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黒煙の暗殺者~日本政府による異界侵攻奇譚~  作者: 透明度の高いホルモン焼き
メキシコでの対談~She told me that she know a significant fact~
16/34

密会の中で語られる真実

 黎明は頭に両手をやるとそのまま項垂れた。そして大袈裟に首を横に振ってみせた。溜め息も漏らしながら彼はその様を謳歌に見せつける。言いたいことがたくさんあった。だが頭の中で整理してもし切れなかった。

謳歌の口から出てきた予期せぬ発言、オペレーション:ユビキタスと同時並行に進行しているもう1つの作戦“オペレーション:アマテラス”。その目的は、異世界にいる例の殺し屋の彼を本筋に祀り上げる―――――。何故?どうしてそんなことを?何が目的でそんな計画が生まれた?一体どんなメリットが?そもそも誰が発案した?提唱者は誰だ?そして何時から始まっていた?黎明の脳内では溢れ出る疑問が襲いかかってきた。


「とりあえず一言、言わせてくれ」


「どうぞ」


黎明は混乱を振り払うように首を振りながら顔をゆっくりと上げる。そしてその目で謳歌を捉えた。彼女の表情は一切変わっていない。その目は感情の色を見せずに黎明を見つめていた。そんな彼女に対して黎明は口角を上げてにやりと笑いながら言った。

 

「正気か?あんた」


それが今の彼が口に出来る強がりの言葉だった。正気じゃない………少なくとも、絶対に正気じゃない。それだけは確かだった。


「あの男は“牙王”の姓を捨てたがっている。誰よりも一族を恨み、憎んでいる」


「そうだろうな」


さも当然と言わんばかりに謳歌は即答した。黎明はさらに畳みかける。


「奴が殺し屋になったのもその前に傭兵だった頃も、奴にとって牙王家が()以外の何ものでもなかったからだ。隙を見せれば牙王一族を滅ぼしにかかるほどに。現に奴が俺たちに牙を向けていないのはこちらに母親という手札が残っているからで、それを失えばあの男は躊躇なく牙王を喰らう。死を恐れない猛獣はそれだけで危険だ」


「そうだったな。だから日本政府は彼を国際指名手配にする手筈だったんだろ?………異世界の存在を周知するまでは」


「そうだ。そん時の議案討論会には謳歌、あんたもいたはずだ。奴は俺らにとっても危険な存在だし奴も俺らを嫌っている!一体、誰が、どんな目的で、こんな作戦を始めたんだ!」


黎明は無意識に興奮していた。自分の中に溜まっている疑問を解放するように声を荒立てていた。


「そもそもだ!本筋というのはなろうと思ってなれるものじゃない!婚族を除く一族の6割の賛成票と、代表者の承認無しでは不可能なんだ!それを―――――」


ここまで話して、黎明は言葉に詰まった。一瞬にして思考が脳内に巡る。そして一抹の考えを導き出していたのだ。ひどく荒れていた黎明の息は途端に大人しくなり、興奮のあまり振り上げていた右手の拳も静かに降ろした。


「……………」


「ん?どうした?急に静かになったら心配するだろう」


そう言って謳歌が黎明の顔を覗き込む。しかし彼女の“心配する”という言葉とは裏腹にどこか表情が微笑んでいるようにも見えた。まるで潰した蟻が苦しそうにもだえる様を嘲笑うかのように。黎明の沈黙の訳、それを彼女が察しているかのような挙動だった。


「―――――なぁ、謳歌」


黎明がおもむろに口を開く。


「どうした?」


謳歌は静かに返事をした。


「あんたは………正気だ。間違っても冗談や気まぐれで道を踏み外したりしない。そして何よりあんたは勝算の無い勝負事を嫌う。最低ラインは勝率9割。そこからさらに石橋を叩いて渡る堅実な女だ。俺はそのことをよく知っている」


「これは褒められているのか?そうなら素直に照れるな。どうもありがとう」


「あぁ褒めてるさ、あんたの生き方は称賛に値するよ。そんなあんただからこそ闇に飲まれた世界を生き抜くことができたんだ。そんなあんただからこそ裏社会の女王と呼ばれるまでに至った」


