8話 ダブルシックス参戦
ガイリック、北部のゲートを破壊中。
メリッサ、北西部のゴーレムの排除を完了し、西部に向かう。
ジューナ、北西部の魔物排除を援護しつつ、西部に精霊を派遣。
ジェイク、王城付近にて魔界蟲と戦闘中。
セバス・冒険者連合、北部の中流街に侵入した魔物の排除へ向かう。
王都北部、第一城壁を突破され中流街に被害。
王都北西部、ゴーレムを排除し魔物の掃討へ。
王都西部、ゴーレムと戦闘中。
ルイス・ウォルフォート、特級タイタンと会敵。
王都司令部。
「特級だと!?」
報告を受けたナルニアレイは、千里眼越しに移る北東部を見て冷や汗をかいた。
『炎王・イフリート』『蛇王・ムカデオロチ』『獄王・修羅童子』に並ぶ巨王。
かつて大国をひとつ踏み潰したと言われる巨人族の子孫、その中で変異的に生まれた超巨大種の末裔。それが巨王タイタン。
「——ッ、どうする」
あれほどまでの戦力が来るなど想定していなかった。
あれが相手ならば、ルイスとウォルフォートの二人であっても厳しいかもしれない。
「ナ、ナルニアレイ殿、いくら八王とは言ってもルイス=アドレルトとウォルフォートの二人であればなんとかなるのでは? ルイス=アドレルトはあの巨人と同格であるイフリートを単騎で討伐したのでしょう?」
クロード辺境地にて炎王を討伐したという話は、既に王都上層部の誰もが知る事だった。
だが、
「思念体だったイフリートと、タイタンの戦力は比べられるものではない。イフリートは肉体を得て初めて特級の力を持つのです。ルイスが倒したイフリートの力は、全快時の半分以下です!」
イフリートが魔王軍幹部として特級に分類されている理由。それはイフリートの特性にもあった。イフリートはいくら殺しても転生という能力によっていずれどこかで生前の知識をもって復活する。
その危険度を込みして特級の判断だ。
魔物の等級を決めるのは、なにも強さだけではない。狡猾さ、しぶとさ、能力、危険度と様々だ。
特別、故に特級。
その全てが規格外。
そんな中でタイタンは、ただ力だけで特級に数えられている。
単純な力であれば、巨王タイタンは勇者をも凌ぐ。
これが相手の切り札なのか。
なんにせよ、ルイス達が危険だ。
××××
咆哮、それと同時にタイタンの口から発射される砲撃に似た魔力の閃光。
当たれば即死。
「——三重・守護結界!」
三重に張られた赤い結界は、閃光を二方向にずらし、ルイス達の周りにあった地面が消滅した。
「——グッ!」
結界を超えてなお到達する衝撃の余波に、ルイスは顔をしかめる。
このレベルの攻撃が連続して起こるようなら、敵の攻撃が王都に向けられた場合、街が壊滅する。
知性のない魔物それがタイタンであり、討伐の際は単純な力量差による勝負が通常のはずだった。しかし王都の傍で戦うというだけで『守りながら戦わなければならない』という“縛り”が科せられている。
「ウォル! 接近戦に持ち込むぞ、これ以上砲撃が続けば王都がまずい!」
「わかった!」
返答の直後、ウォルフォートは大鎌を持ち、手を起点に回転させながら、魔力を刃に込めていく。
「——斬波ー!」
放たれるのは飛ぶ斬撃、鎌の切先より放たれる魔力を帯びた斬撃は、タイタンの腕に傷をつける。だが皮膚を削った程度で、切断には遠く至らなかった。
「うわ、肉厚凄いな」
「来るぞ!」
自分につけられた傷を眺めていたタイタンは、その後怒りに顔を歪めて拳を大きく振りかぶる。そして蟻を殴り潰すかのように、弧を描く軌道で拳が大地に突き刺さった。
「——!?」
五十メートルという巨体。大きければそれだけ重く、力も強い。空振りに終わったタイタンの一撃は大地を遥か先までヒビ割る程の破壊力を持っていた。
「白色・三千世界!」
ルイスの放つ魔法は大地を凍てつかせ、タイタンの足を凍らせていく。しかし高濃度の魔力が詰まった肉体は、薄皮一枚を氷漬けにする程度で終わり、致命には到底至らない。
しかし、動きが止まればそれだけで十分。
「円凱残波!」
山を切り裂き、地形を変える程の斬撃。
