、2階の位置にある小窓を見つけた。公演のある舞台はエントランスの奥で、階段を下った先にある。つまり地下1階に会場があるって訳だ。俺は2階の柵に跳び乗り、そこから小窓の施錠をピッキングで開けた。
入った部屋は衣装室だった。そこから俺は忍び足で関係者用の通路を進んだ。スニーキング・ミッションなら慣れている。MI6にいた頃に、嫌と言うほどやったからな。
そして俺は無事に舞台の近くまで接近することができた。大道具を一時的に置いておく場所、そこに俺は身を潜めた。城や森の絵が描かれた木製の巨大な板は、恐らく公演に使用されるものだろう。俺はその隙間にいた。暗がりで周囲に人気は無い。
俺はそこから強い光りの差す方へ顔を向けた。煌びやか光景。役者たちの魂のこもったミュージカルが、そこにはあった。
「へぇ、なかなか良い出来じゃねえか」
俺は感心していた。正直、異世界だからと舐めていた。元いた世界のミュージカルが異世界に劣るはずがない、と。だが、目の前に広がる光景はまさに本物の芸術。舞台の上で完成される幻想。夢のひとときに迷い込んだような錯覚を覚えさせる素晴らしいものだった。
「んぁ?あぁ………あいつがレーシア・オーストラか」
俺は舞台上で歌い踊る彼らの中から、遂に見つけた。聞いていた限りでは侍女という脇役であるはずの彼女。だがその存在感は俺のいる暗がりからでも、分かりやすいほどはっきりと目についた。衣装の仕様なのか、給仕の服が多少薄汚れている。それを有無も言わせず主張する眼差しと演技。
「なかなか良い目つきじゃねえか」
………なるほど。脇役であそこまで目立つのは、確かにおかしな話だ。
「自信があるからこそ、前に前にって感じか。あれは同期から煙たがれるタイプだな」
俺は公演が終わる間も無く、その場から立ち去った。見たいものは見終えた。どうやら俺の求めていたターゲットが決まったな。
レーシア、あの女を利用しよう。
劇場から離れて徒歩5分。俺は裏通りを突き抜けて、さらに路地の深い場所へと向かっていた。見るからに育ちの悪そうなゴロツキどもが、俺のことを睨んできやがる。
「おうおう………こんな真昼間から張り切ってるねぇ、どいつもこいつも」
俺は鼻で笑いながら彼らの挑発を受け流す。見かけ倒しの雑魚どもだ。いちいち相手にしているのも疲れる。そして俺は通りの中でも一際デカい店の前で立ち止まった。
“カトーリョ・ティーベ”。どうやら酒場のようだ。………ちょうどいい。俺は中へと続く扉を両手で思いっきり押し開けた。
カランカラン―――――。
乾いた鐘の音が頭上に響く。入店の合図だ。そして客どもが一斉に俺を見やがる。さっきまでの騒々しさはどこへやら、店内は静寂に支配された。
俺は何も気にせずカウンター席まで向かう。周囲に誰もいない席を狙い、そこにドカッと座り込んだ。
「良い店だ。店構えから他とは違う」
俺はカウンター越しから、近くにいた店員に話しかけた。
「ありがとうございます」
素っ気ない態度で答える店員。明らかに一般人とは思えない全身の筋肉。俺がSWATの部隊で見たことある風貌だ。周囲からの異様な眼差しは意に介さず、俺はマスターと思しき店員と話し続けた。
「あんたがここのマスターか?」
「あぁ。その通りだ」
「マスターができる男なら、店も繁盛するもんだな」
「ありがとうございます」
相変わらず素っ気ない態度を見せるマスター。だが少なからず俺に興味があるのは察した。
「俺の顔に何か付いてるのか?」
俺から切り出すことにした。するとマスターが言いにくそうに、重たい口を開く。
「………おまえさん、見ない髪色だな。この国のもんじゃあねぇな?」
やはり俺の髪の色を気にしていたらしい。この場にいる奴らは皆カラフルな髪色をしているからな。恐らく全員、染めたのではなく地毛なのだろう。異世界人とはそういう奴らだ。
「あぁ、そうさ。俺は流浪人でね、当ても無く世界を彷徨っているのさ」
俺はそう言って小さく笑った。
「だったらここから出て行くんだな。異邦人が気安く立ち寄って良い場所じゃねえんだよ」
背後から肩を掴まれた。俺はゆっくりと振り返る。そこには身の丈180cmほどの、大柄で筋骨隆々の男が立っていた。スキンヘッドの頭で、顔の至るところにピアスをしている。その鋭い目で俺をずっと睨んでいた。
「異邦人は異邦人らしく、街のど真ん中で情けなく震えてりゃいいさ。そうすりゃお優しいアホどもが身包み剥いでくれるだろうからよぉ」
ありきたりな挑発。周囲の雑踏がクスクスと笑いやがる。見え透いた挑発だが、今の俺にはちょうどよかった。俺は肩を掴んだ男の手首を掴み返した。俺の握力はリンゴやパイナップルは平気で握りつぶせる。
「お気遣いどうもありがとう。俺からの提案だが、あんたは広場の中央で踊ってみたらどうだ?無様過ぎて見物客が金を投げてくれるかもしれないぜ?」