黎明はここで一度言葉を区切ると、また溜め息を吐いた。しかし今度は先ほどとは違う。今の彼は理解していた。彼女が言わんとしていることを。


「―――――荒唐無稽に思えるオペレーション:アマテラス、けれどあんたが乗るに値する作戦ってことなんだろ?そして勝算がある、と」


「うん。良い推理だ」


謳歌は黎明に向けて拍手をしてみせた。乾いた音が2人の間に響く。それから彼女はデッキチェアからゆっくりと上体を起こしながら立ち上がり、そして黎明に向けて微笑んだ。


「私は負け戦が嫌いだ。ギャンブルも嫌いだ。徹底的に管理された勝利………他を圧倒する勝利だけを欲している」


彼女の微笑みは先ほどの含みのあるものとは違って実に優しいものだった。しかしそこは裏社会の女王と呼ばれる女。彼女のその優しい表情でさえ黎明には不敵な笑みに見えてしまっていた。


「私から君に教えられるのはここまでだ。オペレーション:アマテラスの存在、その概要。この作戦が誰の手によるもので、その先に何があるのか………今の君が知る必要はない」


「俺は………だとしたら俺は、どうすれば良いんだ?」


「君が決めればいい。君自身の判断で未来を選べばいい」


「俺はずっと選択肢を望んでいた。これからの未来?俺にとっちゃ世界なんてどうでもいい。俺は自分さえ良ければそれでいいんだ………けれど分からなくなった。オペレーション:アマテラスがもたらす先に何があるって言うんだ………」


「それも今はどうでもいい。アマテラスは目的ではなく手段、とだけ言っておこうか」


謳歌はそう言うと黎明の目の前で仁王立ちをした。制服姿の女子中学生、一見すると華奢で可憐な少女に思えるがその実は彼よりも年上なのだ。裏社会の女王という風格が黎明の目の前に立ち塞がる。彼女からは神々しくすら感じてしまうほどの圧倒的な存在感が放たれていた。


「付け加えて言うなら私は誰かの既定路線に乗った未来などいらない。私が欲しいのは己が利益を得られる勝利、それだけだ。その為にオペレーション:アマテラスを利用させてもらう。もしかしたらこの作戦がもたらす未来では、世界情勢がひっくり返って世界大戦が起こるかもしれないな。だがそれでも私の欲するものがこの作戦で得られると確信している」


謳歌は妖艶な微笑みで、小さく呟くように言った。


「だから私も賛同者になった」


黎明は右手で髪を掻き上げながら大きな溜め息を吐いた。自分を見下ろす謳歌の視線は狂気に支配されているようだ。深淵を覗き込んでいるような綺麗な瞳はとても冷ややかで、恐怖の戦慄が背過ぎを走るほどだろう。だが誰よりも冷静に思考し判断を下すことができるのが謳歌という人間である。彼女は何も言わない。これは黎明からの回答を待っているからだ。無言の空間が彼の首を絞めていた。

 ひとまず頭の中を整理しよう、黎明はそう思った。現在進行しているオペレーション:ユビキタスは牙王遍在が提唱した作戦である。異世界の発見を皮切りとして牙王家が世界の支配を図る為に本筋と代表者の全会一致っで始動した。この作戦が成功すれば一族はこの世界と異世界の両方を手中に収め、完全に我がものにすることができる。そうしてゆくゆくは本作戦の実質的な指揮を執る神代が次期代表者となり、遍在は提唱者の立場として本筋になるだろう。これが大まかなシナリオだ。牙王家が全世界に暗躍し、水面下で進めている大きな野望だ。

 だが、さらに秘密裏に動いている者たちがいた。誰かは分からない。人数も不明。しかしそれは確かにオペレーション:ユビキタスと同時に存在しているもう1つの作戦。その名はオペレーション:アマテラス。その概要は今ちょうど異世界で活動している件の殺し屋を本筋にさせるというものだった。本筋は言わば牙王一族の中枢であり(ブレイン)、そして牙王家トップでもある代表者に最も近い地位だ。そこに牙王家嫌いで有名な彼を、傭兵や殺し屋と言った経歴で有名な彼を祀り上げるのだ。この作戦が成功すればただでは済まない。まず間違いなく混乱が生じる。牙王家内部はもちろん、日本も、世界も。これまで一族が手を伸ばして浸蝕してきたすべてに前代未聞の大混乱を巻き起こすだろう。彼は牙王家を憎み続けて顔を合わせれば呪詛を飛ばすような男だ。そもそもこんな馬鹿げた話を聞き入れないだろう。となると、恐らく彼はには何一つ告げていないはずだ。本筋になれと命令されたところで断られるのが関の山。百歩譲って、もし彼が承諾したとしても、本筋という立場を利用して好き勝手に振舞うに違いない。十中八九、牙王家滅亡に力を入れるに決まっている。

一体こんな作戦にどんなメリットがあるのか、今の黎明には分からない。しかし確実に分かっているのは、目の前にいる牙王謳歌はこの作戦に賛同しているということ。彼女は言った、オペレーション:アマテラスが自身の欲するものに近づく為の手段(アヴェニュー)に成り得る、と。謳歌が何を考えているのかなんて分からない。それは今に始まったことじゃない。それでも今回の件はあまりに度が過ぎていた。下手をすれば牙王家の存続が危うくなるであろう、オペレーション:アマテラス。もしかしたら謳歌はそれすら狙っているとでも言うのか………?