ルイスの援護によって空中から距離を縮めたウォルフォートの斬撃は、タイタンの首筋を捕らえる。
だが、それもまた薄皮一枚。
どれほどの肉体強度を持っているのか。
「ウオオオオォォォォオオ!」
咆哮と同時にタイタンは足を縛っていた氷を、脚を踏み出す事で無理やり外し、自分の拳で割った大地の塊を掴む。そしてそれを右手で持ち、力まかせに空中に飛んでいたウォルフォートへ投げつけた。
「——連迅斬波!」
岩盤のような塊を切り裂き、その間を縫うように身を捻って投岩を交わす。
だが、岩の陰から現れたのはタイタンの左拳。
投擲を目くらましにした、左の一撃がウォルフォートを目標に捕らえていた。
この体格と膂力を持ち合わせながらの俊敏性。
「——炎帝杯豪!」
下から放たれるルイスの魔法が、タイタンの拳の機動を逸らす。
「あぶな……ありがとうルイス」
「ウォル、このまま北西に向かうぞ! 王都をタイタンの背にしろ!」
「え、どういうこと?」
「流れ弾対策だ!」
王都を背にしたままで戦えば、いずれ流れ弾が王都に届く。それを見過ごすわけにもいかず、無駄に意識を散らされる。それならばいっそ、王都の逆方向で戦えばいい。
攻撃を外さずにいれば、こちらの攻撃が王都に向かう事はない。
「それにしても強いねコイツ」
「筋肉がついている部分は魔力も込みで打ち破れない堅さがある。肉体の角がら削っていこう。まずアキレス腱、そして膝、機動力を削いでから取ろう。目も積極的に狙え」
「じゃあ援護と補助もお願いするよ」
「わかった」
待機しておいてよかったと心の底から思う。
魔力も体力も削られたままでは、戦えるはずもないほどの戦闘力だ。
四年前、勇者に選ばれてから魔界に出発するまでにタイタンの文献も読み漁ったが、目前にいる相手は少々毛色が違う。未知の力がある可能性を考慮しつつ、ルイスはまた魔法を放った。
××××
大聖祭本戦会場で休んでいたリリックは、突然恐怖の色を浮かべたメイアを見ていた。
「おいメイア、大丈夫か?」
「なにこれ、怖い……!」
「どうしたのだ? 我が恋敵よ?」
「いや、メイアが突然」
その瞬間、大地が縦に揺れる感覚がした。
「——ッ、何だ?」
地震。いやそれにしては一瞬すぎる上に、どこからか轟音も鳴った。どこぞで爆発系の魔法でも使ったのか?
「逃げて、ルイス先生」
そう呟いたメイアの傍に寄り、リリックは肩をゆすった。
魔眼の精度を上げ過ぎたせいで、何も聞こえていないらしい。
「おいメイア、起きろ!」
「——ッ! リリック……」
意識を取り戻したメイアだったが、怯えた顔のまま震えた手でリリックの袖を掴んでいる。
一体何を見たのだろうか。
「大丈夫か? 何があった?」
「ルイス先生が、とんでもない化物と戦ってる。ついて来て」
そう言ってメイアはリリックの手を取り、控室を出て観客席に向かった。
そして最上段のさらに上へと昇り、闘技場の屋根に出る。
「……何だよ、アレ」
はるか遠くに見えたのは、一体の巨人が戦う姿だった。遠近感が狂うほどのデカさに、リリックは思わず息を飲む。
「ルイス先生が今、あれと戦ってる」
「大丈夫なのか!?」
「今は大丈夫みたいだけど、攻撃が効いてない」
メイアは文字通り自分の目でルイスの戦いを見たのであろう。この位置からまるで風景か対岸の火事のように見るのとではわけが違うはずだ。
「大丈夫だメイア、ルイスさんの力を信じろ」
「でも、リリック……」
「安心しろって、あの人は強い。それにここにはガイリックさんやメリッサさんも居るんだから。あの人達がいるなら大丈夫だ」
まだ話したこともないが、ジェイク=ラストゥードやジューナ=オ=ラスクも居る。一目見ただけだが、あの二人もかなりの強者だった。万が一もないだろう。
だが、それでもメイアの不安は消えないようだ。
「あの人は俺達を捨てないって約束したんだろ。なら俺達を置いて行って先に死ぬなんて事は絶対にしないから。だから俺達は待とうぜ」
「……うん」
小さくそう答えたメイアの肩を叩き、リリックは控室へ戻ろうとした。
その時、肌で受け取った違和感。
――冷たい?
