9話 助っ人
エルフの里。
今より千二百前にエルドリア王国に併合されたエルフの国、その末裔が住まう里である。里とは言ってもその規模は大きく、千以上のエルフが暮らす自治区であった。
かつて人間と敵対した精霊の末裔であり、産まれながらにして戦士の力を持つ者が多く住まう里である。
リリック=ワーグナーは、そこで生まれた。
人間がエルフやドワーフ、そしてハーフエルフや半魔を虐げ見下すように、エルフの間であっても迫害はもちろん存在する。エルフが大多数を占めるエルフの里では、人間や半魔といった種族は穢れの象徴である。
にも関わらず、リリックが人間との間に生まれても迫害をほとんど受けなかったのは、彼の父親が戦士長というエルフの里で最も強い英雄であったからだろう。
グレック=ワーグナー。
それがリリックの父の名前だ。
彼は人間と歩み寄り、いつか対等な相手となる事を夢見ていた。
そんな彼を同胞達は変わり者と笑ったが、それが本気だと知るにつれ同胞は考え直すように説得を始めた。
エルフと人間の溝は深い。
今更なにをしてもこの世界は変わらないと。
この里に閉じ込められるのを、受け入れるしかないと。
「この里が永遠に存在し続けると思うか。いつの日か人間の気が変わり、我らを滅ぼすと言い出せばどうなると思う。ならばそれに備え、この時代の強者である人間達と手を取り合い、共に繁栄するべきだ! 切れぬ縁を結ぶべきだ!」
里の同胞も、彼の言う言葉を理解しつつも行動に起こそうとは思わなかった。
これまで虐げられてきた歴史に報復を選ぶのではなく、それを水に流して取り合おうというのだ。それを許す者は少なく、むしろ反対する者は多く居た。
それはプライド。
人間より圧倒的に少ないとは言っても、それでも彼らの質は人間を遥かに凌駕する。
だからこそ、許せなかった。
グレックはそれでも諦めず、毎日ずっと同じことを繰り返していた。
彼は王都に向かい、そこで一人の子供に会ったという。
その子供から、いつか手を取り合える日が来ると。
わずか九歳でありながら、その子は貴族の嫡子らしくただ聡明に未来を語っていた。
その言葉を信じ、グレックは同胞を説得すると約束した。
我らが生きている間に成し遂げられる事ではないだろう。
それでも次の世代が、その次の世代が、この国で生きやすいように。
遠い未来で胸を張って生きていられるように。
そしてグレックは里の掟を破り、人間の女と結婚して子を設けた。
同胞達の中にはそれを非難する者も多かったが、それでもハーフエルフとして生まれた子を祝福する者も居た。
人間と結ばれる者は里を追放される。その掟があるにも関わらずグレッグが追放されなかったのは、彼が戦士長という立場であるのと、彼が続けてきた行動によるものが大きかっただろう。
その三年後に第二子が産まれる。
長男メディック=ワーグナー。
次男リリック=ワーグナー。
グレックと手を取り合った人々は、この二人がきっと未来の希望になるだろうと信じて疑わなかった。
人間とエルフの橋渡しになる存在になると。
だが――、
そんな希望を裏切り、メディック=ワーグナーは父親を殺害して逃亡した。
何が起こったのか、誰も知らなかった。
何が原因なのかも。
当のメディックは行方不明で、誰も居場所を知らなかった。
そして残されたリリックとその母は、エルフの里を追われた。
殺されなかったのが、温情だと思えるほどの怒りをその身に浴びた。
それ以来、リリックの人生は大きく捻じ曲がる。エルフにとって希望の存在から、両者から迫害を受ける最下層の者へと。
誰に怒りを向けていいのか、何もわからなかった。
だから彼は、兄に問おうと思っていた。
何故父を殺したのかと。
そしてその理由を知って許せないのなら、殺そうと。
××××
殺意をもった目を向けるリリックに対して、メディックは涼しい顔をしていた。
「あれ、呼んでくれないの? お兄ちゃんって」
おどけたようにそう言ったメディックは、恵比須顔を崩さずにそう言った。ふざけるかのように、再会を喜んでいるかのように。その言葉が、リリックの心に殺意の火を灯す。
「お前のせいで俺は――俺と母さんがどれだけ辛い思いをしたのか!」
「あ~そう言えばそうだね。お前も一緒に連れていけばよかったかな? 俺今半魔崇拝にいるんだよ、どうだお前も一緒に来ないか?」
「行くわけねえだろ、質問に答えろ! 何故父さんを殺した!」
「う~ん、別に特に理由はないけど?」
「誤魔化すんじゃねえ!」
怒りに言葉を揺らす横で、メイアは腰を抜かしたまま動いていない。
戦いに巻き込むわけにはいかない以上、逃げてもらうしかない。
「メイア逃げろ。守りながらじゃ戦えない」
「でも、リリック」
「ああ、分かってる」
視界の端に衛兵を殺したであろう大男が映っていた。
口ぶりからしてメディックの仲間である事は間違いない。
「おいメディック、こいつは何だ?」
「俺の弟だよ」
「あァ? テメェ弟いたのかよ」
そんな会話をする二人を、リリックは一瞬たりとも気を抜かずに見ていた。
魔力を体に込めて、全霊の一撃をメディックに叩きこむために。
「なぁリリックお前は思わなかったのか? エルフと人間の架け橋なんてクソだって。強いてあげるならそれが理由かな? ウザかったんだよね、あの男」
淡々とそう告げたメディックから、リリックは目を切った。
「そんな理由で父さんを殺したのか?」
「うん、そうだよ!」
「殺す!」
その瞬間大地を割るような踏み込みで一閃、メディックに向かいながら右手に魔力を込めた。
——雷撃手!