 黎明はゆっくりと俯いていた頭を持ち上げた。未だに彼を見下げている謳歌の表情はお互いに目が合うと同時に綻ばせた。


「俺は、己が信じるものにしかbet(ベット)できない」


黎明は静かな口調でそう言った。


「それは誰だってそうだろう?何を当然のことを―――――」


「俺は今、あんたを、牙王謳歌という女を信じられないってことさ」


黎明は脚を組みながら厳かな口調で言った。黎明の口から紡がれた言葉は確かに謳歌の耳に届き、そして彼女の目を見開かせた。


「………私が、私の言葉が信用できないと」


「半分はそうだ。あんたが話してくれた事実は受け入れよう。だが誰の思惑かも知らない作戦を言われたって“はい、そうですか”と二つ返事で賛同できやしない。だから………《《決めないのさ》》」


これが黎明の答えだった。YesでもNoでもない。分からない、知らない――――――――――だから決めない。現時点で判別不可能なら、判別可能になるまで調査をすればいい。そうして納得のいく決断をする、それが黎明の出した答えだった。


「だから俺は知りたい。自分が正常だと思える道なき道を選択する為に。せっかくの俺の未来だ。後悔なんて二の次で、世界の安寧なんて二の次で、勝者としての俺が存在する未来を突き進むさ」


「そうか。しかしどうする?今の君に何ができる?一体何が出来ると言うんだ?君ごとき(・・・)に」


「俺はもともとあんたの下で働いていた情報屋だ。その辺は鈍ってちゃいないさ。自分でぜんぶ調べるよ」


黎明には情報屋としての経験がある。それを上手く活用して自分なりに調べれば良い、黎明はそう考えていた。思い切った宣言ではあると自分でも思っている。


「うん。それでいい」


謳歌の返答はいたって淡泊なものだった。遺憾や焦燥いった感情はそこには無かった。ただ澄み渡る空に溶け込むような清々しい微笑みで黎明のことを見ていた。


「君が決めたことだ。それでいい」


「本当に良いのか………?ずいぶんと納得が早いな」


「何を言っている。今君が自分で言ったんだろう?だったら宣言通りに突き進めば良いのさ」


彼女の言葉には黎明の心を掻き立てる不思議な力があった。


「世界がどうなろうと知ったことではない。同様に君がどうなろうとも私には関係ない。だから思う存分勝手を振舞え。そしてその目で見た真実から導き出すんだ、己だけの答えを」


そう言って彼女は笑った。女性特有の優しい笑みではない。牙王家の人間がもつ、不敵で邪悪な笑みだった。






 黎明は謳歌のいるホテルを後にしていた。既に場所を移しており、今はカボ・プルモの海岸沿いを歩いている。エメラルドに輝く海は透明度が高く、透き通る水底にはサンゴが群れを成していた。そして揺蕩う小魚たち。この景色を眺められるだけメキシコに来た甲斐もあるだろう。黎明はそう感じていた。


「Mr. Braun(ブラウン)。報告だ」


ダークブラックのダブルスーツを着こなす若い女性が波打ち際で黄昏ている黎明に話しかけてきた。金髪のオールバックで顔は小さいが彫りの深い造形で、色々と主張の強いアングロサクソン系の美女である。スタイルが非常に良く、女性なら誰もが羨むモデル体型だ。そんな彼女はヒールでありながらも易々と岩場を乗り越えて黎明のいる砂場までやって来た。


「さきほどMrs. Okaへの伝達事項を終えた際にこれを渡せと言われた」


「ん?何をだ?」


「これだ」


そう言って女性は胸元から一枚の折り畳まれた紙切れを差し出した。黎明はそれを受け取ると黙って広げた。


『親愛なる元部下へ。これ以上語らうこともないだろう。だから私から特別にヒントをやる。これをどう活かすかは君次第だ。せいぜい答えを見つける鍵に使うと良い。全能は今べレチドにいる。普段は会合にも顔を出さず代理人を寄越して賛否を伝えるような男だ。だがオペレーション:ユビキタスの時には彼自身が直々に参加してまで賛成の意思を示した。全能と直接会って話を聞くのも良いかもしれない。それから彼は誰も知らない殺し屋君の秘密を握っているらしい。この情報をどうするかは君の自由だ。せいぜい燃え尽きないように頑張るんだな。健闘を祈っているよ。元上司より』