「どうしたの、リリック?」
「いや、何でも」
メイアの方を振り返り、応えようとした瞬間。
その背後に、一人の男が立っていた。
「久しぶりだね」
黒地に逆さの赤十字が刻まれたローブで、体の大半を隠しているにも関わらず、リリックはその男が何者なのか一瞬で把握した。
夢にまで見た、相手。
かつて、自分を不幸のどん底へ叩きつけた相手。
「お前は――!」
そしてメディックは拳を振るった。
××××
王都西部にて、クロード辺境地兵の面々は肩で息をしていた。
「流石にそろそろ終わりが見えてきましたかね?」
背を預けていたゲイルにそう問いかけるベリアルは、血が入った右目を閉じていた。先ほど黒いゴーレムとの戦闘中に額を負傷し、右目に血が入ってしまった。
「魔物の続投はないらしい。勇者も戦線に出るようになったから、北西部では黒いゴーレムを既に片付けたらしいぞ」
「ひえ~、ルイス殿も来てくれえれば良いのに」
ベリアルのような一般兵にはルイスの居場所は知らされていない。それどころか、どの勇者がどこで戦っているのかも知らなかった。
「あの男はあの男で仕事があるのだろう」
「そうですね。あ、ボルード殿!」
近くに第一大隊の指揮官を見つけ、ベリアルは近くまで寄った。
「戦線はどうなっておられるのですか?」
「ジューナ様が召喚した精霊のおかげで、魔物の排除が楽になった。おかげで浮いた兵がゴーレム排除に来てくれている。ありがとう、ここまで持ちこたえられたのはアンタ達王都外の兵のお陰だ」
「いやハハハ、ほめられると嬉しくなりますよ」
「さて、雑談はこのあたりにして、俺達も――……」
突然話を切ったボルードに、ベリアルは首を傾げた。
「ボルード殿?」
問いかけるが返事はなく、その代わりにボルードの口から血が滴り落ちていた。
「ボルード殿!?」
「——逃げ、」
その瞬間、ボルードの体が左右に裂けた。
「うわっ、弱いわね。指揮官ってこんなのばっかりなわけ?」
ベリアルの目前で、ボルードの体を真っ二つに裂いたのは一人の女だった。長い髪と眼帯が目につく女、顔立ちは整っているがその顔は返り血で染まっていた。
タチャンクス=アッシュ。
それが、女の名前。
黒地に逆さの赤十字を背負ったローブに身を包む姿は、まるで――、
「ベリアル! 下がれェ!」
その瞬間、雨のように無数の氷柱がアッシュを襲った。
ゲイルの声で我に返ったベリアルは、大慌てで後ろに下がりゲイルと並ぶ。
「兵長、こちらへ!」
「ゲイル、あの女はなんだ?」
「わかりません、しかしボルード指揮官は殺されました」
魔法の攻撃によって生まれた土埃の中、揺らめく陰が一つ。
魔法を喰らったはずなのに、無傷のアッシュが現れた。
「危ないじゃない、レディに攻撃するってどういうつもり?」
「……おあいにく、俺は奥さん一筋でね」
会話をしながら、あからさまにゲイルは時間を稼いでいた。
これが魔物をけしかけてきた人間の一味であるならば、捕縛する他道はない。
「総員、あの女を敵対認定。殺すつもりでやるぞ」
「「「了解!」」」
黒いゴーレムとの戦闘で、二〇名いた仲間は一五人にまで減っていた。死者は今の所出ていないが、それでも負傷者はかなりでている。前線を離れた五名も、マエストロを含めて継戦不可能なまでの傷を負っていた。