雷手のさらに上、魔人化の力によって強化された電撃を纏う拳。
軸足を踏み込み、リリックは全力の一撃をメディックに叩き込んだ。
だが、
「お、ちょっとは強くなったね」
あっけらかんとした様子で、メディックは拳を受け止めていた。
右手で掴むように、全霊の一撃を受け止めていた。
「一緒に来ないって事で良いんだよね?」
リリックの拳を握ったメディックは、その手に力を込めた。
万力に挟まれているかのように、リリックの拳はピクリとも動かない。
「まぁいいか、弱い奴に用はないし。でも鬱陶しいんだよね、あの父親の顔がちらつくお前ってさ。だから――」
そしてリリックは、死を覚悟した。
メディックの眼が、殺意に満ちていたからだ。
「死ねよ、お前」
メディックは笑顔のまま、そう言った。
××××
父を殺されて、自分の弱さを知って、リリックはこれまでずっと鍛えてきた。何年も師と呼べる者すらいなかった。ルイスに教えを乞ってからも、死ぬ気で自分を鍛え続けてきた。
それは自分を半魔と馬鹿にした者達を見返すため。
そしていつか再び兄と会った時、復讐できるように。
これまで自分が受けてきた苦しみの代償を払わせるために。
(こんなハズないだろ!)
死ぬ思いで、強くなり続けた。
ただ強さだけを求め続けてきた。
(こんなにも、こんなにも……)
自分の力だけで強くなって、ルイスに鍛えられて、リリックは確かに強くなった。大聖祭も勝ち残り、最も強い少年兵の称号も得た。何度も血反吐を吐いて、自分の全てをささげて、強さだけを求めていた。
(こんなにも、遠いハズがねえ!)
リリックの放つ無数の魔法、雷撃、這電撃、氷槍、雷手。
その全てを使っても、メディックは傷一つ負う事はない。
それどころか、脚を一歩すら動かす事ができなかった。
「ああぁぁあああ!」
雄叫びと共に放つ電撃も、メディックが腕を横に振れば空中で掻き消える。
放つ蹴りも、打つ拳も、そのどれもがメディックには届かない。
「なんだ、弱いままじゃないか」
そんな声と同時に、まるで腹に大砲を受けたかのような衝撃が襲った。
堪えられるはずもなく、リリックはそのまま大聖祭の観客席にまで吹き飛ばされる。
「リリック!」
メイアの声が聞こえたが、起き上がる事もできない一撃。
血を吐きながら、リリックは顔を上げた。
「畜生……!」
こんなにも遠いはずがない。
力を得たはずなのに、強くなったはずなのに。
傷一つつけることができない。
「君は弟の彼女かな? う~ん、弱そうだけど大聖祭に出るような子だし。別にいいかもね」
そう言ってメディックがメイアに手を伸ばした時、
――ブチ。
リリックの奥底で、何かが切れる音がした。
「魔人化、十五パーセント!」
観客席から一瞬でメディックの目前に移動し、一撃を与えた。
雷を宿した拳。
ドルトムントを倒した拳。
「ほう、魔人化できるのか。誰に教わったんだい?」
だが――その攻撃でさえ、メディックの手によって止められた。
渾身の一撃を。
奥の手である魔人化までしたのに。
それすら通用しなかった。
「魔人化、二十パーセントォ!」
体が悲鳴を上げる。
ルイスには絶対使うなと言われていた値、使えば自分の命を落とす事になると言われていた。その意味が使って初めて理解した。
筋肉の健が切れ、骨が軋む。
全身を巡る血管が千切れる音がする。
それでも尚、リリックはまた拳を打ち込んだ。
「なんだ、魔人化してこの程度か。やっぱりお前は失敗作だな」
今度は蹴り。
「グッ――!?」
目にも追えない程に鋭い蹴りが、リリックの腹を打ち抜いた。
肋骨を折る音と、内臓が潰れる音が脳内に響く。
膝から下がなくなったかのように、リリックはその場に崩れ落ちた。
「リリック!」
叫び声をあげるメイアが、視界の端に映る。
それでも、応える事すらできない。
ただ、今は逃げてほしい。
それだけだった。
「じゃあ、ばいばい」
それでも無慈悲に。
リリックの思いを断ち切るように。
メイアへの思いを断ち切るように。
メディックは手に魔力をこめる。
そして手刀の形にした腕が、振り下ろされ――、
「ヌゥン!」
瞬間、何者かがリリックの前に立ちふさがり手刀を受け止めた。
白刃取りをし、その衝撃で足が地面にめり込む。
「——白手・紅蓮腕!」
それと同時に、どこからか飛んで来た腕が、メディックの額へ魔法を放つ。
見覚えのある背中。
見覚えのある魔法。
現れた二人は――、
「我が恋敵に何をする?」
ドルトムント=ラズグッド。
羅刹。
本戦に出場した二人がメディックの前に立ちはだかった。