 手紙だった。アラビア文字とキリル文字を複合させた暗号文で書かれている。だが黎明にはこの程度の暗号は容易に解読できた。肝心なのは黎明にとってこれが謳歌からの初めての手紙だったことだ。嬉しいなんて感情は無い。だが彼の胸の内には今までにない複雑な感情が芽生えていた。その感情の名前を知らない。きっとこの先も知ることはないのだろう。


「べレチド、か………。確かべレチドはモロッコにある町の1つだったはずだ。どうしてそんな場所に全能が?」


黎明は訝しみながらも手紙を再び折り畳んでズボンのポケットにしまった。


「これからどうする?」


手紙を手渡してきた女性が鋭い目つきで黎明に問いかける。それに対して黎明は軽く笑いながら答えた。


「決まっているさ。すぐにでもべレチドに向かう。あとそんな風に俺を睨むなよ、ガブリエラ」


「睨んではいない。いつも言ってるだろ………私のこの目つきは生まれつきだと」


「あぁそうだったね、ごめんごめん」


「まったく」


女性は溜め息を吐きながら首を横に振った。彼女の様子からこれ以上何も言うつもりもないのだろう。なにせこのやり取りも2人の恒例であったからだ。彼らの付き合いはかなり長い。

 彼女の名前はガブリエラ。黎明のパートナーの1人で情報屋である。連絡手段に携帯機器を用いない黎明にとって彼女のような存在は他者とコンタクトを取る為の重要な手段となっている。特にガブリエラは黎明が20歳の時からの付き合いで信頼も厚かった。


「東京からロスカボス、その次はべレチドか………移動に次ぐ移動で疲れが溜まる」


ガブリエラは愚痴を零した。黎明はそんな彼女を見て冗談っぽく笑う。


「地球の裏側まで行ったり来たりがこの先も続くぞ。今に始まったことじゃないだろう」


「だとしても、ここ数日は過去に類を見ないほど慌ただしいぞ」


「確かに。俺はどうでもいいけど、ガブリエラは身だしなみを整えるのに時間がかかりそうだからね」


「悪いがその減らず口に言葉を返す元気も無い。大人しくしてくれると助かる」


「ひどい話だ。俺に黙れと言っている」


黎明は大げさに天を仰いでふざけて見せる。確かにガブリエラの言う通り、最近は移動ばかりが続いている。疲労が溜まっても仕方がないだろう。しかしこんなところで音を上げている暇は無い。立ち止まっている時間は無いんだ。黎明は緩んだ口元を引き締めるとガブリエラと向き直った。


「ガブリエラ。これからもっと移動が大変になるから覚悟しておけ」


呆れて項垂れていたガブリエラが顔を上げる。そして黎明が発した言葉に不穏な雰囲気を感じ取っていた。


「………それはどういうことだ?」


「世界の裏側なんて比でもないくらいの場所に向かうってことさ」


「一体………っ、まさか!?」


ガブリエラの鋭い目つきが大きく開かれる。黎明が何を言おうとしているのか、察してしまったのだ。それはあまりにも非現実的で、けれど今ならそれがあり得ない話であると分かる。


「いいかい?俺もいずれは異世界に行くよ」


黎明ははっきりと強い意志を言葉に乗せて言った。


「“俺なりの答え”ってやつを出す為に。俺は異世界に行って奴に会いに行く」


「奴って、《《あの》》殺戮兵器で名を馳せた………」


「そう。元傭兵で殺し屋、牙王家最強と謳われたあの男さ。俺は奴に会いに行くつもりだよ。そして―――――奴にオペレーション:アマテラスの事実を伝える。これが未来の選択にどう影響し、吉と凶どっちに転ぶかは分からない。だが確実に変化は起こるだろう。俺は自分さえ良ければそれで良いんだからな」


 黎明の意志は固かった。今回の謳歌との対談で彼は多くの事実を知り、判断を迫られた。だけど今の自分にはまだ答えが出せない。出せないからこそ答えを見つける為にまずは動かなくてはいけない。黎明は目的の為ならば何だってするし、どこへだって行く。

それこそが牙王黎明という男の性なのだから。

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