俺の挑発は見事に決まり、スキンヘッドの男は怒りを露わにした。こめかみに血管が浮き出るほど頭に血が上っていやがる。
「おまえ、そのふざけた口を塞がらなくしてやろうか?」
男は俺の肩を掴んだまま、手前に引っ張ろうとしたのだろう。だが俺の握力を前にそれは不可能。どれだけ力を込めても俺の身体はビクともしなかった。
「俺の口を塞ぐのは勝手だが、その前にあんたの目が潰れるだろうな。おチビさん」
俺は男の手を放すと、その場で立ち上がった。
「な!?誰がチビだてめぇ!!!」
男がキレてがなり立てる。まぁ無理もないだろう。確かに男の背は周囲の連中に比べれば高い方だ。だが俺の身長は189cmだ。俺からすれば全員背が低い。
「てめぇ………もう怒ったぜ。こっち来やがれ!!!!」
そう言って男は俺を手で招くと、感情の赴くままテーブルを1つ軽々と持ち上げた。そして俺と男のちょうど中央に叩きつけた。
「ファイト・オン・テーブルだ!さぁ、てめぇもテーブルに肘を着けやがれ!!!」
そう言って男は腕を構えた。ちょうど、腕相撲をする時のように。
ほう。腕相撲、アームレスリング。こっちの世界にも同じような文化があるのか。いや、男どもが手軽に力比べをするのに、異文化も異世界も関係ないのかもしれない。
「良いだろう、受けて立とうじゃないか。今の内に負けた時の捨て台詞でも考えておくんだな」
俺は右手を突き出し、男と手を組んだ。お互いに握る手に力がこもる。
「さんざん吠えてろ。てめぇを倒すのに5秒もいらねぇ」
周囲の野郎どもがにぎやかになってきた。俺たちの勝負を面白がって、勝手に盛り上がっているのだ。店内の熱がどんどん上がっていく。
「それじゃあ何か賭けようか?」
俺は不敵な笑みを浮かべながら言った。こんなゴロツキだらけの店にわざわざ入った本当の目的はこれだ。
「なに?賭けるだと?」
男が怪訝な表情を見せる。俺は左手の平を広げて前に突き出した。
「500ゼパだ。俺は500ゼパ賭ける」
周囲から歓声が上がった。俺はそんな大金持っていない。だが、賭けは多くの人間を魅了する。それはやはり万国共通、異世界共通で盛り上がるイベントのようだ。しかも俺と男、どちらが勝つか野次馬連中の間でギャンブルが勝手に始まっている。ここまで熱狂的に場が盛り上がると、男も引くに引けないだろう。
「………いいぜ、なら俺も500ゼパ賭けてやる!負けたらぜってぇ払えよな!異邦人!!!」
男の目が血走っている。どうやら本気のようだ。
「それじゃあ両者、構えて!」
勝手にレフェリーが湧いて出て、俺と男の間に立ち始めた。俺たちの手を両手で覆い、スタートの合図を言おうとしている。周囲の野次馬連中が固唾を飲んで静かになる。
「レディー………………ファイト!!!」
レフェリーの掛け声と同時に、強烈な音が店内に響き渡った。激しい衝撃音。それは腕相撲が一瞬にして決着を見せたことに起因していた。
軍配が上がったのは、俺。木製のテーブルは軋み、亀裂が走った。男の手の甲がテーブルにめり込んでいたのだ。
「1秒もいらなかったな。お前を倒すのに」
俺は淡泊に言い放った。男は何が起こったのか理解できていない様子だ。その場で座り込み、自分の手を見つめている。俺は握った手を振りほどいて、冷たい目線で見下ろした。
「約束通り、500ゼパだ。払えねえとは言わせねぇぞ?」
その瞬間、一気に歓声が湧き上がった。賭けに勝って喜ぶ声もあれば、純粋に今目の前で起きた勝負の結末を楽しんでいる者もいた。
俺はここで椅子を持ち出すと、そこに足を乗せて立ち上がった。そして湧き上がる野次馬どもに向かって声を張り上げた。
「野郎ども!今度は誰が相手だ!!!誰でもいい!何戦でもいい!何を賭けたっていい!俺に勝てると自惚れている愚者はいねぇか!!!金銭なら倍プッシュだ!次は1,000ゼパから賭けてもらうぞ!複数で挑んでくれたって構わねぇ!その程度で俺に勝てるならよぉ!!!」
ここまで挑発すれば充分だろう。こんな浅い挑発に乗ってくる連中しか、ここにはいない。あえてそういう店を選んだのだから。
「おう!次は俺だ!この街じゃあ一番俺が強ぇぞ!」
「待てぇえ!今度は俺様が相手だ!2,000ゼパ賭けてやる!」
「オラァ!!!何人でもいいっつうなら3人でかかってやるよ!もし勝てたら、ここの飯代3日分奢ってやらぁ!!!」
次々と湧いて出る力自慢たち。ありがたいことに、全員カモだ。これで今夜はアシュタロトに旨い料理を食べさせられる。
「おぅ!全員かかってきやがれ!俺が片っ端から沈めてやるからよぉ!」
マスターが口を開きっぱなしでポカンとしている。だが、俺は目もくれずに勝負を始めた。関係ねぇ、せっかくの稼ぎ時だ。俺は次々とチャレンジャーたちを腕相撲で倒していった。




