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新たな街を目指して進む

 俺の名前はデルタベガス・アルフェガス―――――異世界ではそう名乗っている。

獣人どもの集落を離れた俺は組織化された兵器オーガナイズド・ウェポン、通称OWから顕現した精霊と共に旅をしていた。目的はタウル・ゼムスと呼ばれる国の国王の暗殺。だがその為には王国の情勢についてもっと深く知る必要があった。だが依頼主でもある日本政府は大した情報収集も出来ず役にも立たない。仕方なく俺は任務遂行に必要な準備と情報を揃える為にクレイヴェードという街へ向かうことにした。街には人が集まる。人が集まれば情報も集まる。街の住人どもから国王暗殺に向けて有益な情報が得られることを期待していた。

 そして俺は今、荷馬車の荷台の中で揺れていた。荷馬車を引くこの生物を馬と呼んで良いのか正直分からないが、それは馬にとてもよく似ていた。だからここでは便宜上馬と呼ぶことにする。そんな全身赤褐色の馬が引いている荷台の中はとても広く、大人とガキ2人が寛ぐには充分過ぎるスペースが確保されていた。俺は精霊のアシュタロトと共に壁に寄りかかって腰を下ろし、荷台の揺れに身を預けて休んでいた。

遡ること2時間前、俺はアシュタロトを連れてクレイヴェードへと向かっていた。距離はだいたいフルマラソンと同じくらいだ。走れば1時間もかからない程度の短い距離である。だがしかし、しばらく歩いているとアシュタロトがどんどん俺から離れて後方へと遠ざかっていった。


「ロードぉ………疲れたぁ」


 アシュタロトは度々こうして愚痴を零していた。すぐ隣で不平不満を呟かれるこっちの身にもなって欲しい。そもそもアシュタロトは基本的にふわふわと浮いている、それがデフォらしい。別に俺としてはそれで体力が減らないのであれば構わなかった。

しかし道も進めばただの野原から舗装された道へと変わっていく。町が近づいている証拠だ。そうすれば必然的に通行人も増えていく。道を進めば進むほど擦れ違う只人も多くなった。こうなるとアシュタロトをこのまま浮かせておく訳にはいかない。コイツはただでさえ露出度の高い理解できない恰好をしているのだ。それなのに浮いている瞬間なんて目撃されたら余計に面倒だろう。人の気配がする度にアシュタロトを隠すなんて気を遣うつもりは毛頭無かった。

 だから俺はずっとアシュタロトに地に足着けて歩かせていた。だがそれも限界のようだ。街に着くまで、と言うか街中でも絶対に悪目立ちはしたくない、だがアシュタロトも体力の限界のようだ。腹を空かしているコイツはもはやお荷物状態と化していた。OWの指輪を通して俺からエネルギーを得ているようだが、それでも足りないと催促しやがる。


「ロードぉ………」


「ああもう分かった。ウザいからそれ以上喚くな」


俺は舌打ちをしてアシュタロトを睨みつけた。本当にクソほどどうでもいい状況で危機に陥るのは誰だって嫌なはずだ。俺はコイツに歩かせるのを諦めて別の手段を選ぶことにした。

 ヒッチハイクだ。先ほどから馬車が何度か俺らの脇を通り過ぎて行く。街と街を行き交う交易なのだろう。俺はそれに目を付けた。

まず地面の痕跡から車輪が通ると思しき位置にトラップを仕掛ける。ワイヤーを駆使した簡単なトラップだ。そして街行きの荷馬車に狙いを定め、タイミングを合わせてトラップを発動させる。ワイヤーの先端に取り付けた板が地面から立ち上がって荷台の車輪に絡まりつく仕組みだ。車輪は当然の如く脱輪して荷馬車は大惨事となった。ここで俺が颯爽と登場、手際よく荷台を修理してみせる。荷馬車の持ち主である行商人は喜んで礼を言った。