「白兵部隊、前へ」
体術部隊はゴーレムの攻撃を積極的にガードしていたため、負傷者もかなり多い。そのため緊急策としてベリアル達剣術部隊の六名が壁役となっていた。その後ろをゲイルが率いる魔法部隊が構える。
「——待て!」
グレゴリアがそう叫んだ瞬間、空から降ってきたのは一陣の風。目を向けると森林系の精霊種が二体、アッシュに向かって攻撃していた。
報告にあったジューナの召喚した精霊だ。
「死んだか?」
グレゴリアがそんな問いを浮かべたと同時に、精霊二体がアッシュの傍に着地する。精霊種には知能も高いので、あの女が敵であると判断したのだろう。
だが、
「邪魔なんだけど」
伸びた声と共に、精霊が二体切り裂かれた。
ボルードと同じように、縦の真っ二つ。
「魔導部隊、放て」
生きていると判断した瞬間、即時にグレゴリアの声を合図にして魔導部隊が一斉に魔法を放つ。五属性全ての魔法がアッシュを襲い、それと同時にベリアルを含めた数人が斬撃を放った。
「へぇ、アンタ達そこそこ強そうね」
魔力の波動が変わった。
まるで別人へと変貌したかのような、空気が肌を刺すような。
大聖祭で見た、羅刹という少年兵に抱いた悪寒と同じ。
「フェーズワン起動、魔人化発動」
爆風が魔法によって生まれた煙を晴らし、そこに現れたのはさきほどまでとは別人のように姿が変わった女だった。
目は黒く染まり、黄色い瞳が揺れている。
猫のように縦長になった瞳孔と、青白くなった肌。
「構えろ、来るぞ!」
グレゴリアの叫びを聞くのと、部隊から血飛沫が上がったのは。
同時だった。
××××
地面に叩きつけられる衝撃で、メイアは横隔膜がせり上がる感覚を味わう。そして自分がリリックに抱かれていると気付き、同時に自分が庇われていたことを知った。
「——リリック!」
メイアは思わず声をかけた。
彼女の仲間であるリリックは額から血を流し、虚ろな目を前に向けるだけで動かない。
「どうした、何があった!」
闘技場にいた衛兵の一人が、こちらへ向かってくる。
万が一に備えてここの警備を担当していた衛兵だ。
「危ない!」
メイアが声をかけるがそれも遅く、衛兵の上からフードを被った男が着地した。衛兵の体は潰れ、潰れた果実のように血をぶちまけている。
間違いなく即死だ。
「おいおいメディック、先走るんじゃねえよ」
声がした方に目を向けると一人の大男が居て、その手には、首を一八〇度捻じ曲げられた衛兵が握られている。その大男もまた同じように、黒地に逆さの赤十字を背負ったローブを着ていた。
状況が飲み込めないメイアだったが、それでも理解する。
この二人は、敵であると。
「メイア、逃げろ」
突然リリックが立ち上がり、メイアを立たせる。その顔はこれまでメイアが一度も見た事がないほどに緊張に包まれていて、そして見た事もない程の殺気を孕んでいた。
「あの一撃を受けて死なないってことは、ちょっとは強くなったのかな?」
まるで旧知の間柄のように発現するフードの男は、笑いながらそう言った。
恵比須顔の、笑みが顔に張り付いた男。
「テメェを、殺す――!」
「昔みたいに呼べよ、お兄ちゃんってさ」
メディック=ワーグナー。
それがローブを被った男の名だった。