 今こそ交渉のチャンス。ここぞとばかりに街まで乗せてもらえないか頼み込む。すべてが俺の計画通りに話が運んで、無事に荷台へと乗り込むことができた。


「自作自演」


アシュタロトがぽつりと日本語で呟いた。


「それ翻訳して言うんじゃねえぞ、てめぇ」


「Yes、ロードぉ………」


俺はアシュタロトに日本語で釘を刺した。異世界の言語と俺が元いた世界の言語の両方を話せるアシュタロト。コイツは素の能力は高いが如何せんポンコツ感が拭えない。異世界について、タウル・ゼムスについて、只人や獣人について………色々と知りたいことを質問したが彼女は世間知らずのお嬢様のように全然答えられなかった。

 しかしそんなお荷物状態のアシュタロトにようやく俺の役に立つ時が来た。

荷台の中は木箱や大きな麻袋を被った荷物が積まれていて、それらは荷馬車が揺れる度に互いにぶつかり合って軋んでいる。その中の1つの木箱に詰め込まれた人形をアシュタロトはじっと見つめていた。彼女はまるで心奪われたかのように目を逸らさずに見続けていた。


「アシュタロト、それは何だ?」


俺は彼女が見ているその小さな人形を指差した。粗削りの木彫りの人形。見たところ見栄えは相当に悪い。だが包装の具合は非常に良く、値打ちの代物を丁寧に包んでいた。


「これは法具(ほうぐ)の一種」


アシュタロトが人形を手に取ると俺に見せつけながら答えた。ホウグ?法具?何だ、そりゃあ?俺は気になって質問を続けた。


「その法具ってのは一体何なんだ?」


「法具は魔法を宿した物のこと。それそのものに魔法の効果や効能が発現する」


「んぁ?それってつまり、てめぇら精霊が宿ってるOWも法具なのか?」


「Yes。法具にも様々な種類が存在している。組織化された兵器も法具の一種」


「へぇ………それじゃあ法具についてちょっと説明をしてくれないか?」


俺はアシュタロトに顔を近付けて彼女の手から人形を取った。“法具”、もしかしたら今後利用できるかもしれない。俺はそう思ってアシュタロトに尋ねた。


「例えばこの法具は音を出す」


アシュタロトが人形を指差しながら説明をする。


「音?いやそれより、てめぇは見ただけでどんな魔法が発動するのか分かるのか?」


「Yes。精霊は法具の感知が可能。法具の識別、そこに宿る魔法の種類を認識できる」


「なるほど。つまりてめぇなら法具が何処に幾つあって、どんな魔法なのかまで分かるって訳か。そいつは便利だな」


俺はアシュタロトと人形を交互に見た。人形には明らかに異様な点は見受けられない。目に見えて魔法が宿っていると判別できる様子が無い以上、今の俺にはそれを見分ける手段が無い。その点、アシュタロトの目がそれを可能とするのであれば非常に役に立つ。これはお荷物卒業かもしれない。


「てめぇはさっきこの人形から音が出るって言ったよな?」


「Yes」


「どうやったら音が出るんだ?」


俺は人形を慎重な手つきで持ちながらアシュタロトに尋ねた。行商人には荷台に積んでいる荷物には触れないように言われている。音が出るともなれば下手に扱えない。アシュタロトは人形を指差しながら俺の質問に答えた。


「その法具は衝撃を与えると大音量かつ不規則な周波数の音が鳴り響く」


「防犯ブザーみたいなものか?それにしてはずいぶんと仰々しいな」


迂闊に音を出してはいけない。俺はそっと木箱に人形の入った箱を戻した。


「音を出すだけなのか?」


「Yes。それ以上の効果は無い」


「………それってよ、なんだかおかしな話じゃねえか?」


俺はまた壁にもたれかかりながら膝に肘を突く。そして心の内に沸いた疑問をコイツに問いかけた。


「てめぇみたいな精霊が宿っているこの指輪と、ただ音を出すだけの代物、この2つが同じ法具?程度に差があり過ぎるだろうが」


片や精霊を宿し、魔法使いが魔法を使う為の重要アイテム。片や衝撃を与えるとうるさい音を鳴り響かせる木彫り人形。この2つが同じ法具として扱われていることに納得がいかなかった。

 しかしアシュタロトがすぐに俺の疑問を解消してくれた。彼女は俺が座っている前まで移動すると、右手の人差し指を立てて説明を始めた。


「法具にも種類があってそれぞれに等級が割り当てられている。ロードが所有している組織化された兵器は二級法具。さっきの音を出す法具は四級法具」


「等級?何だそれ」


「法具を分別する為に定められた国際規定………と言えばロードも理解できると思う。等級は4段階あって、一級、二級、三級、四級の順に優れた法具として認定されている」


「ほぉ、等級ね………具体的にはどんな分類方法で割り当てられるんだ?」


“等級”という、これまた新しい単語が飛び出してきた。どうやらアシュタロトの様子を見るに、彼女は魔法については知識が豊富なようだ。俺は頭の中を整理しながらアシュタロトの話を聞いて、説明の内容をまとめることにした。


○四級法具

ごくありふれた最低級の法具。魔法使いであれば誰でも簡単に製造することが可能で、それ自体の価値は非常に低い。日常で使われる道具をちょっと便利にしたりする程度のものである。


○三級法具

四級法具よりも実用性が高く、価値のある法具。市場では専門店を通して取引されることもあり、中にはマニアの間で高値で売買される品もある。国が資産として所有している法具の大半はこの三級法具だそうだ。


○二級法具

数限られた貴重な法具。魔法を使う為のOWもこの二級法具に該当する。国家にとって失えば損失となるほど稀少価値の高い財産であり、その管理や使用は厳しく徹底されている。そして使用許可を得ていない者が使用すれば刑罰を受けることとなる。

 つまりアシュタロトがドラーヴァから奪ったOWの精霊であると誰かに知られてしまったら、俺はその場で即犯罪者になってしまうという訳だ。これは今後アシュタロトの正体を隠しながら旅をしないといけなくなる。


○一級法具

これは特殊な等級であり、神話や伝承に登場する武器防具、道具などが該当する。国家はその1つも所持しておらず、そのすべてが伝承の中の存在である。だが歴史学上、過去に一級と見て間違いない法具が実在した記録が見つかっており、あくまでも形式上の等級として認知されているそうだ。


 説明を聞く限りだと二級法具が実質的な最上位の等級ということになる。俺が身に着けている指輪、ドラーヴァから気軽に奪ったものではあったが、どうやら思っていた以上に価値のある品だったようだ。俺は改めて自分の置かれている立場を認識する。もし万が一街中でアシュタロトの正体がバレでもすれば、俺はたちまち刑務所送りになるだろう。そんな最悪の事態は絶対に避けなければならない。

俺は気を引き締める為に両頬を強く叩いた。今後はアシュタロトを浮かせずにずっと歩かせよう。兵器としての利用価値はこの際無視だ。戦闘に遭遇した場合も俺だけで処理しなければならない。俺はコイツをあくまでも法具探知機としての役割だけで留めることにした。


 ふと、俺は側にあった一冊の本に手を伸ばした。とても分厚い本。装丁が獣皮のような革で覆われていて、ページに使われている紙も品質が良さそうだ。俺は表紙に書かれている文字を読んだ。


「“世界童話全集”?」


パラパラと中身を確認する。文字は綺麗に改行されているが、手書きなのが見て取れる。所々が虫食いにあったのか欠けている部分もある。だが読めなくもなさそうだ。


「アシュタロト、これ知ってるか?」


「No。私はそれを見たことがない」


「そうか。じゃあ読んでやるよ、こっち来い」


俺は自分の隣をポンポンと叩いてアシュタロトを誘った。


「わーい」


アシュタロトが嬉しそうに俺の脇にやって来てそのまま座り込んだ。俺は町に着くまでの間、気晴らしにアシュタロトに童話を読んであげた。

 もうすぐ町へ着く。娯楽の栄えた演劇の街、クレイヴェード。この街で起こる悲劇を、今の俺はまだ知らない。

